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月蝕姫のキス08

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:CHAPTER 07その晩、やっとのことで家に帰り着いたぼくが、どういう目にあったか、それをどう切り抜けたかは大して重要ではないし
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 CHAPTER 07

その晩、やっとのことで家に帰り着いたぼくが、どういう目にあったか、それをどう切り抜けたかは大して重要ではないし、第一あまり思い出したくもないので省略させてもらうことにする。
といっても、後で家族関係がギクシャクすることは心配せず(それが難しいのだが)、居直ってしまえば大したことはなかった。それに、いかに家族に詰問《きつもん》されたとしても、
「しょうがないだろ、警察に言われたんだから」
と言えば、グッと詰《つ》まってしまうのがおかしかった。じゃあ、なぜ警察に引っ張られるようなことになったのかと訊《き》かれたのに対しては、
「知らないよ。たまたま居合わせただけ……ただの偶然《ぐうぜん》なんだよ」
で押し通した。その結果わかったことは、この国の大人を黙《だま》らせるには「警察」と「偶然」が効果的らしいということだった。
だが、相手が同年代の連中の場合はどうか。白状すると、ぼくはいつでも彼ら彼女らが苦手だった。もっと小さいときは、怖《こわ》くさえあった。
大人は原則として、わけのわかったことしかしないが、子供は何をしでかすかわからないからだ。とはいえ、幼稚園から小・中・高に至るまで、いやおうなく子供の中に投げ込まれて子供をやっているうち、多少の免疫《めんえき》はできた。
だが、今度はちょっとばかり特別だった。殺人事件がらみで警察に呼び出されたということが、どういう結果をもたらすか。まして、それが偶然ではなく、ストーカーよろしくわざわざ出かけて行って、変質者みたいに現場にへばりついていたとなれば、何を言われるかわかったものではない。大人(それも身内)と同じ言い訳が通用するとは思えなかった。
そんなわけで、かなり憂鬱《ゆううつ》な気分で、いつもの通学路をたどった。同じ学年の連中はもちろん、見知らぬ生徒たちと視線が合ったり、背後で声がしたりしただけで、いちいちビクビクしなくてはならなかったのは、われながら情けなかった。
結論から言うと、その心配は無用だった。もちろん、自分たちの行動エリアの中にあるショッピングセンターで、しかも学校帰りに制服から着替《きが》えて遊びに繰《く》り出す女子たちが利用してもいるらしいコインロッカー・コーナーで、こともあろうに射殺|騒《さわ》ぎがあったというのは、かなりホットな話題となっていた。
だが、ぼくがその間近におり、あの青年の死にゆく姿を目の当たりにしたなどとは、誰も知らないようだった。ひょっとしたら、知っていながら誰も問題にもせず、毛筋ほどの興味も引かなかったのかもしれなかった。
それはそれで、さびしいものがあったが、だからといって、こちらからみんなを集め、あの委員長コンビみたいに一席ぶつ気にもなれなかった。
結局、この日のぼくがしたことと言えば、退屈《たいくつ》な授業をじっと耐《た》え抜《ぬ》き、長い長い時間をやり過ごすいつもの難行苦行《なんぎょうくぎょう》を除いては、たった二つしかなかった。
一つは、ひたすらあることを考えることであり、もう一つはといえば、行宮《ゆくみや》美羽子《みわこ》のことをちらちらとぬすみ見ることであった。この二つは、全く別の事柄《ことがら》であるはずだった。少なくとも、ぼくはそう思い込んでいた。
