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落語百選06

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:長屋の花見四季を通じて人の心持ちが浮き浮きするのが、春。春は花なんてえことを申しまして、まことに陽気でございます。「銭湯
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長屋の花見

四季を通じて人の心持ちが浮き浮きするのが、春。春は花……なんてえことを申しまして、まことに陽気でございます。
「銭湯で上野の花の噂かな」
花見どきはどこへ行きましても、花の噂でもちきり……。
「おう、きのう飛鳥《あすか》山へ行ったが、たいへんな人だぜ、仮装やなんか出ておもしろかった」
「そうかい、花はどうだった?」
「花? さあ……どうだったかなあ?」
してみると、花見というのは名ばかりで、たいがいは人を見に行くか、また騒ぎに行くらしいようで……。
「よう、おはよう。さあさあみんな長屋の者はちょっとここへ揃ってくんねえ。いやね、みんなを呼んだのはほかでもねえが、けさ、みんなが仕事に出る前に、家主《おおや》のとこへ集まってくれという使いがきたんだ」
「なんだい、月番」
「さあ、行ってみなけりゃわからねえが、てえげえは見当はついてる」
「なんだろうな。朝っぱらから家主から呼びにくるのは、ろくなことじゃあねえぜ」
「店賃《たなちん》の一件じゃあねえかな」
「店賃? 家主が店賃をどうしようってえんだ」
「どうしようってえことァない。催促だってんだよ」
「店賃の?……ずうずうしいもんだ」
「ずうずうしいったって……おめえなんぞ、店賃のほう、どうなってる?」
「いや、面目ねえ」
「面目ねえなんてところをみると、持ってってねえな」
「いや、それがね、一つだけやってあるだけに、面目ねえ」
「そんならいいじゃねえか。店賃なんてものは、月々一つ持ってくもんだ」
「月々一つ持ってってありゃ、ここで面目ねえなんて言うことはねえ」
「そりゃそうだな、先月のをやったのか、一つ?」
「なに、先月のをやってありゃあ、大いばりじゃねえか」
「じゃ、去年一つやったきりか?」
「去年一つやってありゃあ、なにもおどろくことはねえ」
「すると、二、三年前か?」
「二、三年前なら、家主のほうから礼に来るよ」
「よせよ。いってえおめえ、いつ持ってったんだ」
「おれがこの長屋へ引っ越してきたときだから、指折りかぞえて十八年にならあ」
「十八年、仇討だな、まるで……そっちはどうなってる?……おめえはこの長屋の草分けだが店賃のほうはどうなってる?」
「ああ、一つやってあるよ」
「いつやったね」
「親父の代に」
「うわ手が出てきたね。……そっちはどうだ、店賃……」
「へえー、こんな汚《きたね》え長屋でも、やっぱり店賃とるのかい?」
「おうおう?! 出さねえでいいとおもってんのか、ひでえやつがあるもんだ。……おいおい、おまえさんはぼんやりしているが、店賃の借りはねえだろうな?」
「え、ちょっとうかがいますが、店賃というのはなんのことで……」
「おやおや、店賃を知らないやつが出て来やがった。店賃というのは、月々家主のとこへ持って行くお銭《あし》だ」
「そんなもの、まだもらったことがねえ」
「あれ、この野郎、店賃もらう気でいやがる。どうも、しようがねえ。一人として満足に店賃を払っているやつがいねえんだから……まま、これじゃあ、店立《たなだ》てぐれえのことは言うだろう。けれどもな、もののわかるおもしろい家主だ、ああいう家主に金を持たしてやりてえなあ」
「そうよ。そうすりゃあ、ちょいちょい借りに行ける」
