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落語百選76

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:猫怪談「おい、いるか、与太郎」「だれだい。やあ、家主《おおや》さんが来た、あはは、家主さん、家主さん、おやおや」「なにを
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猫怪談

「おい、いるか、与太郎」
「だれだい。やあ、家主《おおや》さんが来た、あはは、家主さん、家主さん、おやおや……」
「なにを言ってやがる……まあ、とんだこったなあ」
「なんだい?」
「おめえの親父《おやじ》がおめでたくなったそうだなあ」
「えへへ、うそだよ、おめでたくなんぞなりゃあしねえや」
「そうか。また糊屋のばばあ、そそっかしいじゃあねえか。いまおめでたくなったてえから、おらあわてて飛んで来たんだが、じゃ、まだ存命でいなさるのか?」
「うん……?」
「いやさ、存命でいなさるのかよ」
「なんだか知らねえがね、けさっからものを言わねえでいなさる。そばへ行ったら息をしねえでいなさる。触《さ》わってみたらつめたくなって、えへッ、しゃッちょこばっていなさる」
「ばか野郎、それじゃあやっぱり、おめでたくなっていなさるんだ」
「あはっ、そうしていなさるか」
「なにを言ってるんだ」
「だって、家主さんめでたいってえから。死ぬとめでたいかい?」
「そういうわけじゃあないが、ま、人間六十を過ぎる、それならばおめでたいと言ってもいい、うん? おまえの親父はいくつだ、六十三だろう。それ見ろ、だからおめでたいと言うんだ」
「あ、そうか。じゃ六十過ぎて死ぬとおめでたいてえのか。家主さんはいくつだ」
「おれは……変なとこで年齢《とし》を聞くな。まあいい」
「えへ、まあよかあねえ、いくつだい」
「うるせえやつだなあ、おれは六十六だ」
「ああ、じゃ、もうおめでたいほうだねえ、えへへ、いつおめでたくなる?」
「なにを言やがる。人の死ぬのを待ってやがる、どうも困ったもんだ。なんだろう、支度なんぞできてやしねえだろう?」
「なんだい、支度てえのァ」
「支度といやあ、お線香をあげて、え? 樒《しきみ》の花をそなえて……そんなことはちゃんとなっているか」
「なんにもなってねえ」
「なっていなくちゃしょうがねえ、え? ま、さっそく線香だけでもあげろ、仏さまへ」
「ない」
「なければ線香買ってきな」
「ない」
「表の荒物屋にあるよ」
「ないよ」
「ないことはない」
「ないんだ」
「なにが?」
「銭《ぜに》がねえんだ」
「銭がねえ?……線香買う銭がねえのか、しょうがねえな、それじゃあ早桶もなにも買えねえじゃねえか」
「うん、そうだね」
「そうだね……じゃあねえ、葬式《ともらい》が出ねえや」
「出なけりゃ出さなくてもいいや、当分寝かしとかあ」
「ばかなことを言うな、当分寝かしておかれてたまるか」
「早桶ならね、あるよ」
「早桶は? 用意がしてある……そうか、そりゃあまあ感心だ。買ったのか」
「うゥん、落っこってた」
「おい、変なことを言うな、早桶なんてものァ、むやみに落っこってるもんじゃねえ。どこに落ちてた」
「井戸端にね」
「井戸端に?」
「うん、水が張ってあった」
「そりゃおめえ、菜漬《なづ》けの樽じゃあねえのか?」
「えへへ、そうかもしれねえ」
「なんだ、そうかもしれねえって……おめえの樽だろ」
「うゥん、おれンじゃねえや、四斗(他人《しと》)樽ってえから……」
「なんだ、変な洒落を言うな。印《しるし》があったか」
「印はねえ、あの、丸に三て書いてあらあ」
「丸に三? ありゃおれのうちの樽だ」
「あ、家主さんのかい? じゃ、いいだろ」
「よかあないよ、いけねえ」
「そんなことを言わねえでよゥ、じゃ貸しとくれよ」
「貸してどうするんだ」
「あいたら返《けえ》さあ」
