二五 松崎村字登《のぼ》戸《と》の淵の近所に、里《さと》屋《や》という家があった。昔その家のすぐ前を猿《さる》が石《いし》川が流れていて、増水の時などはいつも難儀をするので、主人はこれを苦にして一日川のふちに行き、川のぬし川のぬし、もしもこの川を別の方へ廻して流してくれたら、おれのたった一人の娘をやってもよいがと言った。次の朝起きてみると、もう一夜のうちに川は家の前を去って遠くの方を流れていた。そこで主人はひどく心を痛めて、いろいろと考えたあげく、その日召使の女が何心もなく淵に行って洗濯をしているところを、不意に後から川に突き落とした。その女はいったん水の中に沈んだが再び川の真中に立ち上がって形相を変えて叫んだ。男に恨みがある。お前の家にはけっして男を立てぬからそう思えと言った。それから後は今でもこの家には、男が生まれても二十にならぬ前にきっと死ぬという。これはその家の者の直話を聴いたという伊藤君の話である。