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落語百選68

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:三人無筆昔は、町方、とくに職人のなかにはまったく読み書きができない者が多かった。職人は腕さえたしかなら、親方でも棟梁《と
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三人無筆

昔は、町方、とくに職人のなかにはまったく読み書きができない者が多かった。職人は腕さえたしかなら、親方でも棟梁《とうりよう》にでもなれるから、なまじっか読み書きなど必要はない……職人が字を読んだり書いたりすると、かえって仲間のうけ[#「うけ」に傍点]が悪かった。
「留《とめ》のやつァあの野郎、字を書くよォ」
「あいつが? いやな野郎だァ」
「変わってンだ。そればかりじゃねえ、算盤《そろばん》もはじくとよォ」
「算盤も? あン畜生、吝嗇《しみつたれ》だから、え? そういうやつとはつきあわねえ。だからあいつァ仕事がまずいんだ」
などと意気がっているが、これは町内に葬式ができ、無筆の連中がとんだ受難にあう、その時代の顛末記。
「おや、おまえさん、お店《たな》へ行ってきたかい?」
「うん、行ったんだけども、どうもよわったことができちまった」
「きまってるよ、この人は、なんでも人の寄り集まるところへ行きさえすれば、よわったことって、きっとしくじったんだろう?」
「おめえの言うとおり、向こうへ行って、『どうもこのたびは申しわけありません』ってね」
「なんだねェ、『申しわけない』って悔《くや》みがあるかい、不幸があったんだよ」
「だからさ、まァ、行って、言ったんだよ『まことにどうも冗談じゃござんせん』と」
「なに言ってんだね。『承りまして、おどろきました』ぐらいのことを言うのァあたりまえだねえ」
「だからそれに似たようなことを言ったんだ。そうすると『まァま、お上がりください』てえから、しめたとおもって……」
「なにがしめたんだい」
「いえ、食い物《もん》がずっと並んでやがるからね、どさくさまぎれにぱくつこうかとおもって」
「下司《げす》ばってるねェ、この人ァ、上がってどうしたい?」
「で、目の前を見るてえと、大福が山ンなってやんだよ。そいからおれァあたりをうかがいながら、ひょいっと一つつまんでみたんだ。するとおめえ、運のいいことにこれが二つくっついてやんだ。しめたとおもってね、そいからまァ、一つのような顔をしてねェ、いっぺんに口ン中へほうりこんじゃったんだ。おどろいたなこいつァ、大福は二つ食うもんじゃねえぜ、無理に呑みこんだらおめえ、咽喉ンとこィつかえちゃって目を白黒していたら、脇の人が『どうしました?』背中をぽゥんと叩《たた》いてくれたから、まァやっとねェ、大福と心中しなかった」
「呆れたねえ」
「で、町内の者も出入りの者も大勢まァ来ていて、そうこうしているうちに、親戚の人が出てきて、いろいろ挨拶をして、明日は、だれが台所のほうのお茶の係をしてもらいたいとか、下足のほうを頼むとか、お強飯《こわ》を配ってもらいたいとか、みんな役々がきまったが、おれンとこへはなんにも言ってこねえ」
「よくよく役に立たないとおもわれたんだろう?」
「そんならおめえ、いいけどね……羽織|袴《はかま》を着たやつが一人すっとおれの前へ来たんだよ」
「ご親戚の方だろう?」
