一一一 栗橋村アカスパの某という狩人、先年白見山で雨に降り込められて、霧のため山を出ることができなかった。木の根にもたれて一夜を明かしたが、夜が明けて雨が晴れたので、そこを歩き出すと、ひどく深い谷へ落ちた。その時に向こうから髪をおどろに振り乱した女がやって来るのに逢った。著物は全くちぎれ裂け、素足であったが、たしかに人間であった。鉄砲をさし向けると、ただ笑うばかりである。幾度も打とう打とうと覘《うかが》いながら打ちかねているうちに、女は飛ぶように駆け出して、谷の奥へはいって見えなくなった。後に聞いた話では、これは小国村の狂女で、四、五年前家出をして行方不明になった女だったろうとのことである。それでは白見にいたのかと人々は話し合っていたが、はたしてその狂女であったかどうかはわからない。