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落語百選100

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:芝浜「ねえ、おまえさん、おまえさんっ」「おうあゥ、なんだなあ、人がいい心持ちで寝てるのに、おい、こん畜生、邪慳《じやけん
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芝浜

「ねえ、おまえさん、おまえさんっ」
「……おう……あゥ……、なんだなあ、人がいい心持ちで寝てるのに、おい、こん畜生、邪慳《じやけん》な起こし方ァしやがって……なんでえ?」
「ねえ、早くってすみませんけどねえ、起きて魚河岸《かし》へ行ってくださいよ」
「えッ?」
「商売《あきない》に行ってくださいよ」
「なんでえ、商売《あきない》に行けってえなあ?」
「なんだじゃあないよ、昨日《きんの》おまえさん言ったじゃあないか、あしたの朝っからおれァもうまちがいなく商売《あきない》に行くから、今夜は飲むだけ飲ましてくれっておまえさん、ぐでんぐでんに酔っぱらうほど飲んだじゃないか」
「うふん……昨夜《ゆうべ》? そんなことを言ったか、おれァおめえに? え? ふうん? 商売《あきない》ってえやつも、いえ、行かねえってわけじゃあねえけどもよッ、ものにゃあついでてえこともあらァな、いいじゃあねえか、おめえ、まだ行かなくったって、もう二、三|日《ンち》」
「ばかなことを言っちゃあいけないよ。もう、おまえさん、十日も二十日《はつか》も商売を休んでるじゃないか。歳末《くれ》も近いってえのに、どうするつもりなんだい?」
「わかってるよ。おめえがなにも鼻の穴ァひろげて、歳末《くれ》が近いって言わなくったって、うちだけが歳末が近《ちけ》えわけじゃねえや」
「なにをのんきなことを言ってんのさ。釜《かま》の蓋《ふた》ァあきゃあしないよ」
「釜の蓋があかなきゃあ、鍋《なべ》の蓋かなんかあけときゃあいいじゃねえか」
「釜も鍋もあかないんだよッ」
「うふん……なにもおめえ釜だの鍋だの無理にあけるこたァねえじゃあねえか、あかねえもんなら。どうしてもあけてえなら水甕《みずがめ》の蓋かなんかあけて、間に合わしときねえ」
「鮒《ふな》や鯉じゃないから、水ばっかし飲んで生きてるわけにゃあいかないじゃないか。そんなことを言わないでさァ、しっかりしとくれよ、ねえ、昨日《きのう》あれだけ約束したんだから、行っとくれよ、商売《あきない》にッ」
「そんな約束したかい? 昨夜《ゆうべ》?……行かねえとは言わねえけどもよう、考《かん》げえてみねえな、そう、すらっといくもんじゃあないよ。そうだろう。十日も二十日もおめえ、商売《あきない》休んじゃったんだぜえ。得意先がおめえ芋《いも》だの牛蒡《ごぼう》食ってつないでるわけァねえだろ? どっかほかの魚屋が入ってるとか、な? なんかしているところへ、間抜けな面ァして荷を担いで『今日《こんち》ァ、魚勝でござんす』『なんだい勝つぁん十日も二十日も来ねえでいまごろ来たってしょうがねえや、ほかの魚屋が入《へえ》ってるんだい、だめだよ』……なんてンで剣《けん》のみォ食って引き下がってくるなんざあ気がきかねえじゃあねえか」
「なにを言ってるんだよ、おまえさんが行かないからほかの魚屋でもなんでも入るんじゃあないか、おまえさんの得意なんだよ、おまえさんが行きゃあ、『どうしたんだい魚勝、また酒に飲まれやがった』ぐらいそれァ一度は叱言《こごと》は言われるだろうけれどもさ、蟹《かに》の一杯でも鰈《かれい》の一枚でも買ってくださるんだよ。そりゃ最初《はな》のうちは少しぐらい、いやな顔をされて断わられたって、そこはおまえさん十日も二十日も休んだほうが悪いんだからしょうがないよう、ね? それともなにかい? おまえさん、もう他人《ひと》にとられた得意先を取り返すだけの腕ァないのかい?」
「なによゥ言ってやがんでえ、こちとらァ餓鬼《がき》のうちから腕でひけェとったこたあねえや」
「そんなら行っておくれな」
「行けったっておめえ、……二十日《はつか》も休んじゃってんだろう? 盤台《はんだい》がしょうがねえじゃあねえか……箍《たが》ァはじけちゃっておめえ、水がたらたら洩《も》る盤台なんぞ担いで歩けるけえッ」
「なにを言ってんだい、きのう今日魚屋の女房になったんじゃあないよ。ちゃんと糸底ィ水が張ってあるからね、ひとッ滴《たら》しでも水の洩れるようにゃあなっちゃあいないんだよ」
「……庖丁《ほうちよう》はどうなったい?」
「昨夜《ゆんべ》出して見たんだけどねえ、おまえさんがちゃんと研いで、蕎麦殻《そばがら》ン中へつっこんであったろう? ピカピカ光って、生きのいい秋刀魚《さんま》みたいな色ォしているよ」
