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落語百選66

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:山崎屋吉原は、〈遊女三千人御免の場所〉方角が北に当たるので北国《ほつこく》、北廓《ほつかく》ともいった。吉原にはいろいろ
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 山崎屋

吉原は、〈遊女三千人御免の場所〉……方角が北に当たるので北国《ほつこく》、北廓《ほつかく》ともいった。
吉原にはいろいろ慣例《しきたり》があるが、大門の中へは、駕籠乗物はいっさい入れない。これは〈廓抜《くるわぬ》け〉などがあって、駕籠の中へ隠れて廓を抜け出す遊女を防ぐために、乗り入れは禁じられていた(例外として医者だけは乗りうち[#「乗りうち」に傍点]ができた、という)。どんな身分のお客でも、大門口で駕籠をおりて、それから徒歩《かち》で送りこみということになる。
そのころは、花魁《おいらん》の道中というものがあって、夕暮れになると、仲之町張《なかのちようば》りの花魁……最上等の遊女としてあるが、この遊女が、髪を立兵庫《たてひようご》、あるいは横兵庫《よこひようご》という髷《まげ》に結《ゆ》って、簪《かんざし》を後光のように差し、金糸銀糸で縫《ぬ》いをとった襠《しかけ》をはおって、三《み》つ歯《ば》の高い木履《ぽつくり》を履いて、内外八文字《うちそとはちもんじ》を踏んで歩く……。
うしろから、雨も降らなければ、日照りもしないのに、傘を一本さしかけている気の利《き》かない男がいる。両側のお茶屋では、すががき[#「すががき」に傍点]という陽気な三味線を弾いて、この音楽につれて道中をした、という。
「吉原|細見《さいけん》」というのがあって、これに何楼にどういう女がいて、年齢《とし》がいくつだとか、あるいは女の位取《くらいど》りがすっかり記入してある。名前の上に印《しるし》がみんなついていて、山形とか星がついている。いろいろある中で、〈入山形《いりやまがた》に二つ星〉というのが最上等の花魁としてある。玉代《ぎよく》は、昼夜で三分、つまり一両の四分の三、……その時代によって多少差があるが、三分で花魁が買えた、という。これにはみんな新造《しんぞ》というものがついた。新造というのは、花魁の卵で、修業中の身分だが、これにもいろいろ階級があって、振袖《ふりそで》新造、留袖《とめそで》新造、番頭《ばんとう》新造とあって、これを略して、振新《ふりしん》、留新《とめしん》、番新《ばんしん》、ともいった。こういう新造がついて、昼夜で三分という玉代《ぎよく》で遊べた、という結構な、その時代のお話——。
「ェェ、若旦那、どうぞまァ、あんまり大旦那さまを怒らせないように……ひとつ、二階でもってご謹慎を願いたいもんで……」
「いやァ、番頭さん、……佐兵衛さん、おまえさんにもいろいろ心配かけちゃったね、けど、おまえさんの執《と》り成しだよ、今日は親父の叱言《こごと》が短かった、さわり[#「さわり」に傍点]だけで済んだよ」
「叱言のさわり[#「さわり」に傍点]てえのはないでしょうが、まァ、せいぜいご辛抱を……」
「あァ、辛抱しましょう。……ところで、おまえさんに頼みがあるんだがね」
「ほう、なんで?」
「佐兵衛さん、ひとつ、小遣いを貸してもらいたいんだがね」
「お小遣い?……あァさようでございますか。家をお出ましになっていらっしゃると、若旦那も小遣いにはご不自由でございますか? まァあたくしでできますことならばご用立てをいたしますが、いかほどお入用で?」
「そうだね、ちょっと三十両」
「え? 三十両? こりゃあ恐れ入りましたね。お小遣いてえから、あたしゃ二分か一両かと存じておりました。三十金という、さような大金の持ち合わせは商人屋《あきんどや》の番頭にはございませんで、とてもご相談には乗れません」
「おいおい、なにを言ってんだよ。おまえの小遣いを貸してくれというんじゃあないやね。ね、店の帳場格子を預かっているのは、番頭さん、おまえだろ。いずれはおまえ、親父の代物《しろもの》だァね。だから筆の先でちょいちょいと……うまくやって、あたしのほうへお金をまわしておくれというんだ。まっ手っ取り早く言えばごまかしてくれてんだよ」
「なにをおっしゃるン。けしからんことをおっしゃいます。店の金というものは一厘一毛ちがいなくぴたッと帳面づらの合っているもんで、……ごまかすなんて、そんなことはできません」
「そんな堅いことをお言いでないやね。おまえだって初めてごまかすわけではなしさ」
「えッへんッ……」
「おや、啖《たん》を切ったね」