——行宮美羽子はいつも通り、きれいで物静かで、とりわけ今日は周囲の喧騒《けんそう》から超然《ちょうぜん》としているように見えた。休み時間も自分の席を離《はな》れず、静かに読書にいそしんでいるらしい姿は、ちょこまかとコマ落としの映像のように動き回るクラスメートの中にあって、まるで別の時間が流れているようだった。
本当は、もっとじっくりとながめていたかった。美羽子の長くつややかな黒髪、額のはえ際から鼻筋、口元からあごに至る優美なライン、何か強い意志が感じられるようになった瞳《ひとみ》、ほんのりと赤身を帯びつつも抜けるように白い肌《はだ》——それから、ときおりページを繰り、髪をかきあげるしぐさまで含《ふく》めた全てを。
何とも陳腐《ちんぷ》な表現で申し訳ないが、そういった要素を漠然《ばくぜん》と思い浮《う》かべながら、ハッとした。いつからぼくは、彼女にこんなにも魅《ひ》きつけられるようになったのだろうか、と。
以前から、好感を抱《いだ》いていたことは間違《まちが》いない。だが、用もないのに声をかける勇気もなく、そもそも恋心といえるほどのものはぼくの中にはなかった。
思いがけず、ぼくのプランをほめられた放課後以来のことだろうか? いや、確かにあれをきっかけに、彼女のことを意識するようにはなったものの、まだぼんやりとしたものでしかなかったはずだ。そう、少なくとも一昨日の放課後までは……。
明らかに、どこかに心の段差があった。だが、ぼくにはそれ以降、これといって彼女のことを強く印象づけられるような機会はなかった。
その間に、あった出来事といえば……そう考えて、何かしら冷たいものが背骨を這《は》いのぼるのを感じた。
(あの殺人事件! それも二度にわたり、死を目前にした男を目撃《もくげき》するはめになった……)
そのことに思い当たったときだった。ふいに彼女がこちらを振《ふ》り向いた。
「!」
とっさに視線をそらし、知らぬ顔をしたものの、視線はひしひしと感じられた。ぼくは、苦手な授業で教師から指されそうなとき以上の必死さで顔をそむけた。
よほどたってから、ぼくはギクシャクと首をねじ向け、顔は真正面に向けたまま、可能な限りの横目を使って彼女の方をうかがった。
行宮美羽子は、もうぼくのことなど見てはいなかった。だが、その横顔は明らかに微笑《ほほえ》んでいるように見えた。
アルカイック・スマイル——古代の謎《なぞ》めく微笑。そんな場違いな単語が、ふと思い浮かんだとき、ぼくの脳裡《のうり》でまた一本のマッチが光り輝《かがや》いた。たった一本ではあったけれど、これまでよりいっそう大きく、まるで狂《くる》い咲きのような炎《ほのお》だった。
「どうしたんだよ、暮林《くればやし》。そんなに思いつめた顔をして……何かまた変なことでもあったのか?」
夏川至《なつかわいたる》は呆《あき》れたような、しかし邪気《じゃき》のない笑いを浮かべながら言った。学校の近くにある、今どき珍《めずら》しいほど喫茶店《きっさてん》喫茶店した喫茶店の二階でのことだった(言ってる意味がおわかりだろうか)。
「いや、まぁ……変なことといえば、そうかもしれないんだけどさ」
答えながら、ぼくは内心ホッと安堵《あんど》せずにはいられなかった。部活を終えたとたん、着替えもそこそこに呼び出されて、いやな顔一つしないのは夏川ならではだ。ちなみに、今でこそテニス部一本に絞《しぼ》っているものの、一時はバスケ部を掛《か》け持ちするほどの活躍《かつやく》ぶりだった。
そんな彼と、この店はいかにも似合わないし、そもそも高校生の姿などめったに見当たらない。だからこそ、ここを選んだわけだが、夏川はぼくがこんな場所に入りびたっていると思ったのか、面白そうに、珍しそうに、ぼくとくすぶったような内装を見比べたあと、
「何なんだよ、いったい」
彼らしく、単刀直入に訊いてきた。
ぼくは「うん、それが……」と説明のしように困ったあげく、いきなりこう切り出した。
「実は、例の殺人事件のことなんだ」