「……草鞋《わらじ》ァ?」
「出てます」
「フッ、よく手がまわってやがんな。商売《あきねえ》にいくったっておめえ、仕入れの銭《ぜに》だっているんだぜ?」
「馬入《ばにゆう》に入ってるよ」
「ふ……煙草ァ?」
「馬入に入れといたよ」
「いけねえ、こっちィくれ、どうも煙草ァ馬入ィ入れとくてえと、すぐ出そうったって間に合わなくってしょうがねえ、こっちィかしねえ、……やっぱし煙草てえやつァ腹掛けのどんぶりにつっこんどくのがいちばんいいんだい。ええ? 行くよゥ、行きゃあいいんじゃねえか、行きゃあ……やいやい言うない、うるせえなッ」
「……いやな顔しないで行っとくれよ。久しぶりで商売《あきない》に出るんじゃないか、ね? ほうらごらんな、支度をすればやっぱしいい気持ちだろ? 草鞋ァ新しいからさあ、気持ちがいいだろう?」
「よかないよ……気持ちがいいってえのは、好きな酒飲んで、ゆっくり朝寝しているときを言うんだ」
「勝手なことを言うんじゃないよ。しっかりやっとくれよ、魚河岸《かし》行って喧嘩しちゃあいけないよ」
「あー、行ってくるよ(と天秤《てんびん》を肩に)……うー、寒《さむ》い、寒《さむ》い。眠気なんかすっかり覚めちまった……ちぇッ、やだやだ……なあ、考《かん》げえてみると、魚屋なんてなあ、つまらねえ商売だなあ。どこの家だってみんないい気持ちで鼾《いびき》ィかいてるさかりだあ、なあ? あたりは真っ暗だし、起きてるとこなんざ一軒もありゃしねえや、なあ? 起きてンなあおれとむく犬[#「むく犬」に傍点]ぐれえなもん……シッ、シッ、こん畜生ッ、なんでえ吠《ほ》えつきやがって、よせやい、二十日も面《つら》ァ見ねえもんだからこん畜生忘れちまやがって、おれだいおれだい、あッはッは、やっと気がつきやがって尻尾《しつぽ》ォ振ってやがら、なんでえ、ええ? 犬に忘れられちまうようじゃあ商売《あきねえ》に行っても心細《こころぼせ》えな、……あーあ、しかしなんだな、愚痴をこぼすようなもんの、餓鬼《がき》のうちからやってる商売《しようべえ》だ、な? だんだん浜ァ近くンなってきて、こう磯っくせえ匂いがぷうんと鼻へ入《へえ》ってくると、この匂いはまた忘れられねえや。けどなんだねえ。ここまでくるとてえげえ明るくなるんだけどなあ……いやにうすっ暗《くれ》えじゃねえか。ああ、なんでえ……問屋ァまだ一軒も起きてねえじゃあねえか、なんでえ浜ァ休みか、今日は? ええ? おれが出てきたら問屋ァ休みだてんじゃまずいじゃねえか、休みなわけァねえやあ、どうしやがったんだい、浜へくれァいつもいまごろは夜が明けてこなくちゃならねえんだがなあ、(と、空を見て)おかしいなあ……、あ、切り通しの鐘だい、ええ? ああいい音色だな、おまけに海へぴィんと響きやがるからたまらねえなあ、あの味がよォ、また、なん……一つ刻《とき》ちげえやがるじゃねえか(と、も一度空を見あげて)暗えわけだ。かかあ、時刻《とき》ィまちがえて早く起こしやがったッ……ちぇッ、忌々《いめいめ》しいなあ、ほんとうに……といって家ィ帰《けえ》ってかかあおどかしたって、またすぐここへ出直してこなくっちゃならねえんだ、まあま、しょうがねえや、浜へ出て一服やってるうちにゃあ、しらしら明けになんだろう……よッ、どっこいしょっと(と盤台を肩から降ろし)ああいい心持ちだい、ああ昨夜《ゆんべ》飲みすぎてやがんだ、そいでなんかこうにたにたしてやがんだな、塩水で口でもゆすいで、な? (両手に水をすくって、口をゆすぎ、ペッペッと唾《つば》を吐き、それから顔を)ううッたまらねえ、たまらねえッ(と二、三度ぶるぶるッと洗って)ああいい気持ちだ……ああさっぱりしてきやがったい、ありがてえありがてえ、はっきり目が覚めてきやがった、ここらで一服やるかなあ」
盤台を左右へ置いて、その上に天秤を渡して、傍らへどっかりと腰を降ろした。火口《ほくち》とって、石をカチッカチッと打って、煙管《きせる》の煙草に火をつけて、ぷうッと吸い、
「……あっ、ぽおゥッと白《しろ》んできやがった……ああ、いい色だなあ、ええ? あーあ後光がさすってえことをよく言うが、なるほど雲の間から黄色い色が出てくるなァたまらねえな、え? どうでえ、だんだん薄赤くなってきやがるなあ、どうみても、鯛《てえ》の色だな……あ、帆かけ船が見えやがらあ。なんだ、もう帰《けえ》るんだな、あいつァ、え? おれが早《はえ》えとおもったら船のほうはまだ早えや、愚痴も言えねえやな、考えてみりゃあ……ああ、海ってえやつァいつ見ても悪くねえが、こいつを十日も二十日も見ねえで暮らしていたんだ……へッ、どうでえこの海……」
と、一服吸って、火玉をはたき、ふと、その火玉がすうッと波打ち際に消えたところへ目がいってじいっと見ながら、も一つぷッと煙管吹いて、持っていた煙管をぐうッと伸ばして、その雁首《がんくび》に砂に埋まっている紐《ひも》をひっかけて、ぐいッとたぐり寄せた。
