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落語特選09

时间: 2019-09-22    进入日语论坛
核心提示:酢豆腐《すどうふ》「おお、ばかに暑いじゃあねえか。どうだい、久しぶりで顔が揃ったんだ。暑気払いに一杯やろうってんだ」「へ
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酢豆腐《すどうふ》

「おお、ばかに暑いじゃあねえか。どうだい、久しぶりで顔が揃ったんだ。暑気払いに一杯やろうってんだ」
「へっへ、酒かい?」
「そうよ」
「わるくねえな、おいら酒と聞いちゃあ目のねえ人間だからね」
「よせよ、この野郎。この間、甘《あめ》えものを買ったところへ入《へえ》って来たから、よいところへ来やがった、金鍔《きんつば》を一つ摘《つま》まねえかと言ったら、てめえなんと言やがった。結構、甘えものと聞いちゃあ目がねえ、ってやァがった。いままた酒なら目がねえだと。いってえ、なんなら目があるんだ」
「鰌《どじよう》の丸煮と鰻《うなぎ》の蒲焼《かばや》きだと目がある」
「なにを言やがるんだ。駒形《こまかた》辺りへ行ってそんなこと言やあ殴《なぐ》られるぞ。どうだい、だれか酒買いにひとっ走り行って来てくれねえか。……松ちゃん、ひとっ走り?」
「そのひとっ走りてえのはいいんだがね。そのまえの酒買いにてえのがいけねえんだ」
「銭がねえのか?」
「まあ、早く言えば……」
「遅く言ったっておんなじじゃねえ……金ちゃんはどうだい、懐中《ふところ》ぐあいは?」
「お生憎《あいにく》さま」
「なに抜かしやんでえ。生憎てえのは、ふだん銭を持ってるやつがたまに持ってねえから生憎というんで、てめえなんざァ年中のべつ、生憎じゃあねえか」
「まあ、そう言やァ生まれてからずーっと生憎だ」
「そうだろう……どうだえ勘さん、一杯やろうてえんだが、懐中《ふところ》は温《あつた》けえかい?」
「ばかに温《あつた》けえよ」
「そうかい」
「この暑いのに腹巻きが一丈二尺ばかりあって、その上に腹掛けを掛けてるんだ」
「その温《あつた》けえんじゃあねえよ、銭があるかってんだ」
「銭ならねえよ」
「そんなら早く言いねえな、芳ちゃんどうだい?」
「おなじく」
「素直だね返事が……盛《もり》ちゃん、懐中ぐあいは?」
「へっへっへ、夜中の往来さ」
「なんでえ、夜中の往来てえのは?」
「寂しいよ」
「手数のかかる挨拶だな。どいつも不景気だな……伊之《いの》さんはどうでえ?」
「やいやい、いつおれが人とのつきあいを欠かしたことがあるか? いつおれが?……」
「なにもそう怒らなくったっていいじゃねえか。えれえよ、伊之さん。いつもおめえはつきあいを欠かしたことはねえよ」
「そうだろう。だから、みんなが銭がねえのに、おれ一人銭があってたまるけえ」
「つまらねえ威張りかたするねえ」
「おいおい、兄《あに》ィ、さっきから人の懐中ばかり聞いてるが、いったい兄ィはいくら出してくれるんだ?」
「べらぼうめ、おれがあるくれえなら他人《ひと》の懐中なんざァ当てにするものか」
「おやおや、それじゃここにいる者は一人も銭がねえんだね。堀り抜きの井戸ときたな」
「どうして?」
「金ッ気なしだ」
「やれやれ、これじゃとても女郎《じようろ》買いには行けねえな」
「湯にも行けねえや」
「酒も飲めねえや」
「水も飲めねえや」
「よせやい情《なさけ》ねえことを言うないっ。これだけの顔だ。三升もあったらいいんだ。後でどうにかなるだろう……だれかいねえかな、酒屋へ顔がきくてえのは? あっ、肝心なのを忘れてた。清《せい》さんなら、角の酒屋の番頭と碁敵《ごがたき》で仲がいいや。清さんに頼もう。おい、清さん、清さん、居ねむりしてる場合じゃねえぜ……おい、起きてくんねえ。なあ、清さん、おめえ、角の酒屋の番頭と仲がよかったな」
