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落語百選22

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:付き馬むかし、吉原通いを馬でした時代があって、ただいまの並木という地名のところが松並木になっていて、あのへんに馬子がでて
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付き馬

むかし、吉原通いを馬でした時代があって、ただいまの並木という地名のところが松並木になっていて、あのへんに馬子がでていて、廓《くるわ》通いの客が乗ると、馬子がそそり節かなにかで吉原へ往来した。途中に馬道と町名が現在も残っている。
大門《おおもん》の中へは馬を乗り入れることができないので、大門|際《ぎわ》で馬を降りて、大門の前に編笠茶屋という茶屋があって、ここで編笠を借りうけて、素見《ひやか》して歩いた……どういうわけでそんなものを被ったかというと、素見《ひやか》して歩くのに、まともに顔を合わすというのは面映《おもは》ゆい……笠のない人は扇を半びらきにして、格子から三尺さがって、花魁の顔を骨の間から透かして見る。
「見ぬようで見るようで客は扇の垣根より」(浄瑠璃「吉原雀」)
つまり三尺さがって見るのが素見《ひやかし》の法としてある。……なかには三尺さがるどころか、格子の中へ三尺首を突っ込んだなんてえ人もいる。
大勢の馬子は、朝帰りの客を大門の外で待ちうけている。その馬子へ遊び先のほうから、「このお客は勘定が足りないから、このお客をお宅へお送りして、勘定をいただいてきてくれ」
と、頼まれる。馬子がお客を家まで送り届ける。勘定の出来る間《あいだ》、馬を門口に繋《つな》いで待っている。
「おい、見なよゥ、銀ちゃんはまた勘定が足らねえんで、馬ァひっぱってきたよ」
これを俗に馬をひいて帰る。付き馬などという。これが、そうそう馬子に駄賃をやってたのでは、店のほうで合わないから、若い衆を代わりに出すようになった。……宵に�牛《ぎゆう》�(妓夫《ぎゆう》)と言っていた男が、あくる朝、�馬�に早変わりする。これを付き馬、あるいは馬とよぶ……名称だけが残った。
「いらっしゃいッ。えへへへ、ええ、いかがさまで? 一晩のご遊興をねがいたいもんで……」
「いけないよ。だめだよ」
「へへ、定めしお馴染《なじ》みさまもございましょうが、たまには、ちょっとお床の変わりましたのもオツ[#「オツ」に傍点]なもんでございまして……どうかお上がりを……」
「じゃあ、厄介になってもいいが……ただ遊ばせるかい?」
「えへへ、ご冗談を……お勘定はご遠慮なくいただきます。さあ、どうぞお上がりを……」
若い衆《し》の世辞に送られてトントントントンと上がる。酒肴、芸者をあげて、ドンチャン騒ぎの大陽気。いいかげんな時分にお引けになって……。
朝、目がさめて、一服していると、
「へえ、お早うございます」
「ああ、ゆうべの若い衆か……はい、お早う。ゆうべは、いい心地に遊んだよ」
「どうも恐れ入ります」
「いえさ、まったくだよ。この女郎買いというものは妙なもので、遊ぶときにはいい心地に遊んでも、あくる朝になると、変に里心のつくことがあるもんだがね、ゆうべは、ほんとうに愉快に遊ばしてもらったよ。ときに若い衆、朝になって、罫《けい》のひいた紙を持って入ってくるでしょ、ええ? ご勘定てえ……あれがないと、女郎買いもオツ[#「オツ」に傍点]なもんだが……ご持参かい?」
「へえ、持って参りました」
「覚悟はしているよ。いくらだい?」
「へえ、これに明細《めいさい》にしたためてございます」
「まあ、明細なんぞは、面倒くさいから、どうでもいいよ。しめて[#「しめて」に傍点]いかほど?」