「……なんでえ、え? あれっ、汚《きたね》え財布《せえふ》だな、ええ? 革にゃあちげえねえが、ぬるぬるだよ。ながく水に入《へえ》ってやがったんだよ。砂ァ入《へえ》ってるとめえて[#「めえて」に傍点]、なんだか重てえな、なげえあいだ波にもまれてる間《ま》に、いつ入《へえ》るともなく、な? 砂を出しちまわなきゃどうにもしゃあねえや……あッ——」
のぞきこんで中味を認めると、身体が小刻《こきざ》みにふるえだし、周囲《あたり》を見まわすと、あわてて財布の紐をくるくるッと巻き、ぐうッと水をしぼって、腹掛けのどんぶりへねじこみ、盤台を肩へ……。
 ドンドンドンドン/\/\/\……。
「おっかァ、ちょっと開《あ》けつくれッ、おい、おっかァ…」
「はい、いま開けます、すみませんねえ、いえ、一つ時刻《とき》ちがえちゃったんでねえ、おまえさん怒って帰ってきやしないかとおもって気にしてたんだよ、すみません、いま開けるから待っとくれ……なんだようそうドンドン叩《たた》かないでさあ、近所へみっともないからさ、いえいま開けるからお待ちなさいよ。いま開け……どうした? おまえさん、喧嘩でもしてきたんじゃないのかい?」
「おっかァ、後《あと》ォ締めろいッ、だれもついてこねえか、え?……おっかァ、おめえ時刻《とき》ィまちげえて早く起こしたな?」
「すみません、おまえさんが出ちゃってから気がついたんだよゥ。また怒られるとおもって、おっかけていこうかなとおもったんだけど、女の足じゃあ間に合やァしないし。すみません、ほんとうに」
「それァいいんだよ……おれァ魚河岸《かし》ィ行くとねえ、問屋ァ一軒も起きてねえや。起きてねえわけだ、早《はえ》えんだもの、え? ま、浜へ出て一服やってようとひょいと波打ち際ンところを見ると、なんかこう動くもんがありやがる……最初《はな》ァ魚だとおもったんだ。それから煙管《きせる》の雁首《がんくび》ィ、ひっかけて引きずってみたら、やけに重いんだ、たぐっていくとおめえ……(小声で)だれもいねえか、革の財布が上がってきやがった。汚《きたね》え財布なんだ、そいからおめえ、なんの気なしに中ァのぞいてみるとなあ、おっかァ……これだ、見つくれ、おい、銭で一杯《いつぺえ》だ」
「え? なんだって? おまえさん革の財布を芝浜で拾ってきた?」
「ま、黙って見てみろいッ、勘定してみろいッ」
「まあ……ほんとうかい、おまえさん、え?……たいそうな目方だねえ……おや、銭じゃない、金《かね》だよッ。二分金じゃあないか、たいへんな……いえ、勘定してみるからさあ……ちゅう、ちゅう、たこ、かい、な……」
「じれってえ勘定のしかたをしてやがんなあ、ええ? いくらあるィ?」
「待っとくれよ、数えてんのにわきからなんか言っちゃだめだよ……だいいち手が震《ふる》えて、勘定しているうちにあとにもどってしまうんだよう」
「こっちィかしてみなこっちィ……ェェひとよひとよ……ふたふたふた、みッちョみッちョ、みッちョみッちョ、よッちョよッちョ……(小声で)おいッ、おい四十八両あるぜ!」
「まあ、たいへんなお金だねえ……どうするい、おまえさん?」
「なによゥ言ってやんでえ、どうするってことァねえじゃねえかなあ、おれが拾ってきたんだ、おれの銭だあ、商売《あきねえ》なんぞに行かなくったって、釜の蓋でもなんでもあくだろう、ええ? へっ、ざまあみやがれってんだ。ありがてえありがてえ。これだけ銭がありゃあ、おまえ、明日っから商売なんぞに行かなくっても大いばりだあ。毎日毎日ぐうッと好きな酒を何升飲んだって、びくともしねえや。おっかァ、江戸中捜したって四十八両も持ってる金持ちァ一人もあるめえッ、ここんところねえ、金公だの寅公、竹、みんなにもう借りっぱなしだよ、いつでも向こうに銭払わしちゃってたんだよ、きまりが悪いッたってねえやな。おればっかり飲んじゃあいねえや、え? 呼んできてやってくれ、でな、あいつら好きなものをうんとな、山ほど誂《あつら》えてきて、で、みんなで、今日はもう、祝え酒だ、うんとやるんだから、おい、ちょっと声かけてきてくれ」
「なにを言ってんだよう、おまえさん。いま夜が明けたばかしじゃないか、金ちゃんだって寅さんだって、商売《あきない》もあれば仕事もあるんだよう、お昼過ぎンでもならなけりゃ、どうもしょうがないやね」
