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落語百選79

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:干物箱「おい、幸太郎、なにをがたがたしてるんです? なんですゥ? お湯ゥ行くんです? おまえお湯ゥ行くんならもっとおまえ
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干物箱

「おい、幸太郎、なにをがたがたしてるんです? なんですゥ? お湯ゥ行くんです? おまえお湯ゥ行くんならもっとおまえ早く行ったらどんなもんだい? 昼のうちから行っときゃ、湯だってきれいじゃないか。それにおまえの行く湯はちょいと遠すぎますよ。前の晩出てって、明日の朝にならなきゃあ帰ってこられないような、そんな遠い湯に行かないでも、町内にいくらも湯屋があるんだから。こないだみたいに、湯へ行ってきますと、家を出たっきり、七日も帰らないのはいけませんよ。早く帰っとくれ」
「へえ……えッへッへッへェ、なんだいうちの親父《おやじ》は? えっ? おれがお湯に行くってえば、あれだけの叱言《こごと》が言いてえんだからねえ。始終《のべつ》叱言ばかり言ってやがら……。叱言の国から叱言をひろめに来たんだね。あはッ、うちの親父てえものァ、おれが花魁《おいらん》かなんかに騙されてるとおもってるんだな。え? 花魁の言ったことを親父に聞かしてやりてえな。『おまはんみたいな粋な息子さんをこさいた[#「こさいた」に傍点]、おとっつぁんの顔が早く一ぺん見たいわッ……』えッへッへェ、花魁はおれの女房ンなる気があるからそれを言うんだけど、あの親父を見せたひにゃあひと晩で寝返りだね。縁切り親父だね、あの親父てえものァ……お湯ゥ行って帰《かい》ってきたら親父ァよろこぶだろうなァ……『おッ、おまえ帰ってきはしまいとおもったけどそいでも[#「そいでも」に傍点]おまえ、よく早く帰ってきた』ってにこりッと笑う顔が見たいな。孝行の万分の一にあたるからなァ……親父の笑う顔もいいけど吉原《なか》の花魁の笑う顔もいいぜ。親父のはあれァ顔が笑うんじゃあないんだからね。皺《しわ》が笑うんだからねえ……顔じゅう皺だらけだからね。花魁のァこう笑うとねェ、えくぼ[#「えくぼ」に傍点]が出て、ここイ指を入れてねェ、ひょいと抜くとぽォん[#「ぽォん」に傍点]と音がするんだからなァ。行きてえなァどうも」
「あらよゥッ!」
「ああァ威勢のいい俥《くるま》だなァ、綱ッ曳《ぴ》きときたねェ……えッへッへッ、女郎買いの俥だねェ、えッへッへッ、お寺詣りの俥じゃないぜェ……えへ、うまく本屋の善公が家にいててくれりゃあいいんだがなァ。たしかにこの路地だとおもうんだが……ああ、いるいる、あッは、灯火《あかり》がさしてやがる。犬がちんちん[#「ちんちん」に傍点]してやがる。借金取りが来るとこの犬をけしかけるんだがね、どういうわけのもんだ……おおい、善公、おい、いるかァい?」
「おやおや……たまたま家にいれば夜まで借金取りが来るんだからかなわねえなァどうも。……エー、善さんよくお寝《やす》みですよッ」
「お?……お寝《やす》みだっておまえ、中で口きいてるじゃねえか」
「覗《のぞ》いちゃいけねえなァどうも。ええ、たぶん寝言でござんしょ」
「なにを言ってるんだよおい……おれだよゥ、おい、心配することない、おれだよ、おれの声がわからないか? おれだよ」
「おや、若旦那? 幸太郎さんですか? あ、そう、すいません。あたくしァねェ、もう怖い怖いとおもうとだれの声でも借金取りの声に聞こえるんで……そこ、締まりありませんから開《あ》けてごらんなさい。ただ開けたって開きゃあしませんよ、敷居が腐ってますから……へえ、戸を少ゥしこう上へこう持ちゃげの気味にしまして、ェェ、うわァッといけません。それだけしか開かないんで……ェェ身体《からだ》を横になすって……横に……えへッ、もう泥棒がねェ、風呂敷包背負って出られねえ入口なんで……用心がいいんで。釘が出てますからねェ、鉤裂《かぎざ》きを気をつけまして……ああァッとそこだめ、そこ根太板《ねだいた》がない」
