節分に�お化け�をすることになった。
�お化け�というのは、花柳界に昔からある遊びで、芸者さんたちがいろんな格好をするのだ。もちろんお客さんの方も、お金さえ出せば扮装《ふんそう》が出来る。
コスプレ好きの私が、このチャンスを見逃すはずがない。
「私、絶対に鬘《かつら》をかぶって芸者さんの格好をしたい。それからお座敷に出るのー」
仲よしの千代菊ちゃんは、私のためにわざわざ松竹|衣裳《いしよう》まで借りに行ってくれた。いつも割りカンでごはんを食べる「ワインの会」の仲間たちも、ミッキーマウスや小坊主の格好をしてパーティをすることになった。
私は黒の裾引きの着物で、特殊な白いお化粧をしてもらった。
「わー、キレイ」
とあがる歓声。そりゃそうよね、こういう芸者さんって、女なら誰でも一度はしてみたいよね。ものすごく女っぽく、キレイに見えるものね。
事件はその後に起こった。ゆっくりごはんを食べるため、お店が用意してくれた小部屋で着替えようとしていたら、千代菊ちゃんがやってきて言った。
「ねえ、○○ちゃん(仲間のひとりでサラリーマン)は、芸者さんの着物脱がすのが、一生の夢だったんだって。マリコさん、ちょっといいかしら」
「あら、いいわよー、どうぞ」
私のようなニセ芸者でお役に立つなら。私も帯をくるくる解かれて、
「あれ〜〜〜、お代官さま〜〜〜」
をやってみてもいいかしら。ところが千代菊ちゃんは出ていってしまい、○○ちゃんと小部屋で二人きりになり、ちょっとおかしなムードになった。私は帯を解かせてあげるだけのつもりだったのに、たちまち着物を脱がすではないか。
芸者さんの正装というのは、幾重にも着こんでいる。その下は緋色《ひいろ》の長じゅばんだ。なんと酔った彼は、それにも手をかけようとするではないか。
「ちょっとォ、何すんのよー」
「いいからさ、僕にまかせておきなよ」
目がランランとしている。このような身の危険を感じるのは何年ぶりだろうか。好みの男なら、ま、大目に見るけど、彼とはジャストお友だち。
「何すんのよオ! 冗談やめてッ!」
とつきとばしてやった。
後でこの話を皆にすると、女友だちはみんなゲラゲラ笑い出す。
「あなたにむらむらするなんて、すっごいじゃん。そんなの久しぶりでしょう」
「失礼ね。でも、彼は私にむらむらしたんじゃないわよ。芸者さんの格好と、あの緋色の長じゅばんにむらむらしたのよね。コスプレって、やっぱりすごいものなのねえ……」
しみじみとする私。そして私はひとつの結論に達したのである。
「女が着たがるものは、男が脱がせたがる」
スチュワーデスやナースの制服はもちろん、名門女子校の類もこれに入るであろう。知り合いで、スチュワーデスになったばかりの女のコがいるが、学生時代からの彼が、
「制服着てきて。そういうことをしたいから」
と言うので困るそうだ。スチュワーデスになったコは、たいてい彼からそう頼まれるみたいだ。
成人式や披露宴に出席する時、女のコはよく振袖を着るが、あれも男の人をむらむらさせるみたいである。お正月のラブホテルに着付けの人が待機しているのは、もはや有名な話だ。
私もどちらかというと、男の人の制服姿をいいナと思う方かもしれない。警察官や飛行機に乗る時のパーサーとか、カウンター業務の男もいい感じ。私の友人に、お医者さんの白衣にむらむらするというのがいる。彼女は以前不倫をしていて、お医者のおじさんとつき合っていた。彼女が言うには、外で知り合ったので、お医者さんだということを知らなかったそうだ。
このおじさんが、今度僕の職場へ遊びに来て、と言ったそうだ。そうしたら彼女、
「もっとあなたに夢中になりそうだからコワい。白衣姿のあなたを見たくないの」
とか何とか言って、相手をいたく喜ばせたそうである。結局はこういう女がモテるんだよね。
それはそうと、当然のこととして、すべての女が芸者さんやスッチーやナースの制服を着られるわけではない。�素�で勝負して、むらむらさせなきゃいけないわけで、これは簡単そうでとてもむずかしい。世の中にはすごい美人だけれども、男に全く欲情を起こさせない女というのがいるし、反対にそうキレイでもないが、なんかやたら男の人から何かされる女というのもいる。ついこのあいだ、あるパーティに行った時のこと。魔性の女、という尊称を持つ友人と一緒だった。ちょっとしたディナーとワインの会だったが、彼女は帰りしなに言った。
「あの男って、テーブルの下で、私にずうっと膝《ひざ》を押しつけてきたのよ」
私はびっくりした。初対面のその男性は、テーブルの上において、私にはとってもジェントルマンだったんだもの。
「でも私も、そういうこと、嫌いじゃないから、押し返してやったけど」
むらむらされる女って、こういう空気を漂わせているのね。許されそうな女、そうよ、間違っても、私のようにつきとばさない女よね。