「ちげえねえッ、へっへっへっ……あんまりうれしいんで夢中ンなっちゃったい。そうか……といって昼過ぎまでつないじゃあいられねえなあ。昨夜《ゆんべ》の酒ァまだ残ってるだろう? え? 今朝《けさ》ァ早えからよ、眠くってしょうがねえやな、うん、ぐうッと一杯《いつぺえ》やってね、ひと眠りをして、そいから昼過ぎンなったらみんな呼んできて、家で飲むから……ああ、湯飲みでいいよ、めんどうくせえから、うん、注《つ》いでみつくれ……ああ、うめえなあ。ああ、ありがてえありがてえ。ええ? 正直なことを言うとねえ、昨夜《ゆんべ》は明日《あした》から商売《あきねえ》行くんだってやつが胸につけえやがってよ、飲む酒がうまくねえや……ああ、もうこれで商売《あきねえ》なんぞ行かなくていいってんだから、どうでえ、酒の味がちがうなあ。ああ、たまらねえなあ、……え? 香《こう》こでもなんでもいいや、なんでえ鯊《はぜ》の佃煮があったかい? ちょっとつまみゃあいい……はあ、ありがてえなあ……まだあるか? 注《つ》いじゃってくれ……うん、おっとっとっと、なんでえ、ずいぶん残ってやがるじゃねえか、そうか、ふふ、へッこのごろ弱くなったのかな……ああ、ありがてえありがてえッ、ええ? おれは運がいいんだな、昔っからよく早起きは三文の得《とく》てえが、三文どころの得じゃあねえや、まさかおめえ浜で財布《せえふ》を拾おうたァおもわねえじゃあねえか……ちゅうッ、ちゅうッ……よしよし、そいでおつもりか。また後《あと》でみんなとふんだんに飲めるんだから、もういい……ああ、利《き》きやあがんな今朝《けさ》ァ……あっ、いけねえッ、さっきから妙だとおもってたら褌《ふんどし》もなにもびしょびしょだ。おい、褌《ふんどし》出してくれッ、ああ腹掛けも取らなくちゃあ、……おいおっかァ、腹掛け脱がしてくれよ。おう、おれァ寝るからな、昼ンなったら起こしてくんな」
床の中へ入ると、ぐうッと……。
「ねえ、おまえさん、おまえさんっ」
「……おう……あゥ……、なんだなあ、おうッ、畜生、びっくりするじゃねえか……なんだ火事か?」
「火事じゃあないよう。商売《あきない》に行っとくれよ」
「……なに?」
「商売に行ってくださいよう。ぐずぐずしてると魚河岸《かし》ィ行くのが遅くなるよう」
「なんでえ、商売《あきない》てえなあ?」
「おまえさんが商売に行ってくれなきゃあ家《うち》の釜の蓋《ふた》ァあかないじゃないか」
「……また始まりゃがったな、こん畜生。釜の蓋も鍋の蓋もあるかってんだ、昨日《きのう》のあれ[#「あれ」に傍点]であけときゃいいじゃあねえか」
「なんだい、昨日のあれって?」
「おい、よせよゥ、おい。なんだってえこたあねえじゃねえか、え? おめえに渡したろう?……(小声で)四十八両! あれであけとけってんだい」
「なんだい、四十八両ってなあ……?」
「おッ、畜生、この野郎ッ……いい加減にしろよう、少うしぐれえいくなァかまわねえけどもよ、そっくりいくなァひでえじゃあねえか、なんだいそのうすっとぼけて四十八両なんだなんて……おれが昨日芝の浜で拾ってきた四十八両があるだろう?」
「なにを言ってんだよう、おまえさん昨日芝の浜なんぞに行きゃあしないじゃあないか」
「なにィ? おれが芝の浜へ行かねえ? そんなことがあるもんか。おい、お、お、おめえが起こしたろう、え? そいで、おれァ芝の浜へ行ったじゃあねえか? そうしたら時刻《とき》まちげえて起こしたもんだから、まだ問屋も一軒も開《あ》いちゃあいねえ。しかたがねえから、おれが浜へおりて、一服《いつぷく》やってるうちに革の財布《せえふ》を拾って、家《うち》ィ帰ってきて、おめえと勘定してみたら、四十八両あって、おめえに渡したじゃあねえか」
「……情けないねえ、この人ァ……いくら貧乏しているからって、おまえさんそんなものを拾った夢ェみたのかい?」
「おいッ、夢ェ……? 夢じゃねえ、おれァちゃんとおめえに渡し……」
「なにを言ってるんだよ、おまえさん、しっかりしておくれよ。四十八両、どこにそんなお金があるんだよう……そんなお金がありゃあ、この寒空にあたしゃあ洗いざらしの浴衣《ゆかた》ァ重ねて着ちゃあいないよ、いいかい? たいして広い家じゃあない、天井裏でも縁の下でもどこでも捜してごらんな、どこに四十八両なんてお金があるんですよう、しっかりしておくれよ。おまえさん、情けない夢ェ見るねえ、いいかい? よくお聞きな、昨日の朝起こしたとき、なんてったんだい。うるせえッて、ひとのことをどなりつけてさ、ね? あんまりしつっこく言ってまた手荒なことォされちゃつまらない。だからあたしゃあ、いま起きてくれるだろうとおもってそのままにしといたら、いつの間にかおまえさんはまた床の中へもぐりこんで寝ちまって、そして今度《こんだ》ァ、起こそうとゆすぶろうと、どうしたって起きるどころじゃあ、ありゃしないじゃないか。そいでお昼時分にぽっくり目を覚まして、『おッ、手拭《てぬぐい》出しな』……手拭持って朝湯へ行っちゃって、帰りに寅さんだの、金ちゃんだの、竹さんだの大勢お友だちをいっしょに連れてきて、『おう、酒ェ買ってきねえ、天《てん》ぷらそういってこい、鰻《うなぎ》を誂《あつら》えてこい』友だちのいる前でおまえに恥をかかせるようなこともできないとおもうから、どうしたんだろうとはおもいながらも、お酒を無理に都合して借りてきたり、天ぷらを頼んだり、鰻を誂えたりしてさ、なにがうれしいんだか知らないけれども、さんざんおまえさん飲んだり食ったりして、おまえさん、もうぐでんぐでんになるほど酔っぱらってさあ、そのまま寝ちまったじゃあないか、そうだろ? いつおまえさん芝の浜ィ行ったんだい?」