「ええ、十四円五十銭ということになります」
「十四円……おい、それはほんとうかい、まちがいじゃないね?」
「いいえ、まちがいはございません。昨晩は、少々よけいなものが入りましたために、ちとお高くなりました。恐れ入ります」
「そんなことはどうでもいいがね、あの、芸者衆のご祝儀というのはどうなったんだい?」
「あれは、そのなかに……」
「入っているのかい?」
「へい」
「それから、みんなのご祝儀も入っているのかね?……すると、みんなで十四円五十銭かい?……それは、ひどく安いね。いや、おどろいたね、どうも……ゆうべはあんな騒ぎをして、これだけの勘定とは……ただみたいなもんだね」
「へえへえ」
「うん、ご当家のご内証は、なかなか頭が働くね。商売を細く長くというわけだねえ。恐れ入りました。これからまたちょいちょい、ご厄介になるよ」
「ありがとう存じます」
「遊び好きな友だちが大勢いるからね、みんな連れてくるよ」
「恐れ入ります」
「どうも安いね、それじゃあこうしよう。こう安くっては気の毒だ。十四円五十銭というところを十五円と勘定よくあげる。それから一円はうちの帳場へあげてくれ、おまえに一円、三円別に家じゅうの者にやってもらうことにして、二十円あげよう」
「へえ、どうも恐れ入ります。そんなにご散財をかけましては……」
「いいよ、わたしも江戸っ子だ。出した以上は引っこますわけにはいかない、とっておきねえ、さあ、遠慮なく……」
「へえ、まだいただきません。どうかおねがい申したいもので……」
「なにを?」
「ご冗談でなくお勘定をいただきたいもので……」
「ああ勘定か、金はないよ」
「へえ?」
「ないんだよ、一文も」
「ご冗談おっしゃってはいけません、お遊びになってお勘定をいただきませんでは、まことにてまえども、迷惑をいたします」
「そんなに赤くなって口を尖《とんが》らかさなくってもいいや。やらないとは言わない。あげるが、若い衆、ちょいと前へお進み、あまり出すぎると、わたしのうしろへ来てしまうが、一寸五分ばかりお進み」
「へえ」
「じつは、おまえだから打ち明けて話をするが、わたしの叔父は金貸しが商売なんだ。この仲之町のお茶屋さんにたくさん貸しがあるんだ。ちょっと行けば三百や五百の金は返してもらえるんだが、じつは叔父貴が四、五日風邪っぴきで寝ているんだ。『どうだい、おまえ、からだが空いているんなら、代わりに行って取ってきておくれ?』『よろしい、行って参りましょう』と、安請け合いにやって来たがね。しかし、お金を取りに来たくらいだから、紙入れは空《から》だよ。大門へ入って見ると、いま灯が入ったばかりだ。相手がああいう縁起|稼業《しようばい》、これから客が来ようというところだ。そこへわたしのような者が入っていったら、あんまりいい心持ちはしなかろう。こうおもって遠慮して、時間つぶしにひとまわり回って来ようとおもって、ぐるり回って当家の前へ立つと、おい、若い衆さん、だいぶ玉揃いだ。よだれこそたらさないが、しばしうっとりとして見とれているうちに、おまえさんのお世辞につい釣り込まれて上がってしまった、とこういうわけなんだが、仲之町の茶屋へ行きさえすれば、金は出来る。すぐに払ってやれるのだ」
「へえ、……それでは仲之町のお茶屋へ行けば、お金が出来ますので……」
「そうなんだよ、どうだい、ひとつ、一緒に行ってくれまいか?」
「どうもそれは困りましたな。じつは奉公人が外へ出ることはやかましゅうございまして……」
「いいじゃないか。そんな野暮なことを言うものじゃあない。遠くではない。仲之町の茶屋まで行けばいいんだ。ひとまたぎだ。その代わりただは頼まないよ。少ないが一円あげよう」
「へえ、どうも恐れ入ります。それではてまえがお供をいたしましょう」
「おまえさんが行ってくれるって、そりゃどうもありがたい。おまえさん、なかなかわかりが早い、だいいちお世辞がいいや。おまえさん、いくつになる?」
