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落語百選56

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:道具屋「おっ、与太郎、来たな、さあ、こっちへ上がんな。先刻《さつき》おふくろが来ていろいろ話をして帰《けえ》ったんだがな
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道具屋

「おっ、与太郎、来たな、さあ、こっちへ上がんな……。先刻《さつき》おふくろが来ていろいろ話をして帰《けえ》ったんだがな、おまえは、あいかわらず遊んでいるんだってなあ、いけねえな、おふくろを泣かして……」
「ははア、色男にはなりたくねえ」
「なにが色男だ」
「女を泣かせた」
「ばかなこと言ってちゃあしょうがねえな。おまえは、家でぶらぶらしているってえじゃないか?」
「いや、ぶらぶらしてない」
「そうかい」
「ここンとこ陽気がいいからね、ずゥっと昼寝をしてた」
「なにを言ってやがる。昼寝なんてものは、仕事のうちに入らねえ。なんか商売《あきない》でもする気にならなきゃあ、いけねえよ」
「おじさんの前だが、商売《あきない》なんてなあ、こりちゃった」
「生意気なことを言うな、なんかやったか?」
「商売《あきない》はずいぶんやったよ」
「えらいな」
「はァ、そばから飽きたよ」
「飽きちゃあいけねえ、なにをやった?」
「うん、こないだ盆の草市に出てね」
「おお、そいつは感心だ。あれは際物《きわもの》でいいものだ、儲《もう》かったろう?」
「ところがちっとも儲からねえ」
「どうして?」
「前の日は外へ売りに出たんで」
「なにを?」
「それあの……臭い匂いのする屁《へ》じゃない、お、おなら、おなら」
「あははは、おならじゃない、苧殻《おがら》だ」
「へえ、そのおならで……」
「まだ言ってる、苧殻なら売れるはずだが、なんと言って売ったんだ」
「ェェ、おならはいりませんか。おならおならって……。そうしたらおなら[#「おなら」に傍点]ならこっちに匂いのいいやつの持ちあわせがあるって」
「あっははは、どうも困ったものだ、それでもいくらか売れたかい?」
「ちっとも売れないで、殴られた」
「殴られた? どうして?」
「なんでも商売《あきない》は安くしなけりゃあいけねえってえから、呼ばれた家でほかの人は一束二分だけれども、あたしは二束二分で売ってあげますと言ったら、そこの人が今年は子供の新盆《あらぼん》で初めて焚《た》くんだから、そんなにいらないと言うから、そんなら来年また新盆があったときにお焚きなさい、と言ったらぽかりと殴られた」
「うふっ、そりゃあ殴られらァ、そんなこと言って買い手があるもんか、それからどうした?」
「しかたがないからお迎《むか》い屋になったんで」
「だいぶ集まったかい?」
「ちっとも集まらない」
「まるっきり集まらないわけはないだろう? 十六日に歩いたのかい?」
「いいえ、十四日に」
「十四日? 冗談じゃない。十四、十五日が肝心の日だ、だれが十四日に捨てるやつがあるもんか」
「それでもなんでも商売《あきない》はすばしっこくしなけりゃいけないってえから……」
「いくら早いがいいったって、あまり早過ぎる、しょうのない男だ。まあ、おめえは、器量以上のことをやろうとおもうからやりそくなうんだ。ま、呼んだのはほかじゃあねえけども、おじさんの商売をおまえに譲ってやろうとおもってなァ」
「おじさんの商売? おじさんは家主《おおや》じゃァねえか。じゃ、あの家作をあたいがみんなもらって、晦日晦日《みそかみそか》の店賃《たなちん》はあたいのものになる」
「おい、欲ばったことを言うな。それはおじさんの表看板だ、おじさんが世間に内緒でやってる商売があって、権利もなにもそっくり持ってる。それをおまえに譲ろうてんだ」
「世間に内緒で? あァ……あれ[#「あれ」に傍点]か」
「なんだ、あれ[#「あれ」に傍点]かってえなあ、知ってんのか?」
「ええへえ……知ってます」
「そうかなァ、近所の方もあんまり知らないだろうとおもってやってるが」