「……ちょっと待ってくれ、おい!……えッ? 昨日、おれァ、朝、おれァ芝の浜へ行かなかったか?」
「行きゃしないじゃないか、起こしたって起きないで、床ン中へまたもぐずりこんで寝ちまったじゃないか」
「えッ? じゃあなにか? おれ、昨日の朝、行かねえ? 夢だ?……ずいぶんはっきりした夢だなあ……なにをゥ言ってやんでえ……え? おッ、切り通しの鐘はどこで聞いたんだい?」
「なに言ってるんだよ、鐘ァここだって聞こえるじゃあないか。いま鳴ってるのは切り通しの明《あけ》六刻《むつ》ですよう」
「……あッ、……夢だ、しまったァッ、そう言われると、おれァ餓鬼《がき》のころからときどきはっきりした夢ェ見る癖があるんだ……でなにか? おいッ、友だちを連れてきて飲んだり食ったなァほんとうかい、おいッ?……えっ? 銭を拾ってきたなァ夢で、飲み食いしたなァほんとうかい、おい? そいでおめえ、そんな格好ォしてんのか、……そうか、えれえことォしちゃったなあ、十日も二十日《はつか》も商売《あきねえ》休んで、家《うち》ン中へ銭あるわけやァねえやなあ、その挙げ句に友だちを大勢《おおぜえ》連れてきて飲んだり食ったりしちゃっちゃあ始末がつくめえ……えれえことォしたなあ、おっかァ、面倒くせえから、死のうか」
「なにを言ってんだよ、おまえさん、しっかりしておくれよ。死ぬ気でやれァどんなことだってできるじゃないか、おまえさんがね、少うし身を入れて、商売《あきない》を四、五|日《ンち》してくれりゃあ、あのくらいのものはすぐに浮いちまうよ」
「おれが商売《あきねえ》に行きゃなんとかなるか? え? (身を引きしめて)おっかァ、おれァな、酒が悪《わり》いんだ、え? もう金輪際酒飲まねえッ、酒飲まねえでおれァな、一所懸命に商売《あきねえ》するッ、おめえに苦労かけてすまねえ、おれァもう酒飲まねえから安心してくれッ」
「……おまえさん、ほんとうに、酒をやめてくれるかい? えッ? 好きな酒だよ、やめるッたってやまるもんじゃあないんだよ」
「なにを言ってやんでえ、おれだって男だ、一ぺんこうと歯から外へ出したことあ……、やめるったからにゃあ、きっとやめるよ、おれァ一所懸命|商売《あきない》に行くよッ」
「(泣いて)ほんとうに商売《あきない》に行ってくれるかい?……そうしてくれりゃあ、このくらいのものはどうにでもなるよ、じゃあおまえさん、しっかりやっとくれよッ」
「よしッ、こうしちゃあいられねえッ、支度しようッ、なんだ? 二十日《はつか》も休んでるんだ、盤台《はんだい》、箍《たが》ァはじけちまったろう?」
「糸底へちゃんと水が張ってあるから大丈夫だよ」
「庖丁はどうなってる?」
「おまえさんが研《と》いで、蕎麦殻《そばがら》ン中へつっこんであるから、ピカピカ光ってるよ」
「よしッ、草鞋ァ?」
「出てます」
「……あー……妙なもんだなあ、夢にもそんなところがありゃあがったい、仕入れの銭ァいくらかどうにかなるか」
「わずかだけどもね、こしらえて馬入《ばにゆう》へ入ってるから、今朝はそれで我慢しといておくれな」
「おっかァ、おめえはえれえな、なあ、こんな飲み食いしたりなんかァして、その上まだおめえに仕入れの銭まで都合させたりなんかして、すまねえ。そのかわり、おれァもう酒ェやめてうんと働くからな、じゃあ行ってくるぜ」
「しっかりやっとくれよ、魚河岸《かし》ィ行って喧嘩ァするんじゃないよ」
「大丈夫《でえじようぶ》でえッ……」
 町々の時計になれや小商人《こあきゆうど》——
人間ががらっと変わって、商売に精を出す。あの魚屋さんが来たから、もう何刻《なんどき》だ、あの豆腐屋さんが来たから、そろそろお昼だよと言われるようになれば、商人《あきんど》も一人前——。
好きな酒をぴたりとやめて、早く魚河岸《かし》へ行って、いい魚を仕入れてきて……もとより腕のいいところへもってきて、顧客《おとくい》を持っている。
「やっぱしなんだねえ、魚ァ魚勝じゃあなきゃだめだねえ」
「おう、寄ってってくれよ、おれンところへも……」
「じゃあ、あしたの朝まちがいなく来ておくれ。夕《ゆう》河岸《がし》ィ、いつかまた来てくれよ」
……三年|経《た》つか経たないうちに、裏長屋にいた棒手振《ぼてふ》りが、表通りへ小体《こてい》だが魚屋の店を出すようになった。……「御料理仕出し」というのを障子《しようじ》へ書いて、岡持ちの三つ、四つ、若い衆の二人、三人置くようになった。