「ああ、小《ちい》せえときからの朋輩《ほうばい》だ」
「そこを見込んで頼まあ。たびたびのことですまねえが、番頭を口説いて、三升ばかり都合してきてくんねえ……なあ、みんなもあのとおり頭を下げてらあ」
「どうもなあ……このまえの借りもまだ残ってんだがなあ」
「そこをひとつ頼むぜ」
「まあ、みんなが揃ってんじゃあ……行って来るとしようか」
「すまねえな。暑いところをご苦労だが、頼まあ。ええ、行ってらっしゃいまし。お早くお帰りを……ようよう清さん、男一匹、音羽屋ァ……そんなに持ち上げることあねえって? いいってことよ、あいつがいなけりゃ酒にありつけねえんだ……まあ、これで酒のほうはどうにかなるとして、肴《さかな》だな」
「酒さえあれば、肴なんざどうでもいい」
「そりゃあ負惜しみだ、食っても食わなくっても、前に並べてねえともの足らない……なるべく銭のかからねえで、歯当たりのいい、腹へ当たらねえ、人に見られて恥かしくねえ夏の食い物はねえか?」
「恐ろしく長《なげ》え注文だな」
「人に見られて恥かしくねえ食い物なら、あるとも大ありだ」
「なんだ?」
「刺身だよ。酒によし、飯《めし》によし。暑い時分によくって、寒い時分にもいい。少し脂《あぶら》のところを山葵《わさび》をきかして、ツンとくるところなんぞ、こたえられねえ」
「なにを言ってやがる。刺身を食おうなんてえのは、銭のあるやつの言うこった。てめえみてえな銭なしの言い草じゃあねえや、黙って引っ込んでろい……おォ、なんかねえか。夏だから、あっさりして腹にたまらなくって、だれの口にも合って、腹をこわさねえようなものはねえかな?」
「あるよ。物干しへ上がって、風を食らう……」
「ふざけるねえ。風なんぞ食らえるか?」
「あっさりして腹にたまらなくって、だれの口にも合って、腹もこわさねえ」
「まだ言ってやがら……ほかに、なにかいい工夫はねえのか?」
「あるよ」
「ある?」
「銭がかからなくて、歯当りがよくって、だれの口にも合って……」
「へえ、いくらぐらいかかる?」
「心配するほど銭はかからねえ。まあ、無料《ただ》みてえなもんだ」
「へえ? なんだい、ものは?」
「爪楊枝《つまようじ》を一束買って来るんだ。それをめいめい一本ずつ口にくわえて、歯糞《はくそ》をほじくりながら、酒を飲むんだ。ほかから見りゃあ、なんか旨《うめ》えものを食ってるようで体裁はいいし、腹へたまらねえで、あっさりした肴だろう」
「よせやい。なぐるよ……人の口をおもちゃにしやがる……もっと真面目に考《かんげ》えろよ、ほんとうに。なんかいい趣向はねえのか?」
「おう、こうしねえな。食物《くいもん》なんてものは、銭を出したから旨《うめ》えもんがあるときまったもんじゃあねえや。いいか、台所へ行くと、糠味噌桶《ぬかみそおけ》があるだろう? そいつへ手を突っ込んで掻《か》き回すと、思いがけねえ古漬てえやつが出てくらあ。こいつをよく切れる薄刃《うすば》で、細《こまか》くかくや[#「かくや」に傍点]に切って、すぐじゃあ臭味《くさみ》があっていけねえから、いったん水へ泳がしといて、掬《すく》い上げてよ、濡れた布巾《ふきん》できゅーと絞《しぼ》ったやつへ生姜《しようが》でも刻み込んで醤油《したじ》をかけてやってみな、ちょっとした酒の肴にならあな」
「やい、みんな聞いたか? 道楽者てえなァここを言うんだ。さんざん銭を遣ったものじゃなくちゃあ、こんな知恵は出るもんじゃあねえ……なるほど、かくや[#「かくや」に傍点]の香の物とは気がつかなかったな。いや、恐れ入った。いい趣向だ。考《かんげ》えることが粋《いき》だ。ついでに、そいつを出してもらおうか」