「おれいやだなァ、おい。……どうしたい根太板?」
「根太板……燃料《たきもん》に困ったからねェ、とうにおッぺし折《よ》って燃しちまった」
「乱暴だなァ。根太板ァいいけど天井がねえじゃねえか」
「天井なんぞとうに取り払い……困ったから剥《は》がして売っちゃったんです。どうです? 家にいながら、月を拝めるなんてえな、閑静でしょ?」
「おい、さばさばしてるなァ、おい。雨が降るだろ?」
「うッふッ、『大雨に盥《たらい》家じゅう這い廻り』なんてね、そんな手ぬるい事《こつ》ちゃあない。こないだの大雨にねェ、……あたくしァねェ、家《うち》で傘ァさしてた」
「戸外《そと》だね、まるで……」
「どうしたんですよ、若旦那、え? まるっきりお見限りじゃないですか?」
「ここんとこちょっと遊びすぎちゃってね。親父《おやじ》が怒っちまってね。で、今夜は、湯へ行こうと、家を出たんだがね……おい善公、おれァおめえに頼みがあって来たんだ」
「よう、よう、へッ……黙ってらっしゃい、え? いま時分あァたがご出馬ンなって、ねえ、善公なんのご用だ……ちゃあんとあたくしゃあ心得てる。あァたねェ、花魁からご無心を言われ……えッへ、まァさァ黙ってお聞きなさいてえこと、え? おとっつぁんのちょいと金庫が引き出しにくいや、一時ご融通に、お時計かなんかを入質《まげ》ようてえ寸法でしょう? あッはァあたくしァまたねェ、あのほうときたひにゃあばかに顔がいいんで、ええ、えへェ手一杯借り……」
「だれが質に置くったんだ、おい。そんな事《こつ》ちゃあないんだ、たいへんこの節ゥおまえ声色《こわいろ》に凝《こ》ってるってえじゃあねえか、とりわけておれの物真似がおまえたいへん上手《うめえ》ってえじゃねえか?」
「えッへッへ、いやだねェあァた、若旦那あァた、いま時分そんな……そのことについて、こないだね、おかしな話……亀清《かめせい》のご宴会で、あァたが家で留守番をして、おとっつぁんがお出《いで》ンなったことがありましたろ? あのとき、あたくしァねェ、石町《こくちよう》さんに勧めらいてねェ、『善公、おまえ、座が白《しら》けておもしろくねえから、なんか余興に物真似ェやんね』『よろしい、心得た』ってんであたくしァねェ、あァたの声色を使った。ばかな喝采。へッ……『そっくりだ』ってんで喝采。おとっつぁんがちょうどねえ、厠所《はばかり》から出て来て、廊下を通ってどうとりちがいたか、『倅ッ、家で留守番をしていろというのに、またてめえァここへ出てきやがって、このばか野郎めッ』ってんで、おとっつぁんが、お叱言《こごと》。石町さんがね、『いいえ、あれは、本屋の善公が、ご子息さんの物真似をいたしたんでござんす、あれは声色でござんすよ、幸太郎さんじゃあございませんよ』『おやッ……そうですか。いや失礼なことを申してあいすいません、あたしゃすっかり倅だとおもって……いやァ善さんて方は器用な方だ、倅そっくりだが、どうしてああいう声が出るんだろう? ああ、そうですか、あッははは』って笑ってねェ、あのときのおとっつぁん、入歯を吐《は》き出しちまった」
「そんな話を親父に聞いたよ。それについておれァおめえに頼みに来たんだ」
「よォッ、よォッ、おッほッほ……黙ってらっしゃい」
「うるせえなァこいつァ、よくしゃべって……」