「それが大きな間違《まちげ》えだ、だれも知らねえなんとおもってると、ちゃんとあたしが知ってらァ……や、悪《わり》いことはできねえもんだ」
「おい、変なことを言うなよ、なんだかおじさんが悪いことでもしてるようじゃあねえか、ほんとに知ってんのか」
「ええ、おじさんの商売、頭にど[#「ど」に傍点]の字がつくだろう?」
「……うん、そりゃまァ、ど[#「ど」に傍点]の字もつくさ」
「ほォら、はは、どうも目つきがよくねえとおもった……泥棒だろう、泥棒ッ」
「……こんなばかァねえなァ、だれが泥棒なんぞやるんだい。おじさんの商売は道具屋だ」
「あ、道具屋かァ……やっぱりど[#「ど」に傍点]の字がつかい」
「ついたって、たいへんなちがいじゃあねえか、おめえまたばかだから世間へ行って、そんなことをしゃべらねえだろうなァ、うちのおじさん泥棒だなんて」
「ェェ少し」
「いや少しでもいけねえ、ばか、知らねえ人ァほんとうにすらあ」
「知ってる人ァまたかとおもわ」
「この野郎、大神楽《だいかぐら》の後見みてえなことを言ってんな。どうだ、その道具屋だが、やってみるか」
「儲かるかい?」
「いや、儲かるてえほどの仕事じゃあねえなァ、道具屋たって、ピンからキリまであるがなァ、おじさんのァまあ、がらくたもんでなァ、道具屋の符牒《ふちよう》で、ゴミなんてえことをいうが、ま、道具|市《いち》なんてのへ行って、ひと山いくら、山積みになってるものを買ってくる。まァそれをいろいろ選《よ》りわけるんだがな、なかなか目が利かねえといいものが買えねえが、どうだおめえ目が利くか」
「え?」
「目が利くかよ」
「ああ、目は利くよ」
「そうか」
「ああ、おじさんのうしろに猫があくびをしてるのなんぞよく見えら」
「これが見えなきゃ盲目《めくら》だ。そうじゃねえ、早え話が、ここにあるこの鉄瓶だ、これがおめえにふめるか」
「……踏めるよ」
「えれえな、ふめたらふんでみろ」
「踏んでもいいのか?」
「ふんでごらん」
「お湯がちんちん煮立ってっじゃねえか」
「煮立ってたっていいじゃねえか」
「ふんづけりゃ、火傷《やけど》すら」
「あんなこと言ってやがら……足で踏むんじゃねえ、目でふむんだ」
「あッ……? 目玉で?」
「わからねえ野郎だな、ちょいと値ぶみがわかるかと言ったんだ」
「なんだ、そうか。おじさんの家でも出るのかい?」
「なにが?」
「いえ、あたいの家でも天井裏でガタガタ騒ぐとすぐにわからあ」
「それは鼠だ、そうじゃねえ。この品物はいくらだか値がつけられるかてんだよ」
「なんだ、それならそうと、早く言うがいいじゃねえか」
「わかるか?」
「わかりゃしねえや」
「なんだ、威張ってやがら、ま、そのうちにおめえを市ィ連れてくよ、でまァ、だんだん目が利くようになる。目が利くようになったら、屑屋でもやってみろ、資本《もとで》はおじさんが出してやってもいいから……、おめえのうしろにその、行李《こうり》があンだろ、その行李をこっちィ持ってこい、そんなかに入《へえ》ってんのァ、いまいうゴミでなァ、品物ァ見たほうが早《はえ》えから開《あ》けてみろ、開けて」
「うん……あはは、なるほどこりゃゴミだ、ゴミゴミしてやがら、いろんなものが入《へえ》ってやんなあ、お雛《ひな》さま……あァ、こりゃ首が抜けちゃった」
「おいおい、首を持って引っぱっちゃあいけねえ、そりゃもう、膠《にかわ》がゆるんじゃってんだからなァ、下へ手を当てがって、やんわり出せ。そりゃ五人|囃子《ばやし》だ、一つッかねえんだけどもな、塗りが古いんでな、ああ、そんなものをまた集めてる人に売れらあ」
「やァあ、このお雛さま梅毒だな、こりゃ、鼻が落ッこっちゃった」
「なにを言ってんだ、そりゃ鼠がかじったんだよ」
「ああ、鼠がかじった? なにかい、おじさん、鼠はお雛さまが好きなのかなァ」
「変なことを聞くない、ま、なんでもかじってしょうがねえや」
「じゃおじさん、あの、そんなに鼠がいんなら、鼠の取り方教えてやろうか?」
「うゥん? ま、ともかくな鼠が多くてな、国に盗賊、家に鼠のたとえでなァ、……どうしようってんだ、猫いらずでも用いようってえのか」
「いや、あたしのァ、猫いらずなんか使わない、猫いらずいらず」