「おーやおや、店賃を払わねえ上に、借りる気でいやがる。ま、ともかく、みんな揃って、行くだけは行ってみようじゃねえか」
「家主さん、お早うございます」
「え、お早うございます」
「え、お早うござい」
「お早う」
「お早う」
「おいおい、そんなに大勢でいっぺんに言うと、うるさくていけねえ。一人言やあいい。一人」
「ええ、それではあっしが月番でございますから、総名代で、お早うございます、と」
「総名代がいちばんあとから言っちゃあ、なんにもならねえ」
「お言いつけどおり、長屋の連中そろってまいりましたが、なんかご用でしょうか?」
「なんだ、そんな戸ぶくろのところへかたまって……そんな遠くからどなってねえで、もっとこっちへ来な」
「いいえ、ここで結構です。すいませんが、店賃のところは、もう少し待っていただきたいんですがねえ……」
「ははは、おれが呼びにやったので店賃の催促とおもったのか。しかし、そう思ってくれるだけでありがてえな。きょうは店賃のことで呼んだんじゃあないよ」
「そうですか。店賃はあきらめましたか」
「あきらめるもんか」
「まだ未練があるな……わりに執念深い人だね、ものごとはあきらめが肝心だあ」
「おい、冗談言っちゃあいけねえ。雨露をしのぐ店賃だ。ひとつ精出して入れてもらわなくちゃ困る……まあ、いいからこっちへ来な。じつはな、おまえさんたちを呼んだのはほかじゃない。いい陽気になったな。表をぞろぞろ人が通るじゃないか……」
「どこへ行くんですかねえ?」
「きまってるじゃないか。花見に行くんだ。うちの長屋も世間から貧乏長屋なんていわれて、景気がわるくってしかたがねえ。今日はひとつ長屋じゅうで花見にでも行って、貧乏神を追い払っちまおうてえんだが、どうだ、みんな」
「花見にねえ……で、どこへ行くんです?」
「上野の山はいま見ごろだってえが、どうだ」
「上野ですか? すると、長屋の連中がぞろぞろ出かけて、ただ花を見てひとまわりして帰ってくるんですか?」
「歩くだけなんて、そんなまぬけな花見があるもんか。向島の三囲《みめぐり》土手へ酒、さかなを持ってって、わっと騒がなくっちゃあ、向島まで行く甲斐《かい》がねえじゃあねえか。なまじっか女っ気のねえほうがいい。男だけでくり出そうとおもうんだが、どうだい?」
「酒、さかな……ねえ、そのほうは?」
「そのほうは、おれがちゃんと用意したから安心しな」
「へえー、家主さんが酒、さかなを心配してくれたんですか?」
「ごらんよ。ここに、一升びんが三本あらあ。それに、この重箱のなかには、かまぼこと玉子焼きが入ってる。おまえたちは、体だけ向こうへもってってくれりゃいい。どうだい、行くか?」
「行きます、行きますよ。みんな家主さんのおごりとなりゃ、向島の土手はおろか、地の果てまでも……」
「そうと決まれば、これからくり出そうじゃあないか……今月の月番と来月の月番は幹事だから、万事骨を折ってくれなくちゃあいけねえ」
「はい、かしこまりました。おい、みんな、家主さんに散財をかけたんだから、お礼を申そうじゃねえか」
「どうもごちそうさまです」
「どうも、ありがとうござんす」
「へい、ごちになります」
「おいおいおい、そうみんなにぺこぺこ頭を下げられると、どうも、おれもきまりが悪い……まあ、むこうへ行ってから、こんなことじゃあ来るんじゃなかったなんて、愚痴が出てもいけないから、さきに種あかしをしとこう」
「種あかし?」
「ああ……じつはな、この酒は酒ったって中味は本物じゃねえんだ」
「えっ?」
「これは、番茶……番茶の煮だしたやつを水でうすめたんだ。ちょっと酒のような色つやをしているだろう」
「いいですよ。番茶なんぞは、向こうへ行けば茶店もいくらもありますから」