「なんだか知らねえがおめえ、丁寧にこう手をついてお辞儀をしたから、それからおれもやっぱり手をついてお辞儀をしてね。……で、頭をあげてみるてえとねェ、まだその人がお辞儀をしてんだ。こいつァいけねえておもったから、またおれは頭ァさげちゃってね、そいでしばらくしてあげてみるとまだお辞儀をしてやがんだ、これァ長《なげ》えお辞儀なんだ。しょうがねえからまた頭をさげたんだ。考《かん》げえてみるてえとねェ、おれが頭をさげて、あげたときにまだ向こうがお辞儀をしてたんだ。それからこいつァいけねえなとおもってお辞儀してたんだ。それからこいつァいけねえなとおもってお辞儀の継ぎ足しをしてこう頭をさげると、向こうがあげたんだなァ。おれがさげてるもんだから、こんだァ向こうが頭ァさげて、あァこうなってるんだ。いつンなったってこれァおめえ……そうこうしてるうちにねェ、うめえ具合いに呼吸が合ってね、ぐっと顔合わせた」
「相撲だよ、まるで」
「そうすると向こうがねェ、手をついて、なんかむずかしいことを言ったぜ」
「なんて?」
「『ェェさてこのたびは……』と」
「なんだい、軽業《かるわざ》の口上みたいだねェ」
「『いろいろお世話さまになりました』と、こう言うからね、『なにあなた、とんでもないことをおっしゃる』」
「なにがとんでもないことだい」
「え? だっておれァお世話もなんにも、いま来て上がって大福を二つ食ったばかりで……」
「そんなことを言う人があるかねェ、向こうはお世辞でそう言うんだから、『どういたしまして』かなんか言っときゃいいじゃないか。それで向こうはなんと言ったね、え?」
「『こればかりは顔|馴染《なじ》みのものでないと困るんで、あなたを見こんでお願いしたいが、この町内の方だと、商人なら得意だとか、職人ならば出入場だとかよく知っているから、頭《かしら》文字だけでも付けておけばわかる。ぜひ明日の帳付けはあなたにやっていただきたい』とこう言うんだ」
「ありがたいじゃないか。帳付けなんてえのは、赤飯を配ったりお茶を運んだりするより気が利《き》いてる。ねェ、帳場ンとこへ羽織でも着ておまえさん、座ってると箔《はく》があらァね、よかったねェ」
「なにを言ってやんでえ、ばか、帳場ンとこへ座って……おゥ、おれはおめえ、字なんぞ書けないよ、おい、無筆だよ」
「あら、そうだねェ、おまえさん無筆だねェ、だから無筆は困るんだよ。……だから言ってるじゃあないか、仕事が終わったら少し手習いにでも行っといでって」
「なにを言ってやんでえ。いまさらそんなことを言ったって追っつくか、明日の葬式《ともれえ》にゃあ間に合わねえや」
「じゃあどうするのさ?」
「どうするったって、おれはいままで他人《ひと》にものを頼まれていやだのなんだのと後退《あとずさ》りしたこたァねえ。覚悟をきめて、『よろしゅうございます』と請けあった」
「覚悟って、どう覚悟をしたのさァ?」
「家へ帰って、がらくた道具を叩《たた》き売って、夜逃げをしようとおもって……」
「ばかなことを言っちゃあいけない。やっとおまえ、半纏の一枚ももらえるお店《たな》ができたんじゃあないか。職人だって商人《あきんど》だってその土地に慣れるってえことはたいへんなことなんだよ。それをおまえ、帳付けを頼まれてできないことぐらいで夜逃げをするやつがあるかねェ」
「ことぐれえってえことがあるか。べらぼうめ、江戸っ子だァ、男がいっぺん恥をけえたら、生涯《しようげえ》人なかへ面《つら》出しができねえじゃねえか。え? おれが恥ィかいてもいいってのか、おいッ」
「だってさァ夜逃げだなんて……考えてごらんよ、なんとか工夫がつかないかねェ」
「なんとか工夫がつかねえかって、書けねえものは、どう考《かん》げえたって書けねえ」
「それはそうだけども、あのくらいの大家《たいけ》の葬式だから、おまえさん一人ってえことァないだろ? だれかほかにも頼まれた人はあるだろう?」
「おッ、そういえば、なんだか知らねえけれども、源兵衛さんがおれの傍《そば》にいて、おなじように請けあってたから、たぶん源兵衛さんと二人だろう」