「こういうことにしましょう。あァたのお召物をあたくしが拝借をして着ちまうでしょ、すうゥッとねェ、へッへッへェ、それで吉原《なか》ィ繰りこむよ、へッへッへェ、花魁《おいらん》の三階の角部屋、衝立《ついたて》の陰へあァたを隠しといて、あたくしがあァたの外套を着ちまって帽子をかぶって眼鏡あてて、こういう形ンなってねェ、お部屋の前ンとこでもって『花魁……おォい、おい来たよォ』って、こう言うんで……ね? �ふさぐ矢先に来たよと言われ片々ちんばの上草履《うわぞうり》�、花魁があァたに焦《こ》がれてるでしょ。『あら若旦那、どうしたの? 待ってたのォー』ってんであァたとまちがいてあたくしにかじりつくだろ、『家《うち》ィ入ったら帽子なんざァ、お取ンなさいね、なんですねェ』ってんで帽子をひょいと取ると、あたくしの凸助頭《でこすけあたま》が出るでしょ。『あらッ、若旦那に善公が化けてきやがった畜生め、あたしゃ口惜しいッ』ってんで口惜しいのと恥ずかしいので癪《しやく》を起こします。『花魁そんなに病《やまい》づかなくってもいい、あァたの合薬《あいぐすり》はこれにあり』と、うふッ、あァたを衝立の陰から出して、えッへッへェ、どおォんとぶつけるとねェ、あァたは日本一の色男はおれだてえな顔ォして、あァたが反《そ》り身ンなって、下眼《しため》を使って、にやり[#「にやり」に傍点]ッと笑うでしょ。花魁が、『あァらうれしいわ』ってねェ、上眼《うわめ》を使ってにやり[#「にやり」に傍点]ッと笑う。ご病気が全部ご全快てえことんなって『よッ……こりゃあめでたい。なんたるめでたいことだろう』ってんであたしが、お祝いとしてこの五円頂戴を……」
「欲張ってやァんなァ、おい……おまえの話はみんな自分がしまいに儲かる話だねェ、おい……そんな事《こつ》ちゃない。親父が寝ずに待ってるってんだよ。年寄りを寝かさねえなんて、そんなこたァない、三時間のあいだ、ちょいと顔さえ見せりゃあいいんだ。『親父がねェ、やかましくって来らんなかった』ってこの顔さえ見せりゃあ……花魁の胸がぐう[#「ぐう」に傍点]ッとすくんだから」
「ラムネみてえな顔だねェ、あァた」
「三時間のあいだ二階へ上がっててね、親父が話をしかけたら『おとっつぁん睡《ねむ》うございますから、なんかご用がございましたら明朝《みようちよう》に願います』って『お寝《やす》みなさい』っとこう言ってりゃあいいんだ。おれは、急いで行ってくるから、裏口で交替になるから頼むよ」
「へえ、なるほど……と、てまえごいっしょにお供をするのかとおもったら、ええ、お留守番で……」
「いやかい?」
「いやかいって……そりゃあ、つまんない役だァ、ばかばかしいや、よそうじゃァありませんか」
「なんだよ、いやだってえのかい? ああ、いやならいいんだよ。おまえ、去年の暮れのこと忘れちゃあいけませんよ。去年の暮れェどうしたい? 単衣物《ひとえもん》を着やがってぶるぶる震えてやがったろ?『善公、どうしたい?』ったら『若旦那、あたくしはこのとおり単衣物一枚』てめえ泣きッ面ァして、おれが貸してやったとき、なんて言った?『若旦那、あァたのご恩は死んでも忘れません。あァたのためなら生命も捨てる』って言ったじゃあないか?」
「言いましたよ、生命も捨てるってえことは。でもこりゃ、それほどのことじゃあないでしょ? およしなさいよ、つまんない。第一、あァたのおとっつぁんに、もしバレてごらんなさい。たいへんですよ。それでなくとも『うちの倅を道楽者にしたのはおまえだ』って、目の仇《かたき》にされてるんだから……」
「そんなことはないよ。いやな顔すんなよ。おまえにものを頼んだって、これまでに、いつただ[#「ただ」に傍点]頼んだ? こんなことはねェ、羽織の一枚、小遣いの十円もつけりゃ、だれでもやるんだから、おまえは偉いよ、おまえは……」
「な、なんです、なんですよッ……それならそれと最初《はな》からそ言ってくださいな。羽織と十円とくりゃァあたしァ、もう二階どころか、屋根へでも上がる」
「烏《からす》だねまた……じゃあやってくれるか?」
「ええ、あたしは若旦那のためだったら生命もいらねえ」
「現金な野郎だァ。じゃあ頼むよ。……戸締まりはどうだい?」
