寿限無《じゆげむ》
「どうでえ、見ろやい。あは、動《うご》いてる動《うご》いてる。生意気に……」
「あたりまえさ、生きてるんだからさァ」
「けど、どうしてこう赤い顔をしてやがんだろうなァ、めでてえからって一杯飲んで生まれてきたのかァ?」
「ばかなこと言って……赤ん坊はみんな赤い顔をしてんだよ、だから赤ん坊じゃァないか」
「なるほど、ちげえねえや。……それにしてもおっかァばかり心得ていやァがって、おいらになんとか挨拶がありそうなもんじゃあねえか。『おとっつぁん、こんにちは。このたびはどうもいろいろとお世話さまになりました、どうか末永くよろしく……』とかなんとかさァ」
「あきれたねェ、この人ァ、まだ生まれたばかりなんだよ」
「明日あたりは、少し歩きだすかな?」
「冗談じゃァないよ。……そばにいてあんまりおもちゃにしないでおくれよ。いまお乳をやるんだから……」
「なんでえ、女親ばかりつきっきりで、おいらはなにもすることがねえじゃあねえか」
「それがおまえさんでなくちゃァならないことがあるんだよ。すっかり忘れていたけど、おまえさん、今日はこの子のお七夜だよ」
「なんでえ、質屋がどうかしたか?」
「この子のお七夜だよ」
「へーえ、こんな小《ちい》せえうちから質屋をおぼえさせるのか? いくら貧乏だって、そりゃァあんまり手まわしがよすぎらあ」
「なに言ってるんだよ。赤ん坊を質屋へ連れてくやつがあるもんかね。生まれて七日目だから七夜じゃァないか」
「ああ、そうか。つまり初七日《しよなのか》だな」
「初七日という人があるかねェ、縁起が悪い。あの、今日は産婆さんを呼んでお湯を使わしてもらって、赤ん坊の名を付けてお祝いをする日なんだよ。おまえさん、なにか名前を考えてあるかい?」
「そうそう名前を付けるんだな、名なしの権兵衛じゃあわからねえな、なんと付けよう」
「そうだねえ、初めての子だから男らしい立派な名が付けたいねえ」
「うんと強そうなのがいいな……どうだい、金太郎てえのは?」
「金太郎? おまえさんが熊さんで、倅《せがれ》が金太郎じゃあ親子で相撲ばっかりとってそうじゃァないか」
「そうかなァ、……じゃあ親父の熊より出世するように寅太郎はどうだい?」
「寅だの熊だのって、もう少し人間らしい名前はないかい」
「じゃあ、加藤清正てえのはどうだい」
「清正公さま? そんなのは立派すぎらァねェ」
「そおおめえのように人の揚げ足ばかりとってねえで、てめえでだって考《かん》げえてみろよ」
「あたしゃあ、やっぱり男らしい、いい男になるような名前がいいねえ」
「どんな?」
「たとえば、海老蔵とか福助とか」
「べらぼうめ、そんな役者みてえな名前付けてどうしょうてんだ、こんな小汚《こぎたね》え家の倅によゥ」
「だから、たとえばの話だよ」
「なんか、こういい名前の出物はねえものかなァ」
「表の伊勢屋じゃあ氏神さまのおみくじを取って付けたってえが、やっぱり性に合わないとみえて弱くていけないと、おかみさんも始終こぼしてるよ。ねえ、どうだろう? おまえさんお寺へ行って和尚さんに付けてもらったら、どうだい」
「ふざけるない、生まれたばかりの赤ん坊に戒名なんぞつけてもらうやつがあるもんか」
「そうじゃないよ、よく檀那《だんな》寺で名を付けてもらうと長命するって言うじゃないか」
「そんなこたァあるめえ。むやみに長生きされたんじゃあ商売にならねえから、坊主が碌《ろく》な名前を付けるもんか、だいいち、縁起が悪《わり》いや、この前、おふくろの葬式ンときにゃァうんと儲《もう》けやがって、欲張り坊主め、面《つら》ァ見るのも癪《しやく》に障《さわ》らァ」
「そうでないよ。ものは逆が順に帰る、凶は吉に帰るなんていうから、かえっていいんだよ。あの和尚さんは、物知りだから、なにかおめでたい、いい名前を考えてくれるよ」
「なるほどなァ、坊主が選ぶのは戒名とばかりは限らねえや。……それじゃあ、ひとつあのでこぼこ坊主に付けてもらうとするか。……お隣のお婆さん、ちょっと出かけてきますんで、少しお頼み申します……じゃあ行ってくるぜ」
「おゥ、ごめんよッ」
「はい、どなた?……やあ、熊さん、たいそうお早くご仏参で」
「なにを言ってやんでえ。おさまりけえった小坊主だ。墓詣りに来たんじゃねえや。ふざけやがるなべらぼうめッ、坊主はいるか、坊主に用があって来たんだ。和尚はいるか?」