相手の率直さを見習ったつもりだったが、これには、さすが何ごとにも動じない夏川もぎょっとしたらしく、
「さ、殺人事件!? それって、どっちの」
と目をパチつかせ、面食らったようすで聞き返してきた。素《す》っ頓狂《とんきょう》といってもよかった。
彼の隠《かく》れファンを自称《じしょう》する女子たちにとっては、こんな彼はイメージ違いだろうか。いや、案外ウケるのかもしれなかった。
どう転んでも、そういったことはあり得ないぼくは続けて、
「あの空き地で死体が見つかった方だよ、通学路沿いにある。ほら、ぼくや、うちのクラス委員長やってる的場《まとば》と京堂《きょうどう》が、殺された人とすれ違った……」
「もちろん、知ってるさ。もちろん細かいことは除いてだけどね。で、それがどうしたっていうんだ?」
夏川は真剣そのものの調子で、身を乗り出してきた。それが何だと言われそうだが、ぼくには「何を今さら」と一笑に付さない彼がうれしかった。何しろ、そんな言葉を投げつけなさそうな相手といったら、この夏川至しか思い当たらなかったのだから。
「実は」ぼくは思い切って話し始めた。「そのときのことなんだけど……ぼくと的場たちの証言が微妙《びみょう》にズレてたっていうのは知ってるかい?」
「は? そんなもん、知るわけないじゃないか」
夏川は一瞬《いっしゅん》あっけに取られてから、苦笑まじりに答えた。それも当然といえば当然だった。
そこで、ぼくは全て話した。あの夕方、自分たちと中年男性がすれ違ったときの状況《じょうきょう》を、二つの遭遇《そうぐう》ポイントの位置関係からして、委員長コンビが目撃したときに被害者がすでに凶行《きょうこう》を受けており、相当危ない状況にあったとしたら、当然ぼくはそれ以上に瀕死《ひんし》の状態になった彼を見ていなければならないこと、だが実際にはそれほどまで切迫《せっぱく》しているようには見えなかったことを。
「それで、取り調べの刑事にしぼられたわけか。ひどいもんだな」
夏川は、その不条理さをぼくと分かち合うかのように、憤懣《ふんまん》の色を表わして言った。
「だが、理屈のうえでは、どうしてもそういうことになってしまうんだろう。お前がすれ違ったときには、その男はすでに誰だか知らない犯人によって傷を負わされていたことに?」
「それが、そうでもないかもしれないんだ」
ぼくはようやく話が本題に入ってきたことに、はやる気持ちを抑《おさ》えながら答えた。
「えーっと、どう説明したらいいか……そうだ、ちょっと待ってくれ。今、図に描《か》いてみせるから」
ぼくは戸惑《とまど》い顔の夏川を前に、あわててカバンを探ると、レポート用紙をつかみ出した。それをテーブルの上に広げると、ありあわせのペンで縦横に線を引き、それらにはさまれた区画を作ってみせた。数学でいう第一象限というやつだった。
「いいかい、このとき横軸が時間、縦軸が距離《きょり》だとするよ。横軸を右に行けば行くほど時間が経過し、縦軸は下が西、つまり学校側に当たり、上へ行くほど東に進むってことになる。もちろん大ざっぱなもんだけど、この図の上でまず的場と京堂の二人の動きをグラフにしてみると……」
ぼくは縦軸と横軸の交わる原点から、右|斜《なな》め上約四五度に直線を延ばし、その出発点に�A�と書き添《そ》えた。次いで、それと右に数センチ平行移動した形で同じような線を引き、これには�B�と印をつけながら、
「ほら、この直線Aで表わされるのが彼らであり、右寄りの直線Bが少し遅《おく》れて出発したぼくってわけだ。一方、被害者は反対方向から来たわけだから……」
言いながら、今度は右|肩《かた》下がりの線を引いて、先に引いた直線A・Bとクロスさせた。その交点をペン先で示すと、それを縦軸の方にずらしながら、
「これらは当然、ぼくたちがそれぞれあの男と出くわした、木の高塀《たかべい》と赤レンガ塀のある地点ということになるわけだ。ぼくらにとっては正体不明の人物だから、彼を表わすこの線はQとでもしておこうか」