「そうかい、それならなにも心配することはないじゃあないか?」
「どうして?」
「どうしてったって、源兵衛さんに帳付けのほうはみんな頼んじまいなよ。……あの人はおまえふだん高慢なことばかり言ってる人だろう」
「うん。じゃ、なんて言って頼むんだ」
「だからさァ、明日、朝早く寺へ行って、火でも熾《おこ》して、湯も沸かして、紙は寺にあるだろうから帳面でもなんでも綴《と》じて、すっかり支度をして、源兵衛さんが来たら、もう下へも置かないようにしてさァ、『一服召しあがれ、さァお茶をどうぞ』って、いやと言えないようにしておいて、『じつは、昨日《きのう》、満座のなかで恥をかくのがいやだから帳付けを請けあったが、職人のことでお恥ずかしいが字が書けないから、どうかあなた書くほうをお願いします。その代わりほかのことはなんでもいたしますから』って、そう言ってお頼みよ」
「そうかい、じゃあ、ちょいと行ってくらァ」
「行くって、どこへ?」
「寺へ行って、いろいろ支度がある……」
「なに言ってんだい、この人ァ。葬式は明日だよ。泊まりがけの葬式てのはないよ。明日早く行きゃあいいよ」
「じゃあ、これから寝ようか?」
「陽が当たってるうちから寝られるかい」
「月夜だとおもえばわけはねえ」
「なんだね、ばかばかしい」
その晩はおちおち寝ちゃあいられない。
夜が明けるのを待って飛び出したが、寺は早起きで、来てみると、本堂からお経の声が聞こえる。台所の方から、
「お頼申します」
「は、お早うございます、どちらからお出《い》で……」
「へえ、相模屋の葬式について参《めえ》りました」
「たいそうお早うございますな、たしか正午《おひる》というお話でございますが……」
「ええ、早いかもしれませんが、少し待ちあわせる人があって来ました。どこか空《あ》いた座敷があるならお借り申したいんで、少し早く来なければ都合の悪いことがあって来ました」
「はい、早いくらい結構なことはございません、ご大家のお葬式で、まだ湯が沸いてないとか、火がないとかいうようなことがあって、折節《おりふし》大まごつきがございます。……待ちあわせる人といえば、夜の明け方に一人お出《い》でになりまして、待ちあわせる人があるから座敷を借りたいといって、最前からつきあたりの座敷に待ちわびておいででございます」
「へえ、じゃあっしより先へお出での方があるんで?」
「へえ」
「ほう、そうですか。じゃあ知ってる方でしょうから、じゃあそっちのほうへまいります。あ、それから恐れ入ります、火鉢とか座布団とか硯箱《すずりばこ》、そういうものを……」
「ええ、そういうものもみな向こうへ行ってますから」
「へえッ、……あ、そうですか。それはご苦労さま……この座敷で……あァ、わかります……ごめんください、ェェちょっと……あッ、あなた、源兵衛さん」
「おや、さァさァこちらへ、たいへんにお早いまァご苦労さま、熊さん、あなたのお出でを待っていました。まァまァ一服召しあがれ、いやもうすっかり火も熾《おこ》してな、湯も沸いてるし、帳面もこのとおりそろえてありますから、なにもいりません、まだだいぶ間がありますから、ゆっくりお茶でもあがって」
「へえ、まァおまえさんお茶をおあがんなさい」
「ええもう、あたしはさっきからやってますからおまえさんどうぞおあがンなすって……じつはなァ、落ち着いたところで少しお願いしたいことがあるんで……」
「え? そりゃあなんだなァ、そりゃずるいよ、え?」
