真田小僧
「やいやい、なぜそういたずらをするんだ」
「いたずらなんかしてないよ」
「火鉢をかきまわしてるじゃあねえか」
「いま火を熾《おこ》してる」
「火なんぞ熾《おこ》さなくったっていい」
「だっておとっつぁん、火鉢に火がなくちゃあ、煙草ォ吸うのに困るだろう?」
「燐寸《マツチ》があるからいいよ」
「でも、お茶を飲もうとおもったって、お湯ゥがぬるいよ」
「ぬるくってもいいよ」
「お茶ァいれようか?」
「そんな余計なことをしなくってもいい。表へ行って遊んできな」
「じゃあ、行くよ」
「行きなよ」
「へへ……ねェ、おとっつぁん」
「なんだ」
「おとっつぁん、いいおとっつぁんだねェ」
「なァに言ってやがる」
「みんなにあたい、そう言ってんだぜ。家《うち》のおとっつぁんぐらい、もののわかったいいおとっつぁんはないって言ってんだ。ほんとうにえらいおとっつぁんだ、ああいうおとっつぁんはできあいじゃあねえって」
「おやじを誂《あつれ》えたとおもってやがる。なにをくだらないことを言ってんだ。早く表へ行って遊んでこい」
「遊びに行くんだけども……なにか忘れものはない?」
「なんだ、忘れものてえのァ」
「だから、遊びに行くんだからさァ……ェェ、お忘れものはありませんか?」
「なんだ、電車の車掌みてえなことを言ってやがる。忘れものなんかねえや」
「少しもらいたいな」
「なにを?」
「ちぇっ、血のめぐりが悪《わり》いや」
「なんだ、血のめぐりが悪《わり》いとは?」
「いやんなっちゃうなァ。子供が親に向かってもらいたいてんだから、首をくれとは言わないよ……お銭《あし》をおくれよ」
「この野郎、銭《ぜに》が欲しくってさっきからまごまごしてやがったんだな、変な世辞を言いやがって……だめだ」
「少しでいいからおくれよ」
「そう銭を使っちゃあ碌《ろく》な者《もん》にならないよ」
「碌《ろく》な者《もん》にならなくっても、おとっつぁんぐらいになれらあ」
「なんだ、おとっつぁんぐれえとは……おれぐれえンなりゃあ豪儀なもんだ」
「おとっつぁんより悪けりゃ乞食だ」
「ひっぱたくぞ、こん畜生ッ」
「ごめんよ。怒ンないでおくれってばよゥ。いいおとっつぁんだからおくれよ」
「親をおだてる気ンなっていやがる。よくっても悪くってもだめだよ。子供は子供らしい、かわいいところがなくちゃあいけねえ。てめえの言うことでもすることでも、見ろ、いやにこまっちゃくれて[#「こまっちゃくれて」に傍点]やがって。銭《ぜに》ァやらねえことにきめたんだ」
「つまらねえことをきめちゃったんだなァ。少ゥしでいいからよゥ」
「だめだよ」
「こんなに頼んでもだめ? どうしてもだめ?」
「だめだッ」
「そう、どうしても……やさしく言ってるうちに出したほうが身のためだぜ」
「あれっ、この野郎、親を脅迫しやがる……てめえはそういう野郎だ。だめだって言ったらだめだ」
「どうしてもくれないのかい?」
「やらねえと言ったらどうする?」
「おとっつぁんがくれなけりゃあいいよ。くれる人からもらうから……」
「だれがくれるよ」
「おっかさんにもらう」
「ばかァ、おっかさんにもらうったって、おれがとめちまう。『あいつにやっちゃあいけねえ』ってひと言言やァ、くれるもんか」
「ああ、なるほど、そうだ。『おとっつぁんからとめられているからいけないよ』って言えば、しょうがねえや」
「そうよ」
「ふふん、……甘《あめ》えもんだ」
「いやなやつだねェ、肩で笑っていやがる。なんだ、甘《あめ》えもんだてえのは?」
