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落語百選57

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:天災「おゥ、まっぴらごめんなすって」「どなただえ?」「どなたでもいい、いるけえ。べらぼうに、不精《ぶしよう》な野郎だァ、
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天災

「おゥ、まっぴらごめんなすって」
「どなただえ?」
「どなたでもいい、いるけえ。べらぼうに、不精《ぶしよう》な野郎だァ、やいっ出て来いっ」
「乱暴な人だねえ、……はいはい、なんでございますな」
「べらぼうに怠ける先生ってえのは、おめえか?」
「あっははは、おもしろいことをおっしゃる。いや、べらぼうに怠けてはおりません、行住坐臥《ぎようじゆうざが》とも職は全うしております」
「なにを言やァがる。長谷川町新道の、紅屋《べにや》の隠居というなァこっちかてんだ」
「さよう、紅羅坊名丸《べにらぼうなまる》は手前でございます、ご用なら開《あ》けてお入りください」
「あたりめえのことを言うな、開けずに入《へえ》れるか、ごめんよ」
「ご器用な方だ、足で格子をお開けになったな、いらっしゃいまし、なにかご用で?」
「用があるから来たんだ、用がなくってこんな小汚《こぎたね》え家へ来るか、さァちょっとすまねえが、こいつ見てくれ」
「ははァ、お手紙でございますか、拝見をいたしましょう……いや、これは取得《しゆとく》老人からのお手紙、ご返事がいるかもしれません、どうぞお待ちを願います。……手前も一度はうかがわなければならぬのでございますが、ついついご無沙汰をいたしまして、なんともはや……あはははは、申しわけが、あはははは、うふ……ふふン」
「おや、いやな笑い方をしゃァがるなこの野郎、手紙とおれの面《つら》と七分三分に見やァがって、ふふンと変な笑い方をするな」
「どうもとんだ失礼をいたしました。お使いとおもいましたらご本人だそうで、どうぞこちらへお上がりくださいまし。お手紙に預かりました紅羅坊名丸はわたくしで、以後お見知り置かれましてご別懇を願いとう存じます」
「へえ、なに、まァ、はじめてご無沙汰を……」
「どうも言うことがおもしろい、はじめてご無沙汰はおどろきましたな。お手紙のご様子では、取得老人のご隣家の八五郎さんとおっしゃるのは、あなたさまで?」
「あなたさまっていうほどの代物《しろもの》でないよ。けど、八五郎ってのァあっしだい。そんなことはどうでもいいから、早く形《かた》ァつけてくンねえよ」
「形ァってえのァおもしろいことをおっしゃいますな。いや、かねておまえさんのことはうかがっていましたが、あなたはたいそう恚乱《いらん》だそうでな」
「よせよ、ほんとうに。つきあったこともねえくせに、おめえ変なこと言うねェ。おれァ女は嫌《きれ》えな性分《たち》だ。なんだ、淫乱《いんらん》たァ」
「淫乱ではない、恚乱と申し上げた」
「要《い》らねえのかい」
「要らなくァありません。あなたは短気と見えるな」
「なにをッ、狸だ。色が黒くって髭《ひげ》ァはえてるからまちがっちまったな、こん畜生、こう見《み》えたって人間だぞ」
「いや、異立《いだち》と見えるな」
「なにを鼬《いたち》だとッ」
「これは困ったな。短気というのは、お気が短い」
「それだァ。ほめてもらいてえなァ、他人《ひと》よりか、ぐっと寸法はつまってるよ」
「そんなことは自慢になりません。それがために、たった一人のおっかさんを打ち打擲《ちようちやく》をなさるというが、これはよくございませんな」