「いえ、あのなァ、じつは面目ない話だがねェ、昨日《きんの》まァ、ああやって相模屋でさ、帳付けを大勢の前で頼まれて、いやあたしはふだん羽織の一枚もひっかけて、高慢な顔をしていて人の名前ぐらい書けないとも言いかねて、人前でいっぺん恥をかけば生涯人なかへ顔出しができない。じつはなァ満座のなかゆえ、やせ我慢でおまえさんをあてに請けあったが、その代わりあとのことはなんでもやるから、ひとつ帳付けだけお願いしますよ。あなた引き受けてくれないとほんとうにこの町内にいられなくなる、夜逃げをするようなことになるんで、ま、ひとつお願いします」
「……夜逃げしたらいいじゃあねえか」
「おい、薄情なことを言っちゃあいけない。だからあたしが頭ァさげて頼むんだ」
「だから、夜逃げして、あっしもいっしょに夜逃げしようじゃありませんか」
「なんだい? いっしょに夜逃げ?……おまえさん、なんだい泣き面ァして、涙なんかこぼして……」
「泣きたくもならァ……あっしがこんな塩梅《あんばい》におまえさんに頼もうとおもって、夜の明けるのを待って早く来たのに、あべこべにおまえさんに先手ェ打たれて……」
「ええッ、それじゃ、熊さん、おまえさんも無筆で?」
「無筆も無筆、おれァ立派な無筆だ」
「そうかい……それァ、どうも、大笑いだな」
「大笑いどころじゃあねえやな。こうしていて、いまに大勢やって来てからじゃ間に合わねえ、あっしは、いったん夜逃げと覚悟をしたんだから、甚兵衛のやつが道具は値よく買うし親切だから、あの道具屋に叩《たた》き売って、早えうちどっかへ逃げることにします。……なァに職人は腕さえできれば、どこへ行ったって食い継《つ》ぎはできる。おまえさんだって商売の道さえ知ってれば、この土地をはなれたってどうにかなるだろうから、これからいっしょに夜逃げをしよう」
「いまから逃げりゃ夜逃げじゃねえ、朝逃げだ」
「朝逃げだってなんだってかまわねえ。まごまごしちゃあいられねえ」
「いえ、あなたねェ、慌《あわ》てたってしょうがない、こうなったら落ち着きなさいよ……そんなに騒がずにさ、こうして無筆の者が二人で帳付けを請けあうなんてえのは、どう考えてもおもしろい」
「おもしろがってやがら……」
「まァ待ちな、なんとか工夫しよう」
「工夫にもなんにも、書けねえやつが二人寄って考《かん》げえたってしょうがねえ」
「それは書けないが、そこが工夫だよ。……こうしましょう、玄関のところへあの大きな机を控えて二人並んで座ってる」
「書けねえやつが何人座ったってしょうがねえ」
「書けないから、帳面と硯《すずり》を向こうへ向けておいて、二人で大きな声を出してどなるんだ」
「どなるくらいは一所懸命やりますが、なんと言ってどなるんで?」
「『お名前は各々《めいめい》付けでございます』と高慢な顔をしてどなるんだ。なにか苦情を言う人があったら、『これは隠居の遺言でございます』ってな、変だとかなんとか言ったって死人に口なしでしょうがない」
「なるほど、こいつァうめえ、向こうに各々《めいめい》書かせりゃあこっちはなんにもしなくてもいいわけだ、ただどなってりゃあいいんだ」
「帳面はやっぱり二つに分けて出しとくほうがいい。なんでもかまわないから、『各々《めいめい》付け各々《めいめい》付け』とこっちはどなってるのが役だ」
「ははははっ、そのくれえのことなら大丈夫できる、もうそろそろ陣取ろう」
「まだ早い」
「いや、早いほうがいい……へへ、ありがてえことンなった」
玄関のところの机の上に、帳面と硯箱を向こうに向けて、熊さんと源兵衛さんの二人が並んで座っている。そのうちに人がぞろぞろと、
「やァ来ました来ました……」
「大きな声を出しちゃあいけねえ、仏が来たんだから、静かにしてなくちゃ」
「へへへ、どうも、お早いお着きさまで……」
「おいおい、宿屋じゃあねえんだ」
「あ、会葬の人が来ました。ェェ帳場はこちらですよ。こちらでござい……ただいま空《す》いておりますから、どうぞ」
「そんなことを言っちゃあいけな……ェェご苦労さまで……」
