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落語百選110

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:夢の瀬川「もしあなた、もしあなた、お起き遊ばせ、うたた寝は毒でございますよたいそううなされて、あなた、お起き遊ばせ。しょ
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夢の瀬川

「もしあなた、もしあなた、お起き遊ばせ、うたた寝は毒でございますよ……たいそううなされて、……あなた、お起き遊ばせ。しょうがありませんね。あなたってば、あなた、あなたっ」
「う、うーん……へえ、へえ、どうも、ありがとう存じます、へえ、もゥ、もゥ、お暇《いとま》をいたします。へえ、ありがとう、どうもとんだごちそうさまになりまして、へえ、あ、あり……あッ、あーっ、どうも……なんだい、ここは家か?」
「なにをあなた、きょろきょろなすって……たいそううなされて、夢かなにかごらん遊ばしましたか」
「あァ、そうかい、そんなにわたしはうなされたかね? あッははは、そうかい、夢を見たんですよ」
「そうですか、どんな夢をごらん遊ばしまして」
「……どんな夢ったって、なに、ばかばかしい、あァ、どうもいやな心持ちだ」
「あなた、どんな夢を……?」
「なに、つまらない夢さ」
「ですからお聞かせ遊ばして、どんな夢で……?」
「どんな夢ってってね、はっははは、ばかばかしい夢よ。しかしねなんだよ。臍《へそ》の緒《お》切ってはじめてだよ、どうもいい女だった」
「えっ、いい女? どんな夢をごらん遊ばしましたの」
「どんなだっていいじゃないか、なにも夢ぐらいのことを、そう聞きたがることはないじゃないか、よい折があったら話してあげよう」
「おかしいじゃあありませんか、あなた。いい折があったらお話をなさるとおっしゃいますが、ではなんですかあなた、いい折がなかったら、お話をなさらないつもりなんですか?」
「お、おまえさんは生真面目すぎるよ、なるほど理屈だよ。いい折があったら話をしよう、じゃあいい折がなかったら話をしないのか、それァおまえ、短兵急というもんだよ。いい折があるもないもないよ。おまえとわたしは夫婦だろう、そうだろう、夫婦の間柄で夢ぐらいの話の折はいくらもあらァねェ、そうせっついたっておまえ、そうだろう?」
「だってあなた、いま現在連れ添う女房に……(泣く)夢ぐらいのことをおっしゃることができないなんて、それじゃあなたあんまり……」
「みっともないおよしなさいよ、そんな大きな声で……店には奉公人もいます、よしてください、みっともない。そんなに言うなら話すよ、話したらいいんでしょう。しかしこれは夢の話だから、怒ると話をしませんよ、怒らないかい? じゃあ話をしましょう。……あの、ここへなにかい、一八《いつぱち》が来なかったかい? 幇間《たいこもち》の一八さ……来ないって? そうかい、いえも少し先刻《さつき》なんだよ、来ない? あっははは、そうかい、あれから夢だったんだ、あはははは、よっぽど長い夢を見たんだね、……いえこうなんだよ、ここでね、昼寝をしているとね、わたしを起こすものがあるんだ、ぱっと目を醒ますと一八が来たんだ、なにしに来たんだと言うと一八の言うには、どこのお得意さまだかね、そのお得意と商売上のことで秘密に落ちあって相談をしようとこう言うのだ。その秘密に落ちあう場所は、向島の水神の八百松、あの奥の八百松さ、飲みながら話をしようという約束だったのだ。それをわたしがその約束を忘れてしまって行かなかった。先方《さき》さまは待っていて、いつまで待ってもわたしが来ないものだからやきもき[#「やきもき」に傍点]なすって一八をお使者に向けたのだね、『それはご苦労だった、なにね、二、三|小用《こよう》があったものだから、つい遅くなってしまった。