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落語特選07

时间: 2019-09-22    进入日语论坛
核心提示:鰻の幇間《たいこ》幇間《たいこもち》という稼業は、お客の機嫌|気褄《きづま》をとる、頓智頓才というのがなくては勤らない。
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鰻の幇間《たいこ》

幇間《たいこもち》という稼業は、お客の機嫌|気褄《きづま》をとる、頓智頓才というのがなくては勤らない。お客も十人十色、酒の好きな人もいれば下戸《げこ》もいる。陽気な人もいればおとなしい人もいる。その呼吸をはかっていくのがじつにむずかしい。
お客が「えへん」と言えば、「紙はここにございます」と差し出し、顔色がわるいと「拙《せつ》が持ち合せの清心丹、召し上がれ」と勧《すす》め、それで治らないとみれば、電話をかけて医者を呼んでくる。脈をとってみて、医者がちょっと小首を傾《かた》げると、葬儀社のほうへ人が行って、帰りに寺へ……ま、万事がこの呼吸《いき》でいかないと……。
吉原でだれそれ、深川でだれ、柳橋で某《なにがし》という幇間になると、みなれっき[#「れっき」に傍点]としたもので、そんなどじ[#「どじ」に傍点]を踏むようなことはありませんが、俗に野《の》幇間《だいこ》というやつ、ほかに稼業があるのに、人を取り巻いて奢《おご》らせるのが大好き、またそれを名誉と心得ていて、古着屋で買った怪しげな紋付を引《ひ》っかけて、これは旦那から頂いたなどと言って、自ら卑下して、天丼《てんどん》一つご馳走になって、メリンスの長襦袢《ながじゆばん》を出して「深川」などを踊って喜んだりして……。
野幇間連中は、お客のことを魚に譬《たと》えて、往来で取り巻くのを陸釣《おかづ》り、お宅を訪ねて取り巻くことを穴釣りと言って、途中でお客に逃げられると、「しまった、釣り落した」なんて、お客をだぼ鯊《はぜ》のように心得ている。
「暑いなあどうも、あー、夏だからねえ。暑いてえせりふは言いたかあないんだが、こう暑くっちゃあ……日傘一本欲しいとこだが、どうも、そこまでは手がまわらない。暑いとくると、われわれ稼業は往生だよ。いい幇間は、お客さまのお供をして湯治《とうじ》に行くとか、海水浴へでも出かけちまうんだがな、肝心の取り巻こうという敵《かたき》が留守じゃあ、どうにも弱るね。……どこかへ穴釣りに出かけようかな。この羊羮二棹《ようかんふたさお》、餌《えさ》につかって、うまい魚を穴釣りたいもんだな。どっかないかな? えーと……あっ、そうそう、蔦家《つたや》の姐《ねえ》さんに逢ったっけ、明治座で……半八つァん、家《うち》へもたまには遊びにいらっしゃいよ、なんて言ってたよ。そうだ、蔦家の姐さんとこへ行ってみよう……えー、こんにちは、その節はどうも……」
「おや、どなた?」
「えー、半八でございます」
「あら、めずらしいわね」
「どうもお暑うございますな。ちょっとお門《かど》を通りかかったもんでございますから伺いました……お光《み》っちゃん、あなたはいつもおきれいで、ますますどうもなんですよ、お色気が出て、えっへっへっへ、お変わりなく……これは、つまらんものですが、ほんの名刺がわりに……」
「あら、ご丁寧にすみませんねえ」
「どう仕《つかまつ》りまして……ええ、ところで、姐さんはご在宅で?」
「湯治に行きましたよ」
「ええ、湯治にお出かけか……なるほどねえ。羊羮、早すぎたあ……しまった、いや、なに、その……どちらへ?」
「修善寺へ出かけましたよ」
「いつお帰りで?」
「そうですね、五《ご》、六日《ろくんち》前に出かけたんですけれど、湯治をすませて、帰りに三島の親戚へ寄って、二、三日泊まってくるからと言っておりましたから、お帰りになるのは今月の末になりましょうかね」
