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落語百選39

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:素人鰻《しろうとうなぎ》徳川|瓦解《がかい》ということになって、武士《さむらい》たちはおのおの奉還金《ほうかんきん》をも
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素人鰻《しろうとうなぎ》

徳川|瓦解《がかい》ということになって、武士《さむらい》たちはおのおの奉還金《ほうかんきん》をもらったが、遊んでいても、というので、なにか商売をはじめた。ところが、きのうまで二本差しで威張《えば》っていた人が、
「へい、毎度ありがとう存じます」
なんてえ柄ではない。みんな手馴れないことに手を出して、一人として満足に成功した人はなかったようで、結局は、あいだへ入った者に、うまい汁《しる》を吸われたというのが、ほんとうだったらしい。
「士族の商法とかけて、子供の月代《さかやき》、泣き泣き剃《す》(摩)る」——。
「旦那、どちらへいらっしゃいます?」
「おお、金《きん》か……いやあ、ほうぼう家をさがしておるんだ」
「お家《うち》を? ああさようですか。ごぶさたしております。お屋敷をどうかなさいます?」
「いやあ、屋敷はそのままになっとるが、おまえも知ってのとおり、こんどこういうことになってなあ、なにか商法って、手馴れんことでもあるから、大きい損をしてもつまらんから、損をしても小さいことですむように、とこうおもってなあ。奥とも相談のうえ、まず汁粉屋《しるこや》がよかろう、砂糖の灰汁《あく》の抜き方ぐらい奥も存じておる。汁粉屋ならば娘も好きだし、わしも好きだし、奥も好きだから……」
「じゃあ、おうちでみんなあがるようなもんで」
「あははは……ほうぼう家をさがしておるんだが、なかなかおもった家がないて……」
「へえ、旦那が汁粉屋でござんすか? えっへへ旦那、汁粉屋はつまらねえ……え? ええ、百杯売って百杯そいつがまるまる儲かったって高《たか》の知れたもんで……。おなじおやりんなるなら、料理屋で……ねえ。料理で儲かって酒で儲かるって。『あそこの店は酒がいいから』ってえやつが、繁昌します。川魚とくると折れて曲がります。どうです、鰻屋なんざあ、おやりんなっては?」
「そりゃわしもやってみたいとおもうけどもなあ、魚《さかな》をいじったことがないからなあ」
「なにも旦那がおやりんならなくたって、職人使えばよろしいじゃありませんか。こうしやしょう、あたくしがひとつ、お手伝いしましょう」
「おまえが?……いやあおまえがやってくれれば、結《けつ》……いやあ結構だがな、まあ、断わろう」
「なぜ?」
「なぜといって、おまえはなあ酒を飲むと人の見境がなくなっていかん。せっかくだ、心持ちはうれしいが、断わる」
「へい、旦那、こんなことを申しちゃあなんですが、あたくしは先代殿さまから、ご贔屓《ひいき》をいただいて、ひとかたならねえご恩がござんす、へえ。なんかあったらご恩返しがしてえと、ふだんからそうおもってた。こうなったのが、ええ、幸いといっちゃあなんでござんすが、旦那、金にひとつ働かしてください。あっしゃあね、酒のうえが悪《わり》いかもしれません。こうしやしょう、このたびは、ご恩返しのためにねえ、酒を断《た》ってひとつ、一所懸命、やろうじゃあござんせんか」
「おまえが酒を断ってやってくれる? そうか? あははは……そりゃあ結構だなあ、じゃあ金、ひとつ、はじめるか」
「あッはは……この先にねえ、ちょいと、おつな空店《うち》がありますから……」