「よせよ。おれが考《かんげ》えたんだ。そのおれに言いつけるやつがあるもんけえ。他人《ひと》に言いつけるのがあたりまえじゃあねえか。おい、おめえたち、戦《いくさ》ってえものを知ってるか? いいか、謀《はかりごと》を考える軍師と、戦をする雑兵《ぞうひよう》とは別物なんだ」
「わかった、わかった。おめえには頼まねえよ。なにも戦と糠味噌といっしょにするやつもねえもんだ。そう脹《ふく》れんなよ。おでん屋のはんぺんみてえによ」
「気をつけて口をきけっ」
「じゃ、松ちゃん、すまねえ、糠味噌出すかい?」
「断《た》った」
「断った? 食わねえのかい?」
「糠味噌へ手を入れることを、金比羅《こんぴら》さまへ断ったんだ」
「妙な断物《たちもの》をしやァがった……じゃあ、金ちゃん、おめえは?」
「親父の遺言《ゆいごん》なんで……」
「遺言がどうしたい?」
「いや、親父が苦しい息の下からそう言ったよ。『おめえは、なにをしてもいいけど、糠味噌の古漬だけは出してくれるな』という一言を最後に、果敢《はか》なく息は絶えにけり、チャチャン、チャンチャン……」
「冗談言うねえ。……伊之さん、おまえはふだんからまめ[#「まめ」に傍点]だから、ぜひ頼まあ」
「ご免|蒙《こうむ》りやしょ」
「なに?」
「なに言ってやんでえ。人をみて法を説《と》けって言うじゃねえか。おれを掴《つか》めえて、糠味噌の古漬を出せたあなんてことを言うんでえ。なるほど、食っちゃ旨《うめ》えかも知れねえが、世の中に糠味噌ぐれえ野暮《やぼ》なものはありゃあしねえや。桶ん中へ手を突っ込んだが最後、いくら洗ったって容易に臭味《くさみ》は落ちァしねえや。いやににちゃにちゃ脂《あぶら》ぎりやァがってよ。爪の間へ糠が挟まってるなんざァあんまりいい若《わけ》え者のすることじゃねえ。ご免蒙りやしょう」
「あれ、この野郎、乙な断わりようじゃねえか。生意気なことを抜かすねえ。いい若《わけ》え者たァだれのことを言うんだ。てめえなんざァ、どこに若え面《つら》があるんだ。いい若え者ってえなァな、ふだん襟垢《えりあか》のつかねえ、小ざっぱりした身装《なり》をして、銭|遣《づけ》えがきれいで、目先が利いて、言うことに無駄がなくって、礼儀を弁《わきま》えている者のことを言うんだ。てめえなんぞそんな値打はただの一つもあるめえ。友だちとものを食いに行って、てめえが割り前を出したことがあるか? いっしょに蕎麦《そば》を食いに行ったってそうだ。こっちはとっくに食い終ってるのに、いつまでもぐずぐず食ってやがる。こっちゃあじれったくなって、『おい、勘定』てんで、勘定全部済ましちまうと、とたんにてめえの食いかたの早《はえ》えのなんのって……てめえ、いつも勘定の済むまでつないでるんだな? なにがいい若え者だ、ふざけるねえ。酒が来たって飲ませねえからそう思え。ばか野郎っ」
「おいおい、もういいじゃねえか。仲のいい友だち同士が、たかが古漬ぐれえのことで喧嘩するこたあねえやな。……おっと待ちな。いちばんいい話が、いまここへ糠味噌の古漬が出てくりゃあいいんだろ?」
「そりゃいいが……」
「おれに任しておきゃがれ、おめえたちは口出しをしちゃァいけねえぜ。いいかおれが一人でおしゃべりをすりゃァ、古漬がふわふわっと出てくるぜ……おお、半ちゃん、半ちゃん、素通りか?」
「よう、みんな集まってるじゃねえか。なんか始まるのか?」
「別に始まるてえほどのこたあねえが、みんなで暑気|払《ばれ》えに一杯飲もうてんだ。どうだい、仲間に入らねえか?」
「すまねえ。そうしてえんだが、少し野暮用があって急ぐんだ」