「ああ、どうも……あっしだからつけといておくれ」
「ああ、もしもし、帳面は各々《めいめい》付けでございます。どうぞ各々《めいめい》でお付けなすって……さァ、熊さん、どなっておくれ」
「ェェー、帳面は各々《めいめい》付けでございますよ、向こう付けでございます、ェェ勝手づけでございます、やたら付けでございます」
「なんだ? 漬物屋みてえなことを言って……自分付けだって、冗談言っちゃあいけねえ、こんなごたごたしているなかでいちいち自分では付けられるもんか、なんのために二人そこに座ってるんだ」
「いえ、それが隠居の遺言で、会葬の方はみんな帳面は各々《めいめい》付けにしてもらってくれと……」
「ええ? 隠居の遺言? そんな遺言があるもんか」
「いえ、なんと言っても遺言なんで、ェェ死人に口なしで」
「そんなばかな遺言をするやつがあるもんかほんとうに、どうもしょうがない……あァあァ、どうも、易の白斎《はくさい》先生じゃァありませんか。いえ、いまねェ、隠居の遺言だてんですよ、帳面を各々《めいめい》で付けるってんですがえ、先生すいませんが、ちょいとあたし急ぐんですが、ごついでにちょいとあたしのを付けてください」
「いや、それはかまわないが、各々《めいめい》付けと呼んでるんだから、ご自分で付けては?」
「いえ、それがちょっとその、都合が悪いもんで」
「ああ、そう、あなたは自分の名前が書けないのか、いやどうもめずらしいなァ、自分の名前が書けないってえのァどうも……おどろいたな」
「先生、そんな声をしないで、内証なんだから」
「おいおい、帳場さん、いいのかい? この人は自分の名前が書けないから、代筆をしてくれと言うんだが、書いてもかまわないかな? 隠居の遺言だってえのに?」
「ええ、それァま、遺言ですけどもね、そちらで書くぶんには、こっちは見て見ぬふりをしております」
「それじゃまァ、これで書いときますから……」
「ェェ先生、おついでに美濃屋清兵衛と願います」
「あ、そうですか、美濃屋さんの清兵衛さん……と」
「先生、ついでに伊勢屋徳兵衛と願います」
「はいはい、伊勢屋、徳兵衛さんですな……」
「ェェ三河屋の宗助と願います」
「へいへい……こりゃ忙しくなったな、三河屋と……」
「ェ、あたくしもひとつついでに」
「なんだ、たいへんだな、どうも、じゃお帳場さん、そっちィまわろうかな、書きにくいから、こっちのほうでひとつ……じゃあ言ってくださいよ、こうなったらあたしが書きますからね、へいへい、へ?」
「ェェ、八百屋の久六と願います」
「ェ、あたくしもついでに」
「ェ、恐れ入ります、先生あたくしもちょっと」
「先生あたくしもちょっと見ていただきたい(と、手を出す)」
「おいおい、なにを言ってるんだ、易を見てるんじゃないんだ、どうも、さァさァさァ、あとを言っておくれ、みんなで言われたんじゃわからないから、一人ずつ言っておくれよ」
「さァさァさァ、先生に代表をしてもらう人はね、順序よく並んで並んで、二列に並んでくださいよ。それで一人ずつちゃんと言ってくださいよ、さァさァ、ずゥッと並んで……」
いい気なもので、もとより先生は筆達者なので、ずんずん書いていって、すっかり帳面はうまってしまった。読経も終わって会葬者はぞろぞろ帰りはじめる。
「どうもおどろいたねェ、あァ、よかったよかった、一時はどうなるかとおもった」
「あの先生が来て残らず付けてくれたんですっかり助かっちゃった。これでもう心配はねえ」
「こう片がついてみると、おなじことでもお強飯《こわ》を配ったり茶を運んだりなんかして下回りで働いた者よりは、こっちはあとで親戚の者が出てきて両手をついて、『ありがとうございました』と礼を言われる勘定で……」