「ややっこしいことを言うなあ、どうするんだ」
「ああ、あんまり大きな声じゃあ教えられない」
「どうして?」
「鼠が聞いてるから」
「なにを言ってやがる」
「家に山葵《わさび》おろしがあるだろう」
「ああ」
「あの山葵おろしのあたり金のとこへ、めし粒をねりつけてね、でこう、鼠の出そうな穴に立てかけておけばそれでおしまい」
「なんだ、まじないか?」
「まじないじゃァねえやい。夜中になると鼠が餌ァ捜しに出てくるよ、すると、おやおや、今夜は台所のお鉢まで行かなくても、ここにめし粒がある。こいつはありがたいと、かじるでしょう、土台が山葵おろしだから、かじってるうちに鼠がだんだんおろされちゃって、あしたの朝、尻《し》っぽしか残っていねえっていうことにならあ。これすなわち猫いらずいらず」
「この野郎は長生きをすンなァ、おまえの考えは、それくらいのもんだ。そんなばかなまねができるか」
「あれっ、おじさん、真っ赤になった鋸《のこぎり》があるぜ」
「ああ、そりゃおれが火事場で拾ったんだ」
「ひでえものを売るんだな、こりゃ火事|鋸《のこ》だな……これは歯が欠けてんねえ、虫歯だ」
「くだらないことを言ってねえで、そんなものはいくらでもいいから、売れたら売っちまえ」
「あれっ、ここに股引《ももひき》があるよ」
「ああ、そりゃひょろびり[#「ひょろびり」に傍点]だ」
「なんだい、ひょろびり[#「ひょろびり」に傍点]ってのァ」
「穿《は》いてひょろっ[#「ひょろっ」に傍点]とよろけると、びりっ[#「びりっ」に傍点]と破けちまうから、ひょろびり[#「ひょろびり」に傍点]だ」
「はっは、おもしろい仕掛けになってやンなァ」
「そんなものはどうでもいいから、もとどおり片づけておきな」
「へえー、この長い巻|煎餅《せんべい》の親分みたいなものはなんで?」
「それは掛物だ」
「……化物?」
「化物じゃない、掛物といって絵や字がなかに書いてあるんだ」
「へえ、じゃあ辻占《つじうら》で」
「辻占じゃない」
「へえー、どれ見てみようかなァ、ええ?……やァあ、おもしれえ絵だなァこらァ、鯔《ぼら》が素麺《そうめん》食ってるところの絵だな」
「そんな絵があるかい。……そりゃ鯉の滝のぼりだ」
「鯉の滝のぼりか、なんだ、大きな魚が口ィあいて上ェ見て、上から細い白いものがすーっとぶらさがって、へッ、鯔が素麺食ってンのかとおもっちゃったなァ。鯉の滝のぼり……おじさん、鯉なんてえと滝ィ登ンのかねえ」
「ああ、出世魚つって威勢のいい魚だなァ、落ちてくる滝を登ってくわあ」
「それじゃ、おじさん、大きな桶に水いっぱい汲んで、橋の上からすーっとあけて、滝だ滝だってどなると、鯉がだまされて、すゥっと上がってきて、そこンとこを頭を押えちまやァ、鯉が取れるなァ」
「ふざけちゃいけねえ。いいか、ここに元帳があるからなァ、これにはみんな細《こま》かく書いてあるからな、で、仮に、元値が五文としてあるものがあったら、倍の十文ぐらいのことを言いな。向こうで言い値で買いっこねえんだから、いくらかまけろという。二文、三文引いても、そこへ二、三文の儲けは出る、儲けはおまえにやるんだから、元はこっちへ入れとくれよ、でまァ、儲かったらなァ、腹がへったら儲けでなにを買って食っても構わねえ」
「ああそうか……これが元帳か。へえェ、ここに十文としてあるものが、一両に売れりゃあ……」
「そんなに高く売れるもんか」
「でも、売れればさァ、十文だけおじさんにやって、あとはみんなあたいがもらえるんだ」
「まァそいった勘定だなァ」
「あは、ありがてえなァ、じゃ、うんと儲けよう」
「うんと儲けようなんとおもうと、やりそくなうから、ものには程度があるんだぞ」
「ああァ、じゃァこの道具はそっくり……」
「みんな貸してやるよ」
「夜、行くんだな」
「夜店じゃあない、昼店だ、天道《てんと》干し、まァ日なたぼっこしてるうちに売れるてえやつだ。店を出す場所はなァ、蔵前通りの相模屋という質屋のわきが、ずーっと練塀になっている、その前へいろんな店が出ているからな、おじさんのところから代わりに来たてえば、だれでも知ってらあ、すぐに店の出し方ぐらい教えてくれるから、いまから出かけろ、え? おふくろにゃあ、おれからよゥく話をしとくからなァ、いいか、しっかりやってこいよ」
