返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 作品合集 » 正文

落語百選77

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:野ざらし「ちょいと開けてくれ。おーい。先生っ、ちょっと開けてまだ起きねえのかなあ。おいッ、先生、開けてくれよう」「だれだ
(单词翻译:双击或拖选)
 
野ざらし

「ちょいと開けてくれ。おーい。先生っ、ちょっと開けて……まだ起きねえのかなあ。おいッ、先生、開けてくれよう」
「だれだい、朝っぱらから騒々しいな……お声の模様ではご隣家の八っつぁんか。いま開ける。そんなにドンドン戸をたたいては、戸がこわれてしまう……これこれ、そうたたくではないと言うに……いま開けるから……さあ、おはい……り……」
と、戸を開けるとたんに頭へポカリ。
「あっ、痛いッ」
「お早う」
「なにがお早うだ」
「おっ、いまぶつかったのはおまえさんの頭かい。そいつはすまなかった。むこうみずにたたいていたもんだからね、おまえさんが不意に開けたんでポカリとやったようなわけで……どうも戸にしちゃあ、柔らかいとおもった」
「戸とわたしの頭といっしょにするやつがあるか」
「えへへ……先生、黙ってなんかおくんなさい」
「どうもひどい人もあるもんだ。朝っぱらから起こして人の頭を殴っておいて、なんかくれと手を出すのはどういうわけだい?」
「どういうわけ? こん畜生っ」
「たいへんなご立腹のようだが……」
「そうよ。ばかなご立腹だあ。先生、おまえさんはふだんから高慢な面《つら》をして、わしは聖人じゃから、婦人は好かんよなんか言いやがって……ちょと先生、おい、ゆうべの娘はどこから引っぱってきた? おまえさんは毎日釣り竿を担《かつ》いで向島へ釣りに行って、世の中を去ってるなんて言ってやがって、どうも変だとおもってたんだ。やいっ、こちとらゆうべは一杯《いつぺえ》飲んでうたたねよ、夜中に寒《さぶ》いんでひょいと目を覚ますと、おまえさんのところでひそひそ声。はて先生はひとり者、相手のいようはずもなしと聞き耳を立ててみると、相手の声が女……それだよ。ますます勘弁できねえ。ふだんに言う口とちがうじゃあねえか。そこで、商売ものののみ[#「のみ」に傍点]でもって壁へ穴をあけてのぞいたぞっ」
「おまえさんか、あの大きな壁の穴は……これは……ではおまえ、夕べのあれをごろうじたか?」
「ごろうじたか? 冗談じゃねえ。ごろうじすぎて、一晩中まんじりともできやしねえ……どこの娘だよ、いい女だねえ。色の白いの通りこして、ちょいと青みがかっていたが、文金の高島田、年のころなら十六、八かね」
「十六、八? 七が抜けてるよ」
「そう、七(質)は先月流れた」
「くだらんことを言いなさんな……しかし、八っつぁんがゆうべの様子をごらんならば、隠してもしかたあるまい。残らずお話しをしよう。なにかの功徳《くどく》にもなろう。じつは八っつぁん、ゆうべのはな……こういうわけだ」
「へーえ、そういうわけかい」
「まだ、なんにも言っちゃあいない……ご存知のように、わしは釣り好き……彼岸中の鯊《はぜ》は中気のまじないになるから、ぜひ頼むと、おまえさんに言われたのが頭《つむり》にあったので、釣り竿をかたげ向島へ出かけたが、きのうは魔日《まび》というのか、雑魚《ざこ》一匹かからん。あああ、こういう日は、殺生してはならん、いましめとおもうて、釣り糸を巻いていると、折りから夕景、浅草弁天山で打ちいだす暮れ六つの鐘が、陰にこもってものすごく、ボォーン、鳴ったな」
「先生、おどかっしゃあいけねえ。あっしはこうみえても、あんまり気の強えほうじゃあねえんだから……話をそう陰気にしないで、もっと陽気に話しておくんなせえ」
「四方《よも》の山々雪解けて、水かさまさる大川の、上げ潮|南風《みなみ》で、岸辺にあたる波の音がドブーン」
「ふうーん」
