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落語百選47

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:佃祭《つくだまつり》江戸の三大祭りというと、神田明神、赤坂の山王さま、深川の八幡さまこれは、将軍家が吹上からご上覧になっ
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佃祭《つくだまつり》

江戸の三大祭りというと、神田明神、赤坂の山王さま、深川の八幡さま……これは、将軍家が吹上からご上覧になったというので、俗に上覧祭《じようらんさい》ともいい、将軍家からもいくらか祭りの経費が出た。それでなくても、賑やかで、威勢のいいことの好きな江戸っ子のこと、祭りになるといっそう気負って派手にして、祭りのあとで入費の埋め合わせがつかないで、娘を女郎に売らなければならないというようなことが、いくらもあった。祭りというものは、たいへんにさかんで……清元の「神田祭」に、
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一年を今日ぞ祭りにあたり年、警固手古舞《けいこてこまい》はなやかに、飾る桟敷《さじき》の毛氈《もうせん》も、色に出にけり酒機嫌……
[#ここで字下げ終わり]
佃島には、住吉さまがあって、毎年この夏祭りがたいへんに賑い、島国なので気がそろっていて、よくできている。この祭りへ行く人は、渡し船で渡って、踊り屋台を見たり、地走《じばし》りが出たり、飾り物をいろいろ見物して、深川八幡の暮六つの鐘を聞いて、みんな船場《ふなば》へ駆けつける。暮六つがしまい船なので、桟橋はもう人でいっぱい。ふだんは二艘交代でやっているが、祭礼の当日は十艘からの船が出て、それもだんだん出て行って、最後の一艘だけになった。そのしまい船へいちばんあとから乗ろうとすると、うしろから袂《たもと》をとって引き降ろされた……。
「旦那さま、お待ちなすって」
「ああ、なんですか、急ぎますから、どうぞ袂をはなしてください。……船頭さん、その船を、ちょっと止めておくれっ……なんの用だか知らないが、この船に乗りおくれると、わたしは家へ帰ることができないから、袂をはなしておくれ……おーい、船頭さん、ちょっと待っておくれっ……あっ、船を出しちまいやがった、ああー、もう帰ることができゃあしない……」
ひょいと振り返って、袂を押さえている人を見ると、年のころ二十五、六、丸髷《まるまげ》に結《ゆ》った色白の女……。
「なんだ、見おぼえのない人だが、迷惑千万な、おまえさん、人ちがいじゃないか?」
「いいえ、人ちがいではございません。まことにおみ足《あし》をお留め申しまして、申しわけがありませんが、あの……旦那さまは、三年前に、本所一つ目の橋の上から身を投げようとした女を、五両のお金をお恵みになりまして、お助けになったおぼえはございませんか?」
「ああ、あ……そうでしたか。差しあげた額は忘れましたが……三年前に、一つ目の橋で身投げを助けたことはあったが、あれはおまえさんでしたか?」
「やっぱり旦那でございましたか。ありがとうございました。あたくし、その折のふつつか者でございます」
「ああ、おもいだしました。いやあ、すっかりおみそれいたしました。……あの時分には、島田を結《ゆ》っていらした。いまは頭も丸髷《まるまげ》になって。その時分、白歯《しろば》だったが、いまはかね[#「かね」に傍点]をつけていらっしゃるし、その時分は若くてきれいだったが……いや、いまもきれいですがな。しかし、しまい船が出てしまって、島に親戚もなく、困りましたな」
「そのご心配にはおよびません。あたくしのつれあいが船頭をいたしております。いつ、何刻《なんどき》でもお船は向こう河岸へ出します。往来ではお話もできませんから、汚い家《うち》ではございますが、どうぞ宅《たく》へお立ち寄り願います」
「そうですか。あの、旦那が船頭さんで……いやあ、それを聞いて安心しました。じゃ、ちょっと寄らせていただきましょう」