「ばかなことを言うな。そんなものを、あいて返されてどうするんだ。まあしょうがねえ、てめえみてえなばか野郎はねえ。しかし、おまえはばかだというが、こんど親父《おやじ》の世話をよくしたことは、それァまあ感心だ、ほめてやる。ま、だいたいあの親父というのは、おまえのほんとうの親じゃあねえ、てめえの両親てえものは、おまえがまだ結いつけ草履[#「結いつけ草履」に傍点]でいる時分に、流行病《はやりやまい》で、続いてなくなっちまった。その住んでいた家主てえのが、まことに無慈悲なやつで、てめえが遊《あす》びに行ったあと、家財道具を表へ放り出して釘づけにしちまった。そんなことは知らねえおめえが、遊びさきから帰ってきて、暮れがた、戸へつかまって、父親《ちやん》や……おっかァや、おっかァや……父親《ちやん》や、と泣いている。それを見て、かわいそうだと言って飴の一つも買ってくれる人はあるが、さて引き取ってどうしようという者がない。そのとき、この死んだ仏《ほとけ》が、こんなことをしておいて、小さい者にまちがいがあっちゃあならない、あたしが育ててやると……大きなことは言えないが、食い物さえあてがっておけば、自然と背丈も伸びるだろうから、わたくしが世話をしてやりたい、というので、てめえを引き取って……。かみさんはない、ひとり者だから、世話をするといったってなかなかたいへんだ、おしめの世話からしなくちゃならねえ、仕事に行くときァ、おめえを負《お》ぶって仕事場へ行って、こういう厄介者がおりますので、どうぞみなさんよろしくお願い申しますと、さげなくてもいい頭を他人《ひと》にさげて、気がねをして、育ててみりゃあ、てめえみてえなばか野郎だ。まあしかし、こんどはよく面倒を見たというので、長屋の者もほめている。与太郎はばかじゃあございますが、あれァ利口者の手本になります、感心な心がけだと言って、みなさんがよくおまえのことをほめてくださる。おれも聞いて、まことにうれしい。まあこれからは、親父の命日にちゃんと墓詣りをして、あとあとをよく弔《とむら》い、細々ながらでも人にかわいがられれば、それで暮らしのたっていくもんだ。一所懸命にやらなくちゃあいけねえぞ、え? おれの言ったことがわかったか?」
「えへえ、なんだかちっともわからねえ」
「わからねえって、さっきから聞いているだろう?」
「顎《あご》がこう、ぴょこぴょこ、ぴょこぴょこ動いてンのを見ていると、二十八まで勘定して、あとわからなくなっちゃった。もう一ぺんやってみろ」
「ばかだなこいつは……どうも、人の顎の動くのを見ているやつがあるか、しょうがねえ……長屋の者に話をして、なんとかしなくちゃならねえが、寺はどうした、報《し》らしたか、え? まだ報《し》らしてねえ?……こりゃまあ無理はない、な? だいいち寺てえものは、一人で行くもんじゃあねえ、二人で報らせに行くべきもんだから、いま頼んでやるが、どこだ、寺は」
「寺はない」
「ばかなことを言え、寺のないことはない、どこだ」
「どこだかわからねえ。どこでもいいよ、近《ちけ》えとこのほうが……」
「近えとこのほうがいいったって、おまえ、むやみなとこへ持ってったって、死体《ほとけ》を受け取りゃあしねえ」
「受け取らなかったら、むこへ置いて逃げてくらあ」
「そんなことをしちゃあいけねえやな。長いあいだに、おやじと墓詣りをしたろ? 寺へ行ったということもあるだろうから、おもい出してみな」
「おもい出す? 面倒くせえや」
「面倒くせえってことがあるか。おもい出せ」
「じゃ、しょうがねえ、おもい出そうか」
「恩にきせるやつがあるか」
「あっ、おもい出した」
「どこだ」
「うン……ねえ、夜中《よなか》」
「夜中……? なんだ夜中てえのァ。谷中《やなか》じゃあねえのか」
「あ、そうだ、うん、谷中だ」
「谷中の、なんという寺かおぼえているか、え? 瑞輪寺?……うゥん、大きな寺だ、瑞輪寺じゃあねえんだ、その寺中《じちゆう》だろう」
「えへ、和尚さんは男だい」
「なんだ、男だてえのァ」
「女中だって……」
「女中じゃあねえ、寺中と言ったんだ、その末寺にちげえねえ。まあまあいい、それだけわかりゃあ、たずねてみりゃあ見当《あたり》がつくだろうから。とにかく早桶も買って支度もして、それから今夜はお通夜。で、長く置きゃあそれだけ物入りもするから、今夜のうちに差し担《にな》いで、寺へ持ってっちまうんだ。人足を雇ったりすりゃあ安いことじゃあねえから、てめえが片棒担げ、いいか……てめえがかつぐのァいいが、あと、片棒担ぐ者がいねえから困ったなあ」