「へえ、当年三十六歳でございます」
「いままでずいぶん苦労をしたね、いまにきっと出世をするよ」
「どうも恐れ入ります」
「そう話が決まったら、さっそく出かけよう。……おいおい、まちがやぁしないか? こんな汚い下駄はわたしのじゃないよ」
「いえ、あなたさまが履いていらしったので……」
「なに? わたしが履いて来た……ああ、出るときに、あわ[#「あわ」に傍点]をくって、うちの番頭の下駄とまちがえてきたんだ。汚い下駄だね。困ったねえ。仲之町の茶屋へ行くというのに、こんな汚い下駄を履いて行くことはできない、といって買いに行くのも面倒だし……」
「ええ、粗末な下駄でございますが、きのう買ったわたくしの下駄がございます」
「きのう買った下駄? 新しいのだね、そうかい、すまないね。それじゃあそれを借りて行くのもなんだから買って上げよう」
「いえ、それでは恐れ入ります。粗末でございますが、お履きください」
「なに粗末だって結構、じゃあ気の毒だが借りるよ。おまえさんは気風《きつぷ》がいいや。おいくつだい? 三十六?……出世をしますよ」
「へえ、どうも恐れ入ります」
「そういちいち恐れ入らないでもいいよ。……こういう繁昌なところは朝はひっそりとしているね。ああ、ちょいと、ここの店にも貸しはあるんだが……ああ、しまった、若い衆」
「へえ、なんでございます」
「少しまずいことをしたね、早すぎたねえ、いま九時ちょいと前でしょう。なにしろみんな朝寝坊だからね。十時ってえ声を聞かないと起きないんだ。いくら貸してある金でも寝ごみをふんごんで、『おい起きてすぐに金を出してくれ』なんてえのは向こうもいやだろうし、こっちもちょいと、そういう仕事をしたくないじゃないか、ね? まあ、ちょいと、一時間ばかり、もうひとまわり回って、顔でも洗っているところへ入って行こうじゃないか? なあに、一時間ぐらいわけはないよ。ちょいと表のほうをぶらつこうじゃあないか、ね? まあ、いいから付き合いたまえ」
と、大門を出て、土手を通って右へ、田町へ来……。
「ねえ、若い衆、遊びをして、朝のお湯へ入らないと、なんとなく身体がしまらないような心地がするが、ひと風呂お付き合いな……おや、変な顔をしてるね。勘定のことを心配してるのかい? 大丈夫、大丈夫、大船《おおぶね》に乗ったつもりでまかせておおきよ……おい、番台、すまないが、手拭を二本貸しておくれ。それから流《なが》しが二枚……おい、若い衆、すまないが、ちょっと湯銭を立て替えといておくれ」
「へえ? てまえが払いますんで?」
「変な顔をしなさんな、あとでまとめて返すから……」
「へえ……」
お湯へ入って外へ出る。
「どうだい、いい心持ちだね、ええ? 朝湯は……身体の脂《あぶら》を取って、ゆうべの飲みすぎのつかえが降りて、すゥーとしたが、とたんに腹がへってきたね。どう、若い衆、朝めしを食べたのかい?」
「いえ、まだいただきません」
「そうか、それじゃあ湯豆腐かなにかで軽く、おまんまといこうじゃあないか? ああ、ちょうどいいや、どうだい、ここに湯豆腐なんて書いてあるが、ちょいと、まあお付き合いよ」
さんざん飲んだり食ったりした揚句、ポンポンと手を叩いて、
「おい、ねえさん、こっちこっち……あの、お愛想だよ。いくらだね? その皿、二枚重なってるよ、まちがわないように……なに? 一円六十銭かい? よろしい……おい、君、ちょっとすまないが、二円お立て替えをねがいたい」
「へ?」
「勘定だよ、二円」
「まことにすいませんが、あいにく……」