「はあ、さようで……では、またいずれその時分を見はからって伺います。お帰りになりましたら、家来の半八がお留守見舞いに伺ったてえ、どうぞご伝言ねがいます。さよならあ……こりゃあまずかったな。敵がいるかいないかを確かめないうちに餌を出したのは、愚《ぐ》でやした。姐さんに留守見舞いったって、三島から帰って来たときには、あの羊羮あるもんか、みんな食われちゃう。羊羮一棹買うにしても、これなかなか安くねえからね。こんなことじゃとても幇間《ほうかん》で飯が食えませんよ。仲間に話もできやしねえ。こんだあ、向うに敵がいるかいないか、魚《うお》がいるってことを確めてから、餌を出そう。取られっ放しじゃあ、悔しいから……そうだ、菊春本の姐さんとこへ行こう。あの姐さんには、こないだ観音さまで逢ったとき、たまにはお茶でも飲みにいらっしゃい、なんて言われたっけ……まんざら脈がなくもなかろう……へえ、こんちは、ごめんください」
「どなた?」
「半八でございます。ごぶさたをいたしております」
「まあ、いらっしゃい。お上がんなさいな」
「ええ……こんどは上がらせてもらいます……どうもことのほかきびしいお暑さで……」
「さあさ、もっとこちらへいらっしゃい。ここは、たいそう風通しがいいんですから……」
「へえ、おそれ入りました……どうもこれは結構なお座敷で、なかなかよい風が通りますねえ。しかしあなたはいつも、おきれいで、ますます男の子を泣かせようてんでしょう? えっへっへっへ、ええ、ひさしくごぶさたをいたしましたが、姐さん、お家《うち》ですか?」
「あいにく今日は留守なんですよ」
「どちらへ?」
「湯治へ」
「いやに湯治がはやるね、そうとは知らずにお伺いを……ええ、どちら方面へ?」
「伊香保の温泉ですよ」
「伊香保……へへー……いつごろお出かけでしたか?」
「一週間ばかり前ですよ」
「では、お帰りがけに、三島のご親戚へ五、六日泊まって、そして今月の末ごろお帰りてえご寸法で」
「なに言ってんの、伊香保と三島と方角がちがうでしょ」
「あー、方角ちがい? あっはっは、ええ、その時分、見はからってまた……」
「ま、いいじゃありませんか、おまえさんは姐さんがいないとじきに逃げる。まあ、遊んでらっしゃいよ、さみしいから……さ、いいから遊んで、風通しがいいから……さ」
「風通しか……くさるね、どうも」
「何よ、なんか腐るものでもあるの?」
「いえ、風通し、結構ですよ。あたしのからだはなまもの[#「なまもの」に傍点]でして、すでに半分、腐りかけてる……」
「なに、ばかなこといってるんだよ」
「このね、扇風機もよろしゅうございますが、この扇風機てえやつは一時はいいんですが、なんか、くすっとこう……なま温《あつた》かい、この、天然に、もうほんとですね、こういうところへ、ほんとうにあたくしは一《いち》ン日《ち》……」
「だったら、遊んでらっしゃいな」
「いいえ、でも」
「まあ遊んで……ねえ、そこになんか持ってるんでしょ、その箱は? お土産なら預っておくわよ」
「へ? これですか……これは、なに、その……つまらん箱で、ハコヤのヒメゴト……」
「かくしてないで、お見せなさいな」
「いえ、なに、ハコ[#「コ」に傍点](シ)にも棒にもかからん代物でげして……」
「気になるねえ、なんの箱?」
「いえ、これは、その……そう、弁当箱で……」
「あら、まあいやだわね。半八つァん、太夫衆が弁当箱を持って歩くの?」
「いや、そのご不審ごもっとも。ええ……ごもっともなれども、拙《せつ》、近ごろ脚気《かつけ》の気味で、お客さまのお供をいたしまして、ご飯をいただきますてえと、あと胸のぐあいが悪くなるので、麦飯《ばくはん》持参……」
「あらまあ、麦はからだにいいそうだからねえ。いくら姐さんが留守でも、いま、お茶をいれて、お香々《こうこ》ぐらい出しますからね。ちょうど時分どき、ここでお弁当をつかっていらっしゃいよ」