「貴公がかような商売をはじめようとはおもわなかったなあ」
「いやあ、拙者もやるつもりじゃあなかったがな、金に勧められてよんどころなくなあ」
「あの……金と申すとあの『神田川《かんだがわ》』の金か? そうか、……あいつ酒のうえが悪いぞ」
「いやあ、ははは、拙者も申した『貴様は酒のうえが悪いからいかん』と。なんでも恩になってるからと、当人も恩返しのために、酒を断ってやると言うので……」
「酒を断つ? そうか、酒を断ってやってくれれば貴公の家はたちまち金蔵《かなぐら》が建つぞ。あんな職人はないなあ。今日は開業式か? あっはそうか、あいつに一杯飲ましてやれ。いや、今日だけ飲ましとけ、職人だあ、開業式だ、あとがうるさいぞ。拙者が飲まそう。なんとかいったな、女中は? え? お花さんか?……お花さん、ああ、膳をひとつこさいてやってください、なんでもよろしい、金に火を落としたら、すぐこちらへ来るようにってそう言うてください、はい……いやあ、沢山《たんと》は飲まさん、湯飲みィ三杯ぐらいはよかろう……金か? こちらへ入れ」
「へえ、どうも、おめでとう存じます。どうも、いい塩梅《あんべえ》でござんす、へえ。今朝《けさ》ねえ、ひょいと起きますとね、雲行が悪《わり》いんで、こりゃあひとっ降《ぷ》りあるんじゃねえかとおもって腹ン中で、心配いたしておりました。開業式そうそう、雨なんぞ降られちゃあ縁起《えんぎ》でもねえとこうおもってました。まあなにごともなく、いい塩梅でござんす……へえ、旦那さま、おめでとう存じます。奥さん、おめでとう存じます。ええ、麻布の旦那、いらっしゃいまし。先ほど、お見えんなったの存じておりました、へえ……下流《したなが》しでね、洗いものをいたしておりましたもんですから存じながら、お言葉もかけませんで、あいすみませんで……。ええ、おうちではお嬢さんも、奥さんもお変わりございませんか? あははは、さいですか、よくいらっしゃいました」
「こっちへ来い、こっちへ進め。いま中村|氏《うじ》からおまえの話をすっかり聞いた。おまえが一所懸命やってくれてうれしい。どうぞ金、ともども頼むぞ」
「ええ、お言葉でございますが、このたびは……、酒を断ってねえ……」
「いやあ、それも聞いたよ。うん、うっふっふっふっおまえが、酒を断ってやってくれるって。……これからおまえが酒を断って、一所懸命やってくれるんだな?」
「ええ、今朝ねえ、ええ、金毘羅《こんぴら》さまへ、ええ……もう、三年のあいだもう、断っちゃったんでござんす」
「いやあ、まだ断ったのではなかろう? これからおまえが断って一所懸命やろうとこういうのだろう」
「いいえもう、今朝、えへっ、ええ金毘羅さまへもう、三年のあいだもう断っちゃったんで……」
「断っ……断ったのか? おおそうか、それは残念だったなあ、いや、開業式であるしするから、いま主人公に願って、祝いだから貴様に一杯馳走をしてやろうとおもって、ここへ呼んだんだが、酒を断ったという者に勧めるのも異なものだ。そうか、じゃあ、その膳を持ってなあ、そっちへ行ってめしを食いなさい」
「えっへっへっへ……えっへっへっ、断っちゃったんで……」
「断っちゃったって、そっちへ行ってめしを食いなさい」
「へい、ええ、断ったにゃあ断ったんでござんすけども、ええ、ちょいと……」
「ちょいとでも断った」
「ええ、でござんすがね、ええ、讃岐の金毘羅さまへ断ちましたもんですから、どんなに天狗さま、速《はや》くたってまだ讃岐の金毘羅さんの門まで行ってめえとこうおもうんで、へえ……讃岐の金毘羅さんの門のとこへ天狗さまが……ぱっと着いた拍子に、こっちがつゥーとよす」
