二〇八 つい近年の事である。小国村で二十二になる男と十八歳の若者と、二人づれで岩《いわ》魚《な》を釣りに山にはいった。その川の河《かつ》内《ち》には牛牧場の小屋があるから、そこに泊るつもりにしてゆるゆると魚を釣り、夕方にその小屋についてみると、かねて知り合いの監視人は里に下っていなかった。はあこの小屋には近頃性《しよう》悪《わる》の狐が出て、悪戯をして困るという話をしていたが、さては大将おっかなくて今夜も里に下ったなと、二人で笑いながら焚火をして、釣って来た魚を串《くし》に刺して焼きながら、その傍で食事をしていた。すると向こうの方でかわいらしい猫の鳴き声がする。狐が出るなどという時には、たとえ猫でも力になるべから呼んでみろといって、呼ぶとだんだんと小屋に近づいて来て、しまいには小屋の入口から顔を出した。小さなかわいらしいぶち猫であった。招ぎ込んで魚などを食わせて背中を撫でてやると、咽をころころと鳴らしている。今夜はどこへも行くんじゃないぞと、そこにあった縄を取って猫にワシコに掛けて小屋の木に繋いでおくと、食ってしまってから出て行こうとして、いろいろと身をもだえてあばれる。年上の方の男はこの恩知らずと言って、腰からはずしておいた鉈を取って、猫の肩先を切ったところが、縄までいっしょに切れて、向こうの藪に逃げ込んでしまった。一方の若い者が言うには、猫は半殺しにすると後で祟るものだというから、しっかり殺すべしと。そこで二人で出かけて竹《たけ》鎗《やり》と鉈とでとどめを刺して、それを縄で結んで小屋の口に釣るしておいて寝た。翌朝も起きてその猫を見て冗談などを言っていたのだが、そのうちに外から監視の男がはいって来て、やあお前たちはこの狐を殺してくれたか。本当に悪い狐で、どんなにおれも迷惑をしたか知れないと言った。なに狐なものか、あれはとぺえっこな(小さな)ぶち猫だと言って、若い衆は小屋から出て見ると、それがいつの間にか大きな狐になっていたという。これは土淵村の鉄蔵という若者の聞いてきた話である。