「いいえ、まだ、その……拙の腹の虫めが、まあだだよと……へい、いずれまたお伺いをいたしますから……さようなら……こりゃ驚いたあ。もう少しで餌ェ取られるところだった。近ごろの魚《うお》は、油断ができねえ。いきなり餌に目をつけたからねえ……しかし、われながら弁当箱はまずかったな。幇間が弁当箱を持って歩くわけはねえ。釣りに行くんじゃねえ。こうなるてえと陸釣《おかづ》りのほうが無事だあ、へっ、陸釣りにしよう……しかし、こう暑くっちゃあ魚は出て来ないね。不景気だな、海が荒れてるとめえるな。永い月日《つきひ》だ、稼業の煩《わずら》いてえやつだ、こういう間日《まび》てえのもある。しかたがねえ……だけど、時分どきと聞いてちょいとお腹が北山になって来たよ。しかしねえ、幇間たる者が手銭《てせん》で昼飯を食うなんぞ幇間の掟に反しますよ。どこの旦那でもいいからちょいと取り巻いて『よォッ』てなことを……あっ、向うから……魚が来ましたよ。どこの大将か知れないがいい身装《なり》をしてるな、粋《いき》だねえ、乙《おつ》な帯を締めてますねえ。あの身装《なり》の様子では素人《しろうと》じゃねえな、兜町《かぶとちよう》の人だね。こういう大将に『半八来ねえかあ』『よォっ、お供を……』あっ、自動車へ乗っちゃった。すーっと乗りましたね、テキは……おい、また来ましたよ、このぶんでいくと時化《しけ》じゃあねえな……早く竿……あちらは浴衣《ゆかた》を着て、手拭いをぶら下げてますよ。どっかで見たようなことがあるが、はてな、どこで会ったんだっけ……ええと、まずいね、こっち見てにこにこ笑って……弱ったなあ。思い出せないなあ、ぐずぐずしてるうちに魚に逃げられちゃうよ。へっ、当たって砕《く》ゥ……竿を降ろしてみるかい、かまうことないから……ようよう、大将、ちょい……こんちは、どうもご機嫌よろしゅう、お変わりござんせんか、その節はとんだ失礼をいたしました」
「よう、どうしたい師匠」
「へえ、師匠なぞおっしゃって、あの節は、またばかに酩酊《めいてい》して、とんだ失礼……」
「酩酊? なに言ってやんでえ。いつおめえと酒を飲んだい?」
「飲みましたよ」
「だからどこで?」
「あそこで飲みましたよ」
「だから、どこで飲んだってえんだよ」
「飲みましたっ、ほら、あの柳橋でわあーっ」
「なに言ってやんでえ。おめえとこの前会ったのは麻布《あざぶ》の寺じゃねえか」
「麻布の寺で?」
「そうだよ、清元の師匠が死んだとき、おめえ手伝いに来たろ、煙草盆にぶつかったりなんかしてけんつく食ってやがった、あんときに会ったんじゃあねえか」
「ああなるほど……寺で会ったとは気がつかなかったな……いえ、その、あれから、お寺を出ましてから、また馴染みのお客さまにお会いしまして、『どうだい、これから飯《めし》でも食おうじゃねえか』『よう結構、お供を』という寸法で……そのときにご酒をばかに頂戴いたしまして、えへっ、とんだ失礼」
「なに言っていやんで、他所《わき》で酔っぱらったのを、おれに謝ったってしようがねえや」
「大将、なんですか、あなたのお宅はやっぱり先《せん》のお宅ですか?」
「師匠、おめえ、おれの家《うち》を知ってるのかい?」
「知ってますよ、ちゃあんと心得ておりますとも……」
「そうかい、じゃあどこだか言ってみな」
「どこだってあなた、先のお宅、あすこんところをずーっとこう曲りましたな……そうそう、屋根がありました」
「あたりめえじゃねえか。屋根のねえ家《うち》があるもんか」
「そうでしょ、だから、あたくし、ちゃんとまちがいなく心得てるというんで……」
「そうか」
「絶えて久しき対面ですな……というわけで、どうです? ひとつどっかへお供を願いたいもんで……」
「すぐに取り巻きやがる。いやなやつだな……どっかへお供ったって、おれは浴衣着て手拭いをぶら下げてるんだ、湯へ行くんだよ」