「なんです? 聞き捨てンなりませんね。そうおっしゃるとあたくしが始終ごまかしているようですね。……失礼でございますが、あたくしは十歳《とお》の年からご奉公にまいりまして、ただいまでは通い番頭、ご主人さまの品物は塵っ葉一つ自儘《じまま》にしたことはありません。……この広い横山町で山崎屋の番頭の佐兵衛では人が知りませんが、『ああ、あの堅蔵《かたぞう》か』というと、あたくしの仇名ンなっておりますン、ええ。焼き冷《ざ》ましの餅よりか、あたくしは堅い人間で……石橋の上で転んで頭をぶつければ橋のほうが『痛いッ』というぐらい堅いッ……」
「おいおい、大きな声をするんじゃァないよ。階下《した》でおとっつぁんが聞いているじゃあないか」
「え、え、大きな声は地声でございます。いくらでも……こりゃあ競《せ》りあがります」
「そんなもの競りあげなくったっていいやな。ねェ、ねェ、そりゃ、番頭さん、おまえ、野暮《やぼ》というもんだよ」
「ええ、あたくしは野暮でございます、へえ。野暮でも商人屋《あきんどや》の番頭は勤まりますからな……、へえ」
「は、いやァ……こりゃあ悪かったね、あたしがあやまりましょ、ね……主《しゆう》が家来に手をついてって……いうことにしてご勘弁を願おう、ね。……ところでね、番頭さん、おまえさんにこのまンま階下《した》へ降りて行かれちゃうと、こんだ会ったときに、あたしゃきまりが悪いがね。……どうだい、そこへ座って煙草の一服も吸いながら、これからあたしが世間話をおまえさんに聞かせるから、それを聞いて、にこにこっと笑いながら階下《した》へ降りてっておくれ、ね。長い話じゃあない、いいかい? ええと、ねェ、先月の、あれは二十日の日だった。日をきっちり覚えているのは、町内のお湯が月並み休みで、ね。……あたしゃあ呆れ返ってねェ、この町内で生まれて、この町内で育って、それでいて、湯屋の休みぐらい知ってそうなもんだ。それがわからねえほど遊びほうけていたのかなァ、とわれながらおかしくなって、ね。ついては、ひとっ風呂浴びたいものと、隣町の柳湯へ出かけたと思《おぼ》し召せ。ざっと浴びて、表へ出る。とたんに、女湯の腰障子ががらがらっと開《あ》いたから、ひょいと見ると、……あたしゃあごくりッ[#「ごくりッ」に傍点]と生唾《なまつば》ァ飲んだよ。年ごろが二十……三、四かな、湯あがりのくせに白粉ッ気なしで、小股の切れあがったオツな女だァ、お召しの赤大名の着物に襟《えり》付きだ。帯を引っかけに結んで、素足に吾妻下駄、言うとこがないねェ、絵ン中から抜け出たってえが、まったくだよ。湯屋の路地をついて、すうっとその女が曲がった……こっちも閑人《ひまじん》だからね、はてな? あんないい女がこの近所にいたてえのァ知らなかった。せめて、お宅だけでも見定めたいと、あとをつけて行くと、揚物屋《あげものや》と八百屋ねェ、あの路地を入ってって、突き当たりが井戸端だろう? 右っ手にね、二階|建《だち》の四軒長屋ってえのがあるんだよ。そのいちばん奥まったところへ入ったから、はてなァこの近所にゃあ知り合いがいるんだけどなァってえ顔をして……入ってって、表から見ると、その格子造りの粋な家ン中に御神燈が下がってるんだ。蝉切《せみぎ》りに三瓢箪《みつびようたん》、清元|何《なん》の某《なにがし》としてあるんだ。ははァんここは清元の稽古屋のお師匠さん……そんならなにも遠慮する事《こた》ァねえ、あしたっからここィ、弟子になれば、あの顔《かんばせ》も拝むことができるし、ついでに朗らかなおん声も聴かしてもらえる。こいつァ、いい掘り出し物をしたなァと、あたしがそうおもいながら、もういっぺん、格子の中を覗《のぞ》くと、土間の沓脱《くつぬぎ》の上にそろえてあるのが、男物の下駄なんだがねェ、これが野暮な、油桐《やまぎり》の塗り皮の万年|鼻緒《はなお》ってえのがすがってやがって、真ン中にご丁寧に焼印が押してあるんだよ。それがね、番頭さん、|※《すやま》に崎という字の焼印だ、……家《うち》の暖簾《のれん》の印《しるし》に寸分|違《たが》わない。いつもおまえさんが、ほら、ふだん履《ば》きにつっかけてる、あの下駄ね、あれとおんなしものがそろえてある。……番頭さん、どこへ行くの?……どこへ行くんだよ、おいおい、おいッ、立ってっちゃっちゃあ困るね」
「あたくしはちょっと階下《した》に、おもい出した用がございましてな」