「ええ、この家は用心がいいんです。泥棒が入ったら、泥棒が気の毒だって、なにか置いてこうって家です。さ、まいりましょう。……若旦那、結構ですねェ、あァた、今夜、大和《やまと》さんに会うんでしょ?」
「それがためにおめえを頼むんじゃねえか」
「えへへ、あたしだって、たまには橘《たちばな》にこの顔を見せてやりたい」
「いやなやつだねェこいつァ、そういえば、善公、橘とばかなでき[#「でき」に傍点]だってえじゃねえか」
「へッ、でき[#「でき」に傍点]はないでしょ。へッへ、あれとあたくしの仲なんてえものは、もう夫婦ってってもいいくらいなもので、へえ。�一つ夜に二つ枕で話したことが、どうして廓へ知れ……�」
「しィッ」
「へえ?」
「しッ、場知らず、……家の前へ来てるじゃないか、おまえはそれだからいけねえ。じゃあ、おれはこれからちょいと行ってくるから、うまくやっとくれよ。しくじっちゃあだめだよ、いいかい? 頼んだよ……」
「ェェおとっつぁん、ただいま帰りました」
「おお、幸太郎か? 早かったな。そうやって早く帰ってくりゃあ結構、締まりをしたら、どうだ、こっちィ来て、茶でも飲むか?」
「いえ、あの……明朝早く起きていただこうとおもうんで、ェェ、今夜は睡《ねむ》とうございますから、お先ィ、お寝《やす》みなさい……と、どうです? うまいもんでしょ?」
「……? なにがうまいだい?」
「いえ、なに、こっちのことで……えッへッへェ、このままお二階へ……と、若旦那になりすまし、こうしてりゃあ、そのうち若旦那が帰ってくるよ、うん。……裏木戸をこんこん[#「こんこん」に傍点]と叩《たた》いて、『ご苦労だったな』ってんで、羽織と小遣いをいただき……小遣いをいただいたら、今度はおれのほうで、すゥッと遊びに行こうじゃねえか。……よろこぶだろうねェ、橘がまた、うん。ありがてえな、どうもなァ。……けど、これが、万に一つも、今夜のうちに帰ってくれないとたいへんなことになるよ。夜中に見《め》っかって『てめえ、善公じゃねえァかッ』って、お目玉食らったひにゃあ、目もあてられねえや。……またあの花魁《おいらん》てえのがなかなかはなさないんだよ。そこんところを、振り切って帰ってきてもらわねえと困るよ。若旦那はまた、女に甘《あめ》えからなァ、『若旦那、帰っちゃいやッ』てなこと言われると、『うん、そうか、じゃあそうしようか』なんてえことになると困るんだよなァ、ここんところはひとつおもい切りよく帰ってきてもらわないとなァ。……けどな、そのまんま帰す花魁じゃねえからな。なんか手を考えるよ? 都合のいいときに癪《しやく》が起きるんだ。ねェ、『痛いよう、きりきり痛いよう』なんて、すぐどっか痛むんだからね。体裁がいいね、ほんとうに。『どうしたんだ?』『どうしたって、若旦那が帰るってえから痛むんだよゥ』『うん、じゃ、しょうがねえから今夜泊まろうか?』なんてって、泊まっちゃったりしちゃあ、やだよ、おれ。泊まられちゃあ困るよ、そりゃあ困るよッ」
「なにか困ってんのか? おいッ」
「いや、あの、おとっつぁん、お寝みなさい」
「なんだい? ぐずぐずぐずぐずひとり言を言ってさ。まだ起きてんのか?」
「いえ、あの、よォく寝てます」
「なにを言ってやがる。口をきいてるじゃあねえか」
「たぶん寝言でしょ」
「起きてるんなら、聞きてえんだが、おまえ、今日無尽に行ってくれたな?」
「おい、知らないよ、いやだよ。こういうことがあるからいけないよ。こういうことは最初《はな》からそう言っといてくれなくちゃいけませんよ。また、こんな日に無尽に行くことはねえじゃねえか……はい、行きました」
「行ったのはわかってんだよ。それで、それで、どこへ落ちた?」
「なに?」
「どこへ落ちた?」
「はい、なんです、あの、落ちたんでございます」
「落ちたのはわかるよ。だから、どこへ落ちたんだよ」