[#挿絵(img/01_097.png)入る]
夏川は「なるほど」と腕組《うでぐ》みしながら、即製《そくせい》のグラフをのぞきこんだ。
「こうして見ると一目瞭然《いちもくりょうぜん》だな。さしずめ、これは鉄道のダイヤグラムってとこか。とにかく、やっぱりお前がすれ違ったときには、男はもう死にかかっていなくちゃおかしいわけだ。ということは、そっちの記憶《きおく》か印象そのものに誤りがあったってことかい?」
「それが……そうとも限らなさそうなんだ」ぼくは答えた。「その時点では、被害者は傷一つ負っていなかったという可能性が出てきたんだよ」
「何だって?」夏川は目をパチクリとさせながら、「え? じゃあ何かい、的場と京堂の証言の方が勘違《かんちが》いだったとでも?」
「いや」
ぼくは静かに首を振った。ペンを構え直すと、もう一枚同様な図を描きにかかった。ぼくら目撃者の動きを表わす二本の平行線を書き(ただしAともBとも銘打《めいう》たなかった)、次いで被害者を表わした直線Qを右斜め下に引き始めるまでは同じだったが、そのあとが少し違った。
一本目の直線とクロスし、二本目の直線との中間あたりまで来たところで、ペン先をUターンならぬVターン(ずいぶん平べったいVの字だったが)させたのだ。そのまま右上に引っ張り、しばらく行ったところで、またVターンし、やっと二本目の直線とクロスさせた。
「これは、いったい……?」
夏川は、何ともけげんそうな顔で、ぼくとその奇妙《きみょう》な折れ線グラフを見比べた。
そんな彼に、無言で深くうなずき返しながら、ぼくは一種の誇《ほこ》らしさと、奇妙な昂揚感《こうようかん》のようなものを感じていた。これまで経験のない、胸のうちからわき起こる感覚に背中を押された格好《かっこう》で、ぼくは再び口を開いた——。
「もし、被害者がこんな風に行ったり来たりの動きをしたのなら、ぼくをさんざん悩《なや》ませた証言の矛盾《むじゅん》が解けてしまうってことだよ。ぼくと的場たちの前後関係が入れかわることでね」
「な、何だって、前後関係が!?」
ちょうどコーヒーカップを口に運んでいた夏川は、思わずその中身を噴《ふ》き出してしまいそうになった。ぼくは静かに続けた——。
「このグラフを最初のと見比べてくれ。いま描いた折れ線Qと、二本の平行線が交差する点が、それぞれ赤レンガと木の塀のある位置を示すのは同じこと。だけど、さっきと入れ替わってしまうものがある。直線AとBの関係だよ。ほら、こんな風にね」
言いながら、ぼくはさっきとは逆に、二本の平行線に左から�B��A�と書き込んだ。
[#挿絵(img/01_100.png)入る]
「…………」
夏川至は、とっさにその意味をとりかねたように押し黙ってしまった。ぼくは軽く息を吸い込むと、
「Bはぼく、Aは的場と京堂を表わすのはさっきと同じ。だけど横軸——時間の流れの中でのスタート地点は逆になり、AよりBの方が先行していたことになってしまう」
「待ってくれよ、ということは——?」
「そうなんだ」ぼくはうなずいた。「あのとき、ぼくは的場|長成《おさなり》と京堂|広子《ひろこ》に続いて通学路を歩いていたんじゃなかった。実は彼らの方こそ、ぼくの後ろにいたんだ——要はそういうことだよ」
「おい、ちょっと待て。そりゃいったい……」
「まあ、聞いてくれ」
ぼくは、いささか惑乱《わくらん》したようすの夏川を制し、さらに続けた。
「これまでは状況から見て、彼らの方がぼくより時間的には先に被害者とすれ違ったと考えられてきた。東から西に進んでいた被害者は、まず木の塀のあるあたりを通り過ぎてから赤レンガの塀にさしかかったに違いないと考えられていたからね。でも、そうではなかったとしたら? いま描いてみせた折れ線グラフみたいに……。
