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月蝕姫のキス03

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:CHAPTER 02ともあれ、その日を境に、ぼくが行宮《ゆくみや》美羽子《みわこ》の存在を意識するようになったことだけは確かだった
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 CHAPTER 02

ともあれ、その日を境に、ぼくが行宮《ゆくみや》美羽子《みわこ》の存在を意識するようになったことだけは確かだった。そして、おそらくは彼女の方も。
で、ぼくがその後、彼女と積極的に話すような間柄《あいだがら》になったかというと——それはご想像に任せる(たぶん、ご想像の通りだ)。
少なくとも目を合わせたり、何となく会釈《えしゃく》をかわす機会が、以前と比べものにならないほど増えたことは確かだ。一度なんてニコッと笑いかけられたことだって……いや、ラブコメはこのぐらいにしておこう。みんなが求めているのは、もっと血なまぐさく物騒《ぶっそう》な話だろうから。
というわけで、あの放課後の一コマから一週間とちょっと後——安っぽい照明効果みたいな夕焼けが街を染めた、たそがれどきの出来事について話そう。
その日そのとき、ぼくは学校からの帰りがけ、いつも通り屋敷町《やしきまち》の真ん中を貫《つらぬ》く通学路をテクテクと歩いていた。
学校におけるぼくは、この日もパッとしなかった。まあ、これは日課のようなものだが、意味もなく考えに考えて空振《からぶ》りに終わるということがまた一つあったのだ。
よくしたもので、いやなこと、うっとうしいことがあった日も、たまたま手にした小説のストーリーに引き込まれたり、結末でハッと胸をつかれたりすると、まあいいかと帳消しにできた気になる。これは自宅でのことだが、テレビで何の予備知識もないまま見た昔の映画の出来がよかったときも、けっこううさが晴れたりする。
あいにく、このときはそういうアイテムというか、特効薬の持ち合わせがなかった。だから、何かこう日常にあきたりないというか、何もかもが引っくり返ってしまうような事態をほんのり期待しながら、家路を急いでいた。
そんなさなかのことだった——何の気なしに振り返った背後に、行宮美羽子の姿を見出したのは。道がゆるやかに屈曲《くっきょく》しているせいで、あれっと思った次の瞬間《しゅんかん》には死角に隠《かく》れてしまったが、確かに彼女に間違《まちが》いなかった。
声をかけるには遠く、そのまま立ち止まるのも変だし、といって後ろを向きながら歩き続けるわけにもいかず、またとぼとぼと歩を進めるほかなかった。
だが——笑いたい人は、ここで笑ってもらってかまわないのだが——ぼくは思いがけず美羽子の姿を見かけたことで、ちょっぴり得をしたような気がした。その意味で、彼女はぼくが日ごろ愛読する小説家たちに匹敵《ひってき》したといえるかもしれない。
それにしても、この通学路を通って何百ぺんになるか知れないが、これまで行宮美羽子の姿を見かけたことはない。単にタイミングがずれていただけか、それともこれまではほかの道を使っていたのだろうか。考えてみれば不思議《ふしぎ》な話だったが、そのときのぼくにはもっと別のことが気になっていた。
当然今度は目が合うかもしれない、そしたら声をかけてみよう——そんな淡《あわ》い、くだらない期待を抱《いだ》いて、そっと首を後ろにねじ向けた。そのとたん、
(なぁんだ……)
ぼくはがっかりしてつぶやいた。そこには、熟れたような朱色に染まり、静まり返った街路があるばかり。いったい何を期待してたんだと、ひどく小《こ》っ恥《ぱ》ずかしい思いにかられ、やや前かがみになり、ことさらザッザッと足音をたてながら帰り道を急いだ。
——あの男[#「あの男」に傍点]に出会ったのは、それからまもなくしてからだった。
さっきも少し記した通り、ここはいわゆる屋敷町というやつで、クルマ一台半ほどの道幅《みちはば》をはさみ、たった一か所を除いて両側にどこまでも長く高い塀《へい》が続いている。殺風景なブロック塀に、うっそうとした緑の生《い》け垣《がき》、竹をすき間なく組み合わせたものや上に瓦《かわら》をのっけた土塀などなど。それらの向こうに見える建物も立派なものばかりだ。
