少女はふいに背後を振《ふ》り返った。さきほどから、誰かがつけてくる気配《けはい》がしてならなかったからだった。
だが、まるで遠近法のお手本みたいに、視野の奥までずっと続くのは、両側を並木と赤レンガの塀《へい》にはさまれた物さびしい一本道。そこには人影《ひとかげ》も、人の気配さえもなく、ただかすかな風が落ち葉を揺《ゆ》らすばかりだった。
だが、彼女は感じていた——どこか遠くから自分を見つめ、追い続けている誰かの存在を、その思いを。
ふいに彼女は、微笑とともに記憶《きおく》をよみがえらせる。
(そういえば、あのときも、ちょうどこんな一本道だったっけ。あれがきっかけで、私たちの関係が始まったんだった。私と、私の本質に初めて触《ふ》れてくれた彼との間で……)
それは、彼女にとって数少ない甘やかな記憶だった。世界の全てから切り離《はな》され、見捨てられたとしても、自分のことを絶えず意識し、追っかけようとする人間がたった一人でもいる限り、絶望しないですむ。楽しいゲームを繰《く》り広げ、その人への趣向《しゅこう》を尽《つ》くしたプレゼントに工夫をこらすことだってできる。
「そう……だからきっと私を見つけに来てね、暮林《くればやし》君」
彼女はつぶやいた。さもうれしげに、はずむ足取りで歌うように。
「そして、私を捕《つか》まえることができたら——そのときはもう一度、今度はごほうびのキスを!」