被害者は、いったん西寄りにある赤レンガの塀まで進み、ぼくとすれ違ったあとで後戻りし、東寄りにある木の塀を過ぎて再び道を折り返した。彼が的場と京堂に目撃されたのは、そのときのことだったんだ」
「はぁはぁ、なるほど、そういうことか」
夏川は、やっと納得できたように言った。だが、すぐに疑問を顔に浮かべて、
「だけど、もしそうだとして、殺された男は何でそんなややこしい歩き方をしたんだ? 東から西へ、くるっと回って東へ、また西へ、なんてことを」
「それは」
ぼくは、なおいっそう高鳴る胸に、苦しささえ覚えながら言った。
「鍵《かぎ》——を拾うためじゃなかったのかな」
「鍵?」
「そう、自分が落としたコインロッカーの鍵を拾うために」
その言葉を口にした瞬間、あのコインロッカー・コーナーでの惨事《さんじ》がプレイバックされ、ぼくはあわてていまわしいイメージを振り払《はら》わなくてはならなかった。
やっと気を取り直すと、ぼくは夏川に語り始めた——あの夕暮れどき、うらぶれて疲《つか》れきり、だが決して死にかかってはいなかった中年男と、赤レンガ塀のあたりですれ違ったあと、オレンジ色のキーホルダーつきの鍵を地面に見出し、つい拾ってしまったことを。
さらには、その鍵を警察に届けようとしたものの、交番が無人だったために果たさず、翌朝に通学路近くでの死体発見騒ぎを知ったこと。あの�笑い仮面�の刑事に、的場たちと自分の目撃証言の矛盾を追及され、嘘《うそ》つき呼ばわりさえされかかったこと。そして、くだんの鍵のことを思い出し、何か事件にかかわりがあるのではと教室に駆《か》け戻《もど》ったら、カバンに入れたはずのそれが消え失せていたこと——その一部始終を。
「もし、その鍵があの被害者の落とし物だったとしたら、ぼくとすれ違ってしばらくしてからそのことに気づいて、来た道を逆戻りしたことは十分に考えられるよね。そのまま東寄りの、木の高塀のあるあたりを過ぎて、でも結局は見つからずに——ぼくがよけいなことをしてしまったせいで——しかたなくもういっぺん回れ右して、再び西向きに歩き始めた。で、再び——じゃない、最初通り過ぎたときを含めると三度目に木の塀のあたりにさしかかったとき、ちょうどやってきた的場長成と京堂広子のカップルと遭遇したのだとしたら……」
「なるほど、そういうことか!」
夏川至は、初めて納得がいったかのように何度もうなずいてみせた。
「確かにそう考えると、何もかも辻《つじ》つまが合うよな。なるほど、さすがは暮林というか、よくそこまで考え抜いたもんだよなぁ」
彼はしきりと感心したようすだったが、それ以上に彼がぼくのやたら考え込む性格を理解していてくれたとわかったのがうれしかった。だが、手放しで喜ぶわけにはいかなかった。ぼくの推理——などというと、まるでミステリに出てくる探偵のようだが、それにはまだ続きがあるからだった。
夏川もそのことに気づいたらしく、「ん、待てよ」と小首をかしげると、
「まずお前がまだ無傷だったその中年男とすれ違い、その次が的場たちで、彼らの証言もうそではなかったとすると……男はその間に出くわした誰かにやられたということになりゃしないか?」
どこか中空を見すえ、一気にまくしたてた表情に、もう笑みはなかった。
「そうなんだ」
ややあって、ぼくはうなずいた。二枚目のグラフの、直線BとAの間に指を滑《すべ》らせ、Qの折れ線グラフを斜めに横切りながら、
「被害者は、ぼくのあとから来た誰か——Xに襲《おそ》われたことになる。そして、あのときぼくの後ろにいたのは……」
ぼくの脳裡にまざまざと映し出された、一人の人間の姿があった。今やぼくにとって消し去りがたいものとなった、あるひとのたおやかな影《かげ》が、その顔が、そこに浮かんだかすかな微笑がちらつくうち、ぼくは決して言うまいとしていた名前をつい口にしてしまっていた。
「行宮美羽子」
と——。
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