タクシーの中で、若い友人から突然言われた。
「ハヤシさん、私、Bさんとつき合ってますから」
Bさんと言われてすぐに誰だかわからなかった。そうだ、ついこのあいだ私が紹介してやった男ではないか。
彼女と二人で海外旅行した時、
「おいしいレストランに行きたいから、誰か連れていってくれる男をよろしく」
と頼んだところ、現地の友人が彼を推薦してくれたのだ。ハンサムでマナーもいいという触れ込みだったが、確かにそう悪くなかった。しかしあの時、黙々と食べ、ほとんど喋《しやべ》らなかった彼女と、B氏がどうやって結ばれたのであろうか。そういえばB氏、海外勤務を終え、帰ってきたというハガキが来てたっけ。その後、つき合いが始まったということか。
それにしても、皆さんお早い。一緒にごはんを食べたのは、ついこのあいだのことではないか。B氏が彼女に興味を示した様子もなかったし、彼女が愛想をふりまいたという記憶もない。しかし世の中って、こんな風にしてまわっていくのね。
そして私って、いつも場所を提供する女なんだワとつくづく思う。ケチなことは言いたかないけどさ、食事代何人分かおごって、人に恋の場所を提供していたわけね。ずうーっと昔からそうだったワ。
私はテツオに言った。
「私って、いつも私的�ねるとん�を企画してあげる女なのかも」
「オレが前から言ってんじゃんか」
テツオはいつもの暗い口調で、おごそかに言い放つ。
「モテる女は、絶対にコナかけてるって。コナをかけないでモテる女なんかいないってさ」
そうかな。私もその持論には賛成しているが、あの時のお食事に、コナの入り込む隙はなかったと思う。友人はほとんど無言で食べ、B氏の方は私にばっかり話しかけてたと思う。
「それはだなー、食べながらコナをかけてたんだ」
とテツオ。
「食べながらコナかけるって、どんなことするの」
「イヤらしい食べ方してさ、意味ありげに男を見たんじゃねえのか」
誓って言うが、友人はそういう器用なことが出来る女ではない。
まあ、私はヒトヅマだし、年増にもなっているので傷つくこともないけれど、昔はそりゃあイヤなめにばっかりあっている。ここに書くとみじめになるからあまり言いたくはないけれど、つまり「抜けがけ」っていうのをすごくされた。どうして皆さん、そんなにお早いのかしら。
「そりゃあ、すぐにやらせるからだ」
テツオが下品なことを言う。
「会ってすぐに、やらせてくれればさ、男と女なんかすぐにくっつくじゃねえか」
私もそういうことをするのにやぶさかではなかったが、年をとるとシガラミというのが出てくる。十代や二十一、二の女のコじゃあるまいし、紹介してくれた人の手前もある。それにワンナイトラブ、一回こっきりの関係というのもすごく淋《さび》しい。
お早くなってもいいんだけれども、それがちゃんとした恋愛にという風に安定したい。
よく世の中で、一回こっきりのことばっかりしていて、自分は「新しい女」みたいに思っているのがいるが、私は違うと思う。そういうことが続いている女というのは、どんなに美人でも安っぽい雰囲気が漂っている。
女がポイントを上げるのは、うんと早くまとまり、深く潜行し、そしてさりげなく、
「実はつき合っているんです」
ということでありましょう。
しかしなあ、恋のはじまりというのは、いったいどんな風にくるのかしらん。初めて会った時から、ちょっといいナと思うと、女はまず目に力を入れる。その人をじっと見て大きく頷く。その人の言葉に大きく反応して、すっごく笑う。これだけのことをしておけば、男も「お」という感じで、こちらの方を向いてきますね。後はぐずぐずと帰るふりをして、終わり際を一緒にいるように計算する。二次会には行かないつもりと大きな声で言う。こうしておけば、たいていの男は送ってくれるから……。
あーあ、昔はちょっとあった勘がすっかり鈍ってしまった。やっぱりな、ヒトヅマっていうハンディは大きいよね。恋っていうのは、していないとだんだん錆《さ》びついてくるものね。
そこへいくと私の友人たちはみんな現役なもんで、うまあくかっさらっていってくれます。ホントに恋は速攻だよね。自分の動物的カンを信じて、とんとんとんと進んでいかなければならない。
あの時テーブルの上で、友人とB氏との間にさまざまな暗号が流れたのであろう。それをキャッチ出来ない私というのは、もはや自分もそういうオーラを発せなくなっているのかしらん。いや、いや、それじゃ悲し過ぎる。今度試しに、ちょっと頑張ってみるか。実はあさっては私の誕生日。ある男性とデイトすることになっているの。