まだ少しばかり用事《よう》が残っているから、その用事《よう》を済ましてすぐ行くから、おまえすまないけれども先方《さき》さまへ行って、ぐわいよく里心の出ないように取巻いていておくれ』と、一八を帰してしまって、わたしはすぐ着物を着替えて向島へ行こうというのだ。……ねえ、ところがおまえもわかっているだろう、ほんらいならば、家から向島へ行くには、吾妻橋を渡って左へ切れて、枕橋を渡って土手へ出るのが順序だろう。どういうものだかそれがね、吾妻橋を渡らず、まっすぐに行って橋場の渡しを渡って、向島へ行こうというのだ。橋場の渡しまで来ると、ひと足ちがいで舟が出たあとなんだ。ほい、しまったことをしたとおもって、おしそうに舟を見送っていると、南東《たつみ》の方にあたって黒い雲がちょっと出た、小さな雲が、いいえさ、虫の蜘蛛じゃないんだよ、空へ出る雲なんだ、小さな雲が出た。妙な雲がと、見ていると、最初《はな》小さかった雲がみるみるうちにだんだん広がってくると、空一面する[#「する」に傍点]墨《すみ》を流したように真っ黒になってしまったのだ。おやおや妙な天気だとおもっているうちに、チラチラチラチラ雪が降ってきたんだ、ねえ、それがさ、最初《はな》のうちはチラチラだったが、みるみるうちにだんだんひどくなってきて卍巴《まんじともえ》、たちまちのうちに方々の屋根は白くなって、大地は白布《しろぬの》を敷いたようだ。しょうがないこの雪ではとおもっていると、どんどん雪は降っているんだけれども、それがなんだかわたしの身体《からだ》へは雪が積もらないんだ。ほんらいなら、わたしは傘なしで立っているのだから、肩なんぞへ雪が積む理屈だろう、それが積もらないのだ。不思議なことがあるものだと、ひょいと上を見ると、わたしの頭の上にね、女持ちの渋蛇の目の傘がさしかけてあるんだ。いくらなんだって蛇の目の傘が降る陽気じゃあないとおもってね、ひょいとうしろを振り返って見ると、さァ年のころならば三十に、さァ手が届いたか届かないかぐらいかね、色のくっきり白い、小股の切れあがった、目もとの涼しい、口もとの尋常な、いい女だった……お、おッ、おい女というとおまえさん妙な顔をするんだね、よしましょう。なんだかおまえと夫婦喧嘩をするようだから、もうよそう、よしましょうこの話は……」
「あなた、おっしゃってくださいよ」
「そんな泣声を出しなさんな。夢なんですよ、夢なんぞでそう膨《ふく》れちゃあいけませんよ。怒っちゃあいけませんよ、夢の話なんだから……いい女が傘をさしかけているんだ。それからね、十八、九になる小女《こおんな》が手拭だの糠袋《ぬかぶくろ》などをぶらさげているところを見ると、湯帰りというわけだ。『ありがとう存じます、ご親切さまに助かります、ありがとう存じます』と、お礼を言うと、その女が、『いいエ、さぞかし急の雪でお困りでございましょう。舟の出ますにはよほど間《ま》があるのでございますから、わたくしの家はすぐそこでございます。失礼ですが、お立ち寄りくださいまし、渋茶一杯ぐらい差しあげますから、そのうちに舟も来ましょう』『ありがとう存じます』と礼を言って、舟のほうへ気をとられている。聞くともなしに、その女と小女と二人で話しているのを聞くと、『ほんとうにこちらはよく似ているわねえ、たのもしいわ』と言うのが、わたしの耳に入ったのだ、わたしの耳へさ。こっちもよせばいんだが、からかい[#「からかい」に傍点]半分にね、『エーなんですか、あなたのお知り合いの中にわたしみたいな、こんな変な顔の方がいらっしゃいますのでございますか?』と言うと、その女がきまりの悪そうな顔をして、『いーえ、お話をしなければわかりませんが、てまえの良夫《おつと》と申しますのは、三年前に没しました。良夫とあなたと生き写しなので、つい下女《これ》と立ち話をいたしました、お耳ざわりになってあいすいません』、するとなんだね、その女のほうは年齢《とし》は若いけれども、後家さんなんだよ。『あァ、そうですか、それはどうもお気の毒さまで、他人の空似などとよく言ったもので……』と、話をしているうちに、いつの間にか舟も帰って来て、いま渡し舟が出はじめるのだ。