「お湯? お湯結構……ひとつてまえがお供をいたしまして、お背中をお流しの、お肩をおもみの……」
「よそうじゃねえか。師匠に背中流して肩もんでもらったって始まらねえや」
「なんですよ、あなた、敵に後《うしろ》を見せるてぇなあないでしょ? 駒の頭《かしら》を立て直したな、いえ、まったくのところ……大将……」
「よせよ、変な真似をするない。壁蝨《だに》だね……しょうがねえ、ま、せっかく会ったんだ、このまま別れるのもなんだから、どっかで飯を食って別れようじゃねえか」
「よォっ……待ってました」
「どうでえ? 鰻《うなぎ》を食うか?」
「よォっ、鰻結構ですな、ひさしく鰻てえものにお目もじしておりません。あのレキでしょ? ノロでしょ? 土用のうちに鰻に対面なんぞは乙《おつ》でござんすな……ええ、じゃあ、車を呼んで、えー前川か、ねえ、神田川、でなきゃちょっと銀座のほうで、小満津かどっか……」
「おいおい、おれは浴衣着て手拭いぶら下げてんだ。どっか近間《ちかま》で間に合わせしようじゃあねえか」
「よっ、近間結構っ、鰻は近間にかぎる……で、どちらへいらっしゃいます?」
「この町内になあ、あんまり家《うち》はきれいじゃないよ。ま、汚ねえんだ。手間なしで、主人とおれは心やすいから……そこで、どうだい?」
「あたしは別に家をいただくわけじゃありません。結構ですよ、家が汚ないからって鰻が汚ないてえわけじゃないでしょ? あれ、おんなしところで泳いでんでしょ?」
「そりゃそうだよ」
「ええ結構ですよ、じゃあ、ひとつ」
「そんならおまえにそう言うがなあ、おまえが、その、芸人ぶるんならよすよ」
「へえ?」
「おれは、そういうことは嫌いだから……旦那だとか、大将だとか、そういうことを言うならよすよ」
「よォっ、えらいねあなたは、お齢《とし》は若いけれど、あたしはそういうねえ、遊びに一ぺんお供さしていただきたい、とつねづね思っていたんですよ」
「君[#「君」に傍点]とかぼく[#「ぼく」に傍点]とかいうような間《あいだ》なら、連れてこうじゃないか」
「そうですか、あっははは、君ィ……へへ、ごめんなさい」
「謝るこたあないよ」
「大将、あたくしはね、あなたにお目にかかって、心の底からうれしゅうござんすよ」
「そんなら、家へちょくちょく遊びにおいでよ。家じゃあもう芸人てえ芸人がたいてい出入《ではい》りをしているがね、役者衆の揃いなんざあ毎年もらうんで、貯まっちゃってしようがねえ、二、三反持ってくかい? 上げるから」
「ありがとう存じます。ぜひ伺います、お宅はどちらでしたっけ?」
「どちらでしたっけって、先《せん》のとこじゃあねえか」
「ええ、そうそう、先のとこでしたな。心得ておりますよ。伺います」
「さあ、ここが鰻屋だ……おれはね、ここでちょいと魚《うお》を見て、誂《あつら》えるから、師匠、先に二階へ上がっててくんねえな」
「さいですか……」
「いいから上がって」
「では、お先にごめんこうむりまして……どっこいしょのしょっと……上がりにくい梯子段《はしご》だねえ。これは恐れ入ったな……おっしゃるとおり汚ないね、家《うち》は汚ないけどうまいものを食わせるという……二階へ来たら、いきなり子供が机を抱えて裏梯子から降りてったよ。いままで手習いをしていたんだね、客間でもって子供が手習いをしているなんてえのは、あんまり繁昌する店じゃあないな、まあいいや、とにかくご馳走になるんだから、贅沢言っちゃあいられませんよ……へっ、どうも大将、お先に……大将なんでしょ? 家《うち》はこんな家ですけれども、またすごいものを食わして、あたくしの向う脛《ずね》をさっと払おうてえ趣向なんでしょ?」
「ああちょいと食わせるんだよ、ここの家は……まあ師匠、お坐りよ」
「へい、ありがとうございます……大将、こちらへどうぞお坐りを……」
「いいよ、こっちで……」
「いえ、あたくしは家来で、恐れ入ります」