「あたしがおっかさんにお銭をおくれって言うと、『おとっつぁんからとめられているからいけないよ』って、くれなきゃあ、『じゃいいよ。こないだ、おとっつぁんのいないときに、よそのおじさんが来たことを、あたいがおとっつぁんにしゃべってやるから……』って言うと、おっかさんが青くなって、『お待ちよ。お銭はいくらでもあげるから、そんなことはしゃべっちゃいけないよ』と言うだけの、あたいが秘密をにぎってる」
「いやな餓鬼だね、……秘密をにぎってるってなァ、なんかあるのか?」
「なんかあるのかなんて……知らぬは亭主ばかりなり……」
「この野郎、変に気を持たせやがって……なんだ?」
「こないだ、おとっつぁんのいないときなんだぜ……遊んでこようッと」
「おいおい、待ちなよ。よさねえで、話しちまえ」
「うっかりこんなこと話せないよ」
「なぜ?」
「なぜったって、あたいがこの話をすれば、おとっつぁん怒っちゃうもの」
「おれが怒る?」
「ああ、色の黒いおとっつぁんが真ッ赤ンなって怒る。……赤くなって、あとで白くなる」
「炭団《たどん》じゃねえや。話をしてしまえ。なんだ?」
「おとっつぁん、聞きたいかい?」
「だから話をしろってんだよ」
「おとっつぁんは、寄席《よせ》へ行ったことある?」
「講談や噺《はなし》が好きだから、しじゅう寄席へ行ってるの知ってるじゃあねえか」
「寄席てえものは、噺を聞いてから木戸銭を払うの? それとも木戸銭を払ってから聞くもの?」
「変な催促をするなよ。だから、てめえが話をしてしまえばやると言うんだ」
「いやだよ。聞いてから木戸銭を払うなんて寄席はありゃあしないよ。なにもあたいが話をしたいから、お銭をおくれってんじゃあないんだよ。おとっつぁんのほうでお話を聞きたいてえから、じゃ、先におくれと言ってるんじゃあないか。つまりねェ、ものの理屈が……」
「わかったよ。先にやるよ。生意気なことばかり言やがって……さあ、やるから話しちまえ」
「あれっ、放《ほう》り出したね。おとっつぁん、お銭《あし》はお宝といって大事なもんだから、投げたりしちゃあいけないよ……なァんだ、威張って出したって一銭じゃねえか……だめだよ」
「いいよ」
「吝《けち》だなァどうも……じゃ、少ねえが我慢して、してやろう」
「なんだ、してやろうだってやがら」
「あのね、こないだね、おとっつぁんのいないときに、よそのおじさんが来たよ。ステッキついて、色眼鏡かけて……『こんちは』って入ってきたら、おっかさんが『あら、よく来てくれたわねえ。いま、ちょうど都合がいいよ。家《うち》の亭主《ひと》が留守だからさ。早くこっちへお上がりよ』ってね。その男の手を持ってうちへ上げたよ」
「うんうん、それからどうした?」
「あと聞きたかったら、もう二銭おくれ」
「いま一銭やったじゃあねえか」
「あれはここまで、これからが二銭の値打があるんだよ。どうする? おとっつぁん」
「いやな野郎だなァ、ひっかかっちゃったよ……じゃあ、二銭やるから話してしまえ」
「ありがとう……それから、おっかさんが『金坊、おまえはうるさいから、どっかへ行っといで』ってえから、『遊びンなんぞ行きたくねえや』って、そ言ってやったんだ」
「うんうんうん」
「そしたらおっかさんが、『お銭をやるからどっかへ行きなよ』ってね、お銭をくれたんだ。そいから遊びに行っちゃった」
「ばかッ、間抜けだなあ。そういうときはそばへくっついているんだ」
「だけどねェ、おとっつぁん、なんだか気になるから、しばらくして帰ってみた」
「うんうん」
「どぶ板を音のしないようにそっと帰ってきたら、行きに開《あ》けてあった障子がぴったり閉まっていたよ、おとっつぁん」
「ぴったり閉まってた?」
「それからねェ……」
「うんうん」
「あたいが、障子ィ穴をあけて、中を、覗《のぞ》いて見たらねェ」
「なにをしてた?」
「ここが二銭の切れ場、おあとは明晩……」
