若い頃、私のチャームポイントはまつ毛であった。すごく長くて濃くて、しっかりとマスカラをつけると、
「つけまつ毛でしょ。本物じゃないよね」
と皆に言われたものだ。
しかし最近トシのせいで、まつ毛にすごく元気がない。薄くなったうえに、ぐたっと下を向いてしまうのだ。いつもメイクしてくれる人から、
「ハヤシさんのは、すぐコンニチハするまつ毛だね」
と言われてしまった。
そんなワケで、銀座に出たついでに「ブーツ」で、まつ毛アイロンを買った。さっそく使い始めたのであるが、なんかうまく立たない感じである。そんなわけで、ビューラーにうんと力をこめる私だ。
ちなみに私は、最近アイラインにとても凝っている。今までは入れなかったか、せいぜいペンシルだったけれども、最近はリキッドがお気に入りだ。細く細く入れて、その上をペンシルで調整する。このラインは、美人になれるかどうかの分かれめだよね。
マスカラは絶対に欠かさない。たとえファンデーションは手を抜いても、マスカラは絶対にします。
そういえば、男の人というのは、このビューラーにものすごい興味を示すみたいだ。昔、恋人の部屋にお泊まりして、ポーチからいろんなものを取り出す時、口紅やコンパクトには無関心だった男の人が、ビューラーを手に取ってしげしげ眺めていたのを憶《おぼ》えている。あのカタチが、ものすごく変わった、ハードなものに見えるみたいだ。
女の人というやわらかいものをいじるのに、こんな小さな拷問器具みたいなものを使うんだね、と思ったに違いない。
ところで話は変わるが、私はつい最近アイドル女優さんと一緒に記者会見をした。私の書いた恋愛小説が今度映画化され、その主演女優が、今をときめく田中麗奈ちゃんだったのだ。
可愛いーなんてもんじゃない。透きとおる肌に、頬がほんのりバラ色。そしてあのキラキラ光る、きゅっと上がった大きな瞳《ひとみ》。信じられないのは、まつ毛の長さであった。まばたきをするたびに、バサバサと音がしそう。
私はつくづく思った。長いまつ毛というのは、深い陰影をつくるんだよね。目を伏せた時というのは、女の人が無防備になり、とても美しく見える一瞬だ。なんといおうか、男の人の心の中に、何かがめばえる瞬間だ。この時にこんなに長いまつ毛と、キレイな肌を持っていたらどんなにいいかしらん……。
私は仕事柄、いろんな美人に会うけれども、美人というのはたいていまつ毛が長いですね。それは、
「美人イコール目が大きい、大きな目を守るためにまつ毛が発達する」
という法則が成り立つかもしれない。汚い話ですが、空気の汚れたところに住むとハナ毛が伸びるのと同じ原理かもしれない。
私の友人でモデルをしているコがいるが、このあいだお出かけする時、彼に車で送ってもらっていたそうだ。中でせっせとお化粧をした。よせばいいのにビューラーをしている最中、彼が急ブレーキをかけ、前のめりになった。すごく痛くて、案の定何本もまつ毛が抜けてしまったそうだ。可哀相だけれども笑ってしまった。
私はよくタクシーの中で化粧をするが、いくつかのルールを決めている。まず、どんなに忙しくても、ファンデーションはうちで塗っていく。リキッドの場合、手が汚れたり、シートにこぼれることがある。何よりもファンデーション関係というのは、リキッド容器、白粉《おしろい》の箱、パフなどカサ高い。だからこれらはさっさと家で済ませる。
そしてこれが肝心なことですが、ビューラーは絶対に信号待ちの時に。車が走っている最中にあれを使うのは、あまりにも危険が大きい。
こう考えてみると、女にとってまつ毛を上げるというのは、かなりむずかしい作業だと思いませんか。化粧で、他にすることといえば、塗る、線をひく、この二つしかない。まつ毛を上げるというのは、まっすぐのものを曲線にする作業なのである。そりゃあいろいろ苦労するのも当然かもしれない。
そうそう、まつ毛というのは第二の目でもある。眠っている時、目の代わりに女の顔を彩ってくれるのはまつ毛しかないんだものね。男の人が、女の人の寝顔で何を見るか、何に惹《ひ》かれるかといったら、これはもうまつ毛なんですよね。
まつ毛は本当に大切。麗奈ちゃんのような濃さと長さはとうてい無理としても、何とかもっと増やしたい。
ヘアメイクの人が、こんなことを教えてくれた。某有名中年女優の仕事をすることになったんだけど、彼女はバリバリに整形してるので、あんまり気が進まなかったんだって。そして行ってみてびっくり。まゆ毛は今、流行の入れ墨がちゃんと入ってて、目はしっかり深い二重だし、アイラインの入れ墨もしてあった。何もする必要がないくらいだったんだって。ふーん……。じゃ、マスカラの必要もないくらい? と聞いたら、そうと答えた。でもあれをしない朝も、淋《さび》しい気がするなあ……。