ちょうど三年目の大晦日《おおみそか》——。
「お帰んなさい、どうだったい?」
「どうもこうもおどろいたい、ええ? 混んでて、まるで芋ォ洗うようだぜ。……そこいらどんどん片づけて、ぐずぐずしねえで、なんだァ、みんな早えとこ湯ィ行ってきねえ。もォなんだろう? お得意さまンとこァ届けるもんは届けちゃったんだろう? おう、片づけちまいな、ああ、どんどん。うん、残った魚ァどうにでもまた始末ァつくから、そっちンとこへまとめといてな。早えとこひとっ風呂浴びてさっぱりしろい。ここんとこずうッと遅くまで働いたんだ。ぐずぐずしてると、どんどん湯ァ汚くなっちゃうんだ。……ああ、そうよ、どうせすきっこねえや。それから、なんだ? 庖丁はどうした? 研《と》いで蕎麦殻へつっこんどいた? ようし、庖丁の始末さえついていれァ大丈夫《でえじようぶ》だ、道具だけは大事《でえじ》にしとおけよ、うん。そいから、その盤台の上へ、ちょい輪飾り載っけときねえ、うん、ようしよし。高張《たかはり》(提灯)は出てるな、今夜ァ出しっぱなしにしとかなくッちゃいけねえよ、うん……それからもっと炭ィついどきな、景気が悪くっていけねえ。勘定ォ取りにくる人が、表《おもて》は寒《さぶ》いんだからねえ、火がなによりのごちそうじゃあねえか。もっとうんと火をつけとけえ。で、ああ、なんだ、みんな一ぺんに行っちゃっちゃあいけねえや、まただれか勘定取りにくるともわからねえからな、代わりばんこに、早間に……」
「いいんだよ。みんな、そっくり行っちゃっとくれ。勘定なんぞ取りにくる人ァ、もう一人もありゃしないんだから、あと、あたしが細かいことはやっとくからかまわないよ」
「なんだ、そうか、払《はれ》えはもうみんな済んじゃったのか、そんならいいや……かみさん、あとォやるとよ。早く湯へ行ってきねえ」
「いいから、湯はまとめて行っちゃっておくれよ。それでないと、いつまでも寝られなくてしょうがないから……それからそこにねえ、蕎麦《そば》の器物《いれもの》があるだろう? 向こうだって忙しいからなかなか下げに来られやしないよ、ついでだから行きがけにちょいと放りこんどいてやんな。うん、銭はそこに載っかってるよ。お釣銭《つり》は少しあるだろうけどねえ、担いでった人が煙草《たばこ》でもなんでも好きなものを……ま、およしよ、みっともない、わずかの煙草銭で奪いあいなんぞしてさあ、正月が来りゃあやるじゃあないか……で、あとぴったり閉めてっておくれよ……おまえさん、そんなところへいつまでも立ってないでお上がんなさいな」
「うん、上がるけどもよう……おや? やけに明るくって、なんだかてめえの家《うち》のような気がしねえとおもったら、畳を取っ替《け》えたのか」
「おまえさん、朝っから店にいたから気がつかなかったろうけども、前々からあたしゃあどうにかなったら畳ァ暮《くれ》に取り替えたいてえのが念願だったんだよ、いえ、ここんとこだけね、さっきから畳屋さんに骨を折ってもらってね、すっかり替えてもらったんだよ、いい心持ちだろう?」
「そうか、道理で……(上がって、座につき)ああいい心持ちだ、ええ? うん昔っからよく言うな、ええ? 畳の新しいのとかかあ……は古いほうがいいけどよ」
「なにを言ってんだよ、変なお世辞を言わなくってもいいよ」
「しかしなんだなあ、おっかァ、ええ? 考《かん》げえてみりゃありがてえやな、大晦日ァ怖《こわ》くなくなってきたんだ、はっは、三、四年|前《めえ》だったか、おどろいたことがあったな? どうにも勘定がつかなくってよう、ええ? どこへ行ってもそこいら中で断わられちまって、一文の銭もどうにもならねえ、『おっかァ、なんとかならねえか』ったら、『あたしがうまく言いわけをするから、おまえさん顔を見せるとまずいから戸棚ン中へ入ってらっしゃいよ』ってえから、おれァ戸棚ン中にいたら、おめえが『伯父さんところへ行ってますから夜が明けるまでには目鼻ァつけます』なんてうまくごまかして、みんな借金取りを帰《けえ》したけど、いちばん終《しめ》えに米屋が来やがって、米屋が帰《けえ》っちゃって『もうだれも来る者ァないから、おまえさん出てきてもいいよ』ってえから、おれァ戸棚から出るとたんに米屋ン畜生、提灯忘れやがって引っ返《けえ》してきやがった。おどろいたねえ、あンときにゃあ……もう戸棚へ入《へえ》ってる間がねえや、どうしようかとおもったら、おめえがそばにあった風呂敷《ふるしき》をおれの頭からぱッとかぶせやがったから、おれァ中でガタガタ震えちゃった。けど、米屋の言い草がいいや『おかみさん、よっぽど寒いとめえて、風呂敷が震えてますね』ってやがった。春ンなって、米屋に顔を合わして、あんなきまりの悪いとおもったこたァなかったけどねえ、はっはっは、大笑《おおわれ》えだ……ええ? ほんとうに、今夜はもう取りに来るところはねえのかい?」