「へい、じゃあ行ってきます」
「あっ、ここだ、ここだ。大勢出てやがんな。おゥい、道具屋」
「へい、いらっしゃい。なにか差しあげますか?」
「差しあげる? そんなに力があるのか? じゃそのわきにある石を差しあげてみろい」
「からかっちゃいけねえ。なにか買ってくれるのかい?」
「えェえ、欲ばんじゃねえ、おれだって道具屋だ」
「ああ、間仲《まなか》か」
「まんなかじゃねえ、はじめてだから端《はし》の方を歩いてきたんだ」
「なにを言ってんだ、仲間かてんだ、どっから来たんだ?」
「あの、鳥越《とりこえ》のね、佐兵衛ンとこから来たんだ、あたいは甥《おい》なんだ、名前は与太郎さん」
「なんだ、てめえのほうへさんをつけて……ああ、家主ンところから。話ァ聞いてたよ、あたしも年齢《とし》だからもうこんな商売《あきない》はながくはできねえから、うちの甥におめでたい甥……あッ……甥がいるからやらせるってねェ」
「へえ、それなんですよ」
「なんだい?」
「そのおめでたい甥ってのァあたしだ」
「あれ、知ってんのかい? 出場所はこの隣だがねェ」
「うん、なんだここァ濡れてて汚《きたね》えや」
「あ、そこに箒《ほうき》があるだろ? その箒でそっちィ掃いときなよ、一服しているうちにゃあ乾いちまうから」
「あ、そうか、はン、この箒で掃きゃァいい……ほォらきたい、ほォら……」
「おいおいおい、なにをしてやがる。そっちィ掃くんだ、そっちへ、見ろ、こっちへ掃いて泥水が跳ねかるじゃあねえか」
「でも一服してるうちにゃあ乾くよ」
「ひどいことを言うな、こっちのへならって薄べりを敷きなよ。大きいものは前通りに置いて、細かいもの、それから金目のものは、身のまわりの手元へ置くようにしろ。本なんぞ前へ出すな、読んで行っちまうやつがあるからな、立てかかるものァこの塀のとこィ立てかけな、ああ。ここに忍び返しが出ているから、ぶるさがるものはぶるさげておきゃあ店が広く見える。叩《はた》きを持ってきたか? ああ、それで叩いてなァ、しょっちゅう小ぎれいにしておかなくちゃいけねえ。あんまりいいものは持って来ねえな、みんなゴミだな」
「えェえ、そうです。ゴミです、ゴミゴミ……おまえさんのほうもがらくただねえ」
「大きな声すンねえ、聞こえるじゃあねえか」
「あはは、そうですか、へえ。これで商売ンなんのかなァ、こんなこッてなァ。おじさんは儲けはこっちィくれるってえから、儲かったらなんかうまいもんでも食おうかなァ。前へ屋台が出てら、あァてんぷらだ、へえェ、あの野郎てんぷらで一杯《いつぺえ》飲んでやンな、おれもあそこへ行ってなんだなァ、てんぷら食いてえなァ、あァ、またはさんだ、よくはさむな、大きいのよってやン、ばかだなあいつァ、衣《ころも》の大きいの知らねえな、ほんとうに……衣だいッ、それァッ。あッ、落としやがった、あれっ、犬が来て食ってやがる、犬になりてえなァ、こっちゃァなァ、早く行ってあそこィ行ってなんか食べよう、だれか買わなきゃァだめだもんなァ、ええ? あんまり人も通らねえようだがなァ。おうッ、おうい、ちょいとちょいと、あァたあァた、なんかお買いなさーい」
「呼んじゃいけねえ、みっともねえ……なんだ、あの人は馬に乗ってンじゃあねえか」
「……馬じゃだめだなァ。やっぱり歩いてなきゃァ具合《ぐえ》えが悪いやなァ、店開きだから景気をつけようかなァ、これ景気が肝心だからなァ、さァいらっしゃいさァいらっしゃい、ただいま出し立ての道具屋でござい、ェェ道具屋のあったかいの、寄ってらっしゃい道具屋、召しあがってらっしゃい道具屋」
「なんだ変な道具屋が出やがったなァ、道具屋ァ」
「へい、いらっしゃいまし、お二階へご案内」
「つまらねえ世辞言うねえ、どこへ上がるんだい」
「うしろの屋根へお上がんなさい」
「烏《からす》じゃあねえやな」
「そこへお掛けなさいまし」
「お掛けなさい? 掛けるとこもねえようだなァ」
「じゃまァ、そこへおしゃがみなさい」
「なにを言ってやがる。……その閻魔《えんま》見せろ」
「へえ?」
「閻魔」
「お閻魔さまですか? じゃ新宿の太宗寺《たいそうじ》へいらっしゃい」