「おや? こいつァおどろいたねェ。おまえさんとあっしァはじめて会ったんだよ。ねえ、家ァしかもこんなにはなれてる。家でばばあ蹴《け》っとばしたって、のし[#「のし」に傍点]たって、踏んづけたって、ここまで知れるってえはずはねえじゃねえか。どうして知ってんだ、それを……わかった。いまあっしが持って来た手紙ンなかに書いてあるんだね。隣の家主《おおや》の摺粉木《すりこぎ》がそんなこと書きゃがったんだ。もうあのじじい助けちゃおかれねえ」
「あなた、そんな手荒な、腕まくりしたって、おやめなさい。ェェそれにつきまして、少々お話がございます。けしてお手間は取らせません。どうぞこちらへ、お上がりを願いたいもんで……どうぞこちらへ」
「そうすか。それじゃ、まァ……ね、ごめんこうむって上がって座るがね、いつまでもこうやっておくってえと、ためにならねえよ」
「これァどうも物騒なお客さんで……どうぞお平らに、あなたさまをこちらへお上げ申して、別段に、おもしろいおかしいという話を申し上げるのではございませんが、あなたは好んで喧嘩《けんか》口論をなさるそうで」
「喧嘩かい? ああやるねえ、めしのあとの腹ごなしに、日に三度ぐらいやらなけりゃァめしがうまく食えねえ」
「それじゃまるで腹薬だ。しかし、短気は損気ということがある。喧嘩というものは得がいくわけのものでなかろうとおもわれますが、いかがかな?」
「冗談言っちゃァいけねえや。損得を考《かん》げえて、算盤をはじきながら喧嘩するやつがあるもんか、その場ィいってはじまっちまうんだ……癪《しやく》にさわるから、我慢ができねえから、ねえッ、命も要《い》らねえとおもえばッ……」
「あ、あなた、あまり大きな声をなすっちゃ困ります。この近所はいたって静かな土地柄で、あなたがそんな大きな声をなさると、ほんとうの喧嘩とまちがえて、人がとめにくると外聞が悪い。わたしの言うことを、しかと腹に入れて聞きなさい」
「腹で聞くてえと、臍《へそ》の穴ですかい?」
「ばかなことを言いなさるな。あなたが腹を立て、親を打ち打擲するというのは、人の守るべき道に欠けている話だ。『梁《はり》を行く鼠の道も道なれや、同じ道なら人の行く道』道の外《ほか》に人なし、人の外《ほか》に道なし、道は片時もはなれるものはない、はなれるものはこれ道に非《あら》ず、烏《からす》に反哺《はんぽ》の考あり、鳩に三枝《さんし》の礼儀あり、羊は跪《ひざまず》いて親の乳を吸う。雀は忠《ちゆう》と鳴き、烏は孝と鳴く、鳥類でさえ忠孝忠孝と鳴く、ましてや万物の霊長たる人間は、忠孝忠孝と鳴いてもらいたいな」
「なにを言やがるんだ。牛はモウモウと啼《な》いてもらいてえや、おめえにいい唄を聞かしてやらァ、狐コンコン雉子《きじ》ケンケン、犬ワンワン猫がニャゴニャゴ狸がポンポコ腹鼓、お馬が三匹いっしょになったとさーってんだ。コンコンケンケンワンワンニャゴニャゴオッポコポンのヒンヒンヒンと言うんだ」
「これはにぎやかなお方だな。では、すでに古人の句に『気にいらぬ風もあろうに柳かな』『むっとして帰れば門《かど》の柳かな』と、いうのがあるが、おわかりか?」
「……ンなことァ、うゥ、わからねえ」
「わからないのに胸ェ叩《たた》いちゃいけません。柳という木は素直な枝ぶりで、南から風をうけると北ィそよぐ、北から風が吹けば南へなびく。ものに逆らわぬのを柳に風、風に柳。人間もそのとおり、心を素直に持てば、喧嘩口論もできない道理、そのような心持ちにならぬかと申しておる」
「なれっこねえと申し上げちゃう。そうじゃねえか。おまえさんねェ、人間が紙風船みてえにねェ、風のとおりになってふわふわしてりゃあ、たいへんごきげんがいいんだろうが、そうはいかねえよ、ねえ。川っぷち歩いてたって、風のとおりになって川ン中へ落ッこったら、泳ぎを知らなかろうもんなら、そこでもってふやけっちまうよ、おいっ」