「あっは、なにを申しておる。よそうといってよせるもんじゃあない、飲みなさい飲みなさい、わしが許す。沢山《たんと》は飲まさんぞ、この湯飲みに三杯だ、祝いだから飲め」
「あっは、さいですかどうも、あいすいません……どうも、旦那さん、奥さん、まことに嘘を申しあげたようで、まことにあいすいません、へえ。開業式のお祝いでござんす、めでてえ酒でござんす、へえ。今日《こんにち》だけひとつご勘弁なすって……さよですか、へえどうも、すいませんどうも、お膳まで頂戴して、ごもったいねえことで……おやおや、さよですか、こんな大きなもんで? 旦那のお酌で? いやあどうも、こらあ痛み入ります、へえ……へ、へえ……へい……こ、こらどうも……えっへっへっどうもあいすいませんで、へえ、……旦那の前でござんすが、この色を見たひにゃたまりませんで、へえ。酒飲みなんて妙なもんで、『まあ一杯《いつぺえ》やってきねえ』とこう言われますとどんな用があっても、腰が落ち着いちまうってなあ、意地が汚《きたね》えんでござんすね、へっへえいただきます。へえ、どうも、あいすいませんでござんす、へえ、ふゥッ……」
「どうだ? よい酒だろう」
「へっへっいい酒にもなにも、がぶがぶゥッて夢中で飲んじゃったんで、えっへっへえ、味はこれからなんで……」
「そらよ」
「へい、あいすいませんで、へい……へいへいへい……こらあどうも、えっへっへっへえ、あいすいませんでござんすへえ……よいご酒《しゆ》でござんす。へえ、こく[#「こく」に傍点]といい香りといい、もう、申し分ござんせん。こんな酒をつけてる店《うち》は沢山《たんと》ござんせん……これならもう、客は大喜び、へえ……いえ、利き酒はあっしがしたんじゃあござんせん、へえ、旦那にしていただきました。とても、がぶがぶやるほうのくちでござんすから、利き酒なんて器用なまねはできませんで、へっへっ。よせねえもんでござんすねえ。どうかしてよしてえとおもいまして今朝ねえ、讃岐の金毘羅さまへ、ええ、三年のあいだ酒を断《た》ァ……て言ったっきり、あとが出ねえ……ほんとうに断っちゃってから飲むてえと罰が当たりますからね。ええ、三年のあいだ酒を断ァ……て言ったっきり、あとはかみこんじゃった。あっははは、どうも、しょうがありませんでござんす、へえ……いつまでも若えんじゃあねえ、どうかしてよせるもんならよしてえとおもって、なにしろねえ酒屋の前なんざ通りきれねえんでござんす、へえ……飲み口から出るとこなんざ見たひにゃあたまりません。こらあ見るからいけねえんだとこうおもいましてね、そいから眼をつぶって通った、ええ、いけません、鼻ってえやつ……鼻へつうんとくると、咽喉へぐうッと鳴る。しょうがありませんから眼ェつぶって鼻ァ押して、あっしゃあ、酒屋の前、駆け出して通った。溝《どぶ》へ三度落っこっちゃった、あっははは、そんなおもいをしても、やめられねえんですからばかでござんす。へえ、てめえで愛想がつきます、えっへっへっへっ、しゃあねえもんですね、どうもへえ、あいすいませんでござんすへえ……酒じゃあもう、なん十ぺんなん百ぺんしくじってるかわかりませんでへえ……長いことみなさんにご迷惑をかけて……あっ、そうそう、麻布の旦那に、助けていただいたことがござんしたっけなあ、忘れませんおぼえてます。牛込《うしごめ》の帰りにね、水戸さまのご門のところまできて、鼻緒《はなお》切っちゃってねえ。あっしゃあまごまごしてるのを、門番が出てきやあがってねえ、『通れっ』……おどかしやがって、こっちゃあ一杯入《いつぺえへえ》ってますからたまりません。『なにをっ』『なんだあっ』てんで、ばらばらっと出てきてふん縛《じば》らいちゃった……へ? 寒いところへ立たせやがって、酔いは醒めてくるし、まっ青ンなっちゃってねえ。