「なにを言ってやがる。その釘《くぎ》抜きだよ」
「あッはは、これか……えへへ、これなんだって閻魔てんです?」
「よく絵空事にあんだろ、よくお閻魔さまがこれで舌ァ抜いてるとこの絵があるだろう」
「あァあァ、それであァた舌ァ抜くんですか?」
「抜きゃあしねえ、ばか……これ、がたがただこれ、使いみちにならねえ……その鋸《のこ》見せろ」
「へ?」
「鋸《のこ》」
「数の子?」
「鋸だよ」
「竹の子?」
「しっかりしろよ、道具屋へそんなものを買いにくるけえ、そこにある鋸《のこ》だ」
「へえへえ(と見まわし)、ェェのこ[#「のこ」に傍点]にある?」
「つまらねえ洒落を言うない、のこぎり[#「のこぎり」に傍点]だよ」
「なーんだ、のこぎりか。それならそうと言えばいいのに、のこ[#「のこ」に傍点]だなんて、あなた、ぎり[#「ぎり」に傍点](義理)を欠いちゃいけねえ」
「なにを言ってやがる。こっちィ貸してみろい……なんだ、こりゃどうも……甘そうだなァ」
「いえ、甘いか辛いか、まだなめてみませんが、なんなら少しなめてごらんなさい」
「鋸《のこぎり》をなめるやつがあるもんか。こりゃ腰が抜けてやがら」
「中気になったかな」
「おめえは言うことァおかしいなァ、こいつは焼きがなまくら[#「なまくら」に傍点]だな」
「鎌倉ですか?」
「焼きがなま[#「なま」に傍点]だよ」
「焼きがなま? そんなことはありません。なにしろおじさんが火事場で拾ってきたんだから、こんがり焼けてまさァ」
「ひでえものを売るねえ、ばかっ」
「あっはっは、あの客怒って行っちゃった」
「おいおい与太郎さん、だめだよ、なんだってそんなばかなことを言うんだよ。火事場で拾ったなんて言うやつがあるかい。隣にいるおれの品物まで安っぽく見えるじゃねえか。あれは大工さんだから、棟梁《とうりよう》とかなんとか言っておだてといて、こんな赤ですが、柄《え》をすげかえりゃあ結構竹ぐらいは切れますてなことを言って売りつけちまうんだ。うまく向こうの懐中《ふところ》へ飛びこまなくちゃいけねえ」
「懐中へ? 蚤《のみ》みたいなもんだ」
「うまく向こう脛《ずね》へくらいつくんだよ」
「向こう脛? 歯が悪《わり》んですけども」
「ほんとうに食いつくんじゃあねえやな。いまのァつまらねえ小便《しようべん》されたじゃねえか」
「え?」
「小便」
「小便? どこへ?……」
「捜すやつがあるかい、道具屋の符牒だよ、買わずに行っちまうやつを小便てんだ」
「買ってくのが大便」
「汚《きたね》えことを言うんじゃあねえ、だめだ、お客さまを逃がしちゃ、腕が悪いよ」
「そうですか? じゃ今度はお客さまが来たら、逃げないようにふン縛ろうか」
「ふン縛るやつがあるかい」
「はいごめんよ」
「いらっしゃい」
「なにか珍なものはないかなァ」
「ええ?」
「珍なものはないか」
「うえ、ちん[#「ちん」に傍点]ねえ……狆《ちん》はいないんですけども、向こうの屋根ェ猫が歩いてます」
「なにを言ってんだい、なんかこの珍物はないかなァ」
「あ、見物においでになったんで」
「わからねえ男だ、めずらしいものがないか、おまえのわきにあるその唐詩選を見せろ」
「十四銭《とうよんせん》、そんな安いものはありません」
「そうじゃない、唐詩選、詩の本があるだろう、おまえのわきにある本だ」
「え? あ、この本か、こりゃあァた読めません」
「失礼なことを言うな、そのぐらいの本は読むよ」
「いえ、読めません」
「読むよ」
「読めません、表紙ばかりだから」
「なんだ、そりゃ表紙ばかりか、そりゃ読めねえや、それを、早く言いなよ、……うしろに真鍮《しんちゆう》の燭台があるなァ、三本足の、それこっちィ取って見せろ」
「ええ、これ一本欠けちゃったから、二本足です」
「二本じゃ立たねえだろ」
「立たねんですよ。しょうがねえから、うしろの塀へ寄りかかって立ってるン」
「買ってっても役をしないな」
「そんなことァありませんよ。お買いになるんならこの家と相談してねェ、その練塀といっしょに買って行きなさい」
「ばかなこと言うな、そんなものが座敷へ持ちこめるかい、なんだおめえは碌なものは持ってこねえ、ええ? ゴミをはたきに来たってえやつだな」
