二〇六 この政吉が小友村にいた若い時のことである。ある年の正月三日に小友の柴橋という家から、山室の自分のいた家まで、帰って来る途中で暗くなった。すると前に立って女が一人、背中の子供をゆすぶりながら行く。その子供が時々泣く。日頃知っている女のようにも思ったが、それが子供をおぶいながら、こちらがいくら急ぎ足であるいても、どうしても追いつけぬのでこれはおかしいと感じた。そのうちに自分もかけ出して追いつこうとすると、つと路をはずして田圃路を、背中の子供を泣かせながら、いっこう平気であるいている。路のないところをしかも雪の上なので、ははあこれはてっきりおこんだと思い当たったのであった。やがて自分の部落になり家にはいって行こうとすると、もうその女がこちらより先に自分の家へはいって行くのであった。家には大勢の若者が集まって、賑やかに遊んでいた。政吉はそこへいきなり飛び込んで、おい今女が来なかったかときくと、皆して笑って狐にばかされて来たなと言った。そこで試みに障子を開けて見ると、はたして風呂場の前に一疋の狐が、憎らしくもちゃんと坐って家の方を見つめている。よしきたと猟銃を取り出して、玉をこめて火縄をつけると、どうしたものか火が消えて火薬に火が移らない。そこで考えてそっと友だちの一人を呼んで、その鉄砲を持たせてそこにいて狙っていてもらい、自分は今一挺の鉄砲を出して厩口の方へまわり、狐の横顔を目がけて一発で仕とめてしまった。たいへんに大きな狐であったという。その晩はおかげでみんなと狐汁をして食ったという話。この爺にはまだいろいろの狐の話があるが、小友で狐に騙されて塩鮭三本投げたという話など、だいたい他でもいう話と同じようであった。