「あたりはうす暗くなって、釣り師はみな、帰宅したか、残った者はわしひとり。風もないのに、かたえの葭《よし》が、ガサガサガサッと動いたかとおもうと、なかから……パッと出た」
「ひゃー」
「なんだとおもう?」
「なんで?」
「烏《からす》が一羽出たよ」
「烏? なんだ、烏かい。烏なら烏とことわってくれやい。肝をつぶしたぜ、ほんとうに」
「はて、ねぐらへ帰る烏にしては、ちと時刻もちがうようだと、わしももの好き、その場へ行って、釣り竿で葭をわけてみると、なまなましいどくろだ」
「へえ、傘のこわれたのがかい」
「それは轆轤《ろくろ》だな、屍《しかばね》があったのだ」
「赤羽《あかばね》へ行ったんで?」
「わからない人だな。水死仏があったのだ、野ざらしの人骨がよ」
「さようですか、つまらねえものが……」
「わかったかい」
「いいや」
「わからなくってつまらないと言うのはおかしいねえ」
「まるでわからねえのも愛嬌がなさすぎるから」
「愛嬌に返事をするというやつがあるか……野ざらしの土左衛門の舎利骨《しやりぼね》があったのだ」
「へえ、……それで?」
「どこの者だか知らないが、こうして屍《かばね》をさらしているのはお気の毒千万、浮かぶこともできまいと、懇《ねんご》ろに回向《えこう》をしてやった」
「猫がどうかしましたか?」
「猫じゃない、回向、手向《たむ》けをしたのだ」
「へえー、狸を……」
「わからない男だ。回向だ。死者の冥福を祈ったんだ。うまくはないが手向けの句を詠《よ》んだ、『野を肥やす骨にかたみの薄《すすき》かな、生者必滅会者定離《しようじやひつめつえしやじようり》、頓証菩提《とんしようぼだい》、南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》』と、瓢《ふくべ》にあった酒を骨《こつ》にかけてやると、気のせいか、赤味がさしたようにみえた。ああ、よい功徳をしたと、そのまま家へ帰ってきて、床をのべ、うとうとっとすると、さよう、時刻はなんどきであろうか、しずかに表をたたく者がある。なにものかと問うてみたら、かすかな声で、向島から参りましたと言う。さては、先刻の回向がかえって害となり、狐狸妖怪《こりようかい》のたぐいがたぶらかしに参ったなとおもい、浪人ながらも尾形清十郎、年はとっても腕に年はとらせんつもり、身に油断なく、がらりと戸を開けた。乱菊や狐にもせよこの姿……ゆうべの娘が音もなく、すーっと入ってきたとおもいなよ、八っつぁん」
「うッぷ、いやだよ、先生っ」
「おいっよせっ、なぜ顔をなぜる……それで、その娘が言うには『あたくしは、向島に屍《かばね》をさらしておりました者でございますが、あなたさまのお心尽くしによりまして、今日はじめて浮かばれました。おかげさまで、行くところへ参られます。今晩は、そのお礼にあがりました。せめておみ足なりともさすりましょう』というのだ。わしももう六十五歳だ、色気もなんにもないが、せっかくのこころざしをすげなく断わるのもどうかとおもい、その娘の言うがままに肩をもませ、足をさすらせ、まあ明け方まで四方山《よもやま》話をしていたが、ゆうべ来たのは……あの娘は、この世の者ではないのじゃ」
「へーえ? あれは幽霊かい? ふーん、それにしてもいい女だねえ。先生、あんないい女なら、幽霊でもお化けでもかまわねえや。あっしも、せめてひと晩でもいいから、みっちり話をしてみてえねえ……向島へ行きゃあ、まだ骨《こつ》はあるかねえ?」
「さあ、それはわからんな」
「あれっ、それはわからんなんて、おまえさん、ひとりじめしようってのかい? 教えろやいっ、このしみったれ」
「いや、別にしみったれてるわけではない。骨《こつ》はまだあるかも知れん」
「ありがてえ。じゃあ、骨《こつ》がやってくるまじないを教えておくんなさい」
「なんだ、まじないというのは?」
「それ、猫と狸の一件さ」
「猫と狸でない、手向けの句だよ」
「それを教えておくんなさい」