「そうか、じゃ悪止《わるど》めはしねえから、帰りに寄んねえ……あ、まァ待てよ、やいっ、半公」
「ええ」
「うーん、なるほど、改めて見直すと、別にいい男てえんじゃねえが、女好きのする男前てんだな。おい、あんまり容姿《ようす》のいいところを見せて歩くない。女を迷わせるなァ、罪だからよしねえ、半公。おめえてえやつァ……なんとかしてやっちゃあどうなんだ? 小間物屋のみいちゃん……おめえにばかな惚れかたじゃねえか。足駄《あしだ》を履いて首《くび》っ丈《たけ》というのはとおり文句だ、脚立へ乗って首っ丈だ。あのまま放っておくと、お医者さまでも草津の湯でもってんで、恋患《こいわずら》いだ。焦《こが》れ死にしちまったらどうするんだ。この色男、女殺し、色魔、ひっ掻くぞ……じゃあ、行っといで」
「へへへへ、今日《こんにち》は……ご順にお膝送りを……」
「気味のわりい笑いかたするねえ。こんな狭《せめ》えところへのこのこ入《へえ》って来てなんだ? 暑っ苦しいや、てめえ急ぎの用があるってえじゃァねえか」
「なーに、それほど急ぎゃあしねえ。ねえ熊兄ィ……」
「こんな時だけ兄ィをつけるな……いやな男だなあ。女の話になると寄って来やがる」
「えへへへ、で、みいちゃんがなんか言ってたのか?」
「よせやい。てめえだって男じゃあねえか、惚れてるとか脹《は》れてるとかいう、女のことを聞くのに無手《むて》で聞くやつがあるかい」
「おっと兄ィ、こんど懐中《ふところ》都合のよいときに、一杯奢《いつぺえおご》るよ。して、なんか言ってたかい?」
「いい女だな、みい坊は」
「いい女だってあのくれえの女がこの町内《ちようねえ》に住んでるなあ、この土地の誉《ほま》れだあ」
「うふゥ、誉れたァ言やァがったな……しかし若えに似合ず、白粉《おしろい》っ気なしで、色の白い」
「おめえなんざァ気がつくめえが、第一《でえいち》、髪の毛がいいや」
「あのみい坊ならだれでも一《しと》苦労して見る気になろうてえもんだが、おれァこの間つくづく脈を上げてしまった」
「どうして?」
「三、四日前の晩、暑いんで縁台で涼んでいると、みいちゃんが通りかかった。引き止めて、いろいろ世間話をしていると、なにかにつけて、みいちゃんが、半公、おめえのことばかり話したがるんだ」
「ふん、ふん」
「おれたちだって、おなじ町内の若《わけ》え者《もん》だ。小癪《こじやく》にさわるじゃねえか」
「うん、もっともだ」
「それから、悔しいから言ってやったんだ。さては、みいちゃん、おめえ、半ちゃんに惚れてるな、と真正面からとぉーんと一本|釘《くぎ》を刺したと思いねえ」
「うん、うん」
「年ごろの女がこう素っぱ抜かれたんだ。まっ赤になって口もきけねえだろうと思うと、これがさにあらずさ。みい坊のやつ、すましたもんで、あら、あたしが半ちゃんに惚れてたら、どうなの? と逆《さか》ねじだ。どしんと一本くらっちまった」
「ふーん、なるほど、ふーん、ふーん」
「おい危《あぶ》ねえよ。ひっくり返《けえ》るじゃねえか」
「いや、大丈夫《でえじようぶ》、ひっくり返りゃあしねえや。しかし、まあ、ようやく町内の女の子にもおれの了見がわかってきたんだな。うん、無理はねえや。うん、無理はねえとも……で、どうしたい?」
「こっちもますます癪にさわったから、みいちゃん、おめえが半ちゃんに惚れたのをどうこう言うわけじゃあねえが、おめえもずいぶん物好きじゃァねえか。町内に男がねえんじゃァなし、もっと男っぷりのいいのもありゃァ、身装《なり》の揃ったのもある。銭遣《ぜにづけ》えのいい者もあるじゃあねえか、なんでおまえ、選《よ》りに選《よ》って半公のような者に惚れたんだ、と言うと、みい坊の言うにゃァ、あたしゃァ、男っぷりのいい人や身装《なり》の揃った人に惚れるんじゃァない。男らしい男に惚れるんだ、とこう言うから、はてね? 半公はそんな男らしい男かと聞くと、あれが男の中の男一匹、江戸っ子気性、職人気質、達引《たてひ》きの強い、人に頼まれると嫌《いや》だと言ったことがない、あたしはあの気性に惚れたのよ、とこう言やがった」