「いえ、ですからあの、ずうッと先の銀杏《いちよう》の木へ……」
「冗談言っちゃいけない。雷じゃねえや。どなたさまのところへ、落ちたと聞いてるんだ」
「し、知らないよ。おれァいやだよ。うん、うん、なんでござんす。ええ、あの、あの、落ちたんでござんすから、どうぞご心配なく」
「いや別に心配はしてねえんだよ、どちらさまへ落ちたんだか聞かしておくれ」
「つまりなんでござんす。あのゥ……ンやさんに落ちました」
「なんだ?」
「うあ……さんです」
「なにを言ってんだか、さっぱりわかんねえな、おまえは。ええ、どちらさまだ、山田さんか?」
「ええ、ええ、そう山田さんですよ。だれがなんと言っても山田さんで……」
「だれもなんとも言わねえじゃねえか。そうか山田さんのところへ、そうかい……あの、それからな」
「おとっつぁん、もう助けるとおもって、お寝《やす》みなさい」
「なんだよ、助けるとおもっててえやつがあるかい。もうひとつだけ聞きてえことがあるんだ。……幸太郎、おまえだろ? 今朝、『お向こうの泉屋さんから北海道の土産だって干物をいただきました』って、おまえ預かっといたんだろ? あれァなんの干物だったい?」
「知らないよ。干物なんぞもらわなくたっていいじゃねえか。この家《うち》っくらいなんかもらってよろこんでる家ってものはないねェどうも……へえ、干物は、たぶん魚の干物でござんしょう」
「青物《あおもの》の干物てえのがあるかい、あたりまえだよ。大きいからなんだって聞いてるんだよ」
「しょうがねえなァどうも……大きいのァ鯨《くじら》の干物でござい……」
「干物ですよッ」
「お寝みなさい」
「ばか野郎、鯨の干物てえのがあるか。もっとずっと小せえや」
「小さいのはあれァ鰌《どじよう》で……」
「なにをくだらないことを言ってんだよ。なんでもかまわねえが、鼠ががたがた騒いでるんだ。どこへしまったんだ?」
「冗談じゃあないよ、他人《ひと》の家の台所までわからないよ。どこへしまったって……あの、大丈夫でござんす、ちゃんとしたところへしまっておきました」
「ちゃんとしたとこってえと、どこだ?」
「へえ、箪笥《たんす》でござんす」
「ばか、箪笥の中へしまうやつがあるか、臭くなっちまう。ほんとうに、ふざけてねえで、どこへしまったんだ」
「あの、なんでござんす、その、箱でござんす」
「ああ、どんな箱?」
「あのゥ……干物箱に……」
「ひものばこ? そんな箱があったかい? どんな箱だい?」
「あるんですよ、ずっとまえから家には……お寝《やす》みなさい」
「なにを言ってんだ……年寄りをからかいやがって……どうでもいいけど、鼠ががたがたしてしょうがない。おまえね、あたしの枕もとに、あの干物……いいッ、あたしがするからいいッ」
「……ああッおどろいた。寿命が三年ばかし縮《ちぢ》まっちゃったよ。畢竟《ひつきよう》ここの家《うち》が、親が甘いから上がってこないがねェ、やかましい家《うち》ならいまどきどんな目にあってるかわからない。羽織と十円ぐらいじゃ合わないねェこんなことは……ねェ、このていたらく[#「ていたらく」に傍点]を知らねえや、いま時分若旦那、花魁と差し向かいでうまくやってるてえのにこっちァ……というものの、若旦那も罰当たりだよ。え? おとっつぁんだってやかましく言うのは無理ないよ。親の心子知らず、といってね。いい部屋だねェ、銭がかかってますよ。こんないい部屋にいて、寒いなかわざわざ出かけることはねえじゃあねえか。ここの家の一人息子だからねェ、少ゥし我慢すりゃあいいじゃねえか。いまにみんな自分のものになる……あッ、これですよ。若いもののする仕事てえものは……花魁からきた手紙を、こんなとこへおッぽり出しといて、明日《あした》親父に見《み》っかりゃあまた叱言《こごと》だ。頭かくして尻かくさず。えへッ、この手紙を読んどいて、明日《あした》若旦那から罰金を取ってやろうじゃないか。えッへッへッ、ご商法ご商法、と。