四三 青笹村の御前の沼は今でもあって、やや白い色を帯びた水が湧くという。先年この水を風呂にわかして多くの病人を入湯せしめた者がある。たいへんによく効《き》くというので、毎日参詣人が引きもきらなかった。この評判があまりに高くなったので、遠野から巡査が行って咎《とが》め、傍にある小さな祠まで足《あし》蹴《げ》にし、さんざんに踏みにじって帰った。するとその男は帰る途中で手足の自由が利かなくなり、家に帰るとそのまま死んだ。またその家内の者たちも病気にかかり、死んだ者もあったということである。これは明治の初め頃の話らしく思われる。