「殴《は》り倒すぞ、こん畜生、いま二銭やったじゃあねえか」
「やったって、いままでが二銭なんだ。覗《のぞ》いたところから、こんど三銭になるんだ」
「三銭? 吊りあげやがって、この野郎ッ」
「お銭くれなきゃあ、あたいこれから遊びに行っちゃうから……あァあ、惜しい切れ場だ」
「なんだ切れ場たァ、……いいよ、やるよ、三銭……てめえのために負い目ンなってら、こっちァ。ほら、持ってけェ……」
「へへへ、ありがとう」
「で、どうしたんだよ?」
「あたいが覗いてみたらね、……その男のやつが、おっかさんの肩なんぞに手をやったりなんかしてるんだよ」
「うゥーん」
「そのうちに、その男が、こっちをひょいと見たからね、あたいもそいつの顔を見てやった」
「だれだ?」
「それがつまらねえ話、横町の按摩《あんま》さんにおっかさんが肩ァ揉《も》ましていたんだ。どうもありがとッ……」
「あッ、こん畜生ッ、逃げ出しゃあがって……呆れた野郎だ、畜生めッ、ばかにしやがって。なんだい、ステッキついてなんていうからだまされるんだ、杖《つえ》じゃあねえか。たしかに色眼鏡をかけてらァ……手を持って家へ上げたの、肩に手をかけたのなんて、按摩ならあたりめえじゃあねえか。とうとう一杯《いつぺえ》食っちゃった、畜生ッ」
「あら、おまえさん、なにひとり言《ごと》言ってるんだい?」
「銭を持ってかれちまった」
「だからあたしが言わないことじゃあないよ。また家をあけたんだろう?」
「そうじゃあねえ、うちのやっこ[#「やっこ」に傍点]に持ってかれたんだ」
「どうしてさ?」
「なんだかどうもばかばかしくって話もできねえや。おれの留守中に、おめえのところへ男が来て、手を持って家へ上げたの、肩に手をかけたのって言うから、おれだって聞きたくなるじゃあねえか。あいつがうめえんだ。一銭やったら、二銭くれ、三銭くれって、だんだんとふやしやがる。しまいに、『按摩さんだよゥ』って逃げちまった」
「ぷッ、呆れたね。子供にそんな話を聞かされて、お銭《あし》を取られるなんて、おまえさんも間抜けだよ」
「やい、銭《ぜに》を持ってかれた挙げ句に、てめえに間抜けまで言われちゃあ、おれの立つ瀬がねえや。呆れたやつがあるもんだ。親をだまして銭を取るような、あんなものは碌《ろく》な者にゃあならないぜ。親の首に縄をかけるぐれえがおち[#「おち」に傍点]だ。いまのうちにおん出しちまえ」
「怒ったってしょうがないよ。だまされたのはこっちが悪いのさ。近所に子供が大勢いて、遊んでいるところを見ると、うちのあれがいちばん知恵巧者だよ」
「ばかっ、なにが知恵巧者なんだ。よしんば知恵があっても、あいつのは悪知恵というんだ。いいほうになりゃあ結構だが、あんな悪い知恵がなんになる? 子供のうちは悪かったが、大人になってから人が変わって偉くなったなんてえなァめったにありゃあしねえ。おれァ講釈で、いろんな噺を聞いてるが、のちに偉くなろうなんてえ人は、子供のうちからちがったもんだ。……おれが聞いた噺で、天正の、あれは何年だったか、年は忘れたが、なんでも武田勝頼《たけだかつより》が、天目山《てんもくざん》で討ち死にをしたときだ。信州の上田《うえだ》に、真田安房守昌幸《さなだあわのかみまさゆき》という人があったんだ。ここへ、武田方から加勢を頼みに行くと、昌幸は心得て、手勢をひきいて天目山へ行こうと途中まで来ると、勝頼はもう討ち死にをしたという報《し》らせを聞いた。それじゃあしょうがないから、もとへ帰ろうと上田へ引きあげる途中、北条氏政《ほうじよううじまさ》の軍にとりまかれた。向こうの松田尾張守、大道寺駿河守《だいどうじするがのかみ》の軍勢は何万という大軍、こちらは旅の戦《いくさ》、兵糧《ひようろう》は尽きてくるし、わずかな小勢でどう戦ったところで、かなうわけはない。