「ありがてえな、辛抱はしてえもんだ、やっとおれの世の中になってきやがった。なあ、あたりめえだ、江戸っ子だ。職人だ、他人《ひと》に頼まれて嫌だと言ったことのねえお兄《あに》ィさんだ」
「えらい、えらいねえ。見上げたもんだ、屋根屋の職人とくらあァ。そこで半ちゃん、その江戸っ子気質を見込んで、一同揃っておまえに頼みがあるんだが、ひとつひき請《う》けてくんねえか? このとおりだ。頼まあ」
「おいおい、よしねえ。そんな手なんかついて……なんだ? 芝居の総見で切符かなんか余計にひき請けてくれってぇのか?」
「そんなんじゃねえんだ」
「なんでも遠慮なく頼めばいいじゃねえか。おれはな、他人《ひと》にものを頼まれて、一度でも嫌だと言ったことのねえお兄《あに》ィさんだ。自慢じゃねえが、半ちゃん頼むと頭を下げられりゃあ、たとえ火の中、水の中へでも飛び込もうてんだ。江戸っ子だ。べらんめえ」
「じゃあ頼むが、いまみんなで暑気払いに一杯やろうってんで、かくやの香の物が食いてえんだが、すまねえ、糠味噌桶から古漬を出してもらいてえんだ」
「えっえ?」
「おまえは達引きが強《つえ》えなァ」
「うーむ……暑さの加減でこのごろ少し弱くなった」
「ふざけるない。さあ糠味噌を出してくんねえよ」
「……さようなら」
「おお、半公、さようならはねえだろう。おめえ、いま、たとえ火の中、水の中へでも飛び込むと言ったじゃねえか」
「驚いたなあ。こいつあ、いやに話がうますぎると思ったが、そこに抜け裏があろうとは気がつかなかったぜ。勘弁してくんねえな」
「いや、勘弁できねえ。さんざのろけ言って、握り拳《こぶし》で退散なんざァ許さねえよ」
「弱ったなあどうも……じゃあこうしてくんねえ。糠味噌の香の物を買う銭を出すということで、示談にしてくんねえな」
「よおよお、えらい、えらいねえ。話がわからあ。古漬一件でお白洲を踏みたかねえやな。金持ち喧嘩せず、示談に逃げるたあ、さすがは江戸っ子、いくら出すい?」
「いくら出すったって、買物は香の物だよ。まあ、このくらいじゃどうだい?」
「あれ、黙って指を二本出したな……え? いくら? 二両か? 二十両か?」
「冗談じゃねえや。たかが香の物だよ。指二本出しゃあ二貫にきまってるじゃねえか」
「なに? 二貫かい? この野郎、この暑っ苦しいのに、あれだけでれでれとのろけやがって、二貫が聞いてあきれらあ」
「そんなこと言ったって、こっちだって、そんなに懐中《ふところ》は楽じゃねえやな……じゃあ、こんなところでは?」
「なんだい? 指を三本出したな。この野郎、縁日《えんにち》でなんか買ってるんじゃねえや。ちびちび上げんない。思い切っていけ、男らしく……」
「男らしくたって……他人《ひと》の懐中だと思って勝手なことを言うなよ……じゃあ、これだ」
「おや、片手出したな……二|分《ぶ》かい?……どうだい、みんな、このへんで手を打つかい? まあしょうがねえな。口開けだから願っちゃうかい? じゃあ、半ちゃん、今日のところは二分に負けとかあ。また、なんかでお入り合わせを」
「なんだよ、なにも商売してるんじゃねえや」
「いやなら、糠味噌桶へ手を突っ込みな……つべこべ言わねえで、二分お出し」
「出すよ。出すと言ったら出しますよ。とんだところへ通りあわせちまった。どうも昨夜《ゆうべ》の夢見がわりいと思ったよ」