連れられて行ってみると、入口に、祭礼の提灯《ちようちん》に灯がはいり、家《うち》は古いが、きれいに手が行き届いていて、花筵《はなむしろ》が敷いてある。
「さあ、どうぞこちらへお上がりくださいまし、むさ苦しい家《うち》でございますが、お暑うございますからご遠慮なくどうぞ……その節はお助けくださいましてありがとうございました。まだわたくしが、ご主人に奉公している身でございまして、五両のお金を落としました。言いわけなさに死のうとしたところをお助けいただきました。そのご恩はけっして忘れたわけではございませんが、年の若い時分、うれしいのと、きまりの悪いのとで、ついお名前もおところもうかがうのを忘れまして、お礼に出ることもできず、どうかもう一度お目にかかってお礼を申し上げたいとつねづねおもっておりましたところ、はからずも渡し場でお姿をおみかけしましたので、これぞ神仏《かみほとけ》のお引き合わせと、前後もわきまえず、お引きとめいたしまして、なんとも申しわけございません」
「いいえ、どうぞお手をあげてください。へえー、そりゃどうも不思議でしたね。わたしはすっかり忘れていたくらいですからね。いやあ、そうですかい、まああのときにあなたが死んでおれば、いまここでこうしてお目にかかれなかったわけですな。あなたがご主人のお金をなくしたために死のうとおもった、あなたが正直な方だということが、そのときよくわかりましたよ」
「いつも、夫《やど》と旦那さまのお噂ばかり申しておりまして、……もうおっつけ帰ってまいりましょうから、どうぞお茶をひとつ召しあがって……」
「さようでございますか。おもいがけないことでとんだお邪魔をいたしました。ではお茶をいただきます」
と、話をしているうちに、表でわーわっという人声。おかみさんもなにか知らん、お祭りのことだから喧嘩《けんか》でもはじまったかと、心配しているところへ入ってきたのがご亭主、年のころ三十近い、色黒のがっちりした体躯で。
「おおっ、お帰んなさい。……あの旦那さま、夫《やど》が帰ってまいりました。……おまえさん、ちょっと上がってくださいよ」
「上がるどころじゃあねえっ、たいへんなことができたんだ」
「どうしたんです?」
「いま、しまい船が沈んじまったんだ。あんまり人を乗せやがるんで、おっそろしい騒ぎだ。助け船を出さなけりゃならねえんでみんな出かけたから、おれもちょっと行ってくる。なんだかお客さまがあるようだが、あとでお目にかかるから、着物をそっちへとっておいてくれ」
「じゃあ、怪我《けが》をしないよう気をつけて……」
亭主は褌《ふんどし》一つで飛び出た。
「旦那、お聞きでございますか、あのいまのしまい船が沈んだそうでございます」
「へえー、おどろきました。あたしは、あの船にさっき片足かけて乗るところを、あなたに袂を引っぱられて乗りそこなった。あなたに会わなければ、わたしもいま時分、船といっしょに沈んでいるところ……じゃあ、あたしはあなたに助けられたようなもの。自慢じゃあないが、あたしは泳ぎは知りませんしね。金槌《かなづち》の川流れ……それっきりですからね。そういえば、しまい船は人を積みすぎてましたからね、こべりへ、すれすれまで水が来てましたからねえ、死んだ人も大勢いるでしょうな」
「ああ、おそろしい騒ぎになりましたこと、なにしろ暮れがたで、祭りどき、女子供が多うございますから……、夫《やど》が帰れば、くわしいことがわかります。どうぞまあ、お祭りどきの、手作りの|煮〆《にしめ》でございますが、ひと口召しあがって……」
「いや、それはどうかごめんこうむりましょう。お酒どころではない。いまの話を聞いたんであたしは変な心地になりました、おつもりにしましょう」
しばらくして、亭主が帰ってきた。
「どうしたい、おまえさん」
「どうもこうもないよ。女子供が多いんで、助け船も間に合わず、ガバッといったから、一人も助かったものがいねえんだ。泳げるやつが飛びこんだって、一人に五、六人泳げねえやつがまつわりつくから、助けに飛びこんだやつまで死んじゃったよ。船場へ行ってみな、死骸の山だよ。引き取り手がきたら、どんな気持ちになるかとおもうと、人事とはおもえない、いやあな気持ちになって帰《けえ》ってきた。お客さまがおいでのようだが、どこのお方だ?」