『へえどうも、ありがとう存じます、とんだご厄介になりました。舟も出ます、雪もやみました、ありがとう存じます』と礼を言って、わたしは舟へ乗って向島へ行って、水神の八百松へ……、さあ行ったのだか行かないのだか、用事《よう》が足りたんだか足りないんだか、そこは夢ではっきりわからないが、……無理ですよ。夢だからわからないのだよ。たぶん用事《よう》が足りてしまったのだろう。こんど向島の渡しを渡って、もとの橋場へ帰ろうというので、渡し場まで来ると、渡し舟が一艘《いつそう》あるのだけれども、肝心の船頭がいないだろう、行くことができない。向こう河岸じゃあしきりに、さっきの二人の女がおいでおいでをしている。黙っていちゃあ悪い。お断わりをしようとおもってね、手で舟を漕《こ》ぐ真似をして、頭を振って船頭がいないからだめだということを手つきで断わるんだけれども、なにしろ向こうじゃあ遠いからわかったかわからないか、しきりとこっちを見て二人でおいでおいでをしている。わたしのほうじゃあ船頭がいなくって行かれません。行きたいけれども行くことができないから、わたしはやきもきやきもき[#「やきもきやきもき」に傍点]しているのだ、わたしがさ」
「そうですか、(涙声で)それはほんとうにお気の毒さまでしたわねェ」
「そんなこと言ったって夢だよ。……わたしがやきもき[#「やきもき」に傍点]していると、そこへ定吉が来た。定吉、店《うち》の小僧の定吉が来たんだ。え? なにしに来たんだって、夢で来たんだよ。傘だの下駄などを持って来て、『お困りでしょうから持ってまいりました』『よくおまえわたしがここにいるのを知っているね』と言うと、定吉の言うのには、『いえ、若旦那と一八さんのさっきお話のうちに、ちょうどわたしは庭を掃いておりました。向島向島と言うことを聞きましたから、さぞかしいま時分雪でお困りだろうとおもって下駄を持ってまいりました』『やァご苦労、ご苦労、気が利いているな』、よろこんでわたしは下駄を履き替えた、……けれども夢なんていうものは満更かたち[#「かたち」に傍点]のないものではないね。おまえ知ってるだろう、定吉の家は深川だ。あれの親父《おやじ》は船頭じゃあねえか、ねえ、定吉にわたしは『向こう河岸《がし》へ行きたいんだが、舟はあるけれども肝心の船頭がいなくて行くことができない』こういうと定吉が、『じゃああたしが舟を漕ぎましょう』『おまえ漕げるのかい? 舟が……』『若旦那、漕げる漕げないじゃございません。わたしの家は深川で、わたしの親父は船頭ですよ。お宅さまへご奉公に上がる前までは、親父と二人で毎日舟を漕いでいたんです。このくらいの川は、溝《どぶ》っ川も同然、まァ、親船と言いとうございますが、ご心配なくお乗りになってください』『大丈夫かい、わたしは泳ぎができないよ』『まァ、お任せください』、こっちは行きたいのがやまやま[#「やまやま」に傍点]だから、こわごわ舟へ乗っかった。ところが、定吉が漕ぎはじめたらおまえ、巧《うま》いの巧《うま》くないのって、畳の上をすべるように……ずーっと向こう河岸へ着くと、桟橋のところへその先刻《さつき》の後家さんと下女が来て待っているんだ。『さァどうぞこちらへ……』と言うだろう。その家へわたしは連れこまれて、お座敷へ通ると、その座敷が広いんだ、なんでも十畳ぐらいの座敷だったかね、中央《まんなか》へ大きな卓袱台《ちやぶだい》が出て、その卓袱台の上には山海の珍味がうんと出ている。そのごちそうがね、へッへッへ、そのごちそうが、へッへッへ、ばかばかしいねェ夢なんてものは、そのごちそうがみんなあたしの好きなものばかり載っかっているんだ、つまり食い意地が張っているからだね。……え? そのごちそうを食べたかって、だれが? わたしがかい? 食べませんよ。夢で物を食べてごらん、すぐに風邪を引くよ。なんでもお酒をお猪口《ちよこ》に五、六杯飲みましたかね、どういうものだか、頭がピンピン割れそうで、意地にも我慢にもわたしは起きていられないのだ。『どうも今日はごちそうさまになってあいすみません、どういうものだか頭が痛いんで困ります。