「構やしないよ。さっき言っただろう。わたしは分け隔てをすることが大嫌いなんだから、遠慮なしに無礼講で構わないよ。さあ、お敷き」
「へえ、さようで……それではお言葉に甘えて敷かしていただきます」
「そんなに堅っ苦しく坐ってねえで胡坐《あぐら》をおかきよ。さあ平《たいら》に平《たいら》に……いま出前に出すというところを無理にこっちへ回してもらったんだ。知ってる家《うち》は重宝だよ。さあ、酒がきた……あ、姐さん、酒そこへ置いてっていいよ。そいからなんだ鰻屋へ来て急ぐのも野暮だけどもね、早いほうがいいんだから……師匠、いやまあ、いいから一と猪口《ちよく》だけお酌《しやく》しよう……その遠慮するな遠慮しないで……」
「あ、さようで、へえ、恐れ入ります……遠慮はいたしません、遠慮をいたすのはかえって失礼だと、うちのおやじが息をひきとる際《きわ》に申しておりました……いただきます」
「どうだ? うめえだろう?」
「こりゃあどうも……どうもいいご酒《しゆ》ですな……大将、鰻屋の酒は、こういきたいや、これだけの酒はなかなか使い切れません。ここは家はこんなだけど、飛び切りうまいものを食わして、あたくしをあっといわせようなんぞは、あなた、ご趣向がにくいね。へっ、こりゃどうも、えっへっへっへ……」
「うるせえな、静かに飲めねえか」
「あなた叱言《こごと》を言っちゃいけませんよ……大将、このね、焼けてくる間《あいだ》に、新香《しんこ》でつなぐてえやつが鰻屋の値打ちですねえ……あ、こりゃどうも……大将にたびたびお酌をしていただいては、どうも痛み入ります」
「なあおい、ちょくちょく家《うち》へも遊びにおいでよ」
「ぜひ伺います。お宅はどちらでしたかな?」
「先《せん》のとこじゃねえか」
「ああ、そうそう、先のとこ、百でもなけりゃ万でもない……こうずーっと行って、ぐっと曲ったところ、入口があって……」
「入口のねえ家《うち》があるかい……さあ、鰻が来たよ。焼けて来たよ。さあ、早くお上がり」
「さいですか? 焼けましておめでとう。なぞは……え、時節はずれだ……じゃ、いただいていいんですか?」
「いちいちいただくもなにもないよ」
「さいですか。これは大将、おあったかいうちにいただきましょ、こりゃあ冷《さ》めてはいけません。さめては事を仕損ずると、さめてのうえのご分別と……。※[#歌記号、unicode303d]鰻ヨォーかき……寄ォせさ、蓋《ふた》、をォバァ取ってさァ……」
「騒ぐなよ」
「しかしねえ、どうです、鰻はこういきたいねえ、大串《おおぐし》でいけず小串《こぐし》でいけず中串《ちゆうぐし》、このくらいですよ。鰻もこのくらいで……鰻《うな》ちゃん、どうです、お変わりもなくって、しばらくご無沙汰いたしましたあ」
「黙って食えねえか」
「え、お薬味《やくみ》……山椒《さんしよ》がございますか、少々……へい、では拙《せつ》が先にお毒味ということにして……うむ、よう、大将、こりゃあ恐れ入りました。舌へのっけますとね、とろっときます。とろけそうですよ」
「ちょいと、厠所《はばかり》へ行ってくるからね」
「へっ、お下《しも》ですか?……では、家来がお供をいたしまして……」
「おい、少し目まぐるしいよ。そいだからあたしゃ芸人衆は嫌いだてえんだ、そうちょこちょこするこたあねえ。さっきも言ったろ、おれは分け隔てが大嫌いなんだから、無礼講でやろうじゃねえか。いちいち後からついて来られたりしたら、おれのほうで気づまりでいけねえや。そこで、あたしに構わず遠慮なしに手酌でやって、待ってておくれ」