「これを酒とおもって飲むんだ。あまりガブガブ飲んじゃあいけないよ」
「なんだ、よろこぶのは早いよ。おい、様子がかわってきたよ。こりゃ、お酒じゃなくて、おチャケですか。おどろいたね。お酒盛りじゃなくて、おチャカ盛りだ」
「まあ、そういったところだ」
「おれも変だとおもったよ……この貧乏家主が、酒三升も買って、おれたちを花見に連れて行くわけはねえとおもった……でも、家主さんかまぼこと玉子焼きのほうは本物ですか?」
「それを本物にするくらいなら、五合でも酒のほうにまわすよ」
「すると、こっちはなんなんで?」
「それもなんだ、重箱のふたをとってみりゃわかるが、大根に沢庵《たくあん》が入っている。大根のこうこ[#「こうこ」に傍点]は月型に切ってあるからかまぼこ、沢庵は黄色いから玉子焼きてえ趣向だ」
「こりゃ、おどろいた。ガブガブのポリポリだとさ」
「まあいいじゃあねえか。これで向こうへ行って、『ひとつ差し上げましょう、おッとっと』というぐわいに、やったりとったりしてりゃあ、はたで見てりゃ、花見のように見えらあね」
「そりゃそうでしょうけど……どうする? しょうがねえなあ、こうなったらやけで行こうじゃないか。まあ、向こうへ行きゃあ、人も大勢出てるし……」
「ガマ口の一つや二つ……」
「そうそう、落っこってねえとも限らねえ、そいつを目当てに……」
「そんな花見があるもんか」
「じゃ、みんな出かけようじゃあねえか。おいおい、今月の月番と来月の月番、おまえたち二人は幹事だから、さっそく働いてもらうよ」
「こりゃ、とんだときに幹事になっちまったなあ……へい、家主さん、なんでしょうか?」
「そのうしろの毛氈《もうせん》を持ってきておくれ」
「毛氈? どこにあるんです?」
「その隅にあるだろう」
「家主さん、これはむしろ[#「むしろ」に傍点]だ」
「いいんだよ。それが毛氈だ。早く毛氈、持ってこい」
「へいッ、むしろの毛氈」
「よけいなことを言うんじゃねえ。いいか、その毛氈を巻いて、心ばり棒を通して担ぐんだ」
「へえー、むしろの包みを担いでね……こいつぁ花見へいく格好じゃあねえや、どう見たって猫の死骸を捨てに行くようだ」
「変なことを言うんじゃねえよ……さあ、一升びんはめいめいに持って……湯飲み茶碗も忘れるなよ。重箱は風呂敷に包んで、心ばり棒の縄に掛けちまえ。さあ、支度はいいかい。今月の月番が先棒で、来月の月番が後《あと》棒だ。では、出かけよう」
「じゃあ、担ごうじゃねえか。じゃあ、家主さん、出かけますよ。よろしいですね。ご親戚のかた揃いましたか?」
「おいおい、葬《とむら》いが出るんじゃねえや……さあ、陽気に出かけよう。それ、花見だ、花見だ」
「夜逃げだ、夜逃げだ」
「だれだい、夜逃げだなんて言ってるのは?」
「なあ、どうもこう担いだ格好はあんまりいいもんじゃねえなあ」
「そうよなあ、しかし、おれとおめえはどうしてこんなに担ぐのに縁があるのかなあ?」
「そういえばそうだなあ、昨年の秋、屑《くず》屋の婆さんが死んだときよ」
「そうそう、冷てえ雨がしょぼしょぼ降ってたっけ……陰気だったなあ」
「だけど、あれっきり骨揚げにいかねえなあ」
「ああいう骨はどうなっちまうんだろう?」
「おいおい、花見へ行くってえのに、そんな暗い話なんかしてるんじゃねえよ。もっと明るいことを言って歩け」
「へえ……明るいって言えば、きのうの晩よ」
「うん、うん」
「寝てると、天井のほうがいやに明るいとおもって見たら、いいお月さまよ」
「へーえ、寝たまま月が見えるのかい?」
「燃すものがねえんで、雨戸をみんな燃しちまったからな、このあいだ、おまんまを炊くのに困って天井板はがして燃しちまった。だから、寝ながらにして月見ができるってわけよ」
「そいつは風流だ」