とりわけこのあたりは、ずっと一本道が続き、敷地《しきち》と敷地の間に路地などはないから、もし間違えて入り込んでしまったが最後、適当に角を曲がって別の区画に出るわけにはいかない。そのままひたすら歩き続けて一帯を通り抜《ぬ》けてしまうか、来た道をえんえんと取って返すしか方法がないのだ。
塀はどれも高いし、いくら閑静《かんせい》だとはいっても人の目はあるから、よほど大胆《だいたん》な行動にでも出ない限りはほかに逃《のが》れようもない。つまり、翼《つばさ》を持たず、ここに面したどのお屋敷の住人でもない人間にとっては、ここは一種の�密室�のような空間となっていた。そう呼ぶには、おそろしく細長いしろものだったが……。
ちょうど、ぼくから見て進行方向左、方角でいうと北側に赤レンガの塀が始まろうとするあたりにさしかかったときのことだった。ここで断わっておくが、ここらあたりの家々の塀は先にも記した通り千差万別、どれ一つとして同じようなものはなく、したがってレンガ塀というのもここだけだった。
長年の風雪に耐《た》えてすっかり古び、あちこち傷ついたレンガ群の真横にさしかかったとき、ふと顔をあげたぼくは、すぐ前方から歩いてくる一人の男の姿に気づいた。
年のころは四十代半ばぐらいだろうか、一瞬、ホームレスか? と思ったほど、うらぶれた感じの人物だった。
背広もズボンもよれよれ、ワイシャツはくしゃくしゃに着崩《きくず》れて、ネクタイはひものよう。となれば、髪の毛が整っているわけもなくボサボサに逆立っていた。おまけにがっくりと首うなだれて、足つきも何となくおぼつかない。
サラリーマンが会社に出勤したまま放浪生活に突入《とつにゅう》し、そのあと年季を重ねたら、こんな風になるかもしれなかった。
その男を見た瞬間、ぼくは何ともいえないいやな感じに襲《おそ》われた。どうにもこうにも不吉でおぞましい感じ——といっても、それはその男当人から受けたものでないところが妙《みょう》だった。この人は無害というか無気力そのもので、なのにどうしようもなく暗い影《かげ》がさしているように思われたのだ……。
——赤レンガの塀の真ん中あたりで、ぼくとその人はゆっくりとすれ違った。
ぼくはほんの一瞬、彼のことをぬすみ見たが、先方はぼくのことなど気づきもしないようだった。ぼくだけではなく自分を取り巻く世界の全てから目をそむけているようだった。
少し行ってから、何とはなく振り返ってみたが、そのときにはもう塀がわずかにカーブした先の死角に入って見えなかった。
——それが、ぼくがその人を見た最初で最後だった。と同時に、これはその後に果てもなく連鎖《れんさ》してゆく悲劇にぼくがかかわる、ほんの端緒《たんしょ》に過ぎなかった。
そのままぼくは、道を進んだ。赤レンガの壁はたちまち過ぎて、竹垣やブロック塀をいくつか過ぎて、見上げるような板張りの塀に左右をはさまれた一帯にさしかかり、その半ばあたりまで来たとき、路上に何かキラリと光るものが目に入った。
(あれは……鍵《かぎ》か何かかな?)
近づくにつれ、どうもそうらしいことがわかった。オレンジ色をしたプラスチック製の、ありふれたキーホルダー付きの何の変哲《へんてつ》もない鍵——。それが、すぐ足元の地面を通過しようとする瞬間、ぼくは歩みを止めた。
拾おうかどうか、二、三秒の間|躊躇《ちゅうちょ》した。どんなにありふれた鍵だろうと、なくして不自由でないはずがない。といって、いま拾ってどこかに届けてしまうと、持ち主があわてて捜《さが》しに戻《もど》ってきたとき、見つからないということになりかねない。そう考えて、いったんは行き過ぎたが、なぜだか気になって引き返した。
立ち止まると、足下の地面と、さっきあの男の人とすれ違った方角を見比べた。だが、誰もやってくる気配《けはい》はなかった。あの男も、ぼくの後から来るはずの行宮美羽子も。
コインロッカーのキーらしいな——そう見当をつけて、「357」という数字が結びつけられた鍵をポケットに放り込んだ。この先の帰り道にある交番に届けるつもりだった。
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