「で? 行くのかい。……あァァ、その心配にゃあおよばない。もっと座ってていいよ。おまえさんでなくっちゃあならないような用ができればね、店の者が手分けをして家じゅう捜しにくる。そんなに鉦《かね》や太鼓で捜すってえほど広い家でもないんだから、大丈夫だよ。……まァま落ち着いてておくれよ。いいかい……番頭さんの履物によく似てえるなとおもいながら、あたしが井戸端のところまで引っ返して来ると、どこかのおかみさんがお米を磨《と》いでたよ。……『ちょいとうかがいますが、この二階家の四軒長屋のいちばん奥まった家は、清元のお師匠《しよ》さんでございますね』って訊《き》いたら、そのおかみさんが『へえ』って言いながら立ちあがってね、『清元のお師匠さんというのは、ま、表向きでございまして、ほんとうは柳橋の小いねさんという姐《ねえ》さんでございますが、あの、横山町の山崎屋の番頭さんに根引きをされまして、いまではあすこィ囲われているんですが、番頭さんてえ方が高麗屋《こうらいや》のような、それはそれは渋い男ッぷり。また、姐さんがね、半四郎のようないい顔つきで、ま、ふたァりとも仲がいいので、近所ではあてられどおしで……』おいおい、おい。また立つね、……どうして、そうお尻が落ち着かないんだい。そんなあんばいで、よく十歳《とお》の年から家ィ奉公勤めができたね、番頭さん。……いいかい、ここンところをよく聞いておくれよ。この広い、ね、横山町で山崎屋ってえなァ家《うち》一軒だよ。そこの番頭さんていやァ佐兵衛さん、おまえよりほかにはないね。おまえさんの年分のお給金てえものは、わたしは知ってる。あれじゃあ手活《てい》けの花を眺められないわけだァ。……けどね、世間は広いからね、そらァ親父にも儲けさせるだろうが、店の品物を一時《いつとき》あっちへ運び、こっちィ運びして、で、鞘《さや》ァ取ってるやつがあると、あたしはふんでるんだ。……おまえじゃないよ。いいかい、おまえは、石橋の上で転ぼうもんならば石のほうで『痛いッ』ってえほど堅いんだから、おまえじゃあない。けど、世間は広いからね、おまえの名前を騙《かた》って、そういう贅沢をしているやつがあるんだから、……このことはいっぺん、あたしゃあ親父の前ではっきりと……」
「……あァた、あァた、若旦那、そんな大きな声……」
「大きな声は地声だ。いくらでも競《せ》りあがる」
「それじゃァあァた、野暮てえもんで……」
「どうせあたしは野暮ですよ。あァ、野暮でも商人屋《あきんどや》の倅は勤まる……」
「そういちいち真似をしちゃあいけませんよ。……こりゃあ恐れ入りましたな。ェェ、それァまァなんですが、じつは若旦那、あれはあなたにもお話を申し上げようとおもっていたんですが、いえいえいえ、とんでもない。あれはその、けしてそういうもんではございませんで、あたくしのあれはその、ちょっと縁合《えんあ》いの者で、うう……家内の妹でございまして、え……あ……」
「ああ、わ、わ、わかった。……もう、それよりかものを言っちゃあいけない、番頭さん。あたしゃァものわかりの早いほうでねェ、家内の妹と聞きゃあ、それで得心がいくんだ。おまえね。額に汗が出てるよ。汗をお拭きなさい。汗ェかくほどの、そんな時候じゃないよ、ええ。ま、汗でも拭いて、ゆっくり一服吸いなさいよ。わかったんだよ、……あたしゃあ。ふふン、おかみさんの妹というと、おまえにも妹に当たるわけだねェ。いい妹を持っておまえは幸せだァ……ははは、いい月日の下に生まれなすったんだなァ、番頭さん。ああいういい妹につきあってられるってえのァ、いいねえ、あたしもあやかりたいなァ。どうだい?……三十両貸すかァ?」
「なんです、あなた。きわどいところでお掛けあいでございますな。……ま、よろしゅうございましょう」
「おい、なんだね? よろしゅうございましょうてえェ、その、不承不承に受けあわないで、胸でも叩《たた》いて反身《そりみ》ンなって『万事ァあっしが……』って、音羽屋のような調子で言えないかい?……この身代てえものはね、どうせ親父が死ねば、ここの家の身代はあたしのものなんだから、先ィ行って使うのもいま使うのもおんなし事《こつ》た。どうせ使うんなら早く片ァつけちまったほうがいいや。ぐずぐずしていりゃあみんなおまえに片ァつけられちまうから……」
「なにを言ってるんです? どうも、おどろきましたなァ、若旦那。……どうも、あなたにそう弱い尻をつかまれていたんじゃあしょうがございませんから、どうしてもお入用《いりよう》ならばご用立てはいたしますが、いったいその金をなんにお使いンなる?」
「なァにを言ってるン。なんにお使いになるったって……きまっているじゃあないか。昨夕《ゆうべ》花魁《おいらん》の夢見が悪かったから、今夜行って遊んで、あしたの朝早く帰ってこようてえ寸法だ」
「いけません」
「どうして?」
「金がなくなったら佐兵衛またごまかせとおっしゃる。あたくしがいけないと言えば、じゃあおとっつぁんに話をすると……そんなことをしていれば、いつかは尻が割れますから、もっと大ざっぱい[#「大ざっぱい」に傍点]なご相談に乗ろうじゃあありませんか?」
