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落語特選06

时间: 2019-09-22    进入日语论坛
核心提示:蛙茶番《かわずちやばん》町人の生活が向上し、町々には富裕な商人が多くなると、芝居好きの大店《おおだな》の主人は、町内の人
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蛙茶番《かわずちやばん》

町人の生活が向上し、町々には富裕な商人が多くなると、芝居好きの大店《おおだな》の主人は、町内の人々や親戚、知人を招待し、子供の誕生祝い、ご隠居の本卦《ほんけ》帰り、喜の字(※[#「七/(七+七)」])の祝いなどと店員の慰労を兼ねて、年に一、二回、恒例のように自分の家を開放して——時には本職の大部屋の役者連中を招き、指導をさせるなどして——素人芝居や茶番を楽しんだ。
「おいおい、番頭さん」
「へい、旦那さま、お呼びでございますか?」
「呼んだから来たんだろ、まったく。お客さまもお揃いになって、酒、弁当、配り物もみんなにお配りしたからそろそろ、芝居のほうを始めてもらおうか。おまえさんが世話役なんだから、きっちり世話を焼いとくれ」
「ええ、もう用意はできてるんでございますが、役者が一人参りませんで……」
「役者が一人来ない? だれだい」
「へえ、和泉《いずみ》屋の若旦那なんで……」
「それじゃあ迎いを出したらいいじゃないか」
「それがどうも……なんべんも使いを出したんでございますが、急病……ということなので……」
「急病? それは困るじゃないか。で、役はなんなんだい?」
「ええ、そのことなんでございますが、急病の原因は、その役のせいではないかと存じますが……」
「役|揉《も》めかい? 困るね、どうも……今度は苦情が出ないように、籤引《くじびき》で役を決めたんじゃないのかい?」
「さようで」
「それでいて、どうしてこんなことになったんだい?……で、和泉屋の若旦那の役はなんなんだい?」
「ええ、天竺徳兵衛《てんじくとくべえ》の『忍術譲《にんじゆつゆず》り場《ば》』でございます」
「じゃあ、幕開きに出てくる仕出しの船頭にでもあたったのかい?」
「それならよろしいんでございますが……」
「だって、あのほかにたいした役はなかろう?」
「いえ、ございます」
「なんだい?」
「蛙《かえる》でございます」
「なんだい? 蛙ってえのは?」
「あの、徳兵衛が忍術を使って出てくる蟇《がま》でございます」
「あの蟇を……そりゃいけませんよ。どうも気がきかないね。どうしてあんな役を籤へ入れるんだ。そりゃあ怒るのがあたりまえだ……じゃあもういっぺん迎いに……」
「いえ、行ったんでございますが、どうも頭が痛くて行かれない、の一点張りで……なんなら番頭を代わりにやってもいいと……」
「そうかい。で、その番頭は芝居のほうの心得はあるのかい?」
「いいえ、芝居のほうはどうですか……なんでも算盤《そろばん》がたいへん達者とか……」
「おまえねえ、算盤はこの際、どうでもいいんだよ。芝居をなんにも知らない人にうまくできる気づかいはないから、そう言ってるんじゃないか。……そうだ、店《うち》の者でいいから、だれか代りをこしらえて、とにかく早く幕を開けなさい」
「へえ……どうも困ったなあ……みんな手がふさがってるし……あっ、そうだ、定吉がいた……おい、定吉、定吉」
「へえ、番頭さん、お呼びで?」
「ちょっと来ておくれ」
「お使いでございますか?」
「いや、おまえは、まったくよく働くなあ。いつも感心してるよ」
「へえ……」
「じつは、今日の芝居に急に手が一人足りなくなっちゃったんでな、おまえに役者をやってもらいたいんだがな……」