「あっ、さいですか、それでは家来は不精をいたしましてお供をいたしません。では、どうぞ、ごゆっくり……へい、行ってらっしゃい……ふーん、感心したね。粋なお客さまだね。今日は朝のうちは二軒で釣りそこなったときは、日並《ひなみ》がわるいと思ったが、そろそろ運が向いてきたよ。歳は若いが江戸っ子だね、ちょっと厠所へ行って来るから遠慮なくやんな、なんざあ気が利いてるな……おーい、姐さん姐さん、お酌をしてくんねえ、焼けたらもっと持っておいで、後でご飯をいただくよ……ありがたいな。いったいあの大将は、どこの人なんだろう? 向うでこっちを見てにこにこ笑って、どっかで見たようなことがあると思って声をかけると、おれを知ってる人だあ。ひさしぶりに鰻をご馳走になって……これでご祝儀はいくら頂けるかな? 十円ぐらいかしら……まあ、ご祝儀を頂いて、お宅にお出入りができて、奥方に気に入られて、奥方からもなにか頂けるというやつだ。犬も歩けば棒に当たると言うが、こういうことがあるから幇間という稼業はやめられないよ……どうでもいいけど、ばかに長いねえ。厠所は分別所《ふんべつじよ》って言うからねえ、あいつにいくらかやろうと思ったが、ちょっと都合がわるいから、ここの勘定のお釣銭《つり》だけやろうかしら、それにも及ぶまい。食うだけ食わして土産《みやげ》の折だけ持たしてやろう……なんてことになるかも知れない。これはなんだな、遅《おく》れれば遅れるだけ不利益だな。ここだよ、忠義の見せどころは……どうでもいいようなもんの、あいつは尻が重くっていけませんよって、ご機嫌を損じるといけないね。ひとつお迎いに行くとしよう。……おい、姐さん、厠所はどこだい? ああここ? 一つっきり? ああそう……ええ、もし、大将、半八がお迎いに上がりましたよ。家来が参上つかまつりました……大将、だいぶお産が長いようで……もし、大将……返事がないのは罪ですよ。開ける途端にわあーっなどと脅《おど》しちゃあいけませんよ。戸を叩きますよ。よろしゅうございますか。怒りっこなし……では、ほらトントントン、やあトントントン……おい、姐さん、なにをげらげら笑ってるんだい? え? なに? そこにはだれも入っておりません? なに言ってんだよ。おまえも大将といっしょになって、人のことを担ごうってんだろ? ええ、ちゃーんと知ってるんだ。そーれっ……戸を開けたけれどさらに姿なし……どうしたんだい、姐さん、おれといっしょに来たお客さまはどうしたい?……なに? とっくにお帰りになりました。黙ってちゃあ困るじゃねえか。ご挨拶をしなけりゃあならない。……ああ、わかったわかった。粋なもんだ。することが万事本寸法だ。芸人に気をつかわせまいってんで、黙ってすーっと帰るなんざ、なかなかできるこっちゃない。あいにく持ち合せが少しばかりで出しにくいというんで、帳場へ紙に包んだものを置いて、これを帰るときに渡しておくれってんで、お釣銭だけくれようという趣向だな。そうときまれば、二階へ戻っておまんまを済ましちまおう……えーと、鰻が少し冷めちまったから、お茶漬にしようかな。鰻茶《うなちや》というやつだ。うな茶でかっぽれときたな……じゃあ、おい、姐さん、姐さん。たびたびお呼び立てして済まないけれど、お帳場へ行って、紙で包んだものを貰って来ておくれ」
「はい、畏まりました」
「さあ、いまのうちにお茶漬にして、いただくものはいただいて、こっちも早くお開きにして……ああ、ご苦労さま、そこへ置いてっとくれ。あれ、姐さん、なんだいこれは?」
「あの、つけ[#「つけ」に傍点]でございます」
「つけ[#「つけ」に傍点]? 勘定書かい? これじゃないの。紙へね、こう包んだやつがあるだろ? お帳場に預かってあったろう、二階のあの男にやってくれ、というようなものが……」
「いいえ、そういうものはまるっきりございません」
「ないの? ほんとうに? そんな筈はないんだがな……ああ、なけりゃあいいんだ。ないものはしかたがない……ええ、姐さん、なにかまだ用があるの?」
「そのお勘定をおねがいします」
「ええ? お勘定って……それはもう済んでるんだろ?」
「いいえ、まだいただいておりません」
「まだいただいてない?……つけ[#「つけ」に傍点]にしたんじゃあないのかい? あの人、お馴染なんだろう?」