「おいおい、そんな乱暴なことをしちゃあいけねえ。家がこわれてしまうじゃねえか。店賃も払わねえで……」
「へえ、すいません……家主さん、たいへんなもんですね。ずいぶん人が出てますねえ」
「たいへんなにぎわいだ」
「みんないい扮装《なり》をしてますね」
「みんな趣向をこらしてな。元禄時分には、花見踊りなどといって紬《つむぎ》で正月小袖をこしらえて、それを羽織って出かけた。それを木の枝へかけて幕の代わりにしたり、雨が降ると傘をささないで、それをかぶって帰ったりしたもんだそうだ」
「へえ、こっちは着ているから着物だけれど、脱げばボロ……雑巾にもならねえな」
「ばかなことを言うんじゃねえ。扮装でもって花見をするんじゃねえ。『大名も乞食もおなじ花見かな』ってえ言うじゃねえか」
「おい、後棒、向こうからくる年増《としま》、いい扮装だな。凝った、いい扮装しているなあ。頭のてっぺんから足の先まで、あれでどのくらいかかってるんだろうな?」
「小千両はかかってんだろうなあ、たいしたもんだ」
「おめえとおれとを合わせて、二人の扮装はいくらぐらいだ?」
「二人が素ッ裸になったところで、まず二両ぐれえのもんだろう」
「それは安すぎたな。向こうが千両で、こっちが二人、合わせて二両、どうだ、家主さん褌を二本つけるが、五両で買わねえか?」
「よせよ、ばかばかしい。通る人が笑ってるじゃねえか。……それ、向島だ。花は満開だ。どうだ、土手の上なんざ、川の見晴らしもいいぞ」
「見晴らしなんてどうでもいいよ。なるべく土手の下のほうへ行きましょうよ」
「下はほこりっぽい」
「いいえね。下のほうが……上のほうでみんな本物を食ってますからね。ひょっとすると、うで玉子なんか、ころころっと転がってくる。それを、あたしは拾って、皮をむいて食っちまう」
「そんなさもしいことを言うなよ……まあ、どこでも、おめえたちの好きなところへ陣どって、毛氈を敷くがいいや」
「へい。毛氈……毛氈どうしたい、毛氈の係、いなくなっちゃったじゃねえか」
「あれ、あんなところでぼんやりつっ立って、本物をうらやましそうに見てやがら……見てたって飲ませてくれるわけじゃねえや。おーい。毛氈、毛氈を持っといで」
「だめだよ。いくら呼んだって……おい、むしろの毛氈持ってこいッ」
「おいおい、両方言うやつがあるか」
「だって、そうでも言わなくちゃ気がつきませんから……おうおう、こっちだ、こっちだ」
「さあ、ここへ毛氈を敷くんだ。あれっ、どうするんだ、こんなに横に細長くならべて敷いて?」
「こうやって、一列に座りましてね。通る人に頭をさげて……」
「おい、乞食の稽古するんじゃねえや。みんなでまるく座れるように敷け——そうだ、あの、重箱を真ん中に出してな、湯飲み茶碗はめいめいがとるんだ。さあ、一升びんはいっぺんに口を抜かないで、粗相《そそう》するといけないからな。一本ずつ抜くようにしてな。酌《しやく》はめいめいに……みんな茶碗は持ったか、さあ、今日はみんな遠慮なくやってくれ。おれのおごりだとおもうと気づまりだから、今日は無礼講だ。さあさあ、お平《たい》らに、お平《たい》らに……」
「ちえッ、こんなところでお平らにしたら、足が痛えや、ほんとうに」
「さあ、遠慮しないで、飲んだ、飲んだ」
「だれがこんな酒を飲むのに遠慮するやつがあるものか、ばかばかしい」
「なに?」
「いえ、こっちのことで……」
「じゃ、わたしがお毒味と、一杯いただきましょう」
「いいぞ、いいぞ」
「なるほど、色はおなじだね。色だけは本物そっくりだ。これで飲んでみるとちがうんだから情けねえや」
「口あたりはどうだ? 甘口か、辛口か?」
「渋口ッ」
「渋口なんて酒があるか……これは灘の生一本だから、いい味だろう」