「三年前、一つ目の橋でわたしを助けてくださった旦那だよ、ちょっとご挨拶しておくれ」
「ご挨拶ったって、裸じゃしょうがねえ。待ちなよ」
裏へ飛んで行って、井戸端で、頭から新しい水をザ、ザーと五、六杯浴びまして、さっぱりした浴衣《ゆかた》と着替えて、手ぬぐいをわしづかみに、
「旦那、お初にお目にかかります。あっしは船頭の金五郎と申します。碌《ろく》すっぽう、口もきけねえ男でございますが、どうぞ、ご懇意に願います。三年前には、こいつが危ないところを助けていただきまして、いろいろありがとうございます。旦那、烏《からす》の鳴かねえ日はあっても、旦那の噂の出ねえ日はねえんでございます。いつでもこいつは涙をこぼしちゃあ、ありがてえ旦那だ、一度お礼を申し上げなきゃあならねえと、泣いておりますから、あっしが叱言《こごと》を言うんでございます。てめえのようなわからねえ女もねえもんだ。命の親の旦那さまの、せめてお名前かおところを聞いておかねえで、どうたずねていいか、お礼を申し上げてえといったところが、お目にかかれねえじゃあねえか。こうなりゃ、神さまでも頼むほかねえからと、神さまを拝もうとおもうんですが、あっしは、ふだん、無精者で、心やすい神さまが一人もいねえし、しかたがねえから、毎朝起きると大神宮さまを拝むんですが、それもなんと言って拝んでいいかわからないので、……旦那、見てくだせえ、大神宮さまに『一つ目の旦那さま』と、紙へ下手な字で書いて貼ってあります。あれを二人で一所懸命拝んでおりました。そのおかげで、今日お目にかかれました。これから、ご恩返しと申しましても、貧乏人ですから銭っこじゃできませんが、身体を張ることなら、あれしろ、これしろとご遠慮なく言いつけてくださいまし。命にかえてもご恩返しをいたしますから、末々目をかけお使いのほどを願います」
「恐れ入ります……いや、どうぞお手をあげてください。あたしは、神田お玉ヶ池におります、小間物渡世をしております次郎兵衛と申す者でございますが、助けた助けられたはございません。いま沈んだというあの船へ、もしおかみさんに会わなければ、わたしが乗るところでございました。それを、おかみさんに桟橋で袂《たもと》を引っぱられ、無理に引き降ろされたんです。してみれば、わたしがこんどおかみさんに命を助けられたわけで……五分です、つまり、お互いさまですよ」
「おめえが助けた? そうかい。そりゃあ旦那、ようございましたねえ。いいえ、それはね、うちのやつが助けたんじゃありませんよ。旦那のような方が、ガブリいくようじゃ神も仏もあるわけのもんじゃございません。天道さまが助けたんだ。こんなめでてえことはありませんね。どうか旦那、今夜一晩、こんな汚いところですが、お泊まりなすってってください」
「ありがとうございます。せっかくでございますが、うちを出るとき、しまい船で帰ると言って出てまいりましたので、まことにあいすいませんが、船を向こう岸へ出していただきたいのですが、いかがでございましょう?」
「さあ、それは弱りましたねえ、旦那。それはお宅でもご心配でしょうが、こう騒ぎがあったあと、すぐ船を出すってえのは、仲間のつきあいで、具合いが悪いんですよ。じゃあ、会所《かいしよ》の鎮まるまで、どうかひと口召しあがっていてください。おめえだってそうだ、お頼みしねえかよ」
「どうぞ、旦那、あたくしは両親がないもので、旦那さまをほんとうの命の親のようにおもっております。どうぞ、夫《やど》も申しますようにごゆっくりなさいまして、また、夫婦になったいきさつも聞いていただきとう存じます」
「いやあ、それはありがとう存じます。あたしもゆっくりしていきたいが、うちの家内がちとやきもちやき……いや、つまり心配症なもんですから……いずれ日をあらためて……」
「はい、わかりました。じゃあ、船場が片づいたら、なんとでも船は出しますから、ひとつお近づきのしるしにいきましょう……お酌しないか、おい」
「さあ旦那。おひとつどうぞ……」
次郎兵衛さんのほうはこれでよろしいのですが。