「おや、持ち合わせがないというのかい? 冗談言っちゃあいけないよ。こんな飲み屋で恥をかかせないでおくれ。ありませんということはないよ、さっきお湯銭を払ったときに、君の紙入れのなかをあたしがちらっとにらんでおいたんだ、一円札が三枚、それをお出しよ。三円借りたって五円にして返しゃあ文句はないだろう。いやなことを言うんじゃあないが、男てえものは、貸すときにすぱっと、気前よくするもんだよ……ちょいと、ねえさん、じゃあ、ここに二円おくよ。お釣りは、おまえさんにあげる……それから、お茶をね、熱いのを差してくれ、楊枝が来てないよ……と、この一円はあたしが預かっとくよ……」
「それは……」
「いや、これは、これから途中でたばこを買ったりするから、わたしが借りておく」
「それは……どうも、あなた……」
「いいってことよ、遠慮はしなさんな」
勝手な太平楽をならべて、表へ出ると、浅草のほうへぶらりぶらり……、
「なんだい君、ぽーっとしてるね、少ししっかりしておくれよ。酒を飲んだら飲んだらしく景気よく歩いたらいいでしょ……いい心持ちだね。こうやって天気はよし、ほっぺたがぽーっと赤くなってきたやつを風に吹かれているなんぞは、まさしく千両だね。君もしっかり歩きたまえ、こうやって歩いているのが身体にいいんだから……おや、こんなことしているうちに、観音さまのところへ出てきちゃいましたよ……観音さまの御身体は一寸八分だっていうが、お堂は、相変わらず立派だなあ、大きなもんですね、十八間四面てんだ。家賃がいくらだか知ってるかい? ええ? 知らない? ああ、そうあたしも知らない……それから見ると、仁王さまはばかだね、大きな図体をして、年中裸で金網のなかへ入っている。自分の身体に合わせて大きな草鞋《わらじ》をこしらえたから、だれも買い手がありゃあしない。どうだい、いい身体をしてるじゃあないか。紙をこう噛んでねえ、ぶっつけて、ぶつかったところへ、こっちに力が出るって言うんだが、やってみるかい? ええ? つまらないからよそう? そうかい……」
「もしもし、あなた、冗談じゃない、どこへ行くんです? わたしはね、仲之町のお茶屋さんまでと言うんで店を出たんですが……勘定のほうはどうなりますんで……ここは雷門ですよ」
「あはははは、なるほど」
「なるほどじゃあありませんよ、ほんとうに。とにかく廓へ帰って、お払いをねがいましょう」
「ねえ、君、そんな変な顔をしなくてもいいよ。大丈夫だよ。そう君、声を荒げちゃあいけませんよ。人が見るじゃあないか。つい興に乗ってここまで来てしまったんだが、これから廓へとって返す……というのも億劫《おつくう》だ。ここまで来たんだから、君、田原町まで一緒に行っておくれ、すまないが」
「田原町まで行けば、どうにかなりますか?」
「そこへ行けば、わたしの叔父さんがいる。そこで勘定をするから……」
「叔父さんのお宅? どうもおまえさんの言うことはたよりないねえ……」
「そう疑《うたぐ》ったりしちゃあいやだよ。じつはね、さっきから言おうとおもっていたが、その叔父さんとこの稼業《しようばい》というのがいやだからね、それでつい言いそびれていたんだ」
「へえ、なんのご稼業《しようばい》なんで?」
「早桶屋なんだよ。つまり葬儀屋てえやつだ。おまえのとこだってお客商売だろう? そっちもいやだろうとおもってさあ……」
「いいえ、そんなことはけしてございません。そういうご稼業は、てまえのほうでは、はかゆき[#「はかゆき」に傍点]がするなんて言って、喜びますので……」
「なるほど、はかゆき[#「はかゆき」に傍点]なんざあいいね。さすが商売柄で客をそらさない。うれしいねえ。それじゃあ、叔父さんとこまで一緒に行っておくれ。ええと、だいぶ立て替えてもらったねえ……ああ、わかってる、わかってる……ええと、ゆうべの勘定が十四円五十銭……それから、さっきのお立て替えやなにかあって……さあ、じゃあ、こうしよう、足代やなにかで、もう少しなんとかしたいんだけども……どうだい、三十円でひとつ承知してくれないか?」
「いえ、それでは、お釣りになります」