「符牒を知ってんですね、はたきに来たんじゃァねえ、売りに来たんだい」
「おまえ素人《とうしろう》だな」
「いえ、与太郎だい」
「名前を聞いちゃいねえ、その、なんだ、うぶげや[#「うぶげや」に傍点]見せろ」
「え?」
「うぶげや」
「なんです?」
「その毛抜きだよ」
「あァあァ……これ……」
「そりゃ釘抜きだ、おめえ。こっちの小さいの」
「あァあァ、この孫のほう、へえ、へえ、……」
「……なんだ、赤ッちゃびになって、少しはこうな、手入れをしとかなきゃしょうがねえ、見ろ、赤くなっちゃって、これァ食うかなァ」
「え?」
「食うか?」
「まだ食わねんですよ、おじさんは儲かったら食べてもいいってんですがね」
「いや、おまえじゃあねんだ、毛抜きが食うかてんだ」
「あァ、毛抜きがお腹へってますかなァ」
「言うことァおかしいなァ、うん? (顎《あご》の髭《ひげ》を抜いてみて)うんうん、……よく食うよこりゃ、おい、その鏡があンなァ、鏡をおめえ膝ンとこへこう立てかけて、こっちの顔の映るように立てかけてみろ、……ああそれでいいそれでいい、うん……なんだ、汚《きたね》え鏡だなァ」
「いえ、鏡はきれいなんですよ。おまえさんの顔が映るから汚く……」
「ばかなことを言うない、ええ? この鼻の下はな、痛《いて》んだけどもな、この顎《あご》のわきンところはまたなァ、鬼ッ毛なんてこう探りながら抜くのァなァ、たのしみなもんだぜ、雨の降った日なんぞ、家の縁側でこやって髭ェ抜くなんてたのしみだ……(と、顎をなで毛抜きで髭を抜く)」
「へえへえ、雨の降った日に、家の縁側で髭ェ抜いてるようじゃァもう銭ァありませんやねェ」
「なにを言ってやんで、余計なことを言うな……うん、こりゃいいや(ふッと毛を吹いて、毛抜きの先を払い)こりゃ、よく食うぜ、はあァん?……おめえは、あんまり見かけねえ顔だな」
「ええ、今日がはじめてなんです。おじさんの代わりに来たんです」
「そうか、道理で見かけねえとおもった(ふッと吹く)よくこの、薬湯の帰りにここを通るんでなァ、ここらァ道具屋でもなんでもみんな顔|馴染《なじ》みだ、そうかい見かけねえとおもったら今日がはじめてか、ふうん? どッから出てくる」
「鳥越なんです」
「ほう、出端《では》がいいやなァ、そうかい鳥越か、ふうん? 年齢《とし》はいくつなんだい」
「三十六なんです」
「三十六? 見たところ若《わけ》えなァ、二十代《はたちだい》にしか(ふッと吹く)見えねえやなァ、そうかい、女房ッ子はあンのかい?」
「いえ、まだ独《ひと》り者《もん》なんです」
「そりゃいけねえなァ、その年齢《とし》で独りじゃァなァ、おれァまた世話好きだからなァ、いいのがあったら、なんだぜ、世話してやるぜ」
「ええ、ひとつお願いします」
「姑《しゆうと》、小姑《こじゆうと》の折りあいの悪《わり》いなんてのは困るがなァ、それでなにかい、両親は達者かい?」
「いえ、おやじはずっと以前に死んじゃったんです」
「おう、そりゃ気の毒だ、寺はどこだ?」
「田圃《たんぼ》の興立寺《こうりゆうじ》だったんです」
「ああそうかい、あそこは土ァ柔けえからなァ、穴掘りゃあ楽だぜ、ほうかい、お菓子の切手なんぞいくらぐらいのを出した……(と、今度は顎の左へ移る)」
「お菓子の切手出さなかった、お煎餅《せんべい》の袋で間にあわしちゃった」
「おう、そりゃまた安直《あんちよく》だったなァ、そうかお煎餅の袋……いや(ふッと吹く)お菓子の切手もなァ、もらってもどうも困るときがあらァ、遠いとこまでわざわざ買いに行くなんてえのァなァ、そうかい……おめえあんまり見かけねえじゃあねえか」
「へえへえ、ですから今日がはじめてなんです」
「おう、道理で見かけねえとおもった、ふうん? どっから出てくるんだ(今度は右のそっぽ)」
「ですから鳥越です」
「そりゃ出端がいいやなァ、そうかい、年齢《とし》はいくつなんだ?」
「ですからねェ、三十六なんです」
「ほう、見たところ若《わけ》え、二十代だなァ、あんまり若く見られるようじゃあ利口じゃあねえてえがなァ、そうかい、女房子はあンのかい?」
「ですからまだ独り者なんです」