「どうも、あなたのは理屈だ……そう話がわからなくては困りますなァ。『むっとして帰れば門の柳かな』……まァ、柳のように心をやわらかく持てというのだ。……どうもおまえさんには、なかなかおわかり願えないようだから、なにか例をあげて、わかりやすいようにお話ししましょう。……たとえば、おまえさんが往来を歩いているとする。どこかの店の小僧さんが水を撒《ま》いていて、その水がぱっとおまえさんの着物の裾《すそ》にかかったとしたら、おまえさん、いったいどうなさる?」
「きまってらァ、その小僧をとっ捕《つかま》えて張り倒さァ」
「張り倒すったって、相手は十《とお》か十一になる頑是《がんぜ》ない子供だ。まさかその子供をとらえて、喧嘩口論はなさるまい。あなたは強い江戸ッ子、片方《かたかた》は頑是ない子供だ、どうなさる?」
「どうなさるも唐茄子を食う[#「唐茄子を食う」に傍点]もないよ。さっきから黙って聞いてりゃ、強い江戸ッ子、強い江戸ッ子って、いやにおだてやがンな、ン畜生め。強いか弱《よえ》えか、やってみねえうちはわからねえ……ここでひとつ、かみあうかい?」
「いや、もう、それには及びません……どうなさる?」
「どうなさるったって、考えてごらんないよ。ねェ、十や十一ンなる餓鬼《がき》がね、おもてに所帯を持ってるってえはずァねえでしょう。いずれそれにァ飼い主があるでしょう」
「飼い主?」
「ええ。その小僧を店へ引っぱってって……やいっ、こン畜生めッ、なんだっててめえンとこじゃあ、こんな間抜けな小僧を飼っておきゃァがンだ。少しぐれえ作法知ンねくてもいいからな、もっとはっきりしたもん[#「もん」に傍点]と取《と》っ替《け》えろって言うね、あっしァ」
「たっはァ……うゥん。は、さようですか。それでは、風の強い日に、狭い路地などを通りあわした折に、屋根の瓦《かわら》が割れておりましてな、それが落ちてきて、身をかわす暇《いとま》もなく、お頭《つむり》ィでも当たって血でも出たらば、痛かろうな」
「そりゃァ生きてるから痛いにきまってらァ」
「しかし、腹をお立てンなったところで、瓦のかけらを相手に喧嘩はできん道理だが、……」
「なァにを言ってやン。できん[#「できん」に傍点]だってやがら……この陽気に、できん[#「できん」に傍点](頭巾)も襟巻《えりまき》もいるもんかい。ほんとうに、なァ、瓦のかけらとね、大の男と取っ組みあいをしてるなんてのァ戯画《え》にもねえや。そうだろ? 瓦のかけらなんぞ、こっちの手ン握っちゃうよ。こっちの手が空いてるから着物の裾つかんで、くるッとまくるッてえと、その家《うち》ィ見当つけッちまう。やまかがし[#「やまかがし」に傍点]ィ穴ァ見《み》っけたんじゃねえが、すうッとあっしァのたくり[#「のたくり」に傍点]こんじまうよ……やいン、ン畜生めッ、てめえンとこじゃ高慢な面《つら》ァしやがってな、屋根へ瓦なんぞのっけやがったって、職人の手間ァ惜しみゃがるからこういう粗相ができあがるんだ。値切りゃがったろ。ざまあ見やがれ。すっとこどっこい[#「すっとこどっこい」に傍点]めッ。職人だって儲《もう》からねえから、仕事の手ェ抜くのァあたりめえだってんだ。ろくすっぽ土ィ置かねえ上へ、瓦ァのっけっ放しで、止《と》めェ打たねえから、ずって[#「ずって」に傍点]きたんだ。さァ、どうしてくれるんだァッ」
「あァた、あァた、またはじまりましたがね、その、はずみがついてはいけません。……もう少したとえを申し上げるが、一里四方もあろうとおもわれるような広い原なかへ、あなたさまが用足しの戻《もど》りに通りあわしたとおぼしめせ」
「ああ」
「夏のことでございまして、夏の雨は馬の背を分けると申します。馬の背の片方《かたかた》が濡《ぬ》れて片方が濡れんというのは、間々ございますな」
「ええ? そうそ。そンなことァあるねェ。本所の方がざんざ[#「ざんざ」に傍点]降りでもって、浅草へ来てみるッてえと、かんかん[#「かんかん」に傍点]天気だってえやつがね」