「釣りなんざあどうでもいいよ。そりゃあ、いまも言ったように君の足代さ。で、いろいろご厄介になったから、なにかお礼をしたいが……さっきから拝見していたんだが、失礼ながら、君の帯はだいぶやま[#「やま」に傍点]がいってるね。貝の口にきゅーと結んだ帯のかけが、猫じゃらしになっているなんぞは、あんまり女っ惚れはしないよ。男は帯に銭をかけなくちゃあいけねえ。たしかあたしは二度ぐらいしかしめてない、茶献上の帯が叔父さんの家に預けっぱなしになってるんだが、そんなものでよかったら、あげるからおまえ、しめておくれ」
「どうもいろいろご心配をしていただきまして、恐れ入ります、頂戴いたします」
「なあに、礼を言われるほどのものでもないよ。じゃあ、しめておくれ、叔父にそう言っておくから……あすこが叔父さんの家だ……ああ、いるいる。叔父さんが店に出ている。なんでもわたしの言うことは聞いてくれるんだが、おまえさんが一緒ではぐわいが悪い」
「ごもっともさまでございます」
「ごらん、あの、じろじろ外を見ながら、たばこを喫《す》っているのが叔父さんなんだ。顔はむずかしいけど、若い時分には、かなり道楽をしたんだ。だから、親戚じゅうじゃ、いちばん話がわかるんだ、まあ、わたしがわけを話せば、ああいいよって、すぐ承知してくれる。じゃあ、わたしが先へ行って掛け合ってくるから、おまえはその柳の陰に待っておいで、いいかい。……へい、こんちは、叔父さん、こんちは」
「はい、おいでなさい」
「へい、(大きな声で)叔父さん、どうも無沙汰をいたしまして……きょうは、叔父さんに少しおねがいがあって上がったのでございますが、ぜひ聞いていただきたいものでございますが、いかがなもんでございましょう」
「大きな声だねどうも、そんな大きな声を出さなくとも聞こえますから……」
「えへへ、おねがいというのは(小声になって)じつは、あの柳の木のところにぼんやりしゃがんでおります男ですが、あの男の兄貴というのが、昨晩、急に腫《は》れの病《やまい》で亡《な》くなりまして、身体の大きな人で、それが腫れがまいりましたので、とても並みの早桶じゃ納まらない。小判型の図抜け大一番《おおいちばん》でなけりゃ入らないというので、ほうぼうへ行きましたが、小判型の図抜け大一番なんてえ早桶は断わられ、こちらさまで(大声になって)ぜひこしらえていただきたいんでございますが(小声になって)いかがでございましょうか」
「そうですかい、それはお気の毒だったな……それにしても小判型の図抜け大一番なんて、そんなものはこさえたことはねえが……ちょっと職人のほうの手都合を聞いてみましょう。……おいおい、どうだい、そっちは? ええ? うん、あれは、あとでもいいじゃあねえか……うん、そうかい、やってみる? いいね? そうかい……じゃあねえ、職人が、変わった仕事でおもしろいから、やってみるてえますがねえ、手間賃は、ふつうの仕事よりもよけいに払ってもらわなくちゃあならねえが、ようがすか?」
「(小声で)いえ、もう、手間のところは、いかほどでも結構なんで……」
「そんなら、すぐにこしらえて上げましょう」
「へえ、どうも叔父さん、ありがとうございました。(小声で)いや、それでひと安心いたしました。なにしろ、兄貴を亡くした上に、ほうぼうで断わられたもんですから、少し頭へぽーっときて、ときどきおかしなことを申しますが、どうか気になさらねえように……で、あの男が参りましたら、『大丈夫だ、おれがひきうけた。出来るから安心しろ』と、こうおっしゃっていただければ、当人も落ち着くこととおもいますんで……」
「そうですか。無理はねえ……こっちへ呼んでおあげなさい」
「ありがとう存じます。なにぶんどうかお頼み申します……おいお……、君、こっちへおいで」
「へえへえ、どういうことになりましたので……」