「は、少しお待ちください……ェェ、和尚さま」
「なんだ、珍念」
「神田の熊五郎さんがお出《い》でになりまして、和尚さまにお目にかかりたいと申します」
「あァさようか。熊さんが見えたか? おもしろい方だ。すぐこちらへお通し申せ。……おや、これはこれは、さァどうぞこちらへ、たいそうお早く、なにか改まったご用でも?」
「へえ、なにしろまァおめでとうございます」
「ははァ、なにかおよろこびごとでも……?」
「およろこびごとにちげえねえ、なにしろまァお生まれなすったのが玉のような男の子で、たいへんにまァ親御さんもおよろこびなんで……」
「それはどちらでな?」
「へッへ、こちらでね」
「あァ、それではご家内がご安産をなすったか?」
「まことにやすやすとご難産をいたしました」
「やすやすとご難産はおかしい、男の子か? それはそれはおめでとうござる」
「ところで和尚さん、今日お七夜で名前を付ける日なんだ。なにしろはじめての餓鬼《がき》で男なんだから一つ立派な名を付けてえとおもうんで、かかあの言うには氏神さまがどうも評判が悪《わり》いから、逆が順に帰《けえ》って凶が吉に帰《けえ》るから、檀那寺の坊主に頼んで名を付けてもらったらよかろうと言うんで、あっしゃァまた寺の坊主なんぞ面《つら》を見るのも癪に障《さわ》る、この前、おふくろの葬式ン時にゃァうんと儲けやがった、あんな欲張りの坊主はねえと……」
「これは恐れ入った、面と向かって欲張り坊主は近ごろ恐縮でござるな」
「はッはは、なるほど」
「しかし愚僧に名付け親になれとのお頼み、たいそうお見立てにあずかりましたな」
「なにかこう、うちの坊が丈夫に育って、いつまでも死なないという保証付きの名前を、ひとつ見つくろっておくんなさい」
「見つくろいというのはおかしいが、それでは考えてみましょうかな。……仏説では『生者必滅会者定離《しようじやひつめつえしやじようり》』と申してな、生あるものはかならず死す、人間生まれたのがすなわち死ぬるはじめじゃから、死なんというわけにはいかん。なれど親の情けとして子供衆の長寿を祈るのもまた無理からぬこと。そうじゃ、鶴は千年の寿を保つといってまことにおめでたいが、その鶴の字を取って鶴太郎とか鶴吉とか……」
「鶴太郎に鶴吉……? よく鶴のように痩《や》せっこけたなんていいますが、あんなに脛《すね》ばかり長く痩せた野郎になっちゃァ心配ですから、同じことならもう少し肥った名前を願いたいもんで、でえいち、千年と限られると千年たちゃあ死んでしまう、もっと長《なげ》えのはありませんか?」
「ははァ、千年では不足か。ではどうだ、亀は万年というから亀の字を取って……」
「いけねえいけねえ、亀の子なんぞは縁日に金魚屋の荷へふん縛《じば》ってぶら下げられて、あぶあぶやってるやつでしょう。頭を突っつかれるとひょいと首を縮める、人中で頭を押えられているようじゃあ出世ができねえじゃありませんか」
「そういっては際限がないな。それでは、松は常盤木《ときわぎ》といってめでたいものだが……」
「松はいけませんよ。あんなむずかしいものはねえ、植え換えるとじきに枯れちまう。どんな上手な植木屋でもこればっかりはしょうがねえってます。土地が変わるたびに枯れてしまっちゃあ引越しもできねえからね」
「竹はなかなか強い性《しよう》だが……」
「筍《たけのこ》は頭を出すとすぐみんなに折られてしまうじゃあねえか。子供のうちに折られちゃァかなわねえ」
「では松竹梅というから、梅はどうだ?」
「いけませんよ。花が咲けば枝を折られる、実《み》がなりゃ|※[#「てへん+宛」、unicode6365]《も》がれる、おまけの果てに戸板の上にならべられて天日《てんぴ》に曝《さら》されて、樽《たる》ン中へ漬けられてしまう。食う人間にすりゃあいいが食われちまう梅の実になってみると、こいつァおもしろくねえや」
「そう一々理屈をつけられては、口が利《き》けない。それでは、この世の中にあるものはやめにして、経文《きようもん》のなかにめでたい文字がいくらもあるから、『無量寿経《むりようじゆきよう》』というお経の中の文句ではどうかな?」
「お経でもなんでもいいから、長生きするような文句はありますかねェ」
「それならどうじゃ、寿限無というのは?」
「へーえ、なんです、寿限無てえのは?」