 神田お玉ヶ池の次郎兵衛さんの家のほうは、たいへん……。おかみさんは日が暮れても帰ってこないので、出たり入ったりしていると、表ではとりどりの評判、佃で船がひっくりかえって、人死にがあった。五十人もあったろう、百人もあったろう。人を頼んで聞いてみると、しまい船が沈んで、助かった人は一人もいない。船場は死骸の山で、たいへんな騒ぎ……。これを聞いたおかみさんは、部屋へ駆けこんで、おっかさんの膝の上へ、うわっーと泣き崩れた。近所の者も見かねて、気の早い人は、二、三人揃って悔やみに訪ねてくる。こういうときには、当家の人は気抜けがしてなにもできない、はたの人がしてやるよりしょうがないというので、飛んできて、簾《すだれ》を裏返して「忌中」の札をはって、葬儀屋から大きな早桶を運んできて、家《うち》のまん中へデーンとすえつけてしまう。
「吉つぁん、次郎兵衛さん、亡くなったってえなあ」
「そうだってさあ、わからねえもんだね。けさ、湯で会ったんだよ」
「あれ、おめえがか?」
「うん、これから佃へ祭りに行くんだが、行かねえかって誘われたんだがね。今日は切り上げ仕事があってどうしても手がはなせねえって断わっていいことをしたよ。断わらなけりゃあ、おれも、やっぱり、土左衛門でいまごろ上を向いて、あれだよ」
「そう言われてみるてえと、次郎兵衛さん、影が薄かったよ。ところで、今月の月番はだれだい?」
「与太郎だ」
「あいつじゃ連れてったってしょうがねえだろう」
「だって月番だもの、お辞儀だけでもさせなきゃあ……いりゃあいいけども……入り口から声をかけてみよう。与太郎いるかい?」
「おー」
「出てきたよ、いた、いた、こっちへ来《き》な。……あの、次郎兵衛さんが、亡くなったよ」
「えーそうかい、どこでなくなった」
「こういうやつだよ。どこで亡くなるってやつがあるもんか、死んだんだよ」
「え、こんどはじめてかい」
「いくども死ぬやつはないよ。これから、悔やみに行くんだよ」
「へえー」
「悔やみに行くんだよ」
「死んだところへいやみを言ってどうするんだ?」
「悔やみだよ。おまえは月番だが、向こうへ行ってただお辞儀してりゃいいよ。変なことを言って、げらげら笑うのはいけないから、黙ってな」
「えー、こんばんは」
「えー、ごめんくださいまし」
「へい、どうも、おっかさん、このたびはどうもとんだことでございます。おかみさん、なんとも申し上げようがございません。けさ、湯で会ったんですよ。で、これから佃へ祭りに行くんだがって誘われましたがねえ、あっしは仕事が忙しいって断わっていいこと……あの、あ、なんですねえ、まあ……ほんとうに、なんで……まるで夢のようで、なんともはや申し上げようがないんで……まだご病気とかなんとかでしたら、またなんとかなるんですが……ああいうなんですとどうにも……ほんとうに、ええ、あとあと、あまりお気病《きや》みになりまして、お身体でもなんでしたら……たいへんでございますから、ほんとうにまあ、申し上げようがありません……あたくしで別にお役に立ちませんが、なにかご用がありましたら、なにかこの……あたくしでできることでしたら、どうも……たいへんな騒ぎで……さようなら」
口のなかで、なんだかわけがわからないことを言って帰る。
「ごめんなさい。このたびはおっかさん、とんだこってござんした。あっしは聞いてびっくりしちゃった。あんないい旦那が亡くなるなんて、そんな、て、神も仏もねえもんだって……どんな人だって、お宅の旦那を悪く言う人はありませんよ。そりゃ、人には親切ですしねえ、ほんとうにあんないい方はありませんよ。世話好きでございますしね。いやあ、あたしなんぞは、なにおいても飛んでこなきゃならない、というのは、お宅の旦那さまに仲人をしていただきまして、いまのかかあをもらったようなわけで、これから先、もうあんないいかかあはもらえねえとおもって、重々恩に着てます。いいえ、ほんとに、なんですよ。朝はあれで早く起きますしね、器量《きりよう》だって、あのくらいなら別に悪いというほうじゃありませんし、縫い仕事なんかはね、よそへ出したこたあねえんですよ、たいがいのものは自分でやりますし、あの、煮炊きだってね、客が来たときだってよその店屋物《てんやもの》とるよりもね、あいつのこしらえたほうがうめえんですよ。