「なにをぐずぐず言ってるんだ。二分ばかりの銭を出すのになにしてやがるんでえ。さっさと出したらいいじゃねえか。こっちへ寄こしなよ。……確かに二分、受け取った。ありがとうよ。どうもご苦労さま。さあ、おめえの役割りは済んだ。心おきなく用達しにお出かけよ。はい、お帰りはこちら……」
「あれっ、おれだって二分の銭を出したんじゃあねえか。酒の一杯も飲ませろよ」
「なにをっ、一杯飲ませろ? 図々しいことを言うねえ。さんざっぱら暑っ苦しいのろけを抜かしやァがって、二分ばかりの端銭《はしたぜに》を出して一杯飲ませろもねえもんだ。さっさと用達しに行け、いつまでここにまごまごしてやがると掃《は》き出すぜ」
「人を糸屑《いとくず》かなんかだと思ってやがる。ああ損した。帰るよ。帰りゃあいいんだろう。さよなら……」
「あばよ。あっははは……怒ってやがらあ。おーい、半ちゃん、あのねえ、豆腐屋のおきみちゃんがねえ、おめえにばかな岡惚れっ」
「なに言ってやんでえ。二度とその手を食うもんか。ばかにすんねえ」
「うふふ、とうとうかんかんになって行っちまった。思えば気の毒だったなあ……そうだ、豆腐屋で思い出したが、昨夜《ゆうべ》豆腐が買ってあったんじゃなかったか?」
「そうそう、与太郎のやつが買って来たっけ」
「与太郎に聞いてみるか……おい、与太、与太、おめえ、昨夜《ゆうべ》残った豆腐なァ……どうした?」
「ああ、ちゃんとしまってあらァ」
「どこに?」
「大丈夫なところに」
「鼠入らずか?」
「鼠入らずはね、穴があいて、ときどき鼠が入るから駄目だ」
「じゃあ、どこへ入れたんだ?」
「だから、鼠に食われないように、釜ン中へ入れて、よく蓋《ふた》をして、上から沢庵石を載せといたから大丈夫」
「ばか野郎、この暑気に終夜《よつぴて》釜の中へ豆腐を入れて蓋をしておいてみろ」
「旨くなるか」
「ふざけるない、腐っちまわァ。それでなくとも豆腐てえものは足が早えものじゃねえか。たまに気を利かしたと思やァこんなことをしでかしやがる……やい、与太、開けてみろ、釜の蓋を……開けてみろ」
「やあ、黄色くなって、毛がぽおーっと生えて、いやに酸《す》っぱそうだ」
「どれ見せろ……おれの鼻のそばへ持ってくるな、ぷんぷん臭《にお》って臭《くさ》くってしようがねえじゃねえか」
「するてえと酢《す》は、やっぱり豆腐を腐らして取るものかなあ」
「ばか言やがれ。早く打っ捨《ちや》っちまえ。臭くてしょうがねえや」
「おっと待ちねえ、その豆腐を打っ捨《ちや》らずにおきねえ」
「どうするんだ?」
「食わしてえやつがあるんだ」
「半公にか?」
「なーに、そんなに半公ばかりいじめちゃァ可哀相だ。そうじゃあねえんだ。いま向うからやって来る表通りの変物《へんぶつ》によ」
「おいおい、勘弁してくれ、あの若旦那くれえ世の中に嫌な野郎てえものはねえ。気障《きざ》な野郎だ、よしなよ」
「いくら変物だって、嫌《きれ》えな野郎だって、こんな腐った豆腐なんか食うめえ」
「それが、腐った豆腐と言っちゃあ食わねえが、そこはこっちの持ってきようじゃねえか。おれに任しておきねえ……おっ、来た、来た、見ねえ、あの気取った歩きっぷりを……気障の国から気障を披露目《ひろめ》に来たってえかたちだな……ねえ、若旦那、寄ってらっしゃいましな。あなた、素通りはないでしょ?」
「おや、今日《こんつ》は」
「お暑うがすね」
「どうもひでえもんでげす。これは、これは、町内の色男の寄り合いでげすな」
「若旦那、相変わらずお口がお上手ですね。お掛けになりませんか?」
「でも、お邪魔になっては悪《あ》しゅうがす……」
「そんなこたあござんせんよ。どうぞこちらへ……」
「さようですか。では、失礼を仕《つかまつ》って、ちょっと、いつふく[#「いつふく」に傍点](一服)」
