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落語特選11

时间: 2019-09-22    进入日语论坛
核心提示:三枚起請《さんまいきしよう》「おい、伊之さん、こっちィ入《へえ》れよ」「なんだい? 棟梁《とうりよう》」「なんだいじゃァ
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三枚起請《さんまいきしよう》

「おい、伊之さん、こっちィ入《へえ》れよ」
「なんだい? 棟梁《とうりよう》」
「なんだいじゃァないよ。このごろ、おめえさん、碌《ろく》に家《うち》へ帰《けえ》らねえそうじゃねえか。昨日、おっ母さんが来て、おまえさんのことじゃァこぼしてたぜ。夜遊び日遊びしてしょうがねえって……いったい、なにしてるんだ?」
「棟梁のまえだが、夜遊び日遊びなんぞしてねえや」
「そうか?」
「あァ、昼間ァちゃんと仕事して、夜遊ぶだけだ、毎日」
「それを夜遊び日遊びって言うんだ。夜|家《うち》ィ帰らなくちゃいけねえ。……なにかわるいことでもしてるんじゃないかい? 丁半《ちようはん》かなんか……博奕《ばくち》だろ?」
「いえ、博奕なんか……」
「じゃあ、なんだ?」
「じつは……ちょいとばかり弱ってるんで……」
「弱ってる? どうして?」
「じつは、女ができてね」
「ほおォ……で、その女てえのは、素人《しろ》か玄人《くろ》か?」
「えへ、斑《ぶち》なんで……」
「そりゃ犬だよ。……素人《しろうと》か、玄人《くろうと》かと聞いてるんじゃねえか」
「吉原《なか》の女なんで……」
「じゃあ、まっ黒じゃねえか」
「そんな鍋《なべ》の尻《けつ》じゃあない。……いい女だあ」
「で、その女は、おめえに惚《ほ》れてるのか?」
「それが惚れてるから、弱ってるんで……おふくろのほうは、あたしが三日や四日帰らなくても、ただ心配するだけのことで、いのちに別条はないが、女のほうは、あたしが三日行かなければ死ぬんで……あたしゃ人助けのために通ってる」
「ばかな惚れようだな」
「ええ、『伊之さん、来年三月、年季《ねん》があけたら、おまはんのとこへ行って、おまはんと夫婦になりたい』と言ってるんで……『だから、年季のあけるまで、待ってて頂戴よ』なんて……まったく弱っちゃう」
「だけどおまえ、そんな約束したって、『年季《ねん》があけたら、おまえのそばへ きっと行きます、断わりに』って都々逸《どどいつ》だってあるじゃねえか。まァ、早え話が、そのときに女が来なくったって、こいつァ喧嘩にもならないぜ」
「いえ、それが大丈夫なんで……」
「あてにならねえよ。なんだい、その大丈夫って……?」
「その女から、ちゃんと書いたものをもらって持ってるから……」
「書いたものって? 起請《きしよう》かい?」
「うん、そう」
「へえェ、古めかしいものを持ってんねえ。起請なんぞ……ちょいと見せてごらん」
「それが駄目なんで……」
「見せろってんだ」
「こりゃあ見せられないんだ。あたしに出すときに女が『伊之さん、これは大事なものだから、他人に見せちゃいやァよ』って……」
「他人もなにもねえやな。ちょっと見せてごらんよ。見なくっちゃあ、嘘か本当かわからねえじゃねえか」
「弱ったねェ、まあ世話になっている棟梁だからね、見せるけど……黙っててくださいよ……これなんだよ……そうっとごらん、え? 破くと二度と手に入《へえ》らねんだから……うがい手水《ちようず》に身を清めて……」
「……うるせえな……へえェ、なるほど、こりゃ起請だ」
「起請でしょう」
「うん……ふーん……なになに……起請の文句てえものは、たいがい決まってるなァ……一つ、起請文のこと。私こと、来年三月|年季《ねん》があけ候《そうら》えば、あなたさまと夫婦になること実証也《じつしようなり》。新吉原江戸町二丁目朝日楼|内《うち》、喜瀬川こと本名中山みつ……えっ、これかい?」
「どうです? 確かなもんでしょ?」
「伊之さん、おまえさん、ほんとにこれ貰ってよろこんでるのかい? ばかだね、おまえは……へっ、なんだい、こんなもの」
「あれっ、ひどいや、いくら棟梁でも、ひとの大事にしてるものを吹き飛ばすなんて……」
「おうおう、なんだってこんなもん、頂いてるんだ……およしよ、ばかばかしい……」
「ばかばかしい?」
「そうだよ。ばかばかしいや。そんな起請が大事だったら、やるよ。おれもおめえと同じ起請