「大ざっぱい[#「大ざっぱい」に傍点]とは……?」
「吉原《なか》の花魁というのはあなたにほんとうに惚れているんですか?」
「ああ」
「ああてえのァ恐れ入りましたね。じゃあ、その花魁とあなたと一緒になれば、若旦那、お道楽がやみますか?」
「え?」
「あたくしはあなたさまのお道楽には一方《ひとかた》ならず陰ながら心配をしておりまして、髪結床の職人やなにかに訊《き》きあわせまして、あなたさまがぞっこん[#「ぞっこん」に傍点]打ちこんでいらっしゃる花魁の素性《すじよう》を洗いました。こらァ悪いことではございますが……。武家出でございますな? 本名はお時さまと申し上げて、年齢《とし》が十九、なにひとつできないものはないという結構な花魁、仲間うちの評判もよし、抱え主も、まァ、可愛がっているという、まことによい遊女でございますな。……いかがでございます? あなたのほうでもご執心、花魁のほうでもその気ならば、いっそのこと、花魁とご夫婦になったらどうです?」
「おいおい、番頭さん、赤ん坊の前で風車《かざぐるま》ァまわすようなことを言っちゃあ困るよ。……そりゃあ花魁だって一緒ンなりたがっている。あたしも女房にしたいが、あの家《うち》の親父ね、あの皺《しわ》くちゃが生きてちゃ、だめ。あれが息をしているうちはだめですよ。ま、仮におとっつぁんはいいとしても、世間のてまえ、堅気《かたぎ》の息子が吉原の花魁を家へ連れてきて、女房で候《そうろう》とは、どう考えたってできるわけがないだろう?」
「へへへへ、失礼ながら、あなたはまだ若い。それァ地道《じみち》にいけば大旦那もご承知になるわけもございません。しかし、表通りがあって裏通りのある譬《たとえ》。ここへひとつ狂言を書く」
「狂言とは……?」
「では、前もってあなたさまのご本心をうかがいたいのは、花魁とかならず一緒になれるものとして、早ければ三《み》月、遅いと半年かかるかもしれませんが、そのあいだ、ご道楽を我慢して、若旦那、外へ出ずにじッとご当家でもって、ご辛抱ができますか?」
「そりゃあ一緒ンなれるンなら、あたしだって辛抱するよ、……けれども辛抱しちまってから、『じつは若旦那を堅くしたい一心で、あんなことを言いましたが、これをしお[#「しお」に傍点]に、ご親戚の中《な》ッからいい娘さんでもおもらいなさい……』かなんか、おまえが言うようなことがあったら、あたしゃあ刃傷《にんじよう》におよぶよ。台所から山葵《わさび》おろしを持ってきて顔ォ……縦横十文字に引っ掻いちまうから」
「そんな事《こた》ァどうでも構いませんが、いかがでございます? ご辛抱ができますか?」
「辛抱しますよ」
「こうなりますと、わたくしが作者で、ひと芝居打つことになります。……あなたが役者、あたくしが作者。筋をひととおり申し上げましょうか」
「聞きたいねえ」
「明日《あした》にも……あたしは花魁を親元|身請《みうけ》で根引きをしてまいります。で、すぐにご当家に連れてこられないというのは、ああいういい花魁になりますと、里言葉《さとことば》というものを使いますな……。『そうざんす』『そうでありんしょう』……こんな言葉ァ使ったひにゃあ、どんな物堅い親御さんだって、いっぺんで見破ってしまいます。ですから、あたくしは、この、言葉の直るのと、もう一つは、針仕事ができないと、商人屋《あきんどや》のおかみさんは生涯不自由でございますよ。ですから針仕事を習いがてら、言葉を直してもらうには、出入りの鳶頭《かしら》の家のおかみさんがいい、と、こうおもいます。あのおかみさんてえ人はなかなか、そういうことは面倒見がいいんでございますから……。で、言葉が直る、それがまァ、早くって三月、遅いと半年間……こういうわけでございますよ。晦日《みそか》がまいりましょう、小梅《こンめ》のお屋敷へお掛金を頂戴に行きますのは、ずうっとあたしの役になっております。あのお屋敷では、多いときには三百金を越しますが、少ない月でも百両が欠けるなんてことはございません。その、晦日にあたくしがなにか用をこしらえて、あなたさまにご足労を願います。お屋敷でお金を受け取ったらば、財布ぐるみ鳶頭《かしら》の家に預けて、手ぶらでもって、あなたさまがお帰りになる。大旦那の前へ出まして『行ってまいりました』『あァ、ご苦労だったなァ』……で、『お金は……?』っと言われたときに、あなたさまが懐中《ふところ》やら袂《たもと》を慌てて捜して、もじもじしていれば、大旦那さまのほうが、もう、かッとなさいまして『どうしたんだ? 落としたのか? それともどっかへ預けて使うつもりかッ?』……すったもんだ[#「すったもんだ」に傍点]という騒ぎンなりましょう。