「お芝居へ出してくださるんでございますか。どうもありがとうございます。あたしも芝居が大好きで、見るばっかりじゃつまらないから、いちどやりたいと申しましたら、今度、今度っておっしゃって、いままでなんにもやらしてくれないんです」
「そりゃあ、よかった。ぜひとも出ておくれ」
「で、役はなんでございます?」
「役は……蛙だ」
「ぎゃあ、蛙? ああ、天竺徳兵衛に踏《ふ》んづけられる……? ぎゃ、ぎゃ、ぎゃあ」
「うまい、うまいっ、その調子」
「やだよ、そんなの褒めちゃあ。……ご免|被《こうむ》りましょう」
「そんなことを言わずに出ておくれ」
「やだあ。そんなの役者じゃねえや。初舞台が虫けらじゃあ、先行き思いやられる……とても名題にゃァなれねえ」
「贅沢なことを言うんじゃないよ。おまえ、いま、出たいって言ったじゃないか?」
「だって、役者だって言うから、そう言ったんで……そんなものやると、近所の小僧仲間に、あいつ、蛙小僧だってからかわれちゃう」
「そんなことはないよ。縫《ぬい》ぐるみの中へ入って出るんだから、顔はわからない。おまえだけに、小遣いを少しあげるから、あたしを助けると思って出ておくれ……これは少いが、とっといとくれ。蟇賃《がまちん》だ」
「さいですか。顔がわからないなら……やりますかなあ。じゃあ、出るところを教えていただきませんと」
「口上茶番てんで、いちばんおしまいに、おまえが落ちを言うんだ。そこがむずかしいんだ」
「へーえ、なんてんです?」
「あのう……天竺徳兵衛が赤松満祐《あかまつまんゆう》という人に忍術を教わるんだ。で、九字《くじ》を切る。そこで、おまえがね、えー、布巾《ふきん》をくわえて、飛び出す」
「へ?」
「晒し木綿《もめん》の切れを……」
「へえ……」
「で、『あたしはヒキでございます。ここへ持って参りましたのは、あの、布巾でございます。布巾てえものは、水にもいれば、陸《おか》にもいるものです。あたしはヒキですから……』ヒキ蛙のヒキと、呉服屋の反物の匹《ひき》とをかけてある。で、『あのう、この布巾だけ買って来ましたが、あとは買わず(蛙《かわず》)でございます』と、大きな声を出して『今晩はこれぎり……』てんだ」
「へえ、畏《かしこ》まりました。で、その、出るきっかけ[#「きっかけ」に傍点]は?」
「いいか。『南無さったるま、ふんだりぎや、守護聖天《しゆごしようでん》、はらいそはらいそ……』と天竺徳兵衛が九字を切る。楽屋で大ドロてえ太鼓が、ドロン、ドロン、ドロン、ドロロロロン……と鳴ったら、おまえがバーっと飛び出る。むやみに飛び出しちゃあだめだ」
「え、大丈夫です。ドロドロっといったら、ピョイと飛び出る」
「そうだ」
「ドロドロピョイですね? ドロピョイだ……それでおしまいですか?」
「ああ」
「つまんない役ですね。大喜利にかっぽれかなんか踊りましょうか?」
「蟇が踊るやつがあるもんか。そんなことをした日にゃあ芝居がこわれちまう……段取りはわかったな、じゃ頼みますよ……え? だれが来てない? 舞台番? だれだい、舞台番は? 半公? 建具屋の半公かい? 世話を焼かせるなどうも、だから素人芝居の頭取は骨が折れる……おいおい、あのな定吉。おまえな、役者を使いだてして済まないが、半次のところへちょいと行って、いまみなさんお揃いになって、支度もすっかり出来ました。もう幕が開きますから、大急ぎで来てくださいってな、頼むよ。急いで行って来ておくれ」
「こんちは、いるかい? 半さん」
「半さんは留守だ。いま」
「いえ、半さんを迎いに来たんだよ」
「いま居ないよ」
「居るじゃあねえか、そこに……」
「居たって居ねえ」
「なにをふくれてるんです? あのう、お芝居がはじまりますから、大急ぎで来てくださいって……」
「芝居か? 行かねえよ」
「そんなこと言わないで、来てくださいよ」
「店《たな》へ帰ってそう言ってくれ。番頭でも旦那でもいいや、あんまりなめたことをするなって……」