「寿《ことぶき》限り無しと書いて寿限無じゃ、つまり死ぬときがないというのだな」
「そりゃあありがてえや。なるほどォ死ぬときがねえなんざうれしいねェ、寿限無か、こりゃァいいや、もうほかにはありませんか?」
「まだいくらもある。五劫《ごこう》の摺《す》り切れというのはどうじゃな?」
「五劫《ごこう》の摺り切れ? なんの事《こ》って?」
「これをくわしく言うと、一劫《いつこう》というのは、三千年に一度天人が天《あま》降って、下界の巌《いわ》を衣《ころも》で撫《な》でる。その巌《いわ》を撫でつくして摺り切れて失くなってしまうのを一劫という。それが、五劫というから、何万年何億年という数えきれない年になる」
「こりゃあ、ますますいいや。まだありますか?」
「海砂利水魚《かいじやりすいぎよ》というのはどうじゃ?」
「なんです、それは?」
「海砂利というのは海の砂利だ、水魚とは水に棲《す》む魚だ、とてもとても獲りつくせないというので、これもめでたいな」
「なるほど、海砂利水魚、これもようがすねえ。まだありますか?」
「水行末《すいぎようまつ》、雲来末《うんらいまつ》、風来末《ふうらいまつ》などというのもある」
「へーえ、なんですい、それは?」
「水行末は水の行く末、雲来末は雲の行く末、風来末は風の行く末、いずれもはるかに果てしがなくめでたいな」
「ますますうれしいねえ。まだありますか?」
「人間、衣食住のうち、一つが欠けても生きていけない。そこで、食う寝るところに住むところなどはどうじゃな?」
「なるほどねえ。あるもんだねえ。まだありますか?」
「やぶらこうじのぶらこうじというのはどうじゃ?」
「和尚さん、あっしが知らねえとおもってからかっちゃいけませんよ」
「別にからかってはおらん。それぞれ原拠《よりどころ》があるので、木にも藪柑子《やぶこうじ》というのがあるが、まことに丈夫なもので、春は若葉を生じ、夏は花咲き、秋は実を結び、冬は赤き色を添えて霜《しも》を凌《しの》ぐめでたい木じゃ」
「なるほどねえ、聞いてみなくちゃァわからないもんだねえ。もっといいのがありませんかい?」
「ついでだから話をするがな、昔、唐土《もろこし》にパイポという国があって、シューリンガンという王様とグーリンダイという王后《きさき》の間に生まれたのが、ポンポコピーとポンポコナという二人のお姫さまで、これが類稀《たぐいまれ》な長寿であった」
「へェー、まだありますか?」
「天長地久という文字で、読んでも書いてもめでたい結構な字だ。それをとって、長久命《ちようきゆうめい》というのはどうじゃな?」
「へえ、ようがすね」
「それに、長く助けるという意味で、長助なんていうのもいいな」
「へえへえ、じゃあすいませんが、そのはじめの寿限無ってえのから長助まで書いてみてくださいな」
「ああ、さようか。書いて進ぜよう」
「でも、むずかしい字はだめですよ、平仮名でわかるように……」
「うん、よしよし。……さあ、みんな書いといたから、これを見てこのなかからいいのをお取んなさい」
「へえ、ありがとうございます。なるほど、最初《はな》が寿限無、寿限無寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助か、……こう並べてみると、みんな付けてえ名前ばかりですねえ。あとであれにすりゃよかったとか、これにすりゃあよかったなんて愚痴のでねえように、面倒くせえからいっそみんな付けちまいます」
「はい、どなた?……やあ、熊さん、たいそうお早くご仏参で」
「なにを言ってやんでえ。おさまりけえった小坊主だ。墓詣りに来たんじゃねえや。ふざけやがるなべらぼうめッ、坊主はいるか、坊主に用があって来たんだ。和尚はいるか?」
「は、少しお待ちください……ェェ、和尚さま」
「なんだ、珍念」
「神田の熊五郎さんがお出《い》でになりまして、和尚さまにお目にかかりたいと申します」
「あァさようか。熊さんが見えたか? おもしろい方だ。すぐこちらへお通し申せ。……おや、これはこれは、さァどうぞこちらへ、たいそうお早く、なにか改まったご用でも?」
「へえ、なにしろまァおめでとうございます」
「ははァ、なにかおよろこびごとでも……?」
「およろこびごとにちげえねえ、なにしろまァお生まれなすったのが玉のような男の子で、たいへんにまァ親御さんもおよろこびなんで……」