……そこへ鳶頭《かしら》が飛びこんできて、『いまあたくしが表へ出る、足へつっかけたものがあるんで、見るとこの財布でございますが、|※《すやま》に崎の字の印《しるし》がございますので、てっきりご当家の財布《もの》と、取るものも取りあえずお届けに上がりました。中はお改めを願います』と、財布を置いて鳶頭が帰る。さァ落とした金が手つかず[#「手つかず」に傍点]出たんですから大旦那ァ大よろこびで……。そこで鳶頭ンところへお礼にいらっしゃる。このときに吉原《なか》の花魁に御殿女中というようなごく堅い服装《なり》をさして、『お茶をひとつ』てんで持って出させる。見なれない女がいるから、『どちらのお嬢さんだ?』てんで訊《き》きます。え? いや、きっと訊きます。あァたのおとっつぁんはつまらないことを根ほり葉ほり[#「根ほり葉ほり」に傍点]訊くのが好きな性分《たち》だから……。そのときに鳶頭にこう言わせるン。『じつはこれはあたしの女房の妹でございますが、長いあいだお屋敷勤めをして、年期《ねん》があけて帰ってまいりましたが、年ごろになったのでどっかへ縁づけたいとおもっておりますが、当人の言うには武家は武張《ぶば》っていやだし、職人は殺風景でいけない。なろうことなら前掛け身装《ごしらえ》、腰ィ矢立《やたて》を差すような方のところへ縁づきたいと申しております。大げさなことはできませんが、持参金が五百両、箪笥《たんす》、長持が五|棹《さお》ほどございますが、よろしいところへお世話を願いたい』と、こうふっかけると、ま、失礼だがあなたのおとっつぁんは欲張っていらっしゃる」
「……これァどうもおどろいたねェ、欲張っているてえのァ」
「持参金が五百両に箪笥、長持が五棹、器量がよくってお屋敷勤めをしたといえば女ひととおりのことはなんでもできるとおもいましょう。鉦《かね》と太鼓で捜したって、またとない嫁御寮《よめごりよう》。『うちの徳にもらうわけにはいかないかい』とくればしめたもんで、ここで立派な仲人《なこうど》をこしらえて、吉原《なか》の花魁を家へ入れて、あなたのおかみさんということで立派にご披露ができますが、どうです? おわかりになりましたか?」
「えらいッ! 恐れ入ったねェ、たいした作者だァ、これァおどろいたねェ、おまえがそれほどの悪党とはあたしも知らなかった」
「なんです、悪党てえのァひどいね」
「まァ勘弁しておくれ……なるほどこれァいいねェ、うゥん。こらァうまくいきますよ。ああ、かならず成就するよ」
「さようでございますか。もしこれでいけませんでしたらばまた、あたくしがなんとか狂言を書き替えます」
「へえェ、……いよいよ二番目|物《もん》だね。おまえが夜中に忍びこんで親父を締め殺す……」
「ご冗談おっしゃっちゃあいけません」
「番頭さん、あのゥ、佐兵衛さん。ちょっと来ておくれ」
「へい、ご用でございますか? 大旦那さま」
「おまえ、いやに落ち着いてるが、今日は小梅《こンめ》のお屋敷へ百両のお掛金をいただきに行かなくっていいのかね?」
「へえ、じつはそのことで申し上げようとおもっておりましたが、わたくしはじめ店の者一同ちょっと手のはなせん用もございますので、若旦那がお手空《てす》きでいらっしゃいますようで、若旦那をひとつ、名代《みようだい》におつかわしを願いたいので……」
「だれを? 徳をかい?」
「へえ」
「おまえさんどうしたんだい。顔を洗ったのかい? 寝ぼけたことを言っちゃあいけないよ。あんなおまえ、道楽者を金の使いにやれますか」
「いえ、若旦那もこのごろはもうすっかりご改心で……」
「いやァ、おまえの目から見たらそう見えるかもしれないが、あれは金の顔を見ないから、〈無いが意見の総仕舞〉よんどころなく辛抱人《しんぼうにん》に見せかけているんだ。そこへおまえ、百両なんてえ大金を見せてみな、猫の鼻|面《づら》へ鰹節《かつおぶし》を持ってったようなもんだ。かならず使ってしまいます、だめだ」
「そんなことはございますまい。あたくしは、たしかにご改心とおもいますが、もしまちがったらこの首を差しあげてもよろしいので……」
「そんな汚い首をもらったってしょうがないやね。だめだよ」
「じゃ、こうなすったらいかがで……なにくわぬ顔で、大旦那さまが黙って使いにお出しンなる。先方から金を受け取ってまっすぐ家へ帰《かい》っていらっしゃれば、ほんとうのご改心ですが、途中で気の変わって使うようなことがあったら、まだまだご改心ではございません。お気の毒だが百両の金は縁切り金。久離《きゆうり》切って勘当。白いか黒いか、試しに大旦那さまやってごらんなさい」
「それァまァね。おまえさんは他人だからそういうはっきりしたことが言えるが、親の身として、そんなばかなことができるか。……百両の金がなくなり、たった一人の倅を勘当ォしたひにゃあ、両方おまえ、損をしなくッちゃあならないよ」
「……あたくしが請けあうからおやりください」