「どうもこうもない。叔父さんが、万事こしらえてくれるというから大丈夫だ……じゃ、叔父さん、この男でございますが出来ましたら、この男に渡してください」
「はい、かしこまりました。出来ますから心配しなくってようがす。いますぐにこさいますから……」
「ああ、さようでございますか。ありがとう存じます」
「どうだい? 安心したろう? 叔父さんは話がわかるんだから……いいかい? 出来たら、受けとってね。店へ帰ったらよろしくいっておくれ、そのうちにまた行くから……わたしはちょっと買いものがありますから、これで、ごめんなさい」
「はいはい、ごめんなさい……おまえさん、こっちへお掛けなさい」
「へえ、ありがとう存じます。もう結構……」
「いや、いま少し間《あいだ》がありますから、どうぞお掛けなすって……おい、奴《やつこ》、蒲団を持ってこい……さあさあどうぞ……お茶を持ってきな」
「では、ちょいと失礼させていただきます……へえ、どうもあいすいません。お忙しいところ、とんだご無理をねがいまして……」
「なに、無理と言ったって、あっしのほうも稼業《しようばい》だ。しかし、まあ、いろいろあとのこともあるだろうけど、なるたけ心配をなさらねえほうがようござんすよ」
「へえへえ」
「なんですねえ、とんだことでございましたなあ」
「……? へえへ」
「お気の毒なことだったな」
「いいえ、なに、えへへへ……昼間は別にこれという決まった用もございませんし、へえ、もうご都合でこういうことはありがちでございますんで……」
「……ここへ、きているな……、おまえさん、しっかりしなくちゃあいけませんよ」
「……? へえ?」
「行っちまったものはもうどうおもったってしょうがねえんだから、ね。これからあと気をつけるようにしなくちゃあいけないよ」
「……へえへえ、さようでございます。てまえのほうもまた、あとあとということもございましてな」
「そうだとも……で、よっぽど長かったのかい?」
「いえ、べつに長いことはございません。ええ、昨晩一晩で……」
「ふーん、ゆうべ一晩……それはおどろいたろうねえ……してみると、急に来たんだな」
「ええ、さようで……出し抜けにいらっしゃいました」
「……? いらっしゃった? たいそう腫《は》れたそうですねえ」
「はあ、惚れましたか、どうですか……そこはよくわかりませんが、ご様子はだいぶよろしいようで……して……へえ」
「よくあるやつだ。じゃあ、ゆうべがお通夜ですかい?」
「お通夜? ああ、ああ、なるほど、ご稼業《しようばい》柄ですねえ。お通夜は恐れ入りましたな。へえ、昨晩、お通夜をいたしました」
「どうだったい?」
「へえ、だいぶおにぎやかでございまして、芸者衆などが入りまして……」
「へえェ……芸者をあげて? なるほどねえ。めそめそしねえで、芸者あげて騒ぐなんてなあ、かえっていいかもしれねえな……仏は、よろこんだろう?」
「仏? なるほど、仏さまねえ……へえへえ、仏さまは、だいぶご機嫌でした」
「……? ご機嫌だ? おまえさん、ほかにいるものはないか? ほかに付くものはないか?」
「あ、あ、なんですか、帯を一本……」
「ああ、ああ……おい、帯が一本付くんだとよ……それから帷子《かたびら》とか笠やなんかはいいのかい?」
「……? それは、別になんともおっしゃいませんでしたが……」
「あ、そうか、笠はいらねえ、施主がねえんだろう……おまえさん一人でどうやって持って行きなさる?」
「へえ、てまえは、これへ紙入れを持っております」
「紙入れなんぞ持ってたってしょうがない。ずだ袋はこっちにある。……ああああ、できたか? こっちへ出して見せてあげな。……さあ、おまえさん、ちょっとご覧なさい。急ぎの仕事で気に入るめえが、まあしょうがねえや、間に合わしたところを買ってもらうんだ」
「ほほう、大きなもんでございますなあ」
「手間は少しよけいかかると連れに申し上げたら、いいとおっしゃった。木口、手間代ともで十二円だ」