読み書きってえほどのことはありませんが、あたしより、なんで、いえ、こうやっといてくれってえと、ちゃんと書いときますしね、あれでちょっとくらいの帳面はつけますからね。ほんとうにね、夫婦|喧嘩《げんか》なんか一ぺんもしたこたあねえんです。で、近所じゃそねみやがってね、夫婦みてえじゃねえ、色《いろ》みてえだなんてやがって……へへ、また、なんて言われたってね、夫婦仲がいいてえいうのは、別にだれに聞かせたって悪いことじゃねえんですからね、あたしはあれをいたわってやりますし、あれはあたしを慕《した》ってきます——妻は夫をいたわりつ、夫は妻にしたいつつ……あれなんです。あっしは、もっともね、喧嘩しねえってえな、あんまり浮気をしませんからね、うちを空けたことなんかねえんですよ。まるっきりねえことはありませんがねえ……あ、今年のね、花時分でしたよ。友だちに誘われまして、ひと晩、吉原へ行っちゃったんです。で、明くる日|帰《けえ》ってきます前に、女が仮病かなんかつかってふて寝かなんかしていると、どこか悪いのかと、入《はい》りいいんですがね、外からのぞいてみると、あいつは火鉢の前で一所懸命針仕事をしているんですよ。入《はい》りにくいもんですね、女の人にはわかりませんね。それでわざっと大きな声を出しましてね、『ごめんください』そらっとぼけて入って行ったんですよ。えへへ、火鉢の前へ座りますと、『ゆうべどこへ行ってきたんですよっ』とかなんとか言われちまやあ、さっぱりとしちゃいますが、言わねえんですよ。ちょいと顔を見ては針仕事をしているんですよ。てへっ、無言の行ってやつでね、真綿で首をしめられてるようなわけで、こっちは油汗がタラタラ出てきまして、そのうちにね、『昨晩はどちらでお浮かれでしたか?』と切り口上だ。つらかったねえ。『ゆうべは友だちのつきあいで、へべれけに酔っぱらって、おそくなって泊まっちゃったんだが、さみしかっただろう、勘弁しておくれ』とこう言いますとね、『どういうご婦人が相方《あいかた》に出ました?』と言いやがるんですよ。『へべれけに酔っぱらってるから、女の顔なんかおぼえていないよ』と言うと、『いくらお酒を飲んでらっしゃっても、相方の顔ぐらいおぼえているのが人情じゃありませんか』『そんなどころじゃねえ、まるっきり知らねえ』ってますとね、『二人で一緒になってはじめてうちで一人で寝てみたけど、ゆうべっくらいさみしいおもいをしたことはありません。それを知らないで、おもてで浮気なんぞをしてらして、ほんとうに罪な方ですわねえ』って言《い》やがって、股《もも》のところをギューッてつねりやがって……つねっても根が惚れてますからねえ、つねったあとをさすってやがんです……さよならっ」
「なんだいありゃあ…たいへんなやつが来たもんだなあ。ありゃ悔やみじゃないよ、ノロケだよ、最初《はな》っからしまいまでかかあのノロケを言って帰《けえ》ってしまいやがったね……おい、お婆さん、糊屋の婆さん、こっちへおいで」
「ごめんください、おっかさん、このたびはとんだことでございます。おかみさん、なんとも申し上げようがございません。あたしゃ、孫を連れて風呂へ行っておりますと、嫁が飛んでまいりまして、『お婆さん、たいへんだよ、次郎兵衛さんの船が沈んで……』って申しますから、『おや、そうかい』てんで、孫を逆さまに抱いて、飛んでまいりました。ままになるものなら、あたしなんぞ、先がないのですから代わってあげたいものとおもいますが、そうもまいりません。このあいだお説教を聞きにまいりましたら、坊さんというものはうまいことを言うもんですね。『明日あるとおもう心の仇桜、夜半《よわ》に嵐の吹かぬものかは』、南無阿弥陀仏……」
「おい婆さん、そこでお説教やってはしょうがないなあ、あとがまだつかえてるんだ……与太郎、こっちへ出てお辞儀しな」
「こんばんは……どうもありがとうござい……」
「ありがたかないよ」
「ええ、ありがたかないんですが、あたしがいまうちにいると、吉つぁんと留さんが来てね、次郎兵衛さんがなくなったというんで、どこでなくなったのか、捜しに行こうっと言ったら、死んじゃったんだって言う、いまはじめて死んだのかって言ったら、いくども死ぬやつはない。大笑いなんで……」