「そうかね、……それほどにおまえが請けあうんなら、じゃ、ま、ひとつ、試しに出そうか、……おいッ、徳や」
「へい、ここにいます」
「なんだい、おまえ、……そんな物陰にいて、こっちィお入り」
「はい、……あたくしが番頭の名代として、小梅のお屋敷へ、お掛金の百両を頂戴に……へい、行ってまいります」
「なんだ、立ち聞きをしてやがった。……ま、ま、いいや。あの、ここに財布がある。なかに印形《いんぎよう》が入ってる。判取《はんとり》の書きようは知ってるだろうな?……あ、それから、御用人さまの中村さまにお目にかかるんだよ。御錠口から行くんだよ。じゃ、わかったな、気をつけて行ってこいよ」
「鳶頭《かしら》……」
「おゥ、若旦那じゃァありませんか。ここンとこはすっかりご辛抱だそうで、結構でござんすね」
「番頭の佐兵衛からおまえ、話を聞いているだろうがね、今日が例の当日なんだ。いま小梅《こンめ》のお屋敷からお掛金の百両いただいてきたから、これ、おまえにそっくり預けるよ。いいかい、早く来てくンなくちゃあ困るよ。家の親父ときたひにゃ、口より手のほうが早いからねェ、親父が腹ァ立っちゃって、煙管《きせる》かなんかでぽかりッとやられてから、おまえが来たんじゃ、手遅れだよ、すぐ来てくれよ、頼むよ」
「ええ、大丈夫で、ひと足|違《ちげ》えで追っかけますから、ご安心なすって」
「そうかい。そりゃありがとう。……ところで……花魁は、どうしてるね?」
「ヘッヘッヘッ、感心だね。堅気《かたぎ》の女房になるんだって、朝から晩まで二階へ上がりどおしで、ちくちくちくちくって縫《や》ってますがね。このごろじゃあね、家のかかあのほうが、追っかけられてるほど達者になっちゃった。一所懸命ってえやつで……」
「そうかい、ありがたいなァ。ね、吉原《なか》で居続けしてる時分にね、鬼ごっこォしてほころび[#「ほころび」に傍点]切っちゃったんだよ。『お針さんとこィ行って縫ってもらう』ったら、『いいわよ、わちき[#「わちき」に傍点]が縫いますわよ』って縫ってくれて、『さあ着なんし』って掛けてくれた。袖ェそっくり縫っちまったからね、あァ、手が出なくなっちゃっておどろいたことがあるんだがね。……そうかねェ、感心なもんだねェ、……ねェ、ちょっと、小半時《こはんとき》ばかり会ってこう」
「なにを言ってるんですよ。今日が肝心じゃあございませんか、若旦那。せっかくここまで運んできて、ぶちこわしちまっちゃあしょうがねえ。初日の千秋楽だ。自分のものになりゃあどうにでも好きになるんですから、おまえさん一人役者だ、どじ[#「どじ」に傍点]踏んじゃあなんにもならねえ。……さァ、お帰り、お帰り……」
「なんだい山雀《やまがら》だね。……じゃ、頼むよ」
「おとっつぁん、ただいま帰りました」
「おい、番頭さん、帰って来たよ、倅が。……あ、あ、あ、ご苦労さまだったな、徳……」
「へ、行ってまいりました。ご用人の中村さまが『久しく会わないが、おまえ、いい若い者になったなァ』なんてことをおっしゃって、『親父によろしく……』なんて、申しておりました」
「うん、そうかい。で、ご勘定は無事に……?」
「はい、たしかにいただいてまいりましてね、へえ、中村さまが、『親父に、よ、ろ、し、く……』と申しました」
「わかってるよ。早く出しな」
「へえ、ェェ、(と懐中《ふところ》をさぐって)はて?……」
「なァにをしてンだ。どうしたんだ……落としたのか……?」
「……ええ、さっき……ちゃらァんと……」
「ばかッ……番頭さん、これだからあたしァ言わないこっちゃあないてんだ……呆れたもんだ。ちゃらァんて音がしたら、なぜそのときに拾わないんだ……いや、落としたんじゃあない。百両の金を落として気のつかないなんてえ、そんな腑《ふ》抜けがあるか。だれか遊び友だちに預けてきたろう。ええ? そうにちがいない。だれに預けた……いいや、余計なことを言うな、番頭。……だれに預けたんだ、金を。言いな……なに? 鳶頭《かしら》が来た? いま、ちょっととりこみがあるから、なにか用があったらあとにしてもらっとくれ」
「……お話ちゅう恐れ入りますが、あっしがいま、表へ出ると足ィつっかけたものがあるんで……。見ると、この財布《せえふ》でござんす……|※《すやま》に崎の字の印がございまして、てっきりこちらさまのと、取るものも取りあえず、お届けに上がりました。中はお改めを願います」
「あッ、いやァッ、あ、あ、あァ……こりゃあ、ありがたい事《こつ》た。ありがたい、この財布はね、ご仏前へちょっと供えて、お燈明をあげとくれ。……あァあ、観音さまのご利益……南無観世音大菩薩さま……あァありがたい事《こつ》た。……おい、おまえ、けろっ[#「けろっ」に傍点]としてるね、おい。困るじゃあないか。おまえは町内へ来てから落としたんだな、おまえの落とした財布は鳶頭《かしら》が拾ってくれたよ」
