二〇七 橋野村の某という者が、二人づれで初《はじ》神《かみ》の山にはいって、炭焼きをしていたことがある。その一人は村に女を持っていて、炭《すみ》竈《がま》でも始終その話をして自慢していた。ところがある晩その女が、縞《しま》の四幅の風呂敷に、豆《とう》腐《ふ》を包んで、訪ねて来て炭焼き小屋に泊った。二人の男のまん中に女は寝た。夜中に馴染の男が眠ってしまってから、傍の男はそっと女の身に手を触れてみると、びっくりするほどの毛もそであった。しばらく様子をさげしんで(心を留めて)いたが、思い切って起き出し、鉈《なた》を持って来てその女を斬り殺した。女は殺されながら某あんこ、何しやんすと言って息絶えた。何の意趣あっておれの女を殺したと、もちろん非常に一方の若者は憤って、すぐにも山を下って訴えて出るように言ったが、いやまず明日の昼まで待ってみよ。この女はけっして人間でないからと言ったものの、いつまでたっても女の姿でいるゆえに、ようやく不安になって気をもんでいるうちに、夜があけて朝日の光がさして来た。それでもまだ人間の女でいるので、いよいよこれから訴えに行くというのを、もう少し少しと言って引き留めていたが、はたしてだんだんと死んだ者の面相が変わってきて、しまいに古狐の姿を表わしたそうである。今さらのごとく両人の者も驚いて、共々里に下ってまず風呂敷の持ち主を尋ねてみると、昨晩某という家に婚礼があって、土地の習いとして豆腐を持って行くことであったが、ある人の持っていた豆腐が風呂敷のまま紛失して、どうしたことかと思っていた。それがまさしく狐が山に持って行ったものであったという。今から五、六十年も前の出来事だといっている。