猫の皿
道具屋というものは、うまく掘り出しものに当たれば、たいへんな儲《もう》けになるようですが、掘り出しものというものは、そうざら[#「ざら」に傍点]にはないようです。
ある道具屋さん、江戸では掘り出しものがないので、掘り出しもの捜しに、ごく田舎の、もののよくわからないような家にいって、
「ああ、この鎧《よろい》はお宅にずーと昔からあるんですか。へえー、これはどうするんです? 飾っておいたって、邪魔っけでしょ。なんなら、あたしが、いただきましょうか。値よく買ってあげますよ」
なんて話をつけて、
「おや、兜《かぶと》ですな? お宅じゃ兜を逆さまにして花活《はないけ》にしてるんですか、うーん、こりゃ、結構な花活《はないけ》ですな……これも新しい花瓶と替えたほうがいいでしょ」
なんて言葉巧みに手に入れてしまう。調べてみると、これが明珍《みようちん》の作だったりすることがある。
……こういう道具屋を果師《はたし》というのだそうですが、三度笠に、足ごしらえも厳重にし、ほうぼうをまわって歩いている。ある日、まだ日が落ちるにはちょっと早い。川岸の手前まで来ると、道ばたに、葭簀《よしず》っぱりの茶店が一軒、目に入った。店の前に縁台が二つ並んでいて、市松の茣蓙《ござ》が敷いてあって、釣瓶《つるべ》の煙草盆がそこに置いてある。奥では、爺さんが火吹き竹でへっついの下を一所懸命吹いている。
「お爺さん、ごめんよ」
「あっ、どうぞ、おかけください。いまお茶入れますから……」
「ああ、ありがとう。なあに、かまわなくてもいいんだよ。くたびれたから、ちょいと一服させてもらうよ。なあーに、宿に入《へえ》ってしまえばなんでもありゃあしねえ。このへんは、いいねえ、のんびりして……それに、眺めはいいし、この流れがまたきれいじゃねえか、二、三年生きのびたような心地だよ」
「へい、まあ、お茶をひとつどうぞ」
と、爺さんが奥から茶を盆にのせて持ってきた。茶店の中には、塩せんべいの壺があって、その横に駄菓子の箱がならんでいる。その台のそばで、猫がしきりに皿のご飯を食べている。道具屋がなにげなく猫の皿をみると、これが絵|高麗《こうらい》の梅鉢の皿で、たいへんな値打ちもので、三百両なら羽が生えて売れるという掘り出しもの……。
「うーん、こりゃあたいしたもんだ。けれども、猫にめしを食わしているところをみると、爺さん、知らねえんだな。よし……」
「ええ、お客さま、もうひとつ、お茶をさしあげますか?」
「ああ、もう一杯もらおうか……おや、いい猫だねえ。チョッチョッチョッ……ああ、やってきた、やってきた。おお、よしよし、ここへおいで、ここへ……あははは、かわいいもんだねえ」
「あ、お客さま、その猫、かまわねえほうがようございますよ」
「いや、おれは猫は好きだから……猫てえのはかわいいもんだよ。よしよしよし……ひとの膝《ひざ》の上で、喉《のど》をゴロゴロ鳴らしているよ」
「これこれ、お客さまのお召しものに毛がつくといけねえ。さあ、おりろおりろ」
「いいよ、いいんだよ。いい心地そうに、この猫はひとなつこいねえ」
「へえ、お客さまは、猫がお好きでいらっしゃるとみえて、やっぱりお好きな方は、猫のほうでも、よくわかるとみえます」
「うん、おれんとこにも猫がいたんだけれどもね、どっかへ行っちまやがった。うちのかかあがね、『おまえさん、どこかへ行ったときに、猫一匹もらってきとくれ』って言うけど、あんまり小さいうちにもらってくると、いなくなったり、死んだりしちゃうし……まあ、このくらいの猫だったら、きっと大丈夫だとおもうんだが、どうだい、お爺さんこの猫を、おれにくれないか?」
「へえ?」
「おいおい、そんな変な顔をしないでおくれ。そのかわり、ただはもらわないよ。小判三枚、これをいままでの鰹《かつ》ぶし代としてあげようじゃないか。みれば、奥のほうに、まだ二、三匹いるじゃねえか。そんなにいるんだから、いいじゃあねえか」
「そりゃあそうでございますが、いえねえ、婆さんに先に逝《い》かれちまって、さみしくってしょうがねえもんで、それで猫を飼ってまぎらわしているんですが、やはり、あっしになじんでおりますから……」
「一匹ぐらい、いいじゃあねえか。お爺さん、おくれよ。うちにも子供もいねえしな、かわいがるよ……さあ、これが鰹ぶし代だ」
「三両だなんて、そんなに、あなた……」
「まあ、そんなことを言わねえで、とっといてくんねえ。少ねえけれども……」
「さようでございますか。ありがとう存じます。では、遠慮なくいただきます」
「あははは、ごらんよ。お爺さん、懐中《ふところ》へ入れたら、ゴロゴロいって寝ちまった。かわいいもんだ。じゃ、ま、これから宿へついたら、うめえものを食わしてやるからな……ああ、この皿で猫にめしを食わせていたのかい?」
「へえ、そうなんです」
「そうかい。猫ってえやつは食いつけねえ皿じゃ食わねえもんだっていうからね。この皿持ってって、これで食べさせてやろう、ね、この皿……」
「あ、それ……こっちにお椀《わん》がありますから、これを持ってってください」
「いいじゃねえか。こんな汚《きたね》え皿なんか……」
「いえ、その皿は差しあげることはできません」
「いいじゃあねえか、こんな皿ぐらい……」
「こんな皿……とおっしゃいますけど、お客さんはご存知かどうか知りませんが、これは、絵高麗の梅鉢の皿といって、なかなか手に入らない品なんでございますよ。へえ、こんな茶店のおやじに落ちぶれてはおりますが、どうしても、その皿だけは手放す気にはなりませんので……どうか、これだけは、勘弁してください。それは、もう、だまってたって、二百両や三百両の値打ちのある皿ですから……」
「ふーん、そうかい。そんな値打ちのある皿なのかい。しかし、なんだってそんな絵高麗の梅鉢なんかで、猫にめしを食わせるんだい?」
「へえ、それが、お客さま、おもしろいんでございますよ。この皿で猫にめしを食べさせますとね。ときどき猫が三両で売れるんでございます」