「それはどちらでな?」
「へッへ、こちらでね」
「あァ、それではご家内がご安産をなすったか?」
「まことにやすやすとご難産をいたしました」
「やすやすとご難産はおかしい、男の子か? それはそれはおめでとうござる」
「ところで和尚さん、今日お七夜で名前を付ける日なんだ。なにしろはじめての餓鬼《がき》で男なんだから一つ立派な名を付けてえとおもうんで、かかあの言うには氏神さまがどうも評判が悪《わり》いから、逆が順に帰《けえ》って凶が吉に帰《けえ》るから、檀那寺の坊主に頼んで名を付けてもらったらよかろうと言うんで、あっしゃァまた寺の坊主なんぞ面《つら》を見るのも癪に障《さわ》る、この前、おふくろの葬式ン時にゃァうんと儲けやがった、あんな欲張りの坊主はねえと……」
「これは恐れ入った、面と向かって欲張り坊主は近ごろ恐縮でござるな」
「はッはは、なるほど」
「しかし愚僧に名付け親になれとのお頼み、たいそうお見立てにあずかりましたな」
「なにかこう、うちの坊が丈夫に育って、いつまでも死なないという保証付きの名前を、ひとつ見つくろっておくんなさい」
「見つくろいというのはおかしいが、それでは考えてみましょうかな。……仏説では『生者必滅会者定離《しようじやひつめつえしやじようり》』と申してな、生あるものはかならず死す、人間生まれたのがすなわち死ぬるはじめじゃから、死なんというわけにはいかん。なれど親の情けとして子供衆の長寿を祈るのもまた無理からぬこと。そうじゃ、鶴は千年の寿を保つといってまことにおめでたいが、その鶴の字を取って鶴太郎とか鶴吉とか……」
「鶴太郎に鶴吉……? よく鶴のように痩《や》せっこけたなんていいますが、あんなに脛《すね》ばかり長く痩せた野郎になっちゃァ心配ですから、同じことならもう少し肥った名前を願いたいもんで、でえいち、千年と限られると千年たちゃあ死んでしまう、もっと長《なげ》えのはありませんか?」
「ははァ、千年では不足か。ではどうだ、亀は万年というから亀の字を取って……」
「いけねえいけねえ、亀の子なんぞは縁日に金魚屋の荷へふん縛《じば》ってぶら下げられて、あぶあぶやってるやつでしょう。頭を突っつかれるとひょいと首を縮める、人中で頭を押えられているようじゃあ出世ができねえじゃありませんか」
「そういっては際限がないな。それでは、松は常盤木《ときわぎ》といってめでたいものだが……」
「松はいけませんよ。あんなむずかしいものはねえ、植え換えるとじきに枯れちまう。どんな上手な植木屋でもこればっかりはしょうがねえってます。土地が変わるたびに枯れてしまっちゃあ引越しもできねえからね」
「竹はなかなか強い性《しよう》だが……」
「筍《たけのこ》は頭を出すとすぐみんなに折られてしまうじゃあねえか。子供のうちに折られちゃァかなわねえ」
「では松竹梅というから、梅はどうだ?」
「いけませんよ。花が咲けば枝を折られる、実《み》がなりゃ|※[#「てへん+宛」、unicode6365]《も》がれる、おまけの果てに戸板の上にならべられて天日《てんぴ》に曝《さら》されて、樽《たる》ン中へ漬けられてしまう。食う人間にすりゃあいいが食われちまう梅の実になってみると、こいつァおもしろくねえや」
「そう一々理屈をつけられては、口が利《き》けない。それでは、この世の中にあるものはやめにして、経文《きようもん》のなかにめでたい文字がいくらもあるから、『無量寿経《むりようじゆきよう》』というお経の中の文句ではどうかな?」
「お経でもなんでもいいから、長生きするような文句はありますかねェ」
「それならどうじゃ、寿限無というのは?」
「へーえ、なんです、寿限無てえのは?」
「寿《ことぶき》限り無しと書いて寿限無じゃ、つまり死ぬときがないというのだな」
「そりゃあありがてえや。なるほどォ死ぬときがねえなんざうれしいねェ、寿限無か、こりゃァいいや、もうほかにはありませんか?」
「まだいくらもある。五劫《ごこう》の摺《す》り切れというのはどうじゃな?」
「五劫《ごこう》の摺り切れ? なんの事《こ》って?」
「これをくわしく言うと、一劫《いつこう》というのは、三千年に一度天人が天《あま》降って、下界の巌《いわ》を衣《ころも》で撫《な》でる。その巌《いわ》を撫でつくして摺り切れて失くなってしまうのを一劫という。それが、五劫というから、何万年何億年という数えきれない年になる」