「なにかありましたか?」
「なにかありましたじゃねえ。おめえにこんなこと言ったってしょうがねえが、じつはこうなんだ。こんど、店《うち》で芝居をやるって言うから、『あっしも一役《ひとやく》やらしていただきましょう』とおれが言ったときの、おめえんとこの旦那《だんつく》の言い草が気に食わねえ。おれの顔を穴の開くほどじいっと見て、『半ちゃん、おまえ、鏡を見たことがあるのかい? いずれ化け物芝居があったときには、おまえを座頭《ざがしら》に頼むとして、こんどは舞台番をやってくれ』ってんだ。なに言いやがんでえ。ふざけるねえ。どうせおれはいい男じゃあねえ。面《つら》はまずい……なに言ってやんでえ。どうせ面はまずい……ああ、まずいとも……」
「えへへ、そう言われて見ると、ひどくまずい」
「なに言ってやんでえ。つまんないとこに感心するねえ……だれが行ってなんかやるもんか……おめえも早く帰《けえ》んな。早く帰《けえ》れっ」
「さいなら……たいへんだ、こりゃあ……へえ、行って参りました」
「ああ、ご苦労さま。どうした? 半次は?」
「だめなんで……なんでも旦那さまが、こんど化け物芝居の座頭に頼む、とおっしゃったとかで、もうすごいおかんむり[#「おかんむり」に傍点]で……」
「そうかい、そりゃあ困ったな。なにかいい思案は……と、そうだ。いいことがある。いいかい、定吉、こんどはおまえ、迎いに行って、あいつをうまく持ち上げておくれ」
「持ち上げるんでございますか?」
「そうだよ」
「だって、役者のあたくしじゃあ半さんは重くてとても持ち上がりません」
「なに言ってんだ。油をかけるんだよ」
「火をつけますか?」
「そうじゃないよ。まあ、早く言えば、煽《おだ》てるんだ。なあ定吉、半次は、小間物屋のみい坊に岡惚れしてるってえじゃないか?」
「へえ、そうなんで……みいちゃんの話をすると、半さんのあの顔の造作《ぞうさく》がもう一倍くずれて……でも、足袋《たび》屋の看板で、だめなんで……」
「なんだ? 足袋屋の看板てえのは?」
「へえ、片っぽだけできてる」
「つまらない洒落《しやれ》を言うな……いいかい、こんど半次のところへ行ったら、こう言うんだ。『あたしがいま帰りしな、横丁でみいちゃんに会って、どこへ行くんだと聞かれたので、半さんのところへお使いだよと言ったら、名前を聞いただけで、みいちゃんがぽーっと赤くなって、あら、半さんもお芝居に出るのって聞くから、こんどは舞台番だと言ったら、みいちゃんが褒めていた……ほんとうに半さんはえらいよ。素人が白粉《おしろい》なんかつけてぎっくりばったり変な格好をするよりも、舞台番と逃げたところが半さんの悧巧なところだ。あの人は粋《いき》だから、きっと似合うわ。お芝居はどうでもいいけど、半さんが舞台番なら、これからすぐ見に行くわって、みいちゃんがそう言ってた』と、こう言いな。すると、あのはねっ返り、喜んで飛んで来るから……」
「なるほど、こりゃいい。へえ、行って参ります……おう、半さん、また来たよ」
「なんだ? また来ただと?……だれがなんと言おうと行くもんか。ふざけんねえ」
「それがね、いま、みいちゃんに横丁で会ってね。あの、どこへ行くの?……ってえから、半さんの家《うち》へお使いに行くんだよって言ったら、みいちゃんがぽーっと赤くなっちゃった」
「なに?……会ったのか?」
「うふふっ……みいちゃんと聞いて這《は》い出したよ」
「なにか話をしたのか?」
「うん、きょう店《うち》で芝居があって、半さんが出るんだけど、舞台番だって……」
「ばかっ、まぬけっ。そんな気のきかねえことをなんで言うんだ? みっともねえじゃあねえか、どじっ」
「ううん。そう言ったら、みいちゃんが褒《ほ》めてたよ。『素人が白粉《おしろい》つけて、ぎっくりばったり変な格好するのは厭味だけれど、そこをぐっと渋く、舞台番と逃げたところは、さすが半さんはえらい』って、『芝居は見たかあないけど、半さんの舞台番なら、行かなくちゃあね』って、みいちゃんが先へ行って、待ってるよ」