「そうですとも、向こうは茶菓子なんかで終わっちまうが、こっちへは酒が出るという塩梅《あんばい》で……はっははは、どうも」
「おッ、すまねえ、ちょっと頼むよ」
「なんだい、半公じゃっねえか、ねね? なんだっていまごろ、どうしたんだ?」
「すまねえ、遅くなっちゃって。いえねェ、大きな声じゃ言えねえけどね、昨夜《ゆんべ》おれァ品川へ遊《あす》びに行っちゃってよ、うん、なにしろおれァ朝になって『今日は葬式《とむれえ》だから早く帰《けえ》らなくちゃなンねえ』っつって。で、女のやつが『そんなことァ嘘だ』ってね、おれをはなさねんだ」
「ばかだな、こん畜生ァ、寺へ来てのろけを言ってやがら」
「すまねえ、大急ぎで飛んで来たんだよ、ちょいと書いといつくンねえ」
「いけねえいけねえ」
「なぜ?」
「帳面は各々《めいめい》付けだ」
「なんでえ、それァ?」
「隠居の遺言でねェ、会葬の人が各々《めいめい》に自分で名前を書くんだ」
「えッ? 自分で? なにしろおれァ急いで飛んできた、息が切れてるからちょっと」
「息が切れたって、名前だけちょっと書きゃあいいんだ」
「だめだいま手が慄《ふる》えてるから……」
「いえ、手なんぞ慄えたって、名前だけだ、わかりさえすりゃあいいんだから」
「なんだなァ、そんな、ちょ、ちょっと書いてくれたっていいじゃねえかよォ」
「え? おまえは自分の名前が書けないのか。いやどうもめずらしいなァ、自分の名前が書けないってえのァどうも……おどろいたな」
「やい、大きな声をするない。じゃあ源兵衛さん、すいません、お願いします」
「まことにお気の毒ですが、隠居の遺言で代筆をするわけにはいかない」
「なにを言やがんだ。遺言も糞もあるもんか、べらぼうめえ、書けなければ書けねえとはっきり言えッ」
「やァ怒りやがった、やいてめえがそこでどなったひにゃあなんにもならねえ、まだ奥に大勢施主がいるんだ」
「施主がいようがだれがいようがかまうもんか」
「お、おい、大きな声を出すなよ。しょうがねえなァ、じゃ、源兵衛さん、友だちのことだからこっちの工夫をぶちまけようか」
「なんでえ、工夫ッてえのは?」
「じつはな、こっちも書けねえんだ」
「なーに、二人ながら無筆か?」
「そうよ」
「書けねえでなんだって帳付けを請けあったんだ?」
「それがなァ、昨日、満座のなかで頼まれて恥をかくのがいやだから、互いに請けあったんだが、源兵衛さんのほうじゃおれをあてにしてよ、おれのほうじゃ源兵衛さんをあてに請けあったんだ」
「へえー」
「こっちィ来て話してみると、どっちも書けねえじゃねえか、どうにもならねえやな」
「ふゥん」
「ところが工夫てえものはあるもんで、源兵衛さんが各々《めいめい》付けてえことを考えて、『隠居の遺言だから、帳面は向こう付け、勝手付け』って二人でどなっているところへ、占いの白斎先生が来ておめえ、みんなの代筆をして、ずんずんずんずん書いてくれたからすんじゃったんだ。そいでひと安心しているところへまたあとからてめえが来たからこっちだって困るんじゃあねえか」
「ああ、そうかい。けれど苦しいときにはいろいろ工夫が出るもんで、各々《めいめい》付けてえのはうめえなァ、源兵衛さんはどうしてたいしたもんだァ、ええ? うめえなァ」
「なんだい、感心してちゃあいけねえじゃあねえか、どうするんだおめえは?」
「ねェ、なんとかおれ一人ぐらいの工夫はねえもんかなァ、なんかうめえ工夫はねえもんか、源兵衛さん」
「うん、そうだなァ、や、どうも、こう三人ながら無筆なんだからなァ、まァ、なんとか……こうと、ああ、いい工夫がある」
「ありますか?」
「おまえさんがここへ来ないつもりにしておこう」
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