「こりゃあ、ますますいいや。まだありますか?」
「海砂利水魚《かいじやりすいぎよ》というのはどうじゃ?」
「なんです、それは?」
「海砂利というのは海の砂利だ、水魚とは水に棲《す》む魚だ、とてもとても獲りつくせないというので、これもめでたいな」
「なるほど、海砂利水魚、これもようがすねえ。まだありますか?」
「水行末《すいぎようまつ》、雲来末《うんらいまつ》、風来末《ふうらいまつ》などというのもある」
「へーえ、なんですい、それは?」
「水行末は水の行く末、雲来末は雲の行く末、風来末は風の行く末、いずれもはるかに果てしがなくめでたいな」
「ますますうれしいねえ。まだありますか?」
「人間、衣食住のうち、一つが欠けても生きていけない。そこで、食う寝るところに住むところなどはどうじゃな?」
「なるほどねえ。あるもんだねえ。まだありますか?」
「やぶらこうじのぶらこうじというのはどうじゃ?」
「和尚さん、あっしが知らねえとおもってからかっちゃいけませんよ」
「別にからかってはおらん。それぞれ原拠《よりどころ》があるので、木にも藪柑子《やぶこうじ》というのがあるが、まことに丈夫なもので、春は若葉を生じ、夏は花咲き、秋は実を結び、冬は赤き色を添えて霜《しも》を凌《しの》ぐめでたい木じゃ」
「なるほどねえ、聞いてみなくちゃァわからないもんだねえ。もっといいのがありませんかい?」
「ついでだから話をするがな、昔、唐土《もろこし》にパイポという国があって、シューリンガンという王様とグーリンダイという王后《きさき》の間に生まれたのが、ポンポコピーとポンポコナという二人のお姫さまで、これが類稀《たぐいまれ》な長寿であった」
「へェー、まだありますか?」
「天長地久という文字で、読んでも書いてもめでたい結構な字だ。それをとって、長久命《ちようきゆうめい》というのはどうじゃな?」
「へえ、ようがすね」
「それに、長く助けるという意味で、長助なんていうのもいいな」
「へえへえ、じゃあすいませんが、そのはじめの寿限無ってえのから長助まで書いてみてくださいな」
「ああ、さようか。書いて進ぜよう」
「でも、むずかしい字はだめですよ、平仮名でわかるように……」
「うん、よしよし。……さあ、みんな書いといたから、これを見てこのなかからいいのをお取んなさい」
「へえ、ありがとうございます。なるほど、最初《はな》が寿限無、寿限無寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助か、……こう並べてみると、みんな付けてえ名前ばかりですねえ。あとであれにすりゃよかったとか、これにすりゃあよかったなんて愚痴のでねえように、面倒くせえからいっそみんな付けちまいます」
うれしさのあまり、長い名前を付けてしまったが、これが近所でも大評判。
「はい、ごめんなさいよ」
「おや、糊屋の婆さん、お出でなさい」
「ほかじゃァないがね、このあいだからなんだよ、家の坊《ぼう》やの名前を覚えようとおもっても、年をとるといけないもんで、なかなか覚え切れないで、このごろようやく少し覚えたから、今日は浚《さら》ってもらおうとおもって来たんで、一ぺんやってみるから、もしちがったら直しておくんなさいよ、おやおやッ、笑ってるよ、そら、あわわわ、ばァッ、寿限無寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
「おい、ふざけちゃァいけねえ、南無阿弥陀仏が余計じゃァねえか、縁起でもねえ……」
「はい、ごめんなさいよ」
「おや、糊屋の婆さん、お出でなさい」
「ほかじゃァないがね、このあいだからなんだよ、家の坊《ぼう》やの名前を覚えようとおもっても、年をとるといけないもんで、なかなか覚え切れないで、このごろようやく少し覚えたから、今日は浚《さら》ってもらおうとおもって来たんで、一ぺんやってみるから、もしちがったら直しておくんなさいよ、おやおやッ、笑ってるよ、そら、あわわわ、ばァッ、寿限無寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