「笑いごとじゃないんだよ」
「それからね、あんなねえ、いい人がね、死んじまうなんて、それはずるいや……」
「ずるいてえのはない」
「生きてるうちはあたしにいろんなものをくれたよ。これからなんにももらえやあしない」
「そんなことを言ったってしょうがないよ」
「ほんとうにどうも……すいません」
「あやまってやがら、ばかだな。こうしててもしょうがない。……ねえ、おかみさん、お悔やみのところあいすいませんが、長屋の者はここで陰通夜をいたしまして、あとの半分はあした朝、薄明るくなったころ死骸を引きとりに行こうとおもいますが、このうちはおかみさんとおっかさんだけだから、どっちもいっしょに行っていただけないでしょうから、あたしたちで死骸を引きとってまいろうと存じますが、大勢の死骸のなかから、よくまちがった死骸を持ってきて葬式をしたなんてえことがありますから、旦那のお身装《みなり》をうかがっておきたいんですが、旦那が出て行くときは、どういうお支度で?」
「ありがとう存じます。出てまいりますときに、いつになくあたくしの顔をじっと見ておりましたが、にやりと笑って出てまいりました。いまおもえば、あれが最後の見納めでございます。とほほほ……」
「いえ、どういう身装《なり》で?」
「身装は、薩摩《さつま》の細かい飛白《かすり》に、透綾《すきや》の羽織、紺献上の五分詰まりの帯をしめております。煙草入れと扇子を腰へさしております。下駄は白木ののめり[#「のめり」に傍点]を履いております。しかん[#「しかん」に傍点]という下駄でございます。白《しろ》鞣皮《なめし》の鼻緒がすがっておりまして、柾《まさ》は十三本通っております。桐は会津でございます」
「え、話は細かいですね。だけど待ってくださいよ。死んだんですからねえ、おまけに水へ入《へえ》ってさあ……うまく透綾の羽織着て、煙草入れと扇子を腰へさして、柾の十三通った下駄を履いて、きちんと行儀よく死んでてくれればいいがね。船がひっくりかえって、水を飲み、苦しいからあがく、羽織は脱げちゃう、下駄はどっかへとんでいっちゃうてえと、身体のうちでなきゃあならねえんですよ、いちばんいいのは、どっかね、お灸のあとがあるとか、ほくろがあるとか、えぼがあるとか、あざがあるとか、古い傷あとがあるとか、そういうところはねえ、ふだん裸になっているところを見ているおかみさんがよーく知ってるわけなんですが、身体のうちになにか印《しるし》になるものはありませんかね?」
「ええございます。もしもわかりませんでしたら、左の二の腕をごらんください」
「へえ、左の二の腕ってえますと、これから上のほうですね、お灸ですか、ほくろですか、ひっつれでもあるんですか?」
「�玉命《たまいのち》�と、あたくしの名が入墨《いれずみ》になっています」
「どうも、ごちそうさまでございます。聞いたかい? 人は見かけによらないものですねえ。あの堅い次郎兵衛さんが、おかみさんの名前を入墨に彫ってるとさあ、それまで聞けばたくさんだ」
「じゃあ、半分陰通夜をしろ。……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
「お寄りくださいませんか、あそこですよ、あたしの家は。あの二軒目の、たいそう灯火《あかり》がついて人が出たり入ったりしているが……あそこですから、ちょっと寄ってください」
「いいえ、そうしてはいられないんですよ、こういう騒ぎのあと、すぐ出てやらねえと仲間が、なんだかんだうるせえんですよ。こんな身装《なり》をしておりますし、ここまでお送りしたのは、お宅をおぼえようとおもいまして、ええ、もうわかりましたから、こんどかかあと二人でゆっくりおたずねに出ますから、奥さまにもお目にかからず、今夜はここでお別れをいたしますから……」
「そうですか、せっかくここまで来てくださって……まあ、無理にお引き止めをしてご迷惑がかかっちゃいけませんから、では、おかみさんによろしく」
「じゃあ、ごめんください」
「おや、おや、おや、おや、なんだい? 簾《すだれ》が裏返して『忌中』と……さあ、たいへんだ、一日家をあけたばかりで、おっかさんでも死んだのかしら? こっちが命拾いしたばっかりなのに、なんということだ……はい、いま帰りましたよ」
