久しぶりにテツオとごはんを食べることになった。
「やっぱりフグだぜ。冬はフグがいいよなあ」
とテツオは言う。フグは私も大好物。が、値段が値段なもんで、最近は安いコースを食べられるところへ行っている。ここで割りカンで友人たちと一緒に食べるのが最近の楽しみであるが、
「フグは六本木のAが最高だよなー。あそこのフグを食いてえなー」
とテツオ。そりゃあ「A」のフグは、他のところと全然違う。フグ刺しも厚くたっぷりしているし、フグチリや唐揚げのおいしさときたら……。
「たまにのことだから、おごってやるぜ」
とテツオは言ったのであるが、私は心が重い。私はもともと、相手が編集者であれ誰であれ、ご馳走《ちそう》してもらうのは気がひけるたちだ。そこのフグ屋は値段もすごいが、現金払いが鉄則である。私はかつてここで、お世話になった五人にご馳走したことがあるけれど、その時は銀行で預金をおろした記憶がある。けなげな私は、テツオに言った。
「他のものなら喜んでご馳走してもらうけど、やっぱりフグは気がひける。おまけにあそこはキャッシュでなきゃダメなんだよ。私、ヒトに目の前でそんな大金払わせるのイヤだから、割りカンにしようよ」
そしてその日、お店のカウンターで待っていると、いつもどおりテツオが遅れて入ってきた。
「よォ」
「遅かったじゃないの」
まるで恋人同士のような会話ね。他の人たちも、
「お、ハヤシマリコが、男を連れてフグを食べに来てるじゃないか」
と注目してる。ふふ、ちょっといい気分。ちなみに世間では、一緒にフグを食べている男女は、絶対にデキているという鉄則があるらしい。何の関係もない女に、あんな高いもんを食べさせるはずもないし、狭い座敷でいちゃいちゃ膝をつき合わせて鍋を食べるからには、絶対に怪しい、ということらしい。
でも世の中には、私たちみたいに割りカンで食べる男女もいるんだけどさあ……。
やがて私たちは座敷に上がり、楽しいひとときを過ごしたわ。そして金額をきっちり二で割ることにした。といっても、
「端数はオレが払っとくぜ」
「ありがとう」
というやりとりの後、おかみさんが高らかに叫ぶ声が座敷にいる私たちにまで聞こえたわ。
「ハヤシさんのお勘定、二つに割ってくださいね。端数はお連れの方が払うそうよー」
あれって店中の人たちに聞こえたと思う。私たちがタダの編集者と執筆者で、しかも割りカンで食べるセコい仲だということがバレてしまったのね。ハズカシイー。
かつて秋元康さんは私にこう言った。
「ハヤシさん、そういう金の遣い方をすると、絶対に男は恋愛感情を抱かなくなるよ」
つまり割りカンとかそういうことをやめろというのだ。私はつくづくわかったのであるが、男の人にモテる女の大きな要素は、「可愛いわがまま」というやつですね。夜中に車で迎えに来いとか、成田まで送っていけ、というのが平気で言えて、しかも相手に喜ばれる女の人である。
食べることにしてもそうだ。私のまわりで、
「男の人が払ってくれなきゃ、一緒に食べたりしないわよ。どうして私が払わなきゃいけないの」
と首をかしげる人がいるけど、こういう人は例外なくモテる。モテるから強気になるのか、強気だからモテるのか、私にはよくわからない。彼女は中華料理を食べる時は、二人で七皿分くらい頼む。別に大喰《おおぐ》いのわけではない。
「食べきれないぐらい並べないと、食べた気しないの」
だと。それで払う男の人はニコニコしてるから、よくわからないです……。
ああいう女のコというのは、仔猫《こねこ》のように男の人の懐に入って、ニャゴニャゴ甘えるすべをよく知っている。どこまで甘えていいのか、どこまで許されるのかも本能的によおくわかっている。あれはもう、天性のものとしか言いようがない。
が、私のところにもある日、ステキなご招待がやってきた。大金持ちのおじさまが二人、「吉兆」にご招待してくれたのだ。「吉兆」といっても、デパートの中に入ってる支店じゃないわ。そう、総理大臣とかがよく行く、築地の本店よ。芸者さんもいっぱい来て、ものすごく高いワインが抜かれた。だけど今日は気にならないわ。だって日本でも指折りのお金持ちのおじさまたちなんですもの。
「ごちそうさまでした」
と私が言ったら、
「いや、いや。美女にご馳走するのは僕の趣味だからね」
その時、本当に自然に、するりと、
「じゃ、またお願いします」
という言葉がもれた。同席していた友人が、「あなたって図々しい」と呆《あき》れてたけど、何ていうかさー、ちょっと自信が出ると発言が違ってくるのね。やっぱり女は外見って大切ねー、昔から私をよく知ってるテツオなんかだと、相変わらず弱気だけどさー。