「へえ、そうなりますんで……」
「なんだい? そうなりますってえなァ」
「い、いえ……」
「鳶頭《かしら》が拾ってくださったから金が出たんだ。ほかの者《もん》に拾われてみろ、出やァしない」
「エヘヘヘ、そんな事《こた》ァありません」
「なんだい、しょうがない、けろっ[#「けろっ」に傍点]としている。ええ? 番頭さん、なんと言ってもまだ子供だな、ええ? 百両ォ落としてけろっ[#「けろっ」に傍点]としてやがら。……あ、鳶頭《かしら》っどうした? 帰った?……お茶でもあげてくれりゃあよかったのに、気の毒なことをしちまったな……しかしまァ、あいつも帰ってくるところをみると、改心したらしいな」
「大旦那さま、いい按配《あんばい》でございました。……それはともかく、お金を拾ってくれました鳶頭《かしら》の家へ、これはあたくしよりは旦那がひと言お礼においでンなるのがよろしいかとおもいますが……」
「うん、そうだ。このまンまじゃあいけないね、なんの仲でも礼儀だから……いやいや、あたしがすぐ行ってきましょう」
「ェェ、ちょっとお待ちを願いますが、おいでンなるには手ぶら[#「手ぶら」に傍点]というわけには……」
「あァあァ、そりゃわかっているよ。途中でなんか買っていくから……半紙の二帖もやりゃあいいだろう」
「半紙の二帖てえのァどうも……」
「いけないかい? じゃあ金でやってもいいが、いくらやろう、え? 一分《いちぶ》もやりゃあいいか?」
「百両でございますからなァ……ま、お上《かみ》のご定法で一割はおつかわしンなりませんと……」
「え? 一割ってえといくら?……十両? おまえは他人《ひと》の物《もん》だとおもって気前がいいねェ。十両といやァおまえ、たいへんだ」
「いえ、でも百両落としたものを十両で済めばこんな安い物……」
「そりゃァま、理屈はそうだが、いざ出てみると、そうもおもえないやなァ。十両は少し多すぎやァしないかな」
「じゃあ、こうなすったらいかがで……にんべん[#「にんべん」に傍点](鰹節)の切手がございますから、これと十両と二つお出しンなる」
「うん」
「鳶頭はああいう江戸っ子でございますから、『切手のほうは頂戴しておきますが、ふだんからいろいろご厄介になってンで、お金のほうは思《おぼ》し召しで、もう結構でございますから……』と言って返します」
「そうかい、なるほど、請けあうかい?」
「まァ、そりゃあわかりませんが、きっと返すとおもいますが、まァ返すか返さないか、試しにやってごらんなさい」
「おまえ試すのが好きだな……じゃまァいいや、どうせ返してもらえるんなら、十両、包んで持って行きましょう……じゃァあたしは行ってきますよ」
「ごめんなさいよ、鳶頭《かしら》ァ、いるかい?」
「あ、これァどうも大旦那じゃァございませんか。なんですねェ、ご用ならお使いをよこしてくださりゃァこちらからうかがったんでござんすのに、まァこんな小汚《こぎたね》えところへ……まァどうぞお上がンなすって、……おい、布団を出しな、布団を……さァさァそちらへどうぞ、さあどうぞ……」
「まァま、とんだお手数をかけますねェ、どうぞお構いなく……いやいや……さて、さっそくだが、先ほどはどうも、鳶頭《かしら》ありがとう。ほんとうにおまえさんが拾ってくれたからこそ、百両という大金があたしの家へ戻ってきた。ほかの人じゃあそうはいかない。ねェ、こんなうれしいことはありませんよ。ま、なんの仲でもお礼に行かなくちゃあならないというんで、さっそく出て来ましたが、ェェこれはな、にんべん[#「にんべん」に傍点]の切手だ、こっちは……これは、お上のご定法で、まァ一割の……十両だ。で、番頭の言うには、鳶頭は江戸っ子で無欲で、まことに威勢がいい、職人気質だ。まァ、切手のほうは受け取るだろうが、十両のほうは、まァ、えへん、試してみて……という。ま、いろいろなん[#「なん」に傍点]でな……はははは、とりあえずまァお礼に来ましたが、どうかひとつ、これを納めておくれ」
「これァどうも、恐れ入りまして……そんなものをいただくつもりじゃあねえんでござんすが……じゃァまァせっかくのお言葉でござんすから、この切手のほうは頂戴しておきますが、……この十両のほうは、ふだんからいろいろご厄介になってンで、お金のほうは思《おぼ》し召しで結構でございまして、どうぞそちらへお納めを願いたいんで……」