いずれ二、三日中にはお礼に上がります……』帰ろうとすると、『とんでもない若旦那、この雪でお帰りになれるものじゃございません。ごらん遊ばせ』障子を開《あ》けられて庭を見ると、おどろいたよ。雪なんてえものはおまえ、ほら音のしないものだろう、気がつかなかったんだね、ひょいと見るといつの間《ま》にか、雪がもう一丈ばかり積もってしまっているんだ、……これはこんなに積もっちゃあいけない、いくらなんだって帰ることはできない、困ったな、どうしようかとおもうと、その後家さんの曰《いわ》くさ、『あなた寒いおもいをなすって、お酒を召しあがって、それで逆上《のぼせ》たんでしょう。あなたを病人にしてお帰し申しては申しわけありませんから、どうぞご都合でひと晩泊まっていらっしゃいまし、てまえどもの家は下女《これ》とあたくしとたった二人っきりなので淋しいくらい、どうぞあなたよろしかったらお泊まり遊ばせ、ひと晩かふた晩、ひと月一生でもあたしのほうは願ったり叶ったり。さァどうぞこちらへ……』と言うので、二人であたしを無理やり手をとるようにしてつぎの座敷へ連れて来る、転がるようにしてわたしはつぎの座敷へ入っちまった……つぎの座敷がさァそうさねェ、六畳だったかね、中央《まんなか》に絹布《けんぷ》の布団が敷いてあって、煙草盆から水差し、有明(行灯)、寝間着まですっかり揃っているんだ、……まさかどうも図々しく泊まっていくわけにもいかず、どうしようかと、わたしもその布団の上へ座りこんで、とつおいつ[#「とつおいつ」に傍点]しながら考えていると、見る気もなしに正面をひょいと見ると、正面が一間の床の間だ。床の間の上手の方に文台《ぶんだい》があって、その上に短冊《たんざく》が載っかっているんだ、雅《みやび》なものだな、なんと書いてあるかとその短冊をわたしが悪いとおもいながらとって見ると、歌が書いてあるのだ、本歌なんだね。こう書いてあるんだ、お待ちなさいよ。……あァ、そうそうおもい出した、『恋も……』いやちがう、『恋は……』だ、『恋はせで身《み》をのみこがす蛍《ほたる》こそ』と、女の手で見事に書いてある。手といい、定《きま》りといい、これだけの身代《みもち》で、これで後家さんだ。もったいないとおもってね、しきりと考えていると、すーっと頬ぺたを切られるような風が吹いて来た。ひょいと振り返って見ると、間《あい》の唐紙がすッと開いて先刻《さつき》の後家さんだ、緋縮緬《ひぢりめん》の長襦袢一枚、扱帯《しごき》を巻いてぐッと締めたやつがだらりとぶらさがって、二、三本|鬢《びん》の後《おく》れ髪《げ》がさがっているのを前歯できッと噛んで、わたしとお酒を二、三杯飲んだから、目のまわりがほんのり桜色……まるで、歌麿の絵が浮いて出てきたようだ。近ごろの文士の先生が筆を執《と》れば、確かに形容で一ページぐらいは埋まっちまうね、昔の学者だったら沈魚落雁《ちんぎよらくがん》とでも言うんだろう。まァ手っ取り早く言えばとろけて[#「とろけて」に傍点]しまうようないい女だ。『あら若旦那、それはあたしの心意気なのよ』、言うにも勝《まさ》るおもいなるらめ、『こっちへ頂戴』と言ってな、わたしの持っている短冊をひょいと取ってビリビリッと破いてしまった。これをまるめてポーンとほうられてしまったのだ、……ねえあたしはおまえきまりが悪いから、照れ塞《ふさ》げに、『どうもあいすみません』とお辞儀をしていると、その後家さんの曰《いわ》くさ、『あら、若旦那、あたしはけっして恩にきせるのじゃァないのですよ、飲めないお酒を飲んだので、あたし、とても起きていられませんわ、すみませんけれども、寝《やす》ませて頂戴……』と入りかけたじゃァないか……」
「そうでござんしょう(と、泣き出し)どうせそうでしょう。たぶんそうなることだろうとおもうと、案の定そうなんですもの……いえ、それにちがいありません。なんとおっしゃったって、いえ、そうでしょう、わかっておりますよ。……あ、あたくしは……い、いえ、あなたはそういうような、……いいえ、あたくしは、あたくしは、さ、実家《さと》へ帰ります……い、いいえ(と、しくしく)」