「ほんとうかい? え? みい坊が? やっとおれの了見がわかってきたか……あいつはなあ、若いに似合わず、油っけなし白粉っけなし……おりゃあ、ああいう女が好きなんだ。みい坊が行ってんのか? おれが出るってんで……ふうん、旦那だって、ものを頼むんなら、もう少し色気をつけて……なんだ、言やあいいじゃねえか、化け物なんぞと言われりゃあ、こっちだって癪《しやく》だ。二ツ返事で請け合うわけにもいかねえや。でもまあ、なんだな。おれがごねて行かねえで、世間の女をがっかりさせちゃあなんねえ……ふふ、つらいとこだ、とにかく行きやしょう」
「はは、うまく持ち上がった」
「なんだ?」
「いいや……俥屋《くるまや》みたいだなあ。行きやしょうって……すぐ、いっしょに来ておくれ」
「いっしょにゃあだめなんだ。まあ、この服装《なり》じゃあしょうがねえ」
「着物なんかどうでもいいじゃあないか」
「服装《なり》はまあしょうがねえけども、いま、褌《ふんどし》がねえんだ」
「えっ、締めてねえのか?」
「ばか言うねえ。ただの褌じゃあ面白くねえやな。舞台番てえものは、おめえなんか子供だから知るめえが、舞台袖の半畳の上へ坐って、ぱっとこう尻《けつ》をまくるんだ。越中褌《えつちゆう》の鼠色が見えるなんざあ、色消しじゃねえか。舞台の高《たけ》えところだから、これが見物から見えらあ……おめえ、知ってるだろ? 去年の祭りによ、神輿《みこし》の先へ立って、四神剣《しじんけん》振って歩いたろ? あの緋縮緬《ひぢりめん》の褌……ほら締めていたろ?」
「ああ、あの赤の……あれならきれいでいいや」
「そうよ。あいつを、おめえ……ぐるっと尻《けつ》まくったときに、町内の女の子をわーっと言わせようってんだ……あれが、いま、家《うち》にねえんだ」
「ああ、わかった。まげ[#「まげ」に傍点]ちゃったんだね、質に入れちゃったのか?」
「察しのいい小僧だな。じつはそうなんだ」
「ああ、それならなんかと入替えしなよ」
「なんでも知ってやがるんだなあ、こいつあ……しょうがねえや、釜でも持ってって、入替えるか」
「釜を持ってく? うふふ、褌の入替えに釜なんざあ縁があっていいや」
「余計なことを言うない」
「じゃあ、急いで来とくれよ」
「いいよ、わかった、すぐ行くよ」
 半次は、緋縮緬の褌を質屋から請け出して、家へ帰り、すっかり服装《なり》を変えて、すぐ店《たな》へ行けばいいものをみい坊にいいところを見せるために、ひとっ風呂あびようと、町内の湯屋《ゆうや》へ行った。
「おう、ごめんよ」
「いらっしゃいまし。おう、半さん、お見それいたしました。どうもおめかしでございますなあ。ええ、どっかへお出かけですか?」
「なあに、伊勢屋で芝居があるんだ」
「ははあ、お役者ですね?」
「なにを? お役者? お[#「お」に傍点]の字を付けやがって……冗談言うねえ。なまじっか素人が白粉なんかつけて、ぎっくりばったり目ぇむくのはいやみだあ。そこをぐっと渋く、おらあ、舞台番と逃げたね」
「舞台番と申しますと?」
「舞台の脇へ、ちょいとおれが半畳へ坐って、尻をまくって場内を鎮めるんだ」
「ああそうですか。しかし、あなた、その舞台番にしちゃあ、お身装《みなり》がちょいと地味じゃあありませんか?」
「そうよ。これじゃあ少しばかり地味だ。舞台番ていやあ、首抜きかなんか派手なものを着るんだ。そこをこっちゃあ、うわべを地味にして、中身でぐっと落ちをとろうてんだ」
「へえ? 中身で落ちをとろうと申しますと?」
「見てくんねえ、これだ」
「えっ?」
「これを見ろよ」
「はーあ、まっ赤な褌ですな」
「緋縮緬だから、赤えや」
「こりゃあご立派で、まえが馬疱瘡《うまほうそう》のようですな」
