二〇三 遠野の元町の和田という家に、勇吉という下男が上郷村から来ていた。ある日生家に帰ろうとして、町はずれの鶯崎にさしかかると、土橋の上に一疋の狐がいて、夢中になって川を覗《のぞ》き込んでいる。忍び足をして静かにその傍に近づき、不意にわっと言って驚かしたら、狐は高く跳ね上がり、川の中に飛びこんで逃げて行った。勇吉は独り笑いをしながらあるいていると、にわかに日が暮れて路がまっくらになる。これは不思議だ、まだ日の暮れるには早すぎる。これは気をつけなくてはとんだ目に遭うものだと思って、路傍の草の上に腰をおろして休んでいた。そうするとそこへ人が通りかかって、お前は何をしている。狐にたぶらかされているのではないか。さあ俺といっしょにあべと言う。ほんとにと思ってその人についてあるいていると、なんだか体じゅうが妙につめたい。と思って見るといつの間にか、自分は川の中にはいってびしょ濡れに濡れておりおまけに懐には馬の糞《ふん》が入れてあって、同行の人はもういなかったという。