「はい、いま帰りましたよ。だれも留守に来なかったか? あァ、そうか。……あの、はァははァ、また喧嘩か? おまえたちはよく喧嘩をするね、ええ? 喧嘩をなにかい稼業《しようばい》にしているのかい、いいかげんにしなさい。……徳、夫婦喧嘩は犬も食わないよ、みっともない、よすがいい、ばかばかしい……あはははは、おまえもそうだよ、そう子供のようにぴいぴい泣くものじゃァありませんよ。往来まで聞こえますよ……徳、なにがおかしいのだ、女房をいじめてなにがうれしいのだ、そんな了見だから夫婦喧嘩が絶えないのだ。ぜんたいおまえが悪い、おそらくおまえぐらい勝手なやつはないよ。……エエ、どうした? 喧嘩のことをあたしに話してごらん。おとっつぁんが裁きをつけましょう。構わないから、泣かずにおっしゃい……おまえは黙ってろ、なにを笑ってるんだ、しょうがねえ野郎だ。……言ってごらん、喧嘩の原因《もと》はなんだい? その原因《もと》は……なんですと? うん、うん、なに? じれったいな、そう泣きしゃべりじゃァわかりゃしない、泣くなら泣く、しゃべるならしゃべると別々にしなさい、別々に……う、うん、徳三郎がどうした? うんうん、向島へ?……そりゃァいけませんよ、商売上じゃ仕方がない。あァ、そうかい、うん、うん、そうすると橋場の渡しを渡って向島へ、……そのほうがかえって近いかもしれないよ。うん、渡し場へ行くと、ひと足ちがいで渡し舟が出たあとだ、くやしいもんだ……なにを笑っているんだ、黙っていらっしゃい、おまえは……うん、うん、そうすると雪が降ってきた、いつ? 今日《きよう》? この温気《うんき》にかい、うーん、もっとも陽気が悪いからな、うん、うん、それからどうした? そうすると三十ばかりになる後家さん……後家さんの家へかい? あいかわらず図々しい男だね、うん、うん、それでごちそうになった。うんうん、そうすると、その後家さんと、く、く、くっついた? うんうん、そうすると定吉が舟を漕いでいろいろ取り持ちを、あの野郎が……とんでもねえ話だ。おまえが泣くのは無理はねえ、もっともだ、おとっつぁんにお任せ。実家《さと》などへこんな話をされると、年寄りがついていて申しわけが立たない、……これ徳三郎、徳ッ、もっとこっちへ来なさい、前へ出ろ、……徳三郎、おまえはまだその色事がやまないのか、……なに笑ってるんだ、呆れ返ったやつだ。……だいいち、定吉のやつ、ふだんからちょこまか[#「ちょこまか」に傍点]、ちょこまか[#「ちょこまか」に傍点]しやァがって、……定吉ッ、定吉ッ」
「へーい」
「こっちへ来なさい」
「へえ?」
「こっちへ来な」
「へえ?」
「こっちへ来いと言うんだっ、この野郎ッ(と、殴る)」
「うわーッ、痛いーっ」
「おい、なぜおまえは要《い》らざることをした、余計なことをして舟などを漕ぎやァがるのだ」
「わ、わ、わたくしは、お店で、お、お、お帳合いの……ば、ば番頭《ばんと》さんのお帳合いのお手伝いを……」
「嘘ォつけ、主人の情事《いろ》の取り持ちをしやァがって(と、殴り)……そんな呆れ返ったやつがあるかっ」
「うわッ(と、泣き出し)わ、わ、わたくしは、わたくしは、そ、そんな……」
「おとっつぁん、定吉を折檻《せつかん》するのは、待ってください……そんなことを、そんなくだらないことをまァ待ってくださいよ、おとっつぁん、あっははは……どうも、あっははは」
「なにを笑っていやァがる。なにがおかしいんだ」
「あっははは、……おとっつぁん、いまの話はみんな夢なんですよ」
「なにっ?」
「あっははは、ほんとうにくだらないじゃァありませんか。いまわたしがここでうたた寝をしていて見た夢ですよ。定吉が舟を漕いだのも夢ですよ」
「なんだと? 夢かい。……おいおい、いまのはおまえ、夢だというじゃァないか」
「(泣きながら)そうでございます」
「そうでございますじゃねえ、夢ならなにも泣くことはないじゃァないか」
「いいえ、ふだんからそういう女好きなお心持ちですから、そういうような夢をごらん遊ばす……」