「それでございます。いままで晴ればれとしておった空が、一天にわかにかき曇ると見る間に、盥《たらい》の水をあけたような大降りになる……お困りでしょう……どうなさる?」
「どうするったって、雨降ったら傘《かさ》ァ……」
「いや、あいにくと、傘の持ちあわせのないときは、どうなさる?」
「か、傘がねえんですかい、傘がなけりゃァあっしァどっかの家《うち》ィ転がりこんじまうね」
「その原なかに、雨を凌《しの》ぐ家がなかったら、どうなさる?」
「家がねえ? 家がねえのかい? 家がねえてえのは困るね……おまえさん、いまどしゃ降りの最中に建前をしたって、なかなか出来あがらねえから、家がねえてえのァ……いや、いいことを考えたよ。こんもりした木の下ィいってね、腕組みをして、あっしァ雨がやむのを待ってるよ。葉ァ繁《こ》んでるってえと、下まで透さねえ」
「雨を凌ぐような立木がなかった、どうなさる?」
「おまえさん、いまなんてった? おい、一里四方の原だって……そんな広い原があるなら、木が、おっ立ってたって邪魔にゃァなるめえ」
「邪魔にはなりますまい。しかしお話の順序として、この原には木を植えることはできません」
「だからさ、木がいけなけりゃァ、家を一軒……」
「それはだめだ」
「だめ? だめってえと、許可にならねえのか……じゃあ、しょうがねえから傘を一本……」
「いかん」
「なんでえ、なんでえッ、そのいかんてえのァ。おまえさんに傘を買ってくれってんじゃないよ。いいかい? おい。傘をッたら、いかんてやがる。さっきから聞いてりゃね、家を建てちゃいけねえ、木を立てちゃいけねえ。おまえさんてえものは、この原の持主かい? おいッ、言いたくなろうじゃねえか、ふざけやがって。……てえげえにしやがれってんで、着物の裾ひんまくって駆け出してやらあ」
「駆け出しても濡れましょう」
「ええいッ、それァいい心持ちに濡れるね」
「あなたいまなんとおっしゃった? たったいま、頑是ない子供に着物の裾に水をかけられても、腹が立つとおっしゃったのはあなたですぞ。全身濡れ鼠《ねずみ》のごとくになれば、それだけ余計、腹も立つ道理だが、天から降った雨に濡れたのは、誰《たれ》を相手に喧嘩をなさる?……黙っておっちゃわかりませんな。誰《たれ》を相手に喧嘩をしますか、もし……おいッ」
「な、なんだい、おい。気合いをかけちゃいけないよ。いまァ考《かん》げえてンだい、その相手をね……相手てえのァ……ぴか[#「ぴか」に傍点]だからね」
「ぴか[#「ぴか」に傍点]?」
「あァ、あっしァ黙ってねえや……やい、このすっとこ[#「すっとこ」に傍点]天道《てんとう》ゥ」
「すっとこ[#「すっとこ」に傍点]天道はおもしろい」
「おもしろがってちゃいけねえ、これからだよ、むずかしくなるのァ。喧嘩ってえものァ、こっちでなんか言って、向こうでなんか言い返すからはずみ[#「はずみ」に傍点]がつくんだろ。一人じゃくたぶれちまうよ、ええ? 喧嘩だの大掃除なんてのァ一人でやれないもんだよ、ありゃねェ。飽きちまうよ。こんちはッたって黙ってやがる。降りて来いッたって来やしねえ。この野郎って、なんか投げたって届かねえしねェ。……しょうがねえ」
「しょうがない、いたしかたがないと、あきらめがつきますか?」
「つかしっちゃいます」
「さ、そこだッ」
「え? どこだい?」
「捜しちゃァいけない……これがすなわち堪忍《かんにん》という心持ち。『堪忍のなる堪忍は誰もする、ならぬ堪忍するが堪忍』『堪忍の袋をつねに胸にかけ、破れたら縫え破れたら縫え』東照神君家康公の申されたことだそうだ。『手折《たお》らるる人に薫るや梅の花』『気に入らぬ風もあろうに柳かな』『憎むとも憎み返すな憎まれて、憎み憎まれ果てしなければ』『負けて退《の》く人を弱きと侮《あなど》るな、知恵の力の強き故なりーィ』」