「そうですね。いろいろ好き好きがありますが、あたしゃ、なんと言っても、宇治が好きですね」
「宇治の酒なんてのはあるかい……さあ、やんなやんな、ぼんやりしてないで……」
「ええ、ふだんあんまり冷《ひ》やはやったことがないもんですから」
「燗《かん》をしたほうがよかったかな。土びんでも持ってきて、燗でもすればよかったな」
「燗なんてしなくたって——焙《ほう》じたほうがいい」
「よさねえか、なんでも酒らしく飲まなくちゃいけないよ。もっと、一献、けんじましょうとかなんとか言ってやってごらん。みんな傍《はた》で見てるじゃないか」
「あ、そうですか。じゃあ、金ちゃん、一献けんじよう」
「いや、けんじられたくねえ」
「おい、断わるなよ。みんな飲んだじゃねえか。おめえ一人がのがれるこたあできねえんだよ。これもすべて前世の因縁だとあきらめて……なむあみだぶつ……」
「おい、変なすすめ方するない」
「おう、おれに酌《つ》いでくれ」
「そう、その調子……」
「いや、さっきからのどがかわいてしょうがねえんだ」
「おい、いちいち変なことばかり言ってちゃいけねえ。それで、ひとつ酔いのまわったところで、景気よく都々逸《どどいつ》でもはじめな」
「こんなもんで唄ってりゃあ、狐に化かされたようなもんだ」
「どうも困った人たちだな。さあ、幹事はぼんやりしてねえで、どんどん酌をしてまわらなくちゃしょうがねえじゃないか」
「悪いとき幹事をひき受けちゃったな。おう。じゃあ、一杯いこう」
「じゃあ、ちょいと、ほんのおしるしでいいよ……おいおい、ほんのおしるしでいいって言ってんのに、こんなにいっぱいついでどうするんだ? おめえ、おれに恨みでもあんのか? おぼえてろ、この野郎ッ」
「なんだな、一杯ついでもらったら、よろこべ」
「よろこべったって、冗談じゃねえ。あっしゃあ、小便が近えから、あんまりやりたくねえ。おう、そっちへまわせ」
「おっと、あっしは下戸なんで……」
「下戸だって飲めるよ」
「下戸なら下戸で、食べるものがあるよ」
「一難去ってまた一難」
「なに?」
「いえ、なんでもないんです。こっちのひとり言……」
「それじゃ、玉子焼きをお食べ」
「ですが……あっしは、このごろすっかり歯がわるくなっちまって、いつもこの玉子焼きはきざんで食べるんで……」
「玉子焼きをきざむやつがあるもんか……それじゃあ、今月の月番と来月の月番、玉子焼きを食べな」
「じゃあ、なるたけ小さいのを……尻尾《しつぽ》でねえところを……」
「玉子焼きに尻尾があるか。よさねえか……寅さん、おまえ、さっきから見てるけど、なんにも口にしないな、食べるか飲むかしなさい」
「すいません。じゃあ、その白いほうをもらいますか」
「色気で言うやつがあるか……かまぼこならかまぼこと言いなよ」
「そう、そのぼこ[#「ぼこ」に傍点]」
「なんだそのぼこ[#「ぼこ」に傍点]たあ。おい、かまぼこだそうだ。とってやれ」
「おお、ありがとう。へええ、どうも、家主さんの前ですが、あっしはこの、かまぼこが大好きでね。けさもこのかまぼこを千六本《せんろつぽん》にして、おつけの実にしましたよ。ええ、胃の悪いときにはまた、かまぼこをおろしにしましてね」
「なに?」
「かまぼこの葉のほうは、糠味噌《ぬかみそ》に漬けると……」
「気をつけて口をききなよ。かまぼこに葉っぱがあるかい……おいおい、音をたてねえで食えねえか」
「えっ? 音をたてねえで? このかまぼこを音をたてずに食うのはむずかしいや」
「そこをなんとかひとつやってくれ」
「うーん、うーん」
「おい、どうした、どうした?」
「うーん」
「おい、寅さん、しっかりしろ」
「うーん、かまぼこを鵜《う》飲みにして、のどへつっかえたんだ」
「そーれ、背中をひっぱたいてやれ、どーんとひとつ……」