「へーえ、どちらさまのお誂《あつら》えで……?」
「なにをとぼけているんだ。しっかりしなよ。おまえさんの誂えでこしらえたんじゃあねえか」
「……あたくしが?……えへへへへへ、冗談言っちゃあいけません」
「おいおい、こっちがおめえ、冗談言っちゃあいけねえやね。おまえさんのお連れがそう言ったろ? おまえさんの兄貴が、ゆうべ腫れの病で死んで、身体が大きいところへ腫れがきたんで、ふつうの早桶じゃあとても入らないから、小判型図抜け大一番にしてくれって、ほうぼうで断わられて困っている、なんとかしてくれって頼まれたから、こさえたんだ」
「へーえ、あたくしの兄貴が?……おかしいね」
「なにが?」
「あたくしに兄貴なんぞありゃあしません……どうもさっきから、話がおかしいとおもっていたんだが、じゃあなんですか? いま帰ったのは、お宅のご親戚じゃあねえんですか? ありゃ、お宅の甥御さんではないんで……?」
「いま帰った男、知らねえよはじめて見た面だ。おまえさんの友だちじゃねえのか?」
「あれっ……そうですか、畜生ッ。逃げられちゃった……うーん、畜生めッ、しまった、こりゃとんでもねえっ」
「どうしたんだ?」
「いえ、あたしゃ吉原《なか》の若い衆《し》で、ゆうべあいつが、うちで遊んだ勘定が出来ないでこちらまでついて来て……途中、湯へ入《へえ》るの、めしを食うのと、なんのって、その銭もみんなあっしが立て替えたんだ」
「そうか……それで様子がわかった……最初《はな》っからおかしな野郎だとおもったよ。ここへ入《へえ》ってきやがったときに、ばかに大きな声を出すかとおもやあ、急に小さくしやがって、おれのことを叔父さん、叔父さんてえやがった……なんだか薄気味の悪いやつだとはおもったが……おめえもまぬけじゃあねえか、相手を逃がしたあとで、じたばた[#「じたばた」に傍点]したってしょうがねえ。そりゃ勘定を踏まれようが、立て替えものを損しようが、おめえがどじ[#「どじ」に傍点]だからよ。いい巻きぞえを食ってんのはおれんところだ。……これがね、並みの早桶ならとっといて、他所《わき》へまわせるが、見ろ……図抜け大一番小判型なんて、水風呂桶《すいふろおけ》の化け物みてえなものをこしれえちまった……ちえっ……まあ、そう言ったところで、おめえも勘定を背負《しよ》うんだから、考《かんげ》えりゃ気の毒だ。じゃあこうしよう、おれもわからねえことは言わねえ、手間のところは昼寝したとあきらめてやるから、木口の代だけ五円に負けるから、この早桶……おめえ背負《しよ》って帰《けえ》ってくれ……これ、置いても融通できねえからな」
「ちえっ、冗談言っちゃあいけねえや、勘定を踏み倒された上に、こんなまぬけな早桶を担いで……まっ昼、大門をくぐって帰《けえ》りゃあ、……みんなにあっしは殴られらあ……だれがこんな縁起の悪いものを担いでくやつがあるもんか、べらぼうくせえ」
「おいおいおい、もう一ぺん言ってみろ……なんだ、いま言ったなあ……こんなものを担いで行けるか?……縁起が悪い?……ばか野郎っ……こっちでそんなことは言うことだ……てめえがまぬけだからこういう災難にあうんだ、いいか、だからおれのほうじゃあわからねえこたあ言わねえから、五円に負けてやるから背負って帰《けえ》れてえのに……ええ、こん畜生、わからねえやつだ……みんなで手伝って、早桶を背負《しよ》わしちめえ」
「冗談言っちゃあいけない……なにをする……ひとにこんなものを背負わして……あっ痛い痛いッ」
「さあ、背負ったらなんでもいいから、五円置いて帰《けえ》れっ」
「金はもう一銭もありませんよ」
「なに、銭がねえ? それじゃ奴《やつこ》、吉原《なか》までこいつの馬に行って来い」
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