「チーン」
「お経とまちがえちゃあしょうがないな。いいか、すべてがその道理だ。すべてのことは、人間がやったとおもわずに、天がやったとおもったらよかろう。たとえば、小僧に水をかけられたら、原なかで雨に濡れたとおもってあきらめる。屋根から瓦のかけらが落ちてきたら、憎い家だとおもわずに、これは通りあわしたこの身の災難、これは天から降ってきたものとおもってあきらめる。なにごとも天からわが身へふりかかった災難と、かようにあきらめをつけます。仏説で申しまする因縁《いんねん》、われわれのこの未熟なる心学では、天のなす災《わざわい》と書いて天災《てんさい》と読ませますが、おわかりでございますかなァ」
「なァるほどねェ、おどろいたねェ……おまえさん、隣の家主《おおや》と年齢《とし》ァおっつかっつ[#「おっつかっつ」に傍点]だが、言うことァこんなにちがうねェ。てえしたもんだねェ。これを天災と読ませますがおわかりンなりましたか、と、きたときにゃァ、あっしァ腹ン中でほめたよ。……音羽屋ッてんで」
「変なほめかた……」
「家の近所にゃァぽかぽか[#「ぽかぽか」に傍点]があるんだよ。天災なんぞ広めたやつァねえン。あっしァ天災の広め係りンなるからねェ……じゃ、これでもってお暇《いとま》を……」
「あッ、もうお帰りでございますか。今日《こんにち》は宅《たく》の者がみんな出ておりまして、わたくしが留守居で、それがために長話をして、お茶も差しあげませんで、とんだご無礼を……」
「おっとと……心配しなくたっていいよ。おまえさんが茶を出さねえとおもうと腹が立つがね、天道さまが茶をくれねえんだとおもやァ腹ァ立たねえ。つまりここィ来たのァあっしの災難だ」
「これァどうも恐れ入りました」
「おい、おっかァ、いま帰《けえ》ったよ」
「いま帰ったじゃないよ。おっかさんを蹴とばしといて、どこへ行ってたんだい?」
「なに言ってやンだい。冗談言うな、天道が蹴とばしたんだ、この天のなす災、天災ってんだ……腹が空《へ》った、ちょいとすまねえが膳《ぜん》を出してくれ」
「ああ、あいにくなことをしてしまったよ、おまえさんが腹を立って出かけたろう、晩まで帰らないだろうとおもって、おっかさんと二人でいまご飯を食べてしまって、少しもないんだよ」
「おやおやしかたがねえ、おめえたちが食ってしまったとおもやァ腹が立つが、天道が食った、天災だとおもやァ……こんな天災は流行《はや》らねえ、腹が空《へ》ったなァ……なんだか知らねえが長屋がゴタゴタしているじゃねえか」
「おまえさんがいなくってよかったっていまも話をしていたんだよ、熊さんのとこなんだよ」
「どうしたんだ?」
「先《せん》のおかみさんが出て行ってしまったものだから、その留守に熊さんが外《ほか》の女を引っぱって来て、お取膳でご飯を食べているところへ、くやしいから先のおかみさんが暴れこんできて、大立回りがはじまったんだよ。長屋中総がかりで止めに入って、いま源兵衛さんがやっと納めたとこなんだよ。今日に限っておまえさんがいないだろ? みんなよろこんでたよ。あいつがいようもんなら、最初のうちァ喧嘩止めてやがって、そのうちに発起人でもってはじめるからってさ、まァ、いい按配《あんばい》だ……」
「なにを言やァがる。天災なんぞ広めたやつァねえだろうな」
「この長屋に天水桶はないよ」
「天水桶だってやがら、この素人めッ……これから熊ンとこへ行ってくらァ」
「いけないよ。せっかく喧嘩がしずまったとこなんだから」
「なにを言ってやがるんだ。こっちは天災を心得ているんだ。こうさっそく役に立つとはおもわなかったなァ……あの野郎にひとつ天災をくらわしてやろう……おーい、熊ッ」
「おゥ、帰って来たかい。や、どうもくだらねえこッてごたごたして……まあ、上がってくんねえ」
