二六 これも松崎村の橋場あたりであったかに、徳弥という馬喰《ばくろう》渡《と》世《せい》の者が住んでいた。ある年洪水があって川の水が登《のぼ》戸《と》の家まで突きかけて来るので、徳弥は外へ出て、川の主、川の主、娘をやるから水を脇の方へ退《の》けさせてくれと言った。そうすると水はすぐに別の方向に廻ってしまった。こうは言ったものの愛娘を殺したくはないので苦労していると、そこへちょうど母と子と二人づれの乞食が来た。娘の年をきくと十八で、自分の娘と同じであった。事情を打ち明けて身代わりになってくれぬかと頼むと、乞食親子はその頼みを承知した。その夜は村の人が多勢集まって来て、親子のために大《おお》振《ぶる》舞《まい》をして、翌日はいよいよ人々に送られて、前の薬《や》研《げん》淵という淵に入った。母親が先にはいって、水の中から娘の手を取って引いた。娘はなかなか沈まなかったが、しまいには沈んでいって見えなくなった。その娘のたたりで後々までも、この徳弥の家では女の子は十八までしか育たなかったそうである。