「取りにくるどころじゃない、いえね、こっちから二、三軒いただきにいくところも残っているんですけどね。なあに大晦日だからってあわててもらわなくっても、春永《はるなが》ンなってゆっくりもらやァいいとおもってね」
「そうそう、そうだよ、うん。お互《たげ》えに覚えのあるこった、な? 無理に取りにいったって払えねえもなァ払えねえんだ、ああ春永に、それよりな、お互いにいい顔をしてもらったほうが心持ちがいいやな。……おう、茶を一|杯《ぺえ》くんねえ」
「いまちょうど除夜の鐘が鳴っている。福茶《ふくぢや》が入ってるから福茶ァ飲んじゃってください」
「また福茶ってえやつか、おい? 大晦日になると妙な茶ァ飲ませたがりゃがんな、あいつァどうも、あんまり好きじゃあねえんだよ、え? 飲まなくっちゃいけねえのか、ああしょうがねえ、縁起もんだ、ちょいと、じゃあ、ひと口だけだぜ……なんだいおい、雪が降ってきやがったのか、いまおれァ湯から帰ってくるときにゃあ、めずらしくいい天気の大晦日だとおもったけども……」
「なにを言ってんだよ、雪が降るもんかね、笹がさらさら触れあってるんだァね」
「ああ、そうか、あッははは……雪が降るわけァねえとおもった。明日《あした》は、いい正月だぜ。なァ、飲むやつァたのしみだろうなあ」
「おまえさんも飲みたいだろうねえ」
「いやあ飲みたかあねえや、うん。……茶ァ一杯《いつぺえ》くんねえ」
「そうかい?……ねえ、おまえさん、あのう、じつは……見てもらいたいものがあるんだけどねえ?」
「なんでえ着物か、おい? だめだい、おれァ女の着物なんざァまるっきりわからねえ、おめえが気に入ったやつゥいいように着ねえな」
「いいえ、着物なんかの話じゃあないんだよ、あたしがおまえさんにきかないで着物なんぞ買うもんかね、いえ、じつはお金なんだけどね」
「ああ、臍繰《へそく》りか、いいじゃあねえか、おめえに臍繰りができるようならてえしたもんじゃあねえか、お? 正月《はる》ンなったら芝居へいくとも、好きな着物を買うとも、いいように勝手にしたらいいじゃあねえか」
「いえ、そんなこっちゃないんだよ、じつァ、おまえさんこれなんだけどね……この財布に覚えはないかい?」
「どれ?……汚《きたね》え財布《せえふ》だな、こういう汚え財布に入れとくほうが臍繰りゃあ気がつかれねえでいいってえのか、へッ、いろいろ考《かん》げえてやがんな、だけど、これ……女の財布じゃあねえや、これ……、え? 財布は汚えけどもずいぶん貯めやがったなあ、おい? こんなに臍繰られちゃあ、おい、たまらねえぜおれだって、へへッ、ほほ、あるある/\/\……なんだいこれァおい? ひでえことァしやがったな、なんだいこれァおい、ええちゅうちゅうたこかいな……ちゅうちゅうたこかいな、ひとよひとよ/\/\、ふたァふたァ/\/\、みッちョみッちョ/\/\……」
勘定してみると、小粒で四十八両——。
「おっかァ、なんだ? この銭ァ?」
「……おまえさん、その革財布と四十八両に覚えがないかい?」
「……革財布と四……(と、考えて、ぽんと一つ手を打ち)おっかァ、もう三、四年|前《めえ》か、おれァ、芝の浜で、革の財布《せえふ》に入《へえ》った四十八両の銭を拾ってきた夢をみたことがあったな?」
「……じつァおまえさん、これァ、そんとき[#「そんとき」に傍点]のお金なんだよ」
「そんときの銭? おめえッあんときァおれに夢だと言ったじゃあねえか」
「だからさ、それについちゃあおまえさんにね、今夜話を聞いてもらおうとおもってね、おまえさんは腹立ちッぽいから、途中で怒ったりなんかしないでね、あたしの話を終わりまで聞いておくれよ、いいかい? それだけは頼んだよ、じつァね、このお金、お前さん芝の浜で拾ってきたんだよ」
「おめえ夢だってたじゃねえかッ、じゃあ、じゃあ、あれァ夢じゃあねえのか」
「ほんとのことを言えば夢じゃ……、まあまあゆっくり聞いておくれよ、だからさ、ね? ほんとうのことを言うと夢じゃあないんだよ。おまえさんがこのお金を拾ってきてね、二人で勘定してみると四十八両、『おまえさん、このお金、どうするつもり?』ってえと『明日っから商売なんぞに行かなくて毎日毎日好きな酒を飲むんだ』とおまえさんが言ったね? ああ弱ったことになったなあとおもったら、おまえさんがいい按配《あんばい》に、お酒を飲んで、そのまま床ン中へ入ってぐっすり寝こんじまった。その間にあたしゃあ自分ひとりじゃあどうも始末がつかない。大家《おおや》さんとこへ、この財布とお金を持っていって、『じつァ勝五郎が芝の浜でこれを拾ってきたと言いますけど、どうしましょう?』