「ようし、上がらしてもらおう。さて、お手紙のご様子では……と、くるよ」
「なんだい?」
「ェェさてあなたはたいそう淫乱だ」
「おい、よせよ。くだらないことを言うんじゃないよ。仮にも女のこってごたごたしてて、隣近所ィこれから礼に行こうとおもってるとこだ。大きな声で笑うわけにもいかねえ」
「お、おい、怒っちゃいけねえ。このいんらん[#「いんらん」に傍点]てえのァ気の短《みじけ》えってえ符牒《ふちよう》だよ。言われてみると、てめえもおもい当たる淫乱だな。ああ、大淫乱、町内名代の淫乱ッ……」
「わかったよ。帰ってくれよ」
「帰るもんけえ。それがためにとくるよ。たった一人のおっかさんを打《ぶ》ち打擲《ちようちやく》をなさる、これァよくねえ」
「よくねえったって、おめえも知ってのとおり、おれにァ親なんかありゃァしねえ」
「あ、そうか。おいらの家にゃァいるんだよ。あれェ貸そうか」
「ふざけちゃァいけねえ。借りたってしょうがねえ」
「やりにくいなァ、それじゃあ……けしてお手間は取らせません、これから道の話をいたしましょう」
「なんだい、変なことを言うな、おめえから道の話を聞こうとはおもわなかった」
「うるせえやい。黙って聞け、いいか、おれの言うことを耳で聞かねえで、臍の穴で聞くんだぞ」
「ばかなことを言うなよ。耳の穴を洗ってよく聞けってえのァあるが、臍の穴で聞くってえのはねえやい」
「おれも最初《はな》はまちがえた……どうでもいいからよく聞けてんだ。はり、はり、梁を行く道に鼬《いたち》の道、猫の道、犬の道、血の道……てんだ」
「なんだかよくわからねえ」
「おれにもよくわからねえ……黙ってろいてんだ。烏はカアカア雀はチュウチュウ、障子が明るくなってきた、狐コンコン雉子ケンケン、犬ワンワン猫ニャゴニャゴ」
「なんだい?」
「こりゃ、おれがべらぼうの野郎に教えてやったんだ。これからがいいとこなんだぞ……いいか……気にいらぬ風もあろうに蛙《かわず》かなよ。蛙は柳で、柳はやわらけえや。南風《みなみ》はなまあったけえし、北風は寒いし、東風は雨が降らァ」
「なにを言ってんだ」
「むっとして帰れば門の瓦かな……」
「なんのことだ?」
「一里四方の原ってえのァわかるかい?」
「一里四方の原?」
「このへんからおれもわかりはじめたがねェ。一里四方の原は広い。いくら広くてもおまえには貸さない」
「なにを言ってやン」
「ェェ折から、うウん、そのなァ、一天にわかにかき曇って、ばりばり、ばりばりッ……」
「なんか破いてる?」
「破いてンじゃない。な? 盥《たらい》が水をあけたような大降りになる。とたんに小僧が水を撒《ま》く……」
「どこの小僧だい?」
「間抜け小僧だ。なァ、この小僧が屋根から転がり落っこったてんだ」
「危ねえなァ、でもなんだかおめえの言うことはちっともわからねえ」
「さあ、これからもっともらしい声を出すぜ」
「なんだい、もっともらしい声てえのァ?」
「堪忍の……堪忍の……」
「かんかんのう[#「かんかんのう」に傍点]でも踊るかい?」
「黙ってろい……堪忍の……奈良の神主と駿河の神主が首へ頭陀袋《ずだぶくろ》をぶらさげたんだ」
「なんだい、そりゃ」
「なかに天神寝てござる」
「なんの話だ?」
「いいから黙ってろいッ、これが肝心なとこだ。一里四方の原っぱでてんだ、夏の雨は馬が降らァ」
「うそつけ」
「よく聞けよ、いいか。手折らるる人にかおるや象の鼻よ。破れたら縫え、破れたら縫え。だからなにごともその、天だとおもえ……おめえだってそうじゃねえか、先《せん》のかかあが暴れこんだとおもやァ腹が立つが、天道が暴れこんだとおもえば、腹ァ立つめえ。なァ、これすなわち天災だ」
「ええい、家《うち》のァ先妻のまちがい」
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