『こりゃあとても助からねえもんだ』とおもって覚悟をきめてると……忘れもしねえそこへ、旦那がおいでくだすって、助けていただいたあ。『これは神田川の金と申す、鰻|割《さ》きの職人である。酒を、飲まんと猫のようなやつであるが、どうも酒乱で困る。ええ、拙者に、おまかせ、ください』って、えっへっへっ、助けていただいてうれしかったねえ、あんなうれしいとおもったこたあござんせん。えっへっへ、へっまったくねえ、あの、若い時分でござんすから、いろんなことがござんした。えっへっへっそうですよ。おぼえてます。忘れませんよ、えっへっへっへっ、へっどうもあいすみませんでへえ……えっへっへっへっ、久かたぶりでひとつゥ、旦那に、揉《も》んでいただきますかな、へっへっ、とても、藤八拳《とうはち》は、旦那にゃあかなわねえ、柳かなんかねがって、負けたやつが一杯《いつぺい》飲みっこってえ、こういうことにひとつ……ひとつゥ、ねがいやしょう、ねえ? 旦那ぁ、まいりやすよゥっ、ようござんすかァ?……はッ……へ? おいやでござんすか? へい、あいすいませんで、へえ……拳なんてものはひとりで打ったっておもしろいもんじゃあねえやあ……おおゥ、いいよッ、置いときな置いときなよ、いいよゥ、おれがお酌するからいいよ、いいから、おゥよし……旦那ぁ、お熱いのがまいりましたあ、へっへっ、男のお酌でねえ、ええ御意に召しますまいけど、えへへなんてね、いやなこと申し上げてまあ、旦那ぁ、金が久かたぶりでお目にかかってうれしい、ええお酌だけ、さしてください、お酌だけ。へい、さいですか? へ、あいすいませんでござんす、へい。こらあどうもどうも、どうも……ああッと、ど……どうも、とんだ、粗相をしまして、へえ、あいすいませんで……お袴《はかま》、よごれやしませんか? どうもすみませんでござんす。いいんだよッ、いいよッ、雑巾《ぞうきん》いらないよゥ、雑巾……ええ、もったいないもったいない、えっへっへっへっ、もったいねえもったいねえでみんななめたなんてねえ。はっはっはっはっはっ……旦那のお供して、吉原へ、繰りこんだことがござんしたっけなあ。旦那も若え時分だ……あっしも若え時分で威勢がいいや、『金、まいろう』なんておっしゃってねえ、えっへっへ、大見世でござんした、へえ。旦那のお供なればこそね、あんな大見世へあがれます、とても手銭じゃねえ。へえ……旦那の敵娼《あいかた》はね、ちょいとオツな敵娼で……へえ、色こそ浅黒いけどちょいとまるぽちゃなねえ、オツな女……ふっふン、あたくしの敵娼……おもいだしたよ旦那あ、あっはっはっ……あんな長え面《つら》の女ってえなあないねえ、馬が円行灯《まるあんどん》くわいて、下へ鰻をぶらさげてるような長え面《つら》だ。上見て真ん中見て下見てるうちに真ん中忘れちまうてえなあ、あいつの面のこって、あっはははは、真ん中(なんだか)わからねえてえなあ、あれからはじまったんだ。あっははっは、いいえさ、いいえ、まったくさあ……そうそう、あんときも、あたくしゃあしくじっちゃった、ほーら、旦那、おぼえてますか? え? お引けんなるときにねえ、あの廊下のところで、若い衆《し》が変なことを言いましたろ? あっしが啖呵《たんか》ァ切ったろ? 『ふざけたことをするなあっ、おれをだれだとおもう』って、啖呵切るとね、旦那がおいでんなってねえ、『まあ金よせえ、腹も立つだろうけども、かようなとこで大声《たいせい》を発してはよくない』って、えっへっへえ、『なにを言やがんでえ、てめえなんざあ、うっふ、ばか……っ』(と殴りかかる仕草で酒をこぼす)あっ、はっはっはっはっはっ……あっしあね、若え衆《し》の頭ァ、ぶったつもりなんだよ、それが、旦那の頭ァぶっちゃった、あはっはっはっはっ……あんな、おどろいたこたあなかったねえ、奥さんにねえ、お詫びをしていただいて、勘弁して、あはっはっはっはっ、あはっはっはっ、あははは……」