「ごらん遊ばすったって、あっははは、……定吉や、勘弁しろよ、おまえが、ほんとうに舟を漕いだんじゃァないんだとよ。夢で舟を漕いだんだとよ」
「(へッ、へッへと、しゃくりあげながら)……ごめんこうむりましょうおもしろくもねえ。エエこう、夢で舟を漕いだたびにほんとうにぽかぽか殴《や》られたひにゃ、ほんとうに舟を漕いだら殺されてしまわァ、……若旦那、これから夢を見てもようございますから、夢の中へわたしを入れないようにしてくださいよ、へッ、へッ……」
「わたしが悪かった、勘弁しろ勘弁しろ、わたしが悪かった……お清や、おまえさん、わたしの着物が奥の六畳の方にありますから畳んでおくれ、おまえさんあまり泣いたものだから、お白粉《しろい》が剥げちまった、あっははは、そっちへ行って……まァ、いいからわたしにお任せ、徳三郎、おまえもよくない、つまらない夢を見なさんな、わたしがきまりが悪いじゃァねえか」
「まことにおとっつぁんすみません。ぜんたい女房《あれ》が……」
「女房《あれ》じゃないよ、おまえもそんな夢を見たって、なにもあからさまに話をするこたァない、しょうがない、わたしがあいだへ入って困らァな、それはそうと、ちょいと用事《よう》があるから、じきに帰って来ますから、留守、頼んだよ」
「はい、どうぞ行ってらっしゃいまし。とんだお騒がせをしてしまって、お気をつけて行ってらっしゃい……あっははは、定吉、痛かったろう、勘弁しておくれ」
「へ、へ、ご冗談でしょう。若旦那は痛くないから勘弁しておくれですむでしょうが、わたしのほうは殴《ぶ》たれたら取り返しがつきませんよ。だいいち若旦那がずぼら[#「ずぼら」に傍点]で、若いおかみさんがやきもち焼きで、大旦那がそそっかしいときてるから、あいだへ入ったわたしが……」
「愚痴を言うなよ。勘弁しろ、そのかわりあした親父《おやじ》の代参で、深川の不動さまへ参詣に行くから、いっしょに連れて行って、罪滅ぼしになにか旨いものを奢《おご》ってやる」
「そのくらいじゃあ、おっつきませんよ、ほんとうに……」
「まァ勘弁して、気をとり直して、こっちへ来い……定吉、おまえすまないけど、さっきからどうも肩が張ってしょうがないんだ、おまえすまないが肩を二つ三つ叩いておくれ」
「ごめんこうむりましょう。エエこう、大旦那に頭を殴《なぐ》られた埋め合わせに肩ァ叩きゃあ世話が……」
「そんなに膨《ふく》れなくったっていいじゃないか、あしたごちそうしてやるから、いいじゃないか、頼むよ」
「やりますよ、主《しゆう》と病《やまい》にゃァ勝たれねえ」
「そんなことを言うな……右のほうが凝《こ》っていんだ、按摩は家《うち》じゃおまえがいちばん巧い……」
「ごめんこうむりましょう。この上目でも潰《つぶ》されちゃァかなわねえや……へッ、へッ」
「黙って叩けよ……あッ、冷《つめ》てえ、なんか垂らしゃあしねえか? 涙か? そうか、泣いてやがる。悪かったよ。……おいおい、もう少し強く叩いてくれなくちゃあいけねえ、こっち、ここを……おい、なにをしてるんだ? あっはは、子供だねェ、泣きながら居眠りをしてやがる。……おいッ、もっとしっかり叩け、居眠りなんぞしねえで、もっとしっかり叩けっ」
「ご新造さんご新造さん、たいへんですよ、たいへんですよ」
「なんだよ、お花、頓狂《とんきよう》な声を出して、なにさ」
「また若旦那が、橋場の後家さんのところへお出かけになりますよ」
「ええっ、また? いえそうだろう、おかしいとおもったんだよ、夢だ夢だなんて、どうも夢にしちゃァ、はっきりしすぎているもの。お花や、おまえすまないけれども、若旦那を止めてくださいよ。こんどあたしはもう勘弁しませんよ、いまおとっつぁんの手前、我慢したけれど……なにを言っているのさ、お花、若旦那はあそこで定吉に肩を叩かせているじゃあないか」
「だってご新造さん、ごらん遊ばせ、定どんがまた舟を漕いでおります」
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