「そりゃいけねえや、おれァまた世話好きだからなァ、いいのがあったら世話ァしてやろうじゃあねえかなァ」
「へえへえ、ひとつお願いします」
「あァあァ、のり出しちゃいけねえ、鏡が倒れちゃう、え? よろこんで動いちゃあいけねえ、そうかい、姑小姑の折りあいの悪いなんてのァ困るが、なにかい、両親は達者かい?」
「おやじはずっと以前に死んじゃったんです」
「そうかい、そりゃ気の毒だ、寺ァどこだい?」
「ですからねェ、田圃の興立寺だったんです」
「おうおう、あそこは土ァ柔けえからなァ、穴掘りゃあ楽だぜ、そうかい」
「あァた穴掘りだったんですか?」
「そうじゃあねえ……うゥン、そうか、なァ、お菓子の切手なんぞ、どのくれえのを出した?」
「ですからねェ、お煎餅の袋で間にあわしたんで……」
「そりゃ安直だった、お煎餅の袋か、ふうん?……おめえ、あんまり見かけねえじゃあねえか」
「もの覚えの悪《わり》い人だなァこの人ァ、……ですからねェ、今日がはじめてなんです」
「おォう、道理で見かけねえとおもった、どっから出てくる?」
「鳥越ェー」
「おう、そりゃ出端がいいや、年齢《とし》はいくつだ?」
「うるせえなァどうも……三十六なんで」
「(しゃあしゃあと、髭を抜きながら)あァ見たところ若え、二十代だ、なァ、ほうかい、女房子はあるかい」
「ですからまだないんです」
「あァそりゃいけねえなァ、おれァ世話好きだからなァ、いいのがあったらひとつ世話ァして……」
「へえ、ですからお願いします」
「姑、小姑の折りあいの悪いなんてのァ困るがなァ、両親は達者か?」
「ですからねェ、おやじはもうずゥッと以前に死にました。ええ、寺は田圃の興立寺、あそこは土が柔かいから穴掘りは楽です、お菓子の切手出さなかったの。お煎餅の袋で間にあわせました」
「おうそうかい、そりゃあ安直だった……どうだ? きれいになったろ」
「まだここンとこィ白いのが二本残ってます」
「そうか、じゃ目のいいとこで、ちょいと抜いてくれ」
「へえへえ……動くと挟みますからねェ(ちょい、ちょいと抜く)へい、抜きました」
「あァは、そうか、じゃ鏡は片づけてな、あァ、さっぱりしたな、じゃまた、伸びたじぶんに来《き》よう、はい、ごめん……」
「……畜生、なんだいありゃあ、なげえ小便《しようべん》をして行きやがったなァどうも、毛抜き小便だよありゃあ、こりゃおどろいた、毛だらけにして行きやがる。冗談じゃァねえやほんとうに、あんなものに小便されて……、こんだ頭から断わろう」
「おい、道具屋」
「へい」
「そこにあるその股引《たこ》見せねえか」
「へ?」
「たこ」
「茹《ゆで》だこ?」
「なにを言ってやンでえ、股引《ももひき》だよ」
「あァあァ、これですか、これねェ(と、広げてぶらさげる)」
「ちょいとこっちィ見せ……」
「あァちょっと待ってください。あァたねェ、断わっときますがねェ、小便はだめですからねェ」
「なに?」
「小便はできませんよ」
「小便はできねえ? だっておめえ割れてるじゃァねえか」
「いえ、割れてたってなんだって、小便だめですから」
「そうかい、おれァ俥《くるま》屋だが、いちいち小便するのになァ、股引を取ってたんじゃあしゃァねえやな、じゃ、ま、よかったよ」
「おうい、おうい……ちがうちがう、小便がちがう……まずいとこで断わっちゃったなァこりゃ、うっかり断われねえやこりゃ、冗談じゃあねえやほんとうになァ」
「おい、道具屋」
「へい」
「そこにあるところのその短刀《たんと》を見せんか?」
「え?」
「短刀」
「いえ、たんとにもなにも、これだけしかありません」
「そうでない、その白鞘《しらざや》の短《みじけ》え刀があるだろう、なァ? おまえのそっちの膝の前《みえ》に」
「……あッははは、はい……」
「これはなにかえ、在銘《ざいめい》か?」
「へ?」
「銘があるか?」
「姪《めい》はありません、神田に伯母さんがいます」
「おまえの親類を聞いておらん、刀に銘があるか、ええ? こういうとこにはまた、よく掘出物《ほりだしもん》のあるもんだけどもなァ、(抜こうとして)なんだ、銹《さ》びッついてて抜けんなァこれァ」
「そりゃちょいとぐらい引っぱったってだめですよ」
「そうか、じゃァ手伝ってそっちを引っぱってみろ」