「うわーッ……」
入口にいた長屋の者は飛び上がって、土間へぺちゃんと座りこんでしまった。
「どうした? だれか来たのか? どうした? どうした?」
親戚の者が出て行くと、土間へ腰を抜かして座りこんでいる長屋の者が、大きな口を開《あ》いて表を指さしている。
「えへっへっへっへっ……」
「どうかしたか?」
「ジ…ジ…ジ…ジィ……」
「蝉みたいだね、おまえ見てやってくれ」
「だれか来たの? だれが……うわっはっはっは……」
「どうしたい、おなじようなやつが二人できちゃったよ、おい、どうした? うわーッ、……で…で…で、出たあー、……どうぞ浮かんでください、浮かんでください。……南無阿弥陀、南無阿弥陀仏……」
「浮かんでくださいじゃあありませんよ。お長屋の方、大勢集まって……おっかさんいますね? 家内もいますね? いったいだれが死んだんだ」
「おまえさんが死んだんだよ」
「え? なんだい、この早桶は?」
「おまえさんが入るんだよ」
「そそっかしい幽霊だな、自分の死んだのを忘れちゃいけねえ」
「むやみに上がっちゃあいけませんよ。まあおどろいたねえ、おまえさんはほんとうに次郎兵衛さんかね……? おや、足もある。これはまあ、どうしたんだろうね……」
「どうしたんだろうってえのはこっちのほうが聞きたいよ」
「こりゃ、おまえさんが、佃の祭りへ行って、船がひっくりかえったという騒ぎ、それで、おまえさんが帰って来ないから、てっきり死んでしまったとおもって、一同がいま陰通夜をしているんだ」
「あ、そうですか。よくわかりました。ご心配をかけて、お長屋の方、どうも申しわけございません。いや、じつは、あの船に乗ろうとしたのですが、三年前に本所の一つ目の橋から身投げをしようとした女を、五両のお金をやって助けたことがありました。その女の人に乗った船から引き降ろされましてね、そこのうちでお酒をごちそうになったりして、あの船へ乗らずにすんで、助かりました」
「……ひとの気もしらないで、うちでこんな騒ぎをしているのに、おまえさんお酒を飲んでるなんて、……相手が女だから金をやって助けたんでしょう。なにをしてたんだかわかるもんかっ」
「おかみさん、やきもちをやいたってしょうがない。おい、みんな聞いたかい? えらいもんだね。情けは人のためならずてえがほんとうだねえ。ああ、いいことはしておくもんだねえ。次郎兵衛さんの真似はできないねえ。……なにしろこんなめでたいことはねえ。せっかくの早桶が無駄になっちまった。糊屋の婆さん」
「はい、なんだね」
「おまえさん先がねえんだろう? どうだい、あの早桶をもらっていったら……」
「いいかげんにしておくれ、縁起でもない」
長屋一同、大笑いをして引きあげた。
はじめからおしまいまで、隅っこのほうでこの話をじーっと聞いていた与太郎。情けは人のためならず……人間はいいことはしておくものだ。人を助けておけば、いずれ自分も助けられる。なるほど、と感心をして、家へ帰ったが、銭がないから、道具屋を呼んできて、家財道具を売り払い、五両の金をこしらえて、これを懐中《ふところ》へ入れ、毎日、身投げを捜して歩いた。あいにく時化《しけ》だとみえて、なかなか身投げに出くわさない。
ある晩、永代橋へかかると、橋の上に、年のころは三十二、三、大丸髷《おおまるまげ》の、鬢《びん》のほつれが顔にかかり、袂《たもと》をふくらまして、水面を望んで、西へ向かって手を合わせている女を、てっきり身投げと見てとったから、与太郎はよろこんで、いきなりうしろから抱きついた。
「おかみさん、お待ちなせえ」
「なにをするんですよ、はなしてくださいよ」
「おかみさん、五両のお金に困って、こっちから身を投げるんでしょう?」
「そうじゃあありませんよ、歯が痛いから戸隠さまへ願をかけてるんです」
「そんなことを言ったって、おまえさんの袂に石がいっぱい入ってるじゃないか」
「いいえ、これは戸隠さまへ納める梨でございます」
 
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