「これは、腹から出たことでなくてはいかんのじゃが、教えろと言うなら、教えもしよう……『野を肥やす骨にかたみの薄かな、生者必滅会者定離、頓証菩提、南無阿弥陀仏』」
「それが手向けの句というやつだね。先生、ありがとう。じゃあ、釣り竿を貸してくんねえ。さっそく向島へ出かけるから……」
「ああ、これこれ、それは継竿《つなぎ》だからいかん。わしが大事にしている竿だから……持っていくなら、こっちの竿を……」
「なに言ってやんでえ。けちけちすんねえ。これを借りてくよう」
八っつぁんは、そのまま朝めしも食わず、先生の釣り竿を肩に担いで、ふいと飛び出した。途中、酒屋で二、三合買いこみ、向島の土堤《どて》へ来てみると、もう四、五人の太公望がならんでいる。
「おお、やってるな。みんな骨《こつ》が目当てなんだな。えへへへ……、なにを言ってやんでえてんだ。年をとっても浮気はやまぬ、やまぬはずだよ、先がない……てえ都々逸があるが、尾形さんも隅におけねえや、わしは聖人じゃから、婦人は好かんよなんて言って、釣りだ釣りだ、なんて出かけて、ああいう掘り出し物を釣ってくるんだから、あきれたもんだ。いい年をして、骨《こつ》を釣りに行こうたあ、気がつかなかったねえ、おれも早くいい骨を釣りあげなくっちゃあ……おう、そっちはどうだい? てめえの骨は年増《としま》か、新造か?……あれっ、あそこに十一、二の子供が釣ってやがらあ、なんてませたがき[#「がき」に傍点]だろう……おーい、どうだ、骨《こつ》は釣れるかい? 骨《こつ》はどうだ?」
「骨《こつ》? 気味の悪いことを言っちゃいけません。いま、魚《さかな》を釣ってます」
「とぼけたことを言うない。魚を釣ってますなんて、そんなことでごまかされるおれじゃあねえんだ……おい、おめえは、どんな骨《こつ》を釣りてえんだ? 娘か? 年増か? 乳母《おんば》さんか? 芸者か? 花魁《おいらん》か? なんの骨《こつ》でえ?」
「なんです。あの土堤から下りてきて骨々と言っている人をおまえさん知ってるかい?」
「いえ、知りません」
「なんだか少し目の色が変わっていて、気味が悪いね。色気ちがいじゃないか。女のことばかり言って……陽気がおかしくなるとよく出るんですよ、ああいうのが……もしもし、どうかお静かにねがいます。いま、少し魚が寄ってきたところですから……」
「なにを言ってやんでえ。ぐずぐず言うねえ。お静かにねがいますったって、魚に人の言葉がわかるけえ。おれもそこへ行くぜ……どっこいしょのしょっと……」
「ああ、なんだい、この人は湯へ入るようだね。こりゃあ、とんだことになっちゃった……すいませんが、あなた、ご順にお膝《ひざ》おくりを……とうとうあいつに釣り場をとられちまって……これからってところだったのに、あいつのために……あなた、あなた、見てごらんなさい。あいつ、どう見てもふつうじゃありませんよ……ふふふふ」
「やいやい、この野郎、なんだって、おれの顔を見て笑うんだ。てめえ、なんだな、おれに骨《こつ》が釣れめえとおもってせせら笑ってやがるんだな。冗談言うねえ。こっちは、ちゃーんと回向の酒も買って、元手《もとで》がかかってるんだ。てめえたちにいい骨《こつ》を釣られて、おやそうですかとひっこんでいられるもんか。こん畜生、さあ、これから、オツな骨《こつ》を二つでも三つでも釣って行こうてんだ。こうなりゃあこっちのもんだ」
「こりゃひどいな……もしもし、骨《こつ》だかなんだか知りませんが、そう竿をふりまわしたんじゃあ、水がはねかってしょうがありません。お静かに、お静かに……」
「なにを言ってやんでえ。お静かにしようと、おやかましくしようと、おれの勝手じゃあねえか。それともなにか、この川は、てめえの川か?」
「いいえ、別にあたしの川じゃありませんが、とにかく水をはねかさないでもらいたいんで……あれ、あれ、あなた、失礼ですが、餌がついていないようですね。それじゃあ釣れっこありませんよ。餌をお忘れなら、あたしのをおつかいなさい」