『どうしましょうったって、そんなお金、おまえ、一文だって手をつけてみろ、勝公の身体《からだ》ァ満足でいやァしない、とんでもねえ話だ、すぐにあたしがお上《かみ》へ届けてやるから、おまえは、勝公のほうを寝ているのが幸い、夢だとかなんとか言ってうまく誤魔化《ごまか》しておきな、後《あと》はおれがいいようにやってやるから』と、家主さんがお上のほうのことをすっかり受けあってくれたんだよ。いえ、おまえさんが目を覚ましたときに、よっぽど言っちまおうかなと、ここんとこまで出かかったんだけどもさ、いや、そうじゃあない、ここでほんとうのことを言っちまっちゃあたいへんだ。それよりも夢にしておくほうがいいと、とうとうおまえさんに、夢だ夢だで、あたしゃあ、押し通しちゃったけどもね……それからてえものはおまえさん、あの好きな酒をぷっつりとやめて、夢中ンなって商売《あきない》をしてくれる(と、目頭を袖口で拭《ふ》き)雪の降る日なんぞは、ああ気の毒に、あんなに一所懸命ンなって商売《あきない》をしてくれるんだ、帰ってくるまでに一本、つけて、好きなものでも取っといてやったら、どんなによろこぶかしらん、と。何度もそんなことおもったこともあるけども、いやそうでもない、なまじそんなことをして、せっかくここまで辛抱してきたものを、また昔のようにお酒を飲まれてはなおさらたいへんなことになるとおもってね。いえね、このお金だってもっと早ァくお上から落とし主《ぬし》がないてえことで、お上からあたしの手もとへ下がってきてはいたんだけれどもね、いえ、そんとき、よっぽどおまえさんに打ち明けて話をしようとおもったが、じつァ今夜まで黙ァって内証《ないしよ》にしていたんだよ。今日このお金をおまえさんに見てもらって、いままであたしが隠し事をしていたことをおまえさんにお詫《わ》びして……腹が立つだろうねえ、連れ添う女房に隠し事をされて……さ、これだけ話してしまやあ、あたしゃあねえ、おまえさんにぶたれようと、蹴とばされようとなにされてもかまわない。気のすむだけおまえさん、あたしのことォなぐっておくれ」
「(両手を膝に目をつぶったまま)……そうか……おっかァ、待ってくれ。なぐるどこじゃあねえ……いや、えれえ、えれえッ、いや、腹ァ立つどころじゃあねえ……いま、おめえに言われて、おれァ気がついたい、ねえ? あんときにこの金ェ見たときにゃあ、商売《あきない》に行くどころじゃあねえや。毎日毎日、朝から晩までおれァ酒飲んで、うん、友だちを呼んできて、酒ェ飲ましたり、好きなものを食わしたり、まあ、そんなことをしていたら、これっぱかしの金ァまたたくうちになくなるだろう。もとの木阿弥《もくあみ》だ。ばかりでなく、このことが、もしもお上に知れたひにゃあ、おれの身体《からだ》ァ満足じゃあいねえや。佃《つくだ》の寄せ場送りンなって、いまごろァ畚《もつこ》ォ担いでいたかもしれねえ。そいつをおめえのおかげで、ま、こんな店の主人《あるじ》ンなって、親方とかなんとか言われるようになれたんだ。なぐったりするどころじゃねえや、おっかァ、おれァおめえに礼を言う……このとおり……」
「なにを言ってんだねえ。両手をついたりなんかしてさあ。じゃなにかい、おまえさん、堪忍してくれるかい?」
「堪忍するもしねえもねえ、おれァおめえに礼を言いてんだ」
「いいえ、礼なんぞ言われちゃあ、きまりが悪いやね。あたしゃあ今日はおまえさんにうんと怒られるだろうとおもって、機嫌《きげん》直しに一杯飲んでもらおうとおもって……これ、お燗《かん》もついているんだよ……」
「酒かい? おい、え? お燗がついてる? どうもさっきからなにかいい匂《にお》いがしやがったけど、おれァ畳の匂いだけじゃあねえとおもったんだ。ほんとうか?」
「いいえもう、こうやって若い衆の二、三人もいるんだし、いつおまえさんがお酒を飲んだってお得意さまへご不自由をおかけ申すようなことはないとおもってね、もう今夜っからはおまえさんにお酒を飲んでもらってもいいなあとおもってさ、好きなものも二品三品こしらえといたんだけど……」
「そうか、いいのか、ほんとに飲んでも、え? そうか、飲みたかったんだよ……ありがてえなあ、おっかァ、おおお、茶碗のほうがいいや、久しぶりだ、猪口《ちよこ》なんぞでちびちび飲んじゃあいられねえや……注《つ》いでくれッ、おッとと、(湯飲みの中をしみじみと眺めて)どうでえいい色だな、え? ぷうんと匂《にお》やァがる、匂いをかいだだけでも千両の値打ちがあンなあ、(一つ、頭を下げて)暫《しばら》く……、いいんだな? ほんとうに飲んでもいいのかい? おい……ああ、ありがてえなあ、たまらねえや(と、湯飲みを口もとまで持っていって)あ! よそう……また夢になるといけねえ」
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