「そうですか? 引っぱったってしょうがねえんだがなァこりゃ(と、刀を握って)そうらッ……」
「おいおい、おまえだけではいかん、いっしょに、いいか? ひのふゥのみッ(と、力を入れて引く)と、そうれ、よほど銹びたと見えて(とまた力を入れて)抜けんなァ」
「(強く引っぱりながら)抜けないわけですよ」
「(力を入れて)どうしてだッ?」
「(あるったけの力で引っぱり)木刀ですから」
「……おいおい、……なんだこりゃ木刀か、木刀を承知で、引っぱらせるやつがあるか」
「おまえさんが引っぱれてえから、一応顔を立てて」
「顔なんぞ立てることはねえ、え? 木刀を引っぱってどこが抜けるんだ」
「木刀が抜けたらなにが出るかとおもって」
「なにをばかなことを言っとるか、もっとすぐ抜けるのはないか?」
「あります」
「さ、それェ出せ」
「お雛さまの首の抜けるのが……」
「冗談言うな、こりゃどうも、ばかにしておる、……そこにあるところの、その鉄砲を見せえ」
「へ?」
「鉄砲」
「……あァ、へい……」
「この鉄砲、これはなんぼか?」
「へ?」
「なんぼか」
「一本です」
「そうではない、この鉄砲のなァ、代《だい》じゃ」
「台はそれ樫《かし》です」
「わからんやつじゃなァ、鉄砲の金《かね》じゃ」
「鉄です」
「そうではない、鉄砲の値《ね》を聞いておる」
「音《ね》は、ずどォ……ん」
「じつにどうも呆れ果てたやつじゃ」
「ああ、また行っちゃった……」
「これこれ、道具屋」
「へい、いらっしゃい」
「そこに笛があるじゃろう」
「ああ、笛ですか、どうぞ……」
「うん……これはむさいのう、売り物なら、もう少しほこりを払ってきれいにしておけ、棒の先へ紙でも巻いて……」
「へえ」
「しかし道具屋、……あッ痛《いた》たたた、これはとんだことをしてしまった」
「どうしました?」
「ちょいと指の先に唾《つば》をつけて、笛のなかを掃除しようとおもったら、うまく入ったのだが、抜けなくなってしまった。あ、痛たたッ、(抜こうとして)指がすっぽり入ったままどうしても抜けない。……道具屋、この笛はなにほどするか?」
「へい、ちょっと待ってください。いま元帳を調べますから……ェェ二十六文……いや、二十六文は元値ですから、掛値をします……ェェ一両」
「一両? これ、こんなむさい笛を一両で売ろうなんて、もそっと負けとけ」
「負かりません。抜けないてえと、だんだん高くなりますよ、そろそろ一両二分、へえ、やがて、二両になります」
「たわけたことを申すな。こりゃ一両でもしかたがないから求めてやる」
「へえ、ありがとうございます。ようやくてんぷらにありつけた」
「なに?」
「いえ、こっちのことで……」
「買ってはやるが、拙者持ちあわせがないので、屋敷の小屋まで取りに参れ」
「へえ、かしこまりました……旦那のお屋敷はどちらです?」
「この先の三筋町の、ここなご門のうちの、おう、そこに見えておるであろう。そこが身どものお小屋だ。拙者について来てくれ」
「へえ、少しお待ちください……ちょいと、お隣の旦那、店頼みますよ、いまあたしァねェ、この笛のお代を頂戴に行ってきますから……じゃ、ごいっしょにまいりましょう」
「それじゃあすまんが来てくれ……余人は門から入れんで、この窓から代は遣わす。しばらく控えておれ」
「へえへえ、どうかお早く願います。……ああ、ありがてえ、ありがてえ、おもいがけなく儲かっちまった。あんな汚《きたね》え笛が一両に売れるなんて、もう今日は商売《あきない》休みだ……それにしてもずいぶん手間がとれるねェ。なにしてんのかなァ、この格子から覗《のぞ》いてやれ……あい痛たたた、こりゃいけねえ、格子のなかへ首がすっぽり入っちまった。あい痛たた、旦那、旦那ァー」
「やあ道具屋、どうした?」
「へえ、首が格子のなかへ入っちまって、旦那、抜けませんから、首を抜いてください」
「ははァ、窓から首を出して抜けんようになったか? 身どものこの指も抜けん。それでは道具屋、かようにいたせ。そちの首とな、身どもの指と差ッ引きにしよう」
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