「変なこと言うねえ。切れの目方、たっぷりしてらあ」
「へ、へ……」
「ものがいいからな、丈《たけ》が長えや」
「へえ」
「どうだい? 町内広しといえども、これだけのものを締めてるやつはあるめえ」
「はあ、さようで……」
「町内の女の子に見せて、わぁーと言わせようてんだ」
「言うでしょうかね?」
「言うにきまってらあ……重くてどっしりしてらあ」
「へえ、へえ……」
「咬《くわ》えて引っぱってみろい。ちゃりちゃりって音がして縮むんだ。……どうだ、咬えてみるか?」
「いいえ、もう結構です……褌を咬える人はおりません」
「ところで、油っ紙、ねえか?」
「油っ紙? どうなさるんです?」
「この褌、盗られるといけねえから、油っ紙へ包んで、頭へ結《ゆ》わい付けて、湯へ入《へえ》るんだ」
「川越しじゃないんだから……大丈夫ですよ。そんなに心配で大事なもんだったら、番台に預かりましょう」
「そうか、すまねえ。その代わり、むやみなところへ置いちゃあいけねえぜ。神棚に上げて、お燈明でもあげろ……」
「冗談言っちゃあいけません」
「定吉、どうしたんだ? 来ると言った半公はまだ来ないじゃあないか?……もういっぺん行って来な」
「へい、では、行って参ります……ほんとうにあんな手数のかかるやつはありゃあしない……半さん、あれっ、戸が閉まってらあ。あの、お隣りのおかみさん、建具屋の半次さん、どこへ行ったかご存知ですか? え? 湯へ行った? なんだい、のんきなやつだね……なにもこの最中《さなか》にめかすことなんぞしなくったっていいじゃあねえか……こんちは、あのー、半さん、入ってますか?」
「おや、伊勢屋の小僧さんか? ああ、入ってるよ。……あそこだ。ほら、尻に火男《ひよつとこ》の刺青《ほりもの》をした……」
「あっ、汚ねえ尻《けつ》を出して洗ってやがら……おい、半さん、だめだよ。早く来なきゃ、みいちゃんが帰っちゃうって言ってる。早くしとくれよ」
「えっ、みいちゃんが……おいおい、待っててくれ、おう、定吉っ、いっしょに行くから、待ってくれっ」
定吉は急ぎ足で店へ帰ってしまった。
半次は、湯から飛び出して、身体を拭く間もなく着物をひっかけたが、番台へ預けた褌を忘れて、そのまま表へ駆け出した。
「おうおう。頭から湯気立てて、なに駆けてんだ? 半公じゃあねえか。どこへ行くんでえ」
「やあ、熊|兄《あにい》か、どうも……驚いたよ、伊勢屋で芝居があって、これから幕が開こうてんだ……」
「ああそうか。で、おめえにもなにか役がついてんのか?」
「冗談言っちゃあいけねえや。素人が白粉なんぞくっつけて、ぎっくりばったり変な格好したってはじまらねえや、そこでおれは、舞台番と逃げた」
「え? 舞台番? それにしちゃあ、おめえ、身装《なり》が地味じゃあねえか」
「そこなんで、趣向は……まあ見てくんねえ。うわべは地味だが、中身のほうをぐっと派手にして、落ちをとろうってんだ……まあ見てくんねえ……これっ」
「な、なんだ? おいおい、よせよ。ばかだな。真っ昼間《ぴるま》だってえのに……よせやい。しまっとけよ。そんなものよう……」
「ははっ、どうでえ、驚いたろ?」
「驚くよ、そりゃ……」
「てえしたもんだろう?」
「ああ、たいしたもんだよ」
「立派だろう?」
「ああ、立派だ。ばかな立派だ」
「町内広しといえど、このくれえなものを持ってるやつはねえぜ」
「ああ、ありゃあしねえよ。八丁居廻り探したってありゃあしねえ」
「重くてどっしりしてらあ」
「目方もありそうだな、その様子じゃあ」
「ものがいいからな、丈《たけ》も長えや」
「そりゃ、自慢するだけのことはある」
「町内の女の子に見せて、わあーっと言わせようてんだ。言うだろ?」
「言うよ。気の小せえやつは、それ見りゃ目を回しちまわあ」
「咬えて引っぱって見てくれ、ちゃりちゃり音がして縮むんだ」