「よけいなお世話だい。骨を釣るのに、餌もなにもいるもんか。ええ? 餌がついてなけりゃあ、釣れっこありません? なにを言ってやんでえ、連れっ子も継《まま》っ子もあるか。なんにも知らねえくせに、素人は黙ってひっこんでろってんだ。こうやってりゃあ、鐘がボーンと鳴るだろう。葭がガサガサとくらあ。なかから、烏がパッと出てくりゃあこっちのもんだ。べらぼうめ、こっちはそれを待ってるんだ……(さいさい節になり)※[#歌記号、unicode303d]鐘がボンと鳴ーりゃさ、上げ潮、南風《みなみ》さ、烏が飛ーびだーしゃ、こりゃさのさあ、骨《こつ》があーるさーいさい、ときやがら、スチャラカチャン、スチャラカチャン」
「しょうがねえな、こりゃどうも……あなた、そう浮かれちゃあ困るなあ……あなた……あなた……水がはねかるから……そう、かき回しちゃだめだよッ」
「なんだと? かき回してるだと? かき回してなんぞいるもんか。おらあ、ただ、水をたたいてるんじゃあねえか。かき回すてえなあ、こうやって竿を水のなかへ入れてぐるぐるっと回すんだ」
「あれ、あれ、こりゃあいけません。とても釣れませんから、あなた、しばらく見ていましょう、竿をあげましょう」
「なにを言ってやんでえ……けど、ゆうべ先生ンところへきた骨《こつ》は、年が若すぎたねえ。あれじゃ話相手にならないよ。やっぱり二十七、八、三十でこぼこの、オツな年増の骨《こつ》でなくちゃいけねえ。やって来ますよ、きっと……カランコロン、カランコロン、カランコロン、カランコロン……『こんばんは。あたし、向島から来たの』『おう、骨《こつ》じゃねえか、遅かったね』『遅かったって、おまえさんがお酒をかけたろう、だから、あたし、酔っぱらっちゃって……』『そうかい、そういやあ、顔色がほんのり桜色だな、まあ、こっちへ上がんねえ』『だって、むやみに上がると、角《つの》のでる人がそばに座ってんじゃないの?』『そんなことあるもんか。おらあ、ひとり者だよ。心配しねえで上がってこいよ』『おまえさんのそばへ座ってもいいのかい?』『ああ、いいとも、座ってくんねえな』『じゃあ、そうさせてもらうよ』ってんで、骨《こつ》がすーっと上がってきて、うふふふ、おれのそばへぺったり座る……ああ、ありがてえ」
「あれ、ごらんなさい。あの人、水たまりへ座っちまいましたよ」
「おれのそばへ座った骨《こつ》が、またうれしいことを言うよ。『けども、いまは年が若いから、おまえさんがいろんなことを言うよ。けど、おばあちゃんになるてえと、あたしを捨てて、若いのかなんか引っぱりこんで、苦労をかけるんじゃあないの?』『よせやい、おめえというかわいい恋女房がありながら、そんなことをするもんかよ。おまえを一所懸命かわいがるよ、おれはもう、一所懸命働きますよ』『あら、ほんと。ほんとうに様子のいいことを言うよ、この人は。その口であたしをだますんだろ? なんてにくらしい口なんだろう。ぐっとつねってあげるから』」
「痛い痛い痛いっ、なんで、あたしの口をつねるんだ」
「嫉《や》くない、この野郎」
「嫉いてやしませんよ。ああ、痛い」
「『じゃあ、おまえさん、ほんとうに浮気はしないね』『ああ、しやあしねえ。大丈夫だってことよ』『そんなことを言って、もしも浮気したら、くすぐるよ』『よせよ、おれはくすぐられるのがいちばんだめなんだ』『でも、ちょっとくすぐらしてよ』てんで、骨《こつ》が、柔らかい手で、おれのわきの下を、くちゅくちゅくちゅ……『よせよ、よせよ。くすぐったいよ。だめだ、だめだよ、はっはっはっはっ、助けてくれ、くすぐったい』痛いっ」
「ふふふふ、ごらんなさいよ。あいつ、自分で自分をくすぐって、ひとり言を言いながら釣り竿をふり回して、自分のあごを釣り上げちゃいましたよ」