「……返すかい……えらいな、どうもおまえは……いやァ江戸っ子だ。じつに恐れ入った、うん、おまえもえらいが家《うち》の番頭もよく当たる……え? いや、なに、こっちの事《こつ》だが……じゃァまァ、おまえさんがいらないてえのを無理にと言っちゃあ失礼だから、これァまァあたしがいただいておきますが、(と、お金を懐中《ふところ》へしまって)そうかい、それァすまない……はいはい、いやァどうも、へい、へえへ、頂戴をいたします、へ、ありがとう(と、茶を受け取って)鳶頭、見なれない、いいお嬢さんがいらっしゃるが、どちらの? あれァ……」
「いやァ、どうもお嬢さんてえのァ恐れ入りましたが、家《うち》のかかァの妹なんでござんす」
「おかみさんの? 妹さん……へーえ、そうかい、まァ、おかみさんには似ないでいいご器量……いや、ま、えへん。おかみさんもなかなか器量はいいが、顔立ちはちょっとちがうようだが……うんうん、いままで一向《いつこう》見かけないが、どこに……」
「なげえこと屋敷奉公をしておりましたが、こんどお暇が出て帰《けえ》ってめえりましたが、どっかへ、もう年ごろで縁付かなくちゃあなりませんが、当人の言うにゃあ、武家は武張《ぶば》っていやだし、といって職人は殺風景でいけねえから、なろうことなら前掛け身装《ごしらえ》で、腰ィ矢立を差すような方ンところへ縁付きてえなんてね、えッへへへ、贅沢なことを言ってやんで。まァ碌なことはできゃしませんが、箪笥《たんす》、長持が五棹《いつさお》、持参金が五百両ばかりございますんで、どうかひとつ、よろしいところがあったらお世話を願《ねげ》えてえんですが……」
「鳶頭、なにかい? いま、なんと言いなすった? 持参金がいくら……え? え? 五百両。うんうん。箪笥、長持が五棹。うん……たいそう気張《きば》ンなさるねェ……さっそくだが、うちの徳な」
「へえへえ、若旦那で……」
「あいつもこのごろはすっかりもう道楽もやみ、辛抱人になっているが、早く持たせるものを持たして、あたしも安心したいとおもっていたんだが、どうだい、家《うち》へくれるわけにはいかないか」
「若旦那へ……えッへへへへ、冗談おっしゃっちゃあいけませんや。若旦那なんぞァ酸《す》いも甘《あめ》えも心得ている苦労人で、屋敷|者《もん》のあんな野暮なやつが行ったって、それァとても勤まるわけがござんせん」
「いや、そんなことはないよ。あれなら気に入るから……ね、どうせどこへやるもおんなしだな。おくれな……ねェ、じゃ、こうしようじゃあないか。もし徳がいけなかったら、あたしがもらうから……」
大旦那のほうがすっかり気に入った。もとより企《たくら》んだことで、若旦那と花魁《おいらん》は、めでたく夫婦ということにあいなった。大旦那は店を若い者に任せ、裏の隠居処のほうへ引き移ることになった……。
「あの、お時や、お時……」
「なんざます」
「なんざます? うふふふ。屋敷|者《もん》てえのァおもしろい言葉ァ使うもんだなァ。……いや、お茶をちょっと飲みたいとおもってな……まァま、ゆっくりでいいが……おまえが、この家へ来てくれてからは、徳もすっかり堅くなって、店のほうもしっかりやってくれる。あたしァ、安心、こうして楽隠居だ、おかげで当家も大|磐石《ばんじやく》というわけだ。それにね、おまえさんがよくしてくれる。あたしもよろこんでいるんだが、このあいだな、町内の床屋へ行って、『お宅の若いおかみさんは、もとお屋敷奉公をなすったそうで、どちらのお屋敷でございますか?』と訊《き》かれて、返事に弱ったが、おまえ、どこに奉公していなすったんだ?」
「あの、北国《ほつこく》ざます」
「北国? ははァ、お国詰めだね。北国とは、北の国……ああ、加賀さまか? 百万石のご大藩だ。ご家来も数多いだろうが、お女中衆も大勢いるだろうの?」
「三千人ざますの」
「三千人? ふゥん、さすがにたいしたもんだなァ、で、なにかい? 参勤交代の折には、道中はするのか?」
「道中はするんざます」
「やはりお駕籠で?」
「駕籠乗物はならないんざますの」
「じゃあ歩くのかい……そりゃたいへんだ。結付草履《いいつけぞうり》かなにかでか?」
「高い三つ歯の木履《ぼつくり》で……」
「三つ歯の木履? へえェ、それじゃあ道中がはかどる[#「はかどる」に傍点]まいね。ま、女の旅だから朝はゆっくり発《た》って、日の暮れは早く宿ィ着くんだろうの?」
「なんの、暮方《くれがた》に出て、最初伊勢屋へ行って尾張屋へ。大和の長門の長崎へ……」
「おいおい、ま、少し待ちなよ。男の足だってそうは歩けるもんじゃあないや。最初伊勢へ行って、尾張へ行って、大和の、長門の、長崎へ……はァはァ、よく人には憑物《つきもの》がしたという……。おまえにはなにか憑物がある。諸国を歩くのが六十六部。足の達者が飛脚と……うん、おまえには六部に天狗が憑いたんだな?」
「いいえ、三分で新造がつきん[#「つきん」に傍点]した」
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