「ああ、いい、ある」
「ある?」
「うん、よろこんでね、担ぐって人があるよ」
「そうか、それァいい塩梅《あんばい》だ、だれだ」
「えへ、家主さんだ」
「ばかなことを言え、だれがそんなものをよろこんで担ぐやつがあるもんか……まあ、長屋の者に頼んでみるか、今月の月番はだれだ。羅宇屋《らおや》の、甚兵衛さん?……あの人はいくつだ、七十……いくつか……。しかし、まあふだん軽い荷でも担いでいるから、担げねえことァねえだろう。うん、よしよし、じゃ、おれがいま、話をしてみるから……」
家主が長屋へ話をしてやると、ふだんかわいがられている与太郎のこと、香奠もおもったより集まり、これで寺のほうの、百か日までの仕切りをすませることができた。その晩は通夜……といっても貧乏|葬式《どもらい》で、ただ形ばかりで早く出してしまおうというので、深川|蛤《はまぐり》町を出たのが、四刻《よつ》(午後十時)、これから川っぷちを通り、町を抜け、伊藤松坂(上野松坂屋)のところへ出てきたのが、ちょうど九刻《ここのつ》(午前零時)、右へ曲がって山下(上野公園入口)へ出て、あれから池の端を通って、これで七軒町を通って谷中へ行くのが近道……。
十一月の末、もうかなり寒くなっていて、霜柱《しもばしら》が一面に立っている。これを三人が、サクサクサクサク踏みながら歩いている。家主が提灯をつけて先に立ち、後棒が与太郎、先棒が羅宇屋の甚兵衛、……このおじいさんがまた臆病で……、
「ねェ、与太郎、与太郎さん」
「なんだい?」
「あァびっくりした。大きな声をするんじゃあないよ」
「だって、いま、呼んだから返事したんだ」
「返事をするったっておまえ、こっちが与太郎さんと、静かに声をかけているんだから、もっと小さい声で返事をしな。だしぬけに大きな声を出すから、おらァ跳びあがったよ、おどろいて……」
「なんだよ」
「だいぶ夜も更けているようだが、だいいち真っ暗だねェ……、寂《さむ》しいねェ」
「へへへ、寂しいねったっておめえ、夜だもの、灯《あか》りもなんにもねえから寂《さむ》しいや」
「なんか出やしねえかなァ」
「出るかもしれねえなァ」
「出るかもしれねえって、なにが出るんだ?」
「てえげえ暗いとこィ出るのァお化けが出るんだ。お化けってのァ、人が死んで、それが化けて出るんだってねェ、へへへ、ちょうどいま、化けるのを、ふたァりで担いで歩いてらあ」
「変なことを言うんじゃないよ、気味の悪いことを言いなさんな。幽霊が出るのは、てえげえ何刻《なんどき》だろうなァ」
「九刻《ここのつ》過ぎだってねェ……」
「じゃ、まだ九刻は打たねェ、な、前だ。じゃ、こんな寂《さむ》しいところは早く行こう」
「さっき、……もう九刻打ったよ」
「え? じゃもう九刻過ぎてるかい?」
「うん、いまお化けが出ようッて、そろそろ支度ゥしているところだ」
「なんだ、変なことを言うなよ……おまえのおとっつぁんは、もの堅い人だったねェ」
「うん、うちのおとっつぁんは堅いから、よろこんでるよ。甚兵衛さん、今夜はこの寒《さぶ》いのに、ご苦労さまですねって、早桶の中から甚兵衛さんの襟ンところを……」
「あッ、あわわ……ばかなことを言っちゃいけないよ」
「おいおいおい、なにをしてんだい、おい。往来へ座っちまっちゃあしょうがねえじゃあねえか。どうしたんだ? 甚兵衛さん」
「与太さんが変なことを言うから、あたしァおどろいた。だいいち、肩がどうもめりこみそうで……」
「与太郎早くしなッたって、おれにばかり叱言《こごと》を言ったってだめだよ、甚兵衛さんが前へ出ねえんだもの。おれがうしろから押してるから、少ゥしでも歩くんだ。甚兵衛さん、だんだんうしろへ押してるからね、うっちゃっとくと、このまま家《うち》へ帰《けえ》っちまう」
「帰《けえ》っちまっちゃあしょうがねえじゃねえかな。甚兵衛さんもしっかり歩いとくれ」
「へえ、なにしろ肩ァ変えねえで、右ばかりで担いでますからね、どうにも、こうにもめりこみそうになってね」
「おい、与太郎、しょうがねえ、気をつけて、ほら、肩を変えてあげろ」