「いいえ、初めていらっしゃったかたでございます」
「嘘だよ、姐さん。姐さんにゃわかりゃしないよ。二、三日まえに、ここへ奉公に来たんでしょ?」
「七年もまえからおります」
「ずいぶん長く辛抱してるねえ。じゃあ、なぜ姐さんは、お客に勘定のことを言わないんだい?」
「お勘定と申し上げましたらば、おれは浴衣を着てるからお供だ、二階に羽織を着てるあれが旦那だから、勘定は二階の旦那から貰ってくれとこうおっしゃいました」
「ええっ? さあ、たいへんなことになっちまった……おいおい、冗談じゃあないよ。せっかく酔った酒が醒めちまうじゃないか。そりゃあ、ほんとかい?」
「ほんとでございますとも」
「へえ、これぁどうも驚いた。けれどもわかりそうなものじゃないか。なるほどあの人が浴衣を着ていたし、あたしゃあ羽織を着ているよ。羽織は着てますけど商売上万やむをえず着てるんじゃないか。あちらのことを大将大将と呼んで、どっちが客で、どっちが取巻きか、七年も鰻屋にいて、そのくらいのことがわからねえかな……これじゃあ逃げられちゃったんじゃあねえか……遠慮することもなにもねえじゃあねえか。これ手銭でやってるんじゃねえか……なにをきみ、笑ってるんだ。笑いごっちゃないよ」
「あの……もっとお酒を持って参りましょうか?」
「いらないよ……この徳利の酒がすっかりぬるくなっちまったから、ちょいとお燗を直しておくれ」
「畏まりました」
「どうもそういえばおかしなやつだと思ったよ。第一、目つきがよくねえや、おれのことを師匠、師匠ってやがる……お宅はどちらでと聞くと、先《せん》のとこだ、先のとこだでたてきってやがる」
「どうもお待ちどおさまで……」
「ちょいときみねえ、徳利をぞんざいにほうり出して行っちまわないで、お酌をしておくれ。こうなりゃああたしがお客さまだ……おっと、そういっぱいお酒をついじゃあいけないよ。鰻屋の女中を七年もしてるんなら、お酌の仕方ぐらいは心得ておきなよ。こういっぱいについでしまっちゃしょうがありゃあしねえ、八|分目《ぶんめ》につぐもんだよ。さっきはお客のまえだと思うから、結構なご酒だとかなんとかお世辞を言ったけど、ちっともいい酒じゃないね。水っぽい酒てえのはあるけれど、これは酒《さか》っぽい水だよ。それに売れないとみえてずいぶん古い酒だ。なんだい、この座敷は上がって来たときから変だと思った、子供が机を担いで下へ降りて行ったからな。座敷がね、古くっても掃除が行き届いていればいいが、ずいぶん汚ない二階だ。きみねえ、床の間をごらん。埃《ほこり》がたまってるぜ。それにまた不思議な掛物を掛けたね。応挙《おうきよ》の虎? え? なに? 偽物《ぎぶつ》ですって? そうだろうよ。わかってるんだ。本物を掛けるもんか。ただね、むかしから丑寅《うしとら》の者は鰻を食わねえというくらいのもんだ。それなのに、虎の掛物を掛けて鰻屋でうれしがってちゃ困るじゃねえか。どういう了見なんだこれは? 花差しに夏菊がさしてあるけど、ずいぶん萎《しお》れたね。あの花はいつ差したんだい? なに、先月のお朔《ついたち》だって? ずいぶん古いね、もう四十日《しじゆうんち》も差してあるんだ。お酌をしておくれよ。このお猪口《ちよこ》はなんだい? わずか二人のお客へ出すお猪口の模様が変わってるのはちょっと乙なもんだが、その模様によりけりだよ。なんだい、この猪口は……一つは伊勢久酒店としてあるね。これはたぶん出入りの酒屋が年始に持って来た猪口なんだろうが、もう一つは天松としてあるぜ。天ぷら屋の猪口を鰻屋で使ってよろこんでちゃ困るよ……お客のまえだから新香もおいしいと言ったけれど、ずいぶんひどいものを食わせるね。鰻屋の新香なんてどこでも乙なもんだぜ。この腸《わた》だくさんの胡瓜《きゆうり》、螽斯《きりぎりす》だってこんなものは食うもんか。またこの奈良漬、奈良漬てえのは厚く切って、前歯でぽきっとかむから奈良漬らしい味がするってんだ、薄っぺらったってへらへらだこれは。