「いいかげんにしなさい。がぶがぶがぶがぶ水を飲むように……なんだ黙ってればいい気ンなって……金ッ、よさんか……金ッ、これっ」
「へい……すみません。よします……へいあいすいませんでどうも……徳利ィ、そちらへ、お返しします……旦那ぁ、すみません……よしましたあ……(調子が変わって)大将、よしたよ……(キセルに火をつけ)なにを言ってやんでえ……しみったれなことを言うない……ふん……旦那ぁ、旦那ぁ……麻布の旦那ぁ……(腕をまくって)大将、だんつく、あなたねえわっしのがき[#「がき」に傍点]の時分からのことをご存じでしょ? あっしァねえがき[#「がき」に傍点]の時分から小遣いもらったのを貯めといて、芋屋へ行って芋のしっぽをかじって育ってきた人間じゃあねえんだあっしゃあ……小遣いもらやあ貯めといて、酒屋へ行って桝《ます》の角《すみ》からきゅうゥとあっしぁ、あおっちゃったんだ、あっしゃあ。なんでえ、一杯《いつぺえ》や二杯《にへえ》、酒飲んだがどうしたってんだい。めでてえ酒だよ、こんな職人がどこにある。下流しから、料理から、出前持ちまでするんだッ、なんでえっ」
「なんだ金、よさんか。主人公に対してすまん。そうか、こちらがしくじったか? よォしよし、勘忍しろ、金、許せ。よせよォ、金、あとで話……金、よせってば……そ、そ、金……いいかげんにしろっ、ばかっ」
「ばかたあなんでえ……ばかたあなんでえ大きな面《つら》ァするねえっ、旦那旦那って持ち上げりゃあいい気ンなって、てめえなんざあ旦那面ァあるかい」
これでもくらえとそばにあったお膳を、ぱあっと放った。どたりィばたりという騒ぎ。
「出てけえっ」
「こんなうちへてめえのほうで、いてくれったっておれのほうでいるかいっ」
って飛び出していく……。
「旦那さま、金がいまだに帰ってまいりません」
「帰ってまいらんなあ、困ったなあ」
「しかたがございませんから、あの、休業をいたしまして……」
「ばかなことを言いなさい。なんだ、店を開《あ》けたばかりで休業ができますか」
「できますかとおっしゃって、金が帰《かい》ってまいらん……」
「まいらんといって、売りこんだ店でないからそんなわけにいかん。口入屋《くちいれや》へそいって……」
「あんな、口入屋はまいったって、鰻|割《さ》きの職人なんてのは、今日が行って今日があるもんじゃあございません」
「ございませんといって、おまえみたいに言ったって……なんだ? うん? 金《きん》のとこから使いがまいった?……き、金が帰《かい》ってきたのか?……おっほ、奥ゥ、金が帰ってきたそうだ。うん……あ、はいはい、はい(手紙を受けとって)ああ、いやあ、たとえねえ、なんでも、金が帰《かい》ってくれればなあ、いいんだ……吉原《なか》行って馬ァ引ぱって帰《かい》ってきた……金を払ってやれ、叱言《こごと》を言うな、なんにも言うな……金か、こちらへ入れ」
「……なんとも申しわけがござんせん、へえ。まるっきり知らないんでござんす、へえ。今朝ねえ、起きたんですよ。目がさめるとねえ、そばに赤い布《きれ》をかけた姐《ねえ》さんが寝……あッ、こいつぁしくじったなっとおもってねえ。いま帰《かい》ってきて、お花さんに聞いたんですよ、そうしたらねえ、あっしが旦那に毒づいたって……そんなばかな話ァねえでしょ。なんのために旦那にねえ、毒づくなんてわけがねえ。あっしあねえ、旦那あ、すみません、どうかご勘弁の……」
「おまえはなあ、まことにいい職人だが、その酒のためにしくじる。気をつけてくれなきゃ困るじゃないか。……あっ、お客さまだっ」