「なんだ、そんなことなら早く言やあいいんだ、肩を変えようってえば、おれだって変えるんだ、おれも痛《いて》えのを我慢してたんだ。じゃ甚兵衛さん、変えるよ、いいかい、ほら、ひのふの、よいッ……」
与太郎が頭越しに左右の肩を変えようと、加減なしに上へあげて、ひょいッとさげた。急に重みがかかったんで、縄がやわ[#「やわ」に傍点]だったとみえて、ぶつッ[#「ぶつッ」に傍点]と切れて、とォンと早桶が地面に落ちた。安物のなので底が抜けて死骸《ほとけ》がにゅうッと出た、
「あわわ……出ました、だ、だ、だ……」
「なんだな、どうも、しょうがねえ。与太郎乱暴なことをするんじゃねえ、毀《こわ》しちまやがって」
「毀しちゃったって、縄がやわ[#「やわ」に傍点]だから切れちゃったんだよ、しょうがねえや。じゃ、これ直さなくちゃならねえから。じゃ、こうしとくれよ、ねェ、おれェ、早桶ェ直すからね、甚兵衛さん、ちょっと、おとっつぁんを抱いてておくれ」
「ううゥ……とんでもねえことで、死骸《ほとけ》なんぞ抱けませんよあたしゃ」
「しょうがねえなァどうも。与太郎出しな」
「いいよ、すぐ直るよ、こんなもの。おれがいま、うまく直しちゃうから」
天秤をはずして、とんとんとんとん、底の木片をはめこんで、どうやらぴしッと直りかけたところで、与太郎がとォンと力を入れて打ちつけたところ、打ちどころが悪く、こんどは早桶がばらばらになった。
「あ、あッ……しょうがねえなァ、ま。とうとう毀しちまやがった。あァ、もうだめだ、そんなものどうやったって、まとまりゃあしねえや、困ったことだなァ。じゃ、しょうがねえ、早桶をどっかで買わなくちゃならねえが、この近所で売ってるとこはねえかなァ、ええ? なんだ、仲町? そんなところへ行ったってありゃあしねえ。そうだ、広徳寺前(稲荷町)まで行ったら、あのへんにはたしかあったはずだから、じゃ、与太郎、てめえいっしょに来い。……じゃ、あのねェ、甚兵衛さん、ふたァりでこれから早桶を買ってくるから、おまえさんここで、ちょっと、番をしていて……」
「いえェ……とんでもないことで、あたくしァこんなところへは、とてもいられません」
「なんだな、しょうがねえ。じゃあ甚兵衛さん、あたしと行くかい。じゃそうして……与太郎、おまえここで番をしているか?」
「うん、じゃいいよ、おれがここで番をしてらあ」
「灯りを置いとくか?」
「うゥん、いいよいいよ、提灯なんかいらねェ、持ってっちゃっていいよ、うん。またねェ、甚兵衛さんみたいな臆病な人が通っておどろくといけねえから、あァ、大丈夫だ」
「いいか、一人で……」
「一人でいいよ、大丈夫だよ、怖くもなんともありゃあしねえ。甚兵衛さんみてえに、おら臆病じゃねえから。だれか来てね、聞いたらそう言うよ。いまこの人は(死骸を指し)ちょいと涼んでいるところですからって……」
「ばか野郎、こんな寒いときに涼むやつがあるかい」
「えへへ、いま、夏の夢を見てるって」
「変なことを言っちゃいけねえ……じゃ、甚兵衛さん、行こう、気の毒だがね。じゃ与太郎、いいか、提灯は持ってっちまうぞ」
「いいよいいよ、灯りなんざいらねえやい」
家主が甚兵衛をつれて、早桶を買いに行ったあと、与太郎は、ばらばらになった早桶を、またそこへ並べて、死骸《ほとけ》を寝かし、蓋の上へ自分は腰をおろして腕組みをしている。
うしろは上野の山で、ときどき風が吹くと、ごォーッという音。前は不忍《しのばず》の池。夜の水というものは不気味で、不忍の弁天堂がその中へ黒く抜き出ている。ときどき枯れすすきが、かさかさかさかさ……という音をさせる。
いくら与太郎でも、あんまりいい心持ちはしない。
「……なるほど、甚兵衛さんが怖がるのァ無理ァねえやなァ、なんだか変だなァ。だけども、人間てものァどういうわけで死んじゃうんだろうなァ……おとっつぁん、おめえまだ死ななくたっていいんだな、おれに世話ンなるのが気の毒だって、おめえ死んじゃったのか? おめえ生きてりゃあ、おれが一所懸命稼いで、うめえもんでも食わせてやったのに。おめえ死んじゃったら、なんにも食えねじゃねえか。おめえ死んで、極楽の方へ行きなよ、地獄の方はよせよ、赤鬼だの青鬼やなんかいるからなァ。もし地獄の方で鬼が出て、おめえをいじめたら、おれンとこへ知らせに来いよ、なァ。おれがすぐとんで……とんで行くて……じゃ、おれも死ななくちゃならねえ……じゃいいよ、来なくっても。おめえ死ななくったっていいんだ、おれ一人で寂《さむ》しいじゃねえか」