「あー、たすかった。このかまぼこを音をさせずに食うのは命がけだぜ」
「お、お花見なんだよ。なんかこう花見にきたようなことをしなくちゃあ……向こうを見ねえ、甘茶でカッポレ踊ってらあ」
「こっちは番茶でさっぱりだ」
「しょうがねえ……そうだ、六さん、おまえさん、俳句をやってるそうだな、どうだ、一句吐いてくれねえか」
「へえへ、そうですな『花散りて死にとうもなき命かな』」
「なんだかさびしいな。ほかには?」
「『散る花をなむあみだぶつというべかな』」
「なお陰気になっちまうよ」
「なにしろ、ガブガブのボリボリじゃ陽気な句もできませんから……」
「だれか陽気な句はないかい?」
「そうですね。いまわたしが考えたのを、書いてみました。こんなのはどうでしょう?」
「ほう、弥太さんかい。おまえ、矢立てなんぞ持ってきて、風流人だ。いや感心だ……どれ、拝見しよう『長屋じゅう……』うん、うん、長屋一同の花見というところで、頭へ長屋じゅうと入れたのはいいね、『長屋じゅう、歯をくいしばる花見かな』え? なんだって、よくわからないな、『歯をくいしばる』ってえのはどういうわけだい?」
「なに、別にむずかしいことはない。いつわりのない気持ちをよんだまでで……つまり、どっちを見ても本物を飲んだり、食ったりしている。ところがこっちはガブガブのボリボリだ。ああ、情けねえと、おもわずばりばりと歯を食いしばったという……」
「しょうがねえなあ。じゃあ、こうしよう、今月の月番、景気よく酔っぱらっとくれ」
「いえね、家主さん、酔わねえふりをしてろってえならできますけど、酔えったってそりゃ無理だよ」
「無理は承知だよ。だけど、おまえ、それぐらいの無理は聞いてくれたっていいだろう? そりゃ、あたしゃ恩にきせるわけじゃあないが、おまえの面倒はずいぶんみたよ」
「そ、そりゃわかってますよ。そう言われりゃ一言もありませんから、ええ、ひとつご恩返しのつもりで……覚悟して酔うことにきめました」
「ああ、ご苦労だな、ひとつまあ、威勢よくやってくれ」
「ええ、では家主さん」
「なんだ」
「つきましては、さてはや、酔いました」
「そんな酔っぱらいがあるか。いやあ、おまえはもういい。じゃ、来月の月番、丼鉢《どんぶりばち》かなんか持ってひとつ派手に酔ってくれ」
「はっは、しょうがねえ。どうしても月番にまわってくらあ、手ぶらじゃ酔いにくい、その湯飲み茶碗かせ。さあ、酔ったぞ、だれがなんて言ったって、おれは酔ったぞッ」
「ほう、たいそう早いな」
「その代り醒めるのも早いよ。ほんとうにおれは酒飲んで酔ったんだぞ」
「断わらなくてもいいよ」
「断わらなかったら、狂気とまちがえられるよ。さあ、酔った。貧乏人だ、貧乏人だってばかにするない、借りたもんなんざぁどんどん利子をつけて返してやらあ」
「その調子、その調子」
「ほんとうだぞ、家主がなんだ。店賃なんぞ払ってやらねえぞ」
「わりい酒だな。でも、酒がいいから、いくら飲んでもあたまにくるようなことはないだろう?」
「あたまにこない代り、腹がだぶつくなあ」
「どうだ、酔い心地は?」
「去年の秋に井戸へ落っこったときのような心地だ」
「変な心地だなあ、でもおめえだけだ、酔ってくれたのァ。どんどんついでやれ」
「さあ、ついでくれ、威勢よくついでくれ。とっとっとと、こぼしたって惜しい酒じゃあねえ……おっと、ありがてえ」
「どうしたい?」
「ごらんなさい。家主さん、近々長屋に縁起のいいことがありますぜ」
「そんなことがわかるか?」
「わかりますとも……」
「へえ、どうして?」
「湯飲みのなかに、酒柱が立ってます」
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