よくまあ薄く切ったね。切ろうったってこうも薄く切れるもんか。よく見てごらん、この奈良漬は、自分の力で立ってんじゃねえやこれは。夏大根に寄りかかって身を支えていやがる。この紅《べに》生姜《しようが》をごらん。これなんで赤くするか知ってるかい? 梅酢で漬けるんだよ。梅は鰻に敵薬《てきやく》だよ。その敵薬のものを出して、客を殺そうというのかい?……なに? 別に殺すつもりはない? あたりめえだ。鰻屋へ来て殺されてたまるもんけえ。それにこの漬物の色どりをごらんよ。生姜が赤くって、沢庵が黄色で、胡瓜が青くて、大根が白くて……まるでペンキ屋の看板だ。鰻だってそうだ。舌の上にのせるととろけるなんて言ったが、とろけるどころか、牛旁《ごぼう》みてえだ。食うとバリバリ音がすらあ。江戸前が聞いて呆れらあ。この鰻はどぶ[#「どぶ」に傍点]にだっていやあしねえ。天井裏かなんかで獲ったんだろう……こっちを向いたらいいだろ? ひとがいろいろ言ってんのに、そっぽ向いて知らん顔はないだろ。……まったくおまえんとこのあるじの顔が見てえや。なあ、なんて汚ねえ家《うち》なんだい。この家の色をごらん。佃煮だよまるで……、この窓んとこにおしめが乾してある。お客に対して無礼てえことを知らないのかい? 頭が働かなすぎらあ。あたしが乾したんじゃありません? どうしてそうにくにくしげに言いわけするの。やだねえ、いくらあら[#「あら」に傍点]捜しをしたって一文にもなるわけじゃねえからもうなんにも言わねえがね、勘定はいくらだい?」
「ありがとうございます。九円七十五銭、頂戴いたします」
「ええ? 九円七十五銭? おい、おまえねえ、あたしだって幇間は稼業にしているがね、たまには手銭で鰻ぐらいは食べるよ。鰻が一人前いくらするくらいなことは心得てる。ものには、上、中、下分れてる。それがなんだい? 九円、な、な七十五銭? おい、姐さん、鰻が二人前でしょ? 酒が二本、あとは新香でしょ? それでいくら?、九円、な、な七十五銭? 高いよ、高すぎるよ。いっぺんこっきりの客だと思ってそうぼっちゃ[#「ぼっちゃ」に傍点]いけないよ。そりゃあひどすぎるよ。なんつったって高いよ」
「いいえ、お供さんが二人前お土産《みや》を持っていらっしゃいました」
「えっ、土産を二人前も持ってったのかい? へえ土産とは……ふーん、そこまでは気がつかなかったよ。敵ながらあっぱれなやつだね。じつにどうも至れり尽せりだ。よくもまあ手を回しやがったな畜生め。このくらい手が回りゃあたいがいな火事でも焼けるものひとつありゃしねえ。しかたがねえ、勘定だろう、払うよ、払いますよ。あたしゃもう覚悟しちゃった……ああ日傘買わないでいいことをした。あの蝙蝠傘《こうもりがさ》買えば、恥かいちゃった。人間というものはどこに災難があるかわからねえもんだ。こんなこともあると思うから、この襟《えり》ん中へ十円札を縫いつけといたんだ……この十円だってあたしの懐中《ふところ》へながくいたんだ。いま別れたらいつまためぐり逢えるかわかりゃあしねえ。見ねえこの十円札の影の薄いこと……え? お釣りになります? いまさら二十五銭の釣りを貰ったってしょうがないだろ? おまえさんに上げるよ、いろいろお世話になったからっ」
「どうもありがとうございます。またいらっしゃいまし」
「冗談言っちゃいけねえ。だれが二度と来るもんか。おい、下駄を出しとくれ。下駄だよ」
「へっ、そこへ出ております」
「おいおい、若い衆《し》さん、冗談じゃねえやな。昼間っから居眠りしてちゃいけねえぜ。仮にも芸人だよ。こんなうす汚ねえ下駄、履くかよ。畳つきののめり[#「のめり」に傍点]の、今朝《けさ》買ったばかりの下駄だよ」
「へい、あれはお供さんが履いてまいりました」
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