しきりに与太郎が死骸《ほとけ》に話しかけていると、与太郎のしゃがんでいる向こうの方を、一尺ばかりの黒いものが、すゥッと動いたかとおもうと、いままで横になっていた死骸《ほとけ》がぴょこぴょこ、ぴょこぴょこと動き出した。
「あッ、なんだ、なんだ、動《いご》いてやがら。あ、また動いた……変だなァ、死んじゃって、もう動かなかったんだがなァ」
そのうちに、死骸がぴょいッと起きあがって座り、与太郎と向かいあった。
「ひひひひ……」
与太郎は怖くなって、おもわず平手打ちをくわし、
「……あァおどろいた。なんだい、変な笑い方ァしやがる。あ、また横ンなっちゃった。おゥ、おとっつぁん勘弁してくれよ、おめえ変な声ェ出したから、おれ気味《きび》が悪《わり》いから殴《なぐ》っちゃった。痛かったか? おゥ。なんとも言わねえや。あッそうか、なんかおれに言うつもりなんだな? それでぴょこぴょこッとやって、座ったんだ。おれが殴《なぐ》ったもんだから、また寝ちまやがった。おい、おとっつぁん、おめえなんか言うことがあったのか、おゥ、もういっぺんぴょこつけ[#「ぴょこつけ」に傍点]よ、おれに言うことがあンだろ? ぴょこぴょこッとまたやれよ、おゥ、頼むよ」
すると、また死骸《ほとけ》が、ぴょこぴょこッと、手をあげたり足を動かしたり、こんどはすゥッと立ち、ぴょこッぴょこッと跳びあがった。
「あッ……おッ? こりゃおもしれえや、えへ、上へ跳びあがりやがら、こりゃおもしれえや、あは……やァい、おとっつぁんは上手《じようず》だ、おとっつぁんは上手だ……」
与太郎が手を打って囃している。そのうちに、山の方から、すゥーっと一陣の風が立つと、死骸がそのまんま、すゥーっと天へ昇っていってしまった。
「あ、あ、あ……いけねえ、あ、あんなに行っちまったァ、おーい、おとっつぁーん」
「……与太郎の声がしているようだ、あァ、ここだここだ。……あァ、どうした? いまやっと買ってきた……甚兵衛さん、ご苦労だったねえ、え? 急いで来たんで暑くなった、や、ご苦労さま、そこへ置いて、どうした……?」
「えへ、どうしたって、早桶ェ買ってきたのか?」
「うん、早桶屋をやっとのことで起こして頼んで、こせえてもらってきたんだが、死骸《ほとけ》はどこだ?」
「ェェ死骸《ほとけ》はいねえ」
「なんだ? いねえって? どうしたんだ?」
「家主さんが行っちゃったからね、それからおれが前へおとっつぁんを寝かしてね、じっと見ていたんだ。そうしたら、なんだか、ぴょこぴょこぴょこぴょこ動くんだ」
「ふん?」
「で、座っておれの顔を見て、死骸《ほとけ》が、ひひひ」
「よせよおい、変な笑い方ァするな」
「いえ、死骸《ほとけ》が笑ったんだよ。で、おれも気味《きび》が悪《わり》いから、横っつらをぴしゃッと殴ったら、また寝ちゃったんだ。それから、おれになんか言うことがあって、ぴょこぴょこッとしたんだなとおもうからね、それから、すまねえけども、もういっぺんぴょこついてくれって、おれが頼んだんだ」
「変なことを頼むな、この野郎。どうした?」
「そうしたら、またぴょこぴょこぴょこぴょこッて、動いて、こんどァねェ、立って上へ、ぴょッぴょッこぴょッこぴょッこ跳ぶんだよ、えへッ。それから、おれが、おとっつぁんは上手だってほめて、そしたら、すゥッとね、あっちの方へ飛んでッちゃった」
「このばか野郎。……まァ、死骸《ほとけ》へ魔がさした[#「魔がさした」に傍点]んだ。まァ、死骸《ほとけ》がいなきゃ、ど、どうするんだッ……甚兵衛さん、聞いたかい?」
「へええ……ぬ、抜けました」
「しょうがねえなァどうも、いま買ってきたばかりだが、またなにかい? 早桶の底が抜けたのかい?」
「いえ、こんどァあたくしの腰が抜けました」
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