「へいっ、いらっしゃいまし」
と、お客がくると一所懸命に働いて……腕がいいときてる。
「奥、え? 金の働きぶりを見ろ、へっへえ、今朝出してやった金は無駄ンならんなあ、うん……金、火を落としたらこっちへこい。あっはっはっ、ご苦労ご苦労。疲れたろう? う? うん、今日はなあ、客に出さん前になあ、不足でもあろう、二本とっといたあ、うん。これを飲んでなあ、機嫌よく寝てくれ」
「いええ旦那ぁ、冗談言っちゃあいけません。もう、ええ金毘羅さまへもう三年のあいだ……」
「いいや、好きな酒だから断たんでもよいぞ、え? 断ったか? そうか、あっははじゃあそれに越したこたあない。やすむか? あっはっはっそうか、じゃあ花ァ床《とこ》をとってやれ……いいやあ、いやあ、遠慮をするな、うん……くせになっていかん、とらせろとらせろ。ああ、そうか、やすむか? はい、おやすみなさい。あっはっはっは、ううん、酒を飲まんとあのとおりだ。ううん、金が飲まんのにわしが飲んではすまんようにおもうけども、奥、一本つけてもらうか」
旦那は一杯めしあがって、奥さんが床をとって、これから寝ようとすると、カラカラカラカラカラカラカラカラカラッ……ばたッ。
「しいッ、しいッ」
「なんでえ『しいしいしいしい』と……猫じゃあねえやいっ」
「(手燭を持って)……おい金だぞ、どうもあきれたもん……ああ金のやつだ。どうした?」
「どうしたって旦那の前ですけどもねえ。あっしゃあねえ、へっへっえ。ああ、おどろいたねえ、いいえねえ寝ようとおもったんで……寝ようとおもったんだけど息苦しくって寝られねえんで……片口に一杯ねえ、いまきゅうゥッといただいてねえ、そいから、もう一杯いただこうとおもったら片口が転がっちゃったんで、へッへ、旦那ぁ、片口ィ、捜してください」
「……出てけえッ」
うわァーッてんでまた飛び出す。
そのあくる日もそのとおり。仏の顔も三度、もう帰《かい》ってはこられません。
「旦那さま、金がいまだに帰《かい》ってまいりません。今日《こんにち》は帰ってくる気遣いはございませんから、休業をいた……」
「奥ゥ、おまえはどうでもかまわんがなあ、その夜が明けると休業にかかっておるが、え? その、売りこんだ店でないからそんなわけにいかん」
「いかんとおっしゃっても金が帰《かい》……」
「金が帰《かい》らんければわしがするッ」
「わしがするとおっしゃっても、蚯蚓《みみず》を見ても心持ちが悪いとおっしゃってるあなたに、鰻がいじれますか?」
「いじれますかっていじらんければしょうがない。それほど気ンなるなら、お灯明《とうみよう》でもあげて、え? 客の来ないように祈んなさい、たわけっ……いまさら汁粉屋の話をしてどうする? え? おまえは……それ見なさい、客が来てしまったじゃないか。……はい、はい、おいでなさい」
「ええ、こちらの開業式にいただきました。あっはァうまかったあ、よく聞いたらねえ、ええ、神田川の金さんがきてるんだって、へっへっへえ、町内じゃあ評判。いま二階へ上がりましたろ? え? あいつねえ鰻っ食いでねえ、えっへっへ、ちょいと箸を入れたばっかりで、こいつぁどうとか、なんかあ言うやつなんで、ええ。荒いとこを、二人前……」
「はい、焼きましょう」
「ええ、鰻《うお》を見てえとおもうんだが、どこにござんす?」
「あ、あそこに、ございます、ごらんください」
「え? そこ……ああっとっ、なるほど、ねえ、へえー職人もいいがあ、鰻《うお》もいい……ああッ旦那ぁ、いま、ちょいとこっちへ、それそれ。ちょいちょいと上げて見つ[#「見つ」に傍点]くれ」
「いや、それを焼けとおっしゃれば、かならずそれを焼きます。ほかのを焼く気遣いはござらん」