……ああ、大和さんが書いたんだな、ェェ『おん開かせもご面倒ながら、想うに耐えかね、一筆《ひとふで》しめし上げまいらせ候』……うまいねェ、え?『先《せん》もじは、ようぞやおん出《いで》くだされ、あの節わたしこと、血の道が起こり、うち臥《ふ》し居り候』……あッはッは、殴るぞふざけると畜生ッ……いい女の病《やまい》はちがうねェ、え? 血の道とくるね、もっとも悪い女でも痔《じ》の病とは書きにくい……あッ、おれの名前が書いてあるよ。『次に本屋の善さんの敵娼《あいかた》、橘さんの申すに』……はァ? どうだいおれの女ァ言づけしてよこしゃあがった。あッははは、あいつァ惚れてやがんねェ……なんのかんのったっておれだ。よくあるやつだ『若旦那ンとこィお手紙? そォ? じゃあうちのひとへも、お言づけを願いたいんですがねェ』『あーら……お高価《たか》いことよォ、なんかお奢《おご》りよ』えッへッへ、なんて噂ァとりどりだ。ェェ『橘さんの申すには、あの善公』……善公ってえなァひどいねェおい……ああ、口でけなして、心でほめてってえからな、『あの善公はもとよりいやな客に候えども、若旦那のお供ゆえ、余儀なくお客にいたし候』……そんな様子《けいき》じゃあねえんだが、なァどうも……『先夜|名代床《みようだいどこ》の下に、汚き越中褌《えつちゆうふんどし》を置き忘れ』……ああァ、あの褌あすこィ忘れてきちゃった……あの褌の行くえ捜索中だったからなァ……もっともあの褌てえものは、他人《ひと》さまに見せる代物じゃなかったよ。鼠の華鬘《けまん》ときてるン……紐は真田《さなだ》で小間結びンなって、しかも脂《あぶら》ぎってほどけねえんだ。しかたがねえから寝床ン中で切っちゃって、まるめて布団の下へ入れといて、あの朝、若旦那に急《せ》かされて、忘れてきちゃった。あの褌は敵《かたき》だよ。けど、それをなにも麗々《れいれい》と書くことはねえだろう。『藤助どんがなんの気なしに床を上げるが早いか、その臭気はなはだしく』……その臭気はなはだしく? 大形《おおぎよう》だな、おい……『その臭気はなはだしく仲之町まで臭い』……そんな遠くまで臭うかい。『角町《すみちよう》、揚屋町《あげやまち》まで大評判、衛生係が出張なし石炭酸もよほど散財、ああァいやなやつ』……なン、なに言ってやがんだい。こっちゃあ客じゃねえかッ、客をとッつかまえやがって……そんなわからねえ……」
「……? なんだい二階の騒ぎは? え? こらばか野郎一人じゃあないよ。たまに家ィ泊まればこれですよ。なんの事《こつ》たいまァどうも。(手燭を持って二階へ上がりながら)あきれたもんだねェ、おとなしく寝らんないのかねェ。気ちがいじみた声を出しゃがって、じつに情けない。どういうわけのもんでしょう、どうも……あッ、こんな事《こつ》てしょう。まァどうも様子がおかしいと思《おも》……おまえさん善さんじゃ……」
「なんぼ善さんだってこっちゃあ客じゃありませんか。客をとっつかまいてあァた……あッ、あ、どォも昨年中はどォもいろいろご厄介ンなりましてござんす。ェェ本年もあいかわらず……」
「なにを言ってんだ。秋口になって年始を言うやつがあるか……察するところ、うちのばか野郎になんかもらって、頼まれなすったんだろ?」
「あッは、じつはお宅のばか野郎に……」
「なんだおまえまでばか野郎とは……」
トントントントントントン……。
「おい善公……おおい……おおい……善公……忘れ物《もん》だよ、忘れ物忘れ物……用箪笥の抽出《しきだし》ッ……紙入れ紙入れ、おいッ……窓から放っておくれ、おおい……善公ッ」
「ばか野郎、罰当たり、忘れ物《もん》して帰ってきやがった。……幸太郎ッ、どこをのそのそ歩いてる?」
「あッはッは、善公は器用だ、親父《おやじ》そっくり」
 
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