一同ここで討ち死にをしようと覚悟をきめた。すると、昌幸の倅に、与三郎という人があって、当時十四歳、これがのちに左衛門佐幸村《さえもんのすけゆきむら》となって、大坂城へ入城をして、名代の軍師になる人だけに、『栴壇《せんだん》は双葉より、実のなる木は花から知れる』という。父昌幸の前へ出て膝まずいて、『お父上、これしきのことに驚きたもうな。永楽通宝《えいらくつうほう》の旗を我にお許しくださいまするならば、この包囲《かこみ》を解いて、一同落ちのびることができよう』と、頼んだ。真田は海野小太郎《うんのこたろう》の末孫で、二つの雁金《かりがね》が家の定紋だ。永楽通宝てえのは、敵方の松田尾張の旗印。現在自分の子が、敵の旗を所望するには、なにか仔細のあることと許してやった。すると、与三郎は、自分の手勢をひきいて、その夜、大道寺の陣所へ夜討ちをかけた。『それ各々《おのおの》、敵が夜討ちなり』と、はね起きて旗を見ると、永楽通宝の紋がついている。『さては松田尾張守が変心をした』というので、味方同士で同志|討《う》ちがはじまった。そこが計略だから、この隙に一同信州の上田へ落ちのびたという。そのときの永楽通宝の旗が六本あって勝ちを得たというので、それからのちというものは、真田の定紋を六連銭《りくれんせん》に改めたという話がある。これがのちに、真田幸村という名代の軍師になるんだが、こんな人でも大坂落城の折、計略《はかり》ごとに陥ちて、切腹をして果てたとも言うし、講釈師に言わせると、薩摩《さつま》へ落ちたのがほんとうだと言うが、おれも考《かんげ》えてあのくらいな人だから、薩摩へ落ちたのがほんとうだろうとおもうんだが、……その天目山の戦のときがいくつだってえと、十四歳だぜ、え? うちのやっこ[#「やっこ」に傍点]は十二じゃあねえか。二つ違《ちげ》えでそんな知恵がでるかい?」
「まあ、真田って人はえらいんだねえ。うちのあの子も真田ぐらいになればいいがね」
「とんでもねえ。条虫《さなだ》になんかになるもんか。十二指腸(虫)にだってなりゃしねえや。……おい見ろい、戸袋のかげから覗《のぞ》いていやがる。どうもあいつの目つきがよくねえや……やいッ、こっちへ入《へえ》れ」
「えへへ、怒ってらあ。……さっきァおとっつぁんごめんね」
「しゃあしゃあしてやがる。親をだまして銭を持っていきゃあがって、こっちへ入《へえ》れ」
「おとっつぁん、怒ってるだろ?」
「怒ってやしないよ」
「怒ってない? ほんとに? じゃ、笑ってごらん」
「親をおもちゃにしてやがる。さ、叱言《こごと》はあとでゆっくり言うから、さっき持ってったお銭を返せ」
「あ、お銭って、あれ使っちゃったよ」
「嘘つけ。そんなに一時《いつとき》に使えるもんか」
「使えるもんかって、使っちまったんだもの」
「菓子を買っても食い切れめえ」
「そんなものに使ったんじゃあないんだ」
「なんに使ってきた?」
「講釈ゥ聞いてきたんだ」
「おい……こういうやつなんだ。おれが講釈が好きだから、それで使ったと言やァよろこぶとおもってやがる。……講釈を聞いたのか?」
「うん」
「聞いたら聞いたでいい。おとっつぁんなんぞァどんな噺だって知らねえことァねえんだ。講釈を聞いてきたんなら、おとっつぁんに聞かせてみろ。なにを聞いてきた?」
「真田三代記」
「真田三代記? どこのところを聞いてきた?」
「あたいの聞いたのは、ェェ、天正何……だったか忘れちまったけどもねェ、なんでも武田勝頼が、天目山で討ち死にをしたときなんだ」
「ふゥ…ん?」