「ああ、痛《いて》え、痛《いて》え。畜生め、人があごをひっかけてるのに笑ってやがらあ。薄情な野郎じゃあねえか。えーい、と、やっと針がとれた。いけねえ。血が出てきやがった……うん、こういう針なんてつまらねえものがついているからいけねえんだ。こんなもの邪魔だ、捨てちまえっ」
「あれっ、あいつ、針をとっちまったよ。あきれたねえ」
「どうもこんなところにはいられない。さあさ、みんな、場所替えだ……逃げましょう」
「おい、おい、どこへ行くんだよ。おい、逃げることねえだろう?……ははは、ざまあみやがれ、まごまごすっと、はり倒すぞ……おやおや、野郎、泡ァくらって、弁当箱を忘れていきやがった。どんなものを食ってやがんだろう?……ふーん、油揚げと焼き豆腐の煮たやつだ……うーん、こりゃあ、見かけによらずうめえや、ふふふ、こうやって弁当を食って、晩にゃあ骨《こつ》が来るというんだから、釣りてえものは結構なものだね。……それにしても、もう烏が出そうなもんだぜ……よッ、出た……出たけど、なんだ、烏じゃねえ、椋鳥《むくどり》が出やがったよ、ははあ、烏が忙しいんだな、さもなきゃあ風邪かなんか引きやがったんだなあ、『すまないけど、ちょいとあたしァ頭が痛いんだから、椋《むく》ちゃん代わりに行っとくれよ』『よし、心得た』ってんで椋鳥が出やがったんだ。なんだってかまやしねえや、出さえすりゃあこっちのもんだ。※[#歌記号、unicode303d]葭《よし》をかき分けさあ、骨《こつ》はどこーさ、とくらあ……これじゃあどこに骨《こつ》があるかわからねえ。まあいいや、このあたりに……ずーっと酒をまいておけば骨《こつ》にふりかかるだろう……と、おやおや、おどろいたねえこりゃたいへんに骨《こつ》があったぞ、ありがてえ。また、大きな骨《こつ》だねえ……さあ、骨《こつ》や、酒をかけるからな。いいかい、先生みてえに飲み残しじゃあねえぞ。こちとらあそんなしみったれじゃねえや。まだ手つかずってえやつだ。これをみんなかけちまうからな。きっと来てくれよ。ほろ酔い機嫌で来てくれよ、頼むからなあ、……待ってくれよ、骨《こつ》のまじないの文句があったっけなあ……そうその来う、野をおやす、骨《こつ》をたたいて、お伊勢さん、神楽がお好きで、トッピキピノピッ……ときやがらあ。いいか、来とくれよ。待ってるよ。おれのうちは、浅草門跡さまの裏で、八百屋の横丁を入った角から三軒目、腰障子に、丸に八の字が書いてある、すぐわかるよ。じゃあ、あばよ」
と言って、そのまま帰った。
すると、かたわらの葭のかげに屋根船が一艘《いつそう》つないであって、その中に幇間《ほうかん》が客待ちをしていて、これを耳にした。
「よう、恐れ入ったね、よそでは人目につくってんで、女人を葭のなかへひき入れて、晩の出会いの約束なんぞはにくいね。あの場へ出ていって、よう、お楽しみ、なにかちょうだいてなことを言えば、そりゃ、いくらかになるだろうが、それじゃあ、芸人の風流がなくておもしろくないや。こうしてお客をしくじり、船のお留守番で障子を閉めてうとうとしてたんだが、これもなにかの縁起……よし、今夜、お宅へうかがって、ご機嫌をうかがうとしよう。なんとか言ってたね、うちは、浅草門跡さまの裏で、八百屋の横丁を入った角から三軒目、腰障子に、丸に八の字が書いてあるからすぐわかると言ってたな。芸人はまめなのが身上、さっそく、夜分になったら、うかがいましょう」
 八っつぁんは、そんなことはちっとも知りませんから、七輪の下をあおぎながら、待っている。
「どうしたんだろうと。とまどいしていやがるんじゃねえか……もう来てもいい時分なんだが……もし、お隣の先生……おまえさんところへ骨《こつ》が行ったらこっちへまわしておくんなさいよ。あっしゃあ、元手をかけてるんだからね……もう、湯も沸いてるし、差し向かいで一|杯《ぺえ》やろうてんで、すっかり支度もできてるのになあ、どうしやがったんだろうなあ……あれっ、表に足音がする。やっ、ぴたりととまった。来たのかな?」
「ええ、こんばんは」
「だれだい?」
「ええ、向島から参りました」