「いえー柄を見てえとおもう、ちょっと上げて見つください」
「いえ、素人方はなあ、その鰻の顔をみんなおんなしようにおもうけども、商売人が見るとちがっとおる。ご疑念とあらば印《しるし》をつけましょう。嬢、嬢の白粉《おしろい》持ってまいれ」
「白粉をどうなさる?」
「鰻の頭へ白粉を塗る」
「えへッ、ばかなことをしちゃいけません。おたの申します」
「はいッ……花ァ、おまえな、突き出し物を持って、酒を持って、え? 客が降りてこんように、その梯子段の上で立っておれ。嬢、おまえはなあ、客が厠所《はばかり》へ行ってこちらへ来んようにそこでくいとめろ。表半分しめなさい。なんだおまえは……なんか言うけど、金がおらんければできんて、な? できんことがあるか、おなじ人間のやることだ。おまえたちはわからんがなあ、え? 鰻の急所っていうものはここにあるんだ。いいか? (と、鰻を狙って)わしは金のやっとるのを見とる。え? なんでも、ものってえいうものは研究で、この……(捕えようとするが逃げられ、目で追う)、見るという……(また逃げられる)、こっちへ、ついて……(とんとん叩き)笊《ざる》ゥ持ってこい笊ゥ……わしが追うからしゃくいなさい……よいか? まいるぞ、ほらほーら、ほッ……(舌打ちして)、こっちへ笊を貸せ笊を……さあ追いなさい追いなさい追いな……しょっと……(と、すくい)はッはッは、大きいのが三匹入った、な?……いよッ(一匹をつかむが、つかんだ両掌のあいだから、すり抜ける)笊ッ、笊ッ……こりゃいかん……糠《ぬか》を持ってこい糠を……(両腕で囲って)ぱらぱらっとふれ、このぬるみ[#「ぬるみ」に傍点]があってはいかん、な? そこ、そこを、ぬ……あ、こらッ……(と、頭へかかった糠を払い)、また、えらくどうも、糠をかけたなあ、わしの頭へ糠をかけてどうするんだ? 鰻の糠味噌をこさえるんじゃあないぞ。かよういたそう、わしがこう、つかむ、鰻《やつ》首を出すからなあ、奥、あの薪を持ってまいってなあ、頭をたたけ。ぞべぞべ[#「ぞべぞべ」に傍点]せんと、手伝いなさい」
「でございますから鰻屋なんて商売は、生きもんの命をとるのでございますから、あれほどおよし遊ばせ……」
「いまさらそんなことを言ってどうする、手伝いなさい」
「はいはい、まいります。あなた、よろしゅうございますか? まいりますよ、(袂を押え、薪を持って身構える)さあ……」
「なんだ仇討《かたきうち》だなまるで……まいるぞっ、まいるぞっ、奥まいるぞォ、よく見てろ。いよッ、とっとォとッとォ……こ、これこれ、こ、この隙を……この隙を、この隙を狙って、奥、この隙を……」
「この隙とおっしゃっても、あなたのおつむっ……」
「あ痛いッ……ばかっ、余の頭をぶつやつがあるか。錐《きり》を貸せ錐を……口ィ口ィ(と、口にくわえ)……はッ(と、捕え)……やあッ、うん……(力をいれて錐を刺す)はあッ、はあっ、はあっ、奥ゥ、うちとめた。顔の汗をふけッ。(肩で息をし)これまでだ金がおらんければ困ることは……これから先はなあ、金がおらんでも……もう……こう(と、割《さ》こうと庖丁をいれる)……あ、首が取れてしまった……うん、うん(と、再び錐で刺し、割く)むむむお(と、親指を口にくわえ)血止めっ……、血止めッ……これこっちの、こっちの鰻が逃げ……な、な、貴様たちはなにを……隙があって(と、逃げ出した鰻をつかむ、両掌の隙からぬるぬる逃げだし、交互に頭をつかむ)これこれ、前のものを片づけろ、その、履物を出せ履物を……どこへまいるかわかるか?……前へまわって、鰻に聞いてくれ」
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