「信州の上田に、真田安房守昌幸てえ人があってねェ、武田方から、加勢をしてくれって頼まれるんだよ。途中まで行ったけども、勝頼が討ち死にしたんでね、それじゃあしかたがないから、もとの上田へ帰ろうとおもうと、北条氏政の軍にとりまかれたの。こっちは旅の戦、兵糧は尽きるし、わずかな小勢でどう戦ったところで、かなわないから、一同はここで討ち死にをしようと覚悟をきめたんだって。そのときに、昌幸の倅に、与三郎って子がいたんだよ。年齢《とし》が十四なんだ、この子がとても利口な子なの、ああ。たとえ親父がばかでも……」
「変なことを言うな」
「でね、父の前にけつまずいて[#「けつまずいて」に傍点]」
「けつまずく[#「けつまずく」に傍点]やつがあるか。膝まずいたんだ」
「うん。でね、あのゥ、『お父上、これしきのことに驚きたもうな。永楽通宝の旗を我にお許しくださいまするならば、この包囲《かこみ》を解いて、一同落ちのびることができよう』って父に頼んだの。そいであのゥ、真田てえ人は、二つ雁金って定紋があるんだってね。永楽通宝てえのは敵方の、松田尾張守の旗印なんだ。だけどもこれにはなにか考えがあるんだろうてえんで、許してやると、その晩夜討ちをかけたんだ。向こうではね、起きて旗を見ると、松田尾張守の旗印だから、これは変心をしたってんで、向こう同士で戦がはじまったの。そこをうまくごまかして、信州の上田へ落ちのびたってね。おもしろい噺だよ。そこを聞いてきちゃった」
「この野郎、もの覚えのいい野郎だ、いっぺんで覚えやがった。おれなんか、五、六ぺん聞いてやっとあれだけ覚えたんだ」
「それでね、そのときに、永楽通宝の旗が六本あって勝ちを得たからといって、それから家の定紋を六連銭に改めたんだってね?」
「そうよ」
「二つ雁金ってどんな紋?」
「雁《がん》が二っつくっついてるんだ」
「永楽通宝ってのは?」
「穴のあいた大きなお銭がある、永楽通宝という」
「ふゥん。家《うち》には紋がない?」
「おれンとこだって紋があらァ」
「なァに?」
「かたばみだ」
「かたばみってどんな紋?」
「どんな紋て、こう……つまりお尻《けつ》が三つ、くっついたような紋だ」
「汚《きたね》え紋だなァ。じゃ、家の先祖は汚穢屋《おわいや》かい?」
「なァに言ってやがんだ」
「六連銭てえのは」
「六つ連《つら》なる銭と書いて、六連銭というんだ。六つ並んでるんだ」
「どういうふうに?」
「上へ三つ並んで、下へ三つ並んでるんだ」
「どうやって?」
「だから、上へひい、ふう、みいと並んで、下へひい、ふう、みいと並ぶんだ」
「わかンないよゥ。どのくらいあいだをおいて……」
「うるさいやつだなこいつァ、なんでも訊《き》きはじめると、とことんまで訊くんだから。……おっかァ、おい、そこにあの、穴のあいた五銭玉ばかり、あの紙縒《こよ》りで結《ゆ》わいてあったのがあるだろ。あァ、こっちの抽出しだ、あァあァ、ちょいとこっちィ放《ほう》ってくれ……おゥよし。さ、これで教えてやる。永楽通宝てえのァもっと大きな穴あき銭だ、え? 五銭玉だって理屈ァおんなじだ。……上へひい、ふう、みいと並ぶ、下へひい、ふう、みいと並ぶんだ」
「なァんだァ、そんなんなら、だれだってできらあ……あたいだってできらあ」
「できるとも」
「いっぺん並べてみようか?」
「並べてみなくったってわかってらあ」
「だけどもさァ、貸しとくれよ、ね、いっぺんだけ並べてみるから、ね。ェェ、ひい、ふう、みいってこれでいいんだろう? なんだ、わけェねえや。それからこんだァその下へまた、ひい、ふう、みい……」
「それァちがうよ、梅鉢ンなっちまうよ」
「えへへッ、(と、手早く銭をまとめて)どうもありがとッ……」
「あッ、こん畜生ッ、……また講釈聞くのか?」
「なァに、こんだァ焼き芋を買うんだい」
「あァ、うちの真田も薩摩へ落ちた」