「おい、ふざけちゃァいけねえ、南無阿弥陀仏が余計じゃァねえか、縁起でもねえ……」
この名前が性に合ったせいか虫気もなく健《すこ》やかに育って、この子が小学校へ通うようになった。朝、近所の友だちが誘いにやってくる。
「お早う。寿限無寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助さァーん、学校へ行こうよ」
「あらァまァ寅ちゃん、よく誘っておくれだねえ。あの家《うち》の寿限無寿限無五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助はまだ寝てるんだよ。いま起こすから待っておくれ、さあさ、寿限無寿限無五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助や、起きるんだよ。ほら、みんなが迎えに来たじゃないか」
「おばさん、遅くなるから先へ行くよ」
この子が大きくなるにつれて、悪戯《いたずら》がはじまる。友だちを泣かしたり喧嘩《けんか》したりして、近所の子供がぶたれて、わァわァ泣きながら言いつけに来る。
「……おばさァん、おまえンとこの寿限無寿限無五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助が、あたいの頭をぶってこんな大きな瘤《こぶ》をこしらえたよゥ」
「あらまァ、金ちゃん、家《うち》の寿限無寿限無五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助がおまえの頭へ瘤をこしらえたって、とんでもない子じゃァないか、ちょっとおまえさんも聞いたかえ、家の寿限無寿限無五劫の摺り切れ海砂利水魚の水行末、雲来末風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助が金ちゃんの頭へ瘤をこしらえたとさァ」
「じゃあなにか。家の寿限無寿限無五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助が金坊の頭へ瘤をこしらえたって、どれ、見せねえ頭を……、なんだ瘤なんざねえじゃァねえか」
「あんまり名前が長いから、もう瘤が引っこんじまったァ」
「お早う。寿限無寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助さァーん、学校へ行こうよ」
「あらァまァ寅ちゃん、よく誘っておくれだねえ。あの家《うち》の寿限無寿限無五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助はまだ寝てるんだよ。いま起こすから待っておくれ、さあさ、寿限無寿限無五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助や、起きるんだよ。ほら、みんなが迎えに来たじゃないか」
「おばさん、遅くなるから先へ行くよ」
この子が大きくなるにつれて、悪戯《いたずら》がはじまる。友だちを泣かしたり喧嘩《けんか》したりして、近所の子供がぶたれて、わァわァ泣きながら言いつけに来る。
「……おばさァん、おまえンとこの寿限無寿限無五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助が、あたいの頭をぶってこんな大きな瘤《こぶ》をこしらえたよゥ」
「あらまァ、金ちゃん、家《うち》の寿限無寿限無五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助がおまえの頭へ瘤をこしらえたって、とんでもない子じゃァないか、ちょっとおまえさんも聞いたかえ、家の寿限無寿限無五劫の摺り切れ海砂利水魚の水行末、雲来末風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助が金ちゃんの頭へ瘤をこしらえたとさァ」
「じゃあなにか。家の寿限無寿限無五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助が金坊の頭へ瘤をこしらえたって、どれ、見せねえ頭を……、なんだ瘤なんざねえじゃァねえか」
「あんまり名前が長いから、もう瘤が引っこんじまったァ」