「おう、いつふく[#「いつふく」に傍点]ときたよ……どうぞ、若旦那、座布団《おざぶ》をお当てなすって……」
「それはどうも……諸君子《しよくんし》、酷暑《こくしよ》でげすな」
「若旦那、いつもご盛んですね。あなたの噂《うわさ》で町中じゃあ持ち切りですぜ」
「ほう、拙《せつ》の噂など、いずかたで?」
「女湯で」
「ほほほほ、いやだよォ。新《すン》ちゃん」
「いやほんとうなんで、今日は素手《すで》じゃァ帰しませんよ。なにか奢《おご》っていただきたいな」
「はてね? 罪悪《ざいあく》が露見しやしたかな」
「若旦那、ちょっとお顔を拝見したところ、ひどくお目が窪《くぼ》みましたね。もし若旦那、昨夜《ゆうべ》は乙な二番目の幕がありましたね。乙な色模様の、女の子にしがみつかれて、夏の夜は短いわねってくれえの愚痴が出たんでしょ。目がどんよりとして、血走ってますぜ」
「ようよう、さすがにお目が高いねえ。恐ろしい勘《かん》でげすな。恐れ入りやした。寸鉄《すんてつ》人を刺《さ》すでげすね。利《き》きましたねえ、新《すン》ちゃん。きみもなかなか通人《つう》でげすね。オホン、そもそも昨夜の為体《ていたらく》を述ぶれば……」
「わかりましたよ。若旦那、仰っしゃるな、若旦那なんぞ、お身装がよくて、金がふんだんにあって、男前がいいときてるから、敵娼《あいかた》のほうでうっちゃっておきませんよ」
「おほほほほ、そのとおり……話せば長いことながら、昨夜の姫なる者は、拙にばかな恋着ぶりでごわしたねえ。※[#歌記号、unicode303d]この袖でぶってやりたい、もし届くなら、今宵の二人にゃ邪魔な月……てえ都々逸《どどいつ》を唄ってすねて、拙の股《また》のあたりをつねつねやなんぞあって、首すじへきゅーっ」
「おいおい、受付け代わっとくれよ……しかし、若旦那、あなたに惚れる女に同情しますね。惚れるなァ女の勝手だろうが、若旦那てえお人は、女を泣かすのが道楽ときてるからね。ときに若旦那、今日はどちらへお出かけで?」
「ただいま仏参《ぶつさん》の戻り道でげす」
「へえ、寺詣りにいらしったんですか、ご奇特なことですな。お寺は深川でしたね」
「いえ、三の輪の浄閑寺《じようかんじ》で……」
「へえー、お宅の菩提所《ぼだいしよ》は確か深川のように覚えてましたが、それじゃァお友だちかご親類のお寺詣りで……」
「いいえ、三の輪の浄閑寺は申すまでもなく傾城《けいせい》遊女なぞの墓のある寺でげす」
「そりゃァわかってますがね。そこへ若旦那がなんだってお出でなすったんで……」
「いや、これはどうもお聞きにあずかって弱りましたな。拙などはあまり婦人を泣かせやすから、この世に亡《な》い哀れな傾城の回向《えこう》でもしてやったら、いささかは罪障消滅《ざいしようしようめつ》にもなろうかと思って……」
「なーるほど、たいそうけなげなお心がけでござんすな。ところで、若旦那など、すべてにわたってご通家《つうか》でいらっしゃるから……そこへゆくとわれわれなんざァ俗物ですからね。召し上がりものだってあっしたちとはちがいましょう? この節なんざァどんな夏向きのものを召し上がってます?」
「やあ、これはまた異なことをお尋ねでげすなあ。当節、拙をして乙だなどと言わしむる食物《しよくもつ》はごわせんねえ」
「そうでござんしょうとも……じつは、いま他所《よそ》から貰ったものがあるんですがね、どうもこれが見たこともねえもんなんで……食い物だってえことは確かだってんですが、あっしどもにゃァわからねえんですが、一つ見ていただきてえんで……」
「ははあ、ご到来物で……ようよう食物《たべもの》の本阿弥《ほんあみ》(鑑定)を命ぜられたはうれしいね、ぜひ一見、検分いたしやしょう」