「向島から来た? よう、待ってました。いらっしゃい……いらっしゃいはいいけど、いやに声が太いねえ。いったい、どんな骨《こつ》なんだろう? おい、まあ、こっちへ入んねえ」
「ええ、ごめんくださいまし。もそっと早く上がりたかったんでげすが、すっかり遅くなりやして、どうも……おやおやおや、こりゃ、結構なお住居《すまい》でげすなあ。あなたが当家のご主人さまで……へえ、お頭髪《つむり》がのびて髭《ひげ》ぼうぼうの格好はようございますな。じつにどうも骨董家の好《す》くうちでげす。障子は渋紙を用いたところは風流で、桟《さん》ばかりときましたねえ。畳はがれの根太板ばかり、薄縁《うすべり》の上に座っている格好などはオツでげすな。流板《ながし》おっこちの、みみずうじゃうじゃ大行列……お宅のご仏壇はみかん箱を荒縄でしばって吊《つる》してあるなんてえのは、凡人にはできないことでようがすな。線香立ては鮑《あわび》っ貝、お灯明皿がさざえの壺なんざ、うれしいや。このお天井なるものが、ちょいとそのへんに類のないてえやつだ。雨の降る日には、座敷に座ったままで番傘をさすという……じつにどうも、よそのお宅では味わえない風情《ふぜい》で……しかも、いながらにして月見ができるんでげすから……裏住居すれどこの家に風情あり、質の流れに借金の山、あ、よいよい、というのは、ここらでげしょう。てまえもかくなる上は、ひとつなにかやりやしょう。※[#歌記号、unicode303d]人を助ける身をもちながら、あの坊さんが、なぜか夜明けの鐘をつく、あれまた木魚《もくぎよ》の音がする……」
「な、な、なんだよ。おい……オツな年増の骨《こつ》がやって来るとおもったら、おっそろしい口の悪い骨《こつ》がやって来やがった……おまえはいったい、なに者だ?」
「あっしでげすか? あっしは新朝という幇間《たいこ》です」
「なに、新町《しんちよう》の太鼓? あっ、そうか。それじゃあ、あの骨《こつ》は馬の骨《こつ》だった」

[#ここから2字下げ]
≪解説≫[#「≪解説≫」はゴシック体] 「こんにゃく問答」[#「「こんにゃく問答」」はゴシック体]と同じ二代目林屋正蔵の作だといわれている。原話は中国の笑話本「笑府」にあり、その翻案が天保八年刊の「落噺仕立おろし」にある。正蔵の作った当時は、因果応報を説いた怪談風のものであった。それを明治中期、鼻(俗に、ステテコ)の円遊がにぎやかな、陽気なものに作りかえた。八五郎の言動は「湯屋番」[#「「湯屋番」」はゴシック体]の若旦那を彷彿《ほうふつ》させる。さらに明治末期以後は春風亭のお家芸となり、近年では八代目春風亭柳枝(昭和三十四年没)の唄うような釣りでのひとり言は印象に残る。
落語はいいかげんなところが妙味だが、この噺、季節はいったいいつなのか? 手向けの句「野を肥やす骨にかたみの薄《すすき》かな」は秋だが、「四方の山々雪解けて、水かさまさる大川の、上げ潮|南風《みなみ》……」と春の景色、さらに幽霊が出没するから夏の怪談噺……と、目茶苦茶で統一しようがない。
矢野誠一著『落語・長屋の四季』は、「烏のかわりにとび立つ椋鳥を理由に秋としたいところだ。人骨に回向をするさびしさも秋にふさわしいし、だいいち、くるか来ないかわからない佳人の幽霊を待とうなどは、絶対に、秋の夜長でなくてはならないではないか」と俳味ある判定をくだしている。
サゲは難解だが、新町は台東区浅草吉野町付近で、昔ここに太鼓屋がたくさんあり、太鼓の皮は馬皮を使った。そこで幇間《たいこもち》のたいこ[#「たいこ」に傍点]と太鼓を引っかけた「語呂合せ」。おなじ隣家の浪人が夜ごと、看経《かんきん》の伏鉦を叩き、反魂香を焚き、三浦屋の高尾の霊魂と語りあう「反魂香」という噺がある。こちらの浪人の名は島田重三郎で、尾形清十郎ともどもさびしく、あわれな身の上である。
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%