「だれが咬えるやつがあるもんか。まあ、早くしまいなよ」
「あとで見に来てくんねえ。きっとだぜ。じゃあ、おれは急ぐから……」
「しょうがねえなあ。……尻まくって、駆け出して行きゃあがった……」
「番頭さん、おそくなりました」
「半次か。やっと来てくれたか。おまえがいないんで幕が開かないんだ。なにをしてるんだ。早く出ておくれ」
「へえ、いま、身装《なり》を着換えてきましてね。派手なとこ見せましょうか?」
「まあいいから、舞台番に行きな」
番頭さんの口上が済むと、二丁が入る。
浜唄にのって幕が開くと、後ろが波幕。
仕出しの船頭の浪六に浪七が、
「親分殿は、昨日の南風に吹きさらされ、いまだ行方知れぬとのこと……」
「なにはともあれ、ここやかしこの小島をば……」
「そんなら、浪六……」
「そうさ、浪七、おれにつづいて、あ、ごんせ、ごんせ」
ドドドン、ドン、ドン、ドンドン……。
山颪《やまおろし》で二人が引っ込むと、トォーンッと柝頭《きがしら》で、浅黄幕がぱらっと振り落とされると「井出《いで》の玉川窟《たまがわいわお》の場」——。
上手《かみて》に赤松満祐、下手に天竺徳兵衛。
客席もしーんとして、芝居に見入っている。
舞台番の半次は、ここだと思うから、ぐーっと尻をまくって、
「なんだなあ。みい坊が来てるって、来てやしねえじゃねえか。あの定吉の野郎、なに言ってやんだなあ。……こんなに見物も入《へえ》ってるのに、だれかこっちを気がつきそうなもんじゃねえか。芝居ばかり見ねえで、ちょっとはこっちも見ろい。今日はこっちはいろいろ趣向があるってえのに、銭をかけて来てるんだぜ。こっちも少しは見ろっ。……しょっしょっ、子供は騒いじゃあいけねえぜ。さあ……」
「どうです、なかなかうまいもんですね。素人芝居だなんてばかになりませんよ」
「ええ、毎年のこってすからね。紀伊国屋の旦那の徳兵衛なんぞ、緞帳《どんちよう》役者よりうまいじゃあないですか? ねえ、あの人にこんな隠し芸があろうとはねえ、いや、驚きました」
「え? あの隅っこで騒いでいるやつ……あれ? だれです?」
「舞台番……あれは、建具屋の半公。町内の名代のはねっ返りで、はね半。しょうがないやつだ。だいたい舞台番てえものは、客がどなったり、子供が騒いだりするのを鎮める役なのに、客が静かにしているのに一人で騒いでいやがる」
「ちょっと、舞台番をよく見てくださいよ。あたしゃ、目のせいか、趣向にしちゃあ……まさか」
「なに? 舞台番の顔じゃない?……下のほうを見ろ……ありゃ、半公、出しゃあがったなあ」
「|※[#「米+參」、unicode7cdd]粉細工《しんこざいく》じゃあないでしょうね。本物かねえ?」
「いや、こしらえもんじゃあない……野郎、さっきから騒いでいたのは、あれを見せたかったんだ」
「やつも変な趣向をして……ようよう、半ちゃん、またぐら、ご趣向っ」
「日本一っ、大道具っ、ご立派っ」
「あはっ、畜生っ。ようやく気がつきやぁがった。ありがてえっ」
と、尻を更にまくって、前のほうへ迫《せ》り出して来た。場内はこれを見て、あっちでくすくす、こっちでくすくす、わあわあというざわめき。そのまま芝居のほうは進行して、舞台はいよいよ最後の『忍術譲り場』になって、天竺徳兵衛が、九字を切って、
「かく忍術を受け継ぐうえは、足利一家を滅《ほろぼ》すは、またたくうちと徳兵衛が、南無さったるま……ふんだりぎや、守護聖天、はらいそはらいそ……」
楽屋で大ドロ(太鼓)が、ドロン、ドロン、ドロンドロン、ドロロロロロ……と鳴ったが、定吉の蛙が出て来ない。徳兵衛が、
「定やあ、おい、なにをしてるんだ。おい、早く蛙が出なくちゃあだめじゃないか」
客席から、
「蛙は出られねえよ。あそこで青大将が狙っている」
 
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