「こりゃありがてえ。ごらんに入れましょう……おお、こっちへ持って来な……なにを笑ってやがるんだ、さっきの一件を……あれだよ、釜へしまいの、沢庵石を載っけの、色は黄色の、毛がぽおーってやつを……」
「なんでげす?」
「ええ、これなんでござんすがね、若旦那、ひとつご検分を……」
「さようでげすか。どれっ……フッ、これは怪《け》しからん」
「若旦那、ぐっと遠くへ離してごらんになってますね。そりゃあやっぱり食物でござんしょうか?」
「もちりんでげす」
「若旦那の仰っしゃることはいちいちわからねえな」
「もっともこれは、君方《きみがた》がご存知ないのも道理、われわれ通家が愛する食物ですからな」
「へえ、そうですか。だから聞いてみなきゃァわからねえ……お好きなら差し上げやしょうか」
「結構、頂戴しやしょう。じつは久しくこの品《しな》を食《しよく》さんから、今日《こんにち》あたりは食してみようかと思っていた矢先でげす」
「そうですか、じゃあ、さっそくここで召し上がっていただきてえんですが」
「ここではいけません。あまりといえば殺風景です」
「かまいませんよ、若旦那、ご遠慮なしに召し上がれ」
「君方はかまわぬと仰っしゃるが、拙は大いにかまう……いや、みなさんの前で食しては失礼にあたりやすから、これを宅へ持ち帰りやして、夕餉《ゆうげ》の膳で一|献《こん》傾けながらもちいるということに……」
「そんなことを言わないで、ここで召し上がってくださいな。こちとらあ食いかたを知らねえんで困ってるんで……どうか、ひとつ食いかたのご伝授を……おい、みんなもお頼み申せ」
「若旦那、どうかお願いいたします」
「ねえ、若旦那、あっしたちを助けると思って……」
「さよですか。では、それほど仰っしゃるなら、失礼をも顧《かえり》みず、ちょと戴きやしょうか」
「やってくれますか? こいつあ面白くなって……いや、その……ありがてえことになりました。なんで召し上がります? え? 蓮華《れんげ》で? そうでしょう、そいつあ箸《はし》じゃあひっかかりませんからね……さあ、若旦那、蓮華でどうぞ……」
「折角のお勧めでげすから、戴きやしょう」
「どうかお願《ねげ》え申します」
「ごめん、エヘン……さてと……うーん、どろっとして、この散り蓮華に一度でかからんところが、このまた乙なところで……君方の前でげすが、通家はここを愛します」
「へえー、どこを愛しますね?」
「この香《かお》りが目鼻ヘツーンとしみるところがなんともいえぬ贅《ぜい》でげすな。食物はすべて口でばかり食するものと思召《おぼしめ》すと大違いでげすよ」
「へえー、どこで食いますね」
「鼻で食しやす。たとえば秋の松茸《まつたけ》でげすな、香りがあればこそ珍重するようなものの、匂いがでげすね。そばへ持っていくと懐しきところの香りが目鼻へつんつん……オホッホッホ乙でげすな。この香りたるや、察するところ、まだ品が新しゅうげすな。サワリが付いてやせん。われわれ通家はここを愛しやす」
「どうぞ若旦那、早く召し上がってください」
「結構頂戴いたしやす。方々《かたがた》ごめんを、オホンただこの一刹那《いつせつな》でげす」
「おだやかでありませんな、一刹那なぞは、さあ、召し上がれ」
「頂戴いたしやす。ご免な蒙《こうむ》って……オッホッホ、乙でげすな……うはあはあ、歓楽ここに極まれり」
「召し上がりましたか若旦那、いったいこれは、なんてえものなんで」
「拙の考えでは、これは酢豆腐でげしょう」
「なるほど酢豆腐……違《ちげ》えねえや、若旦那、そんなに、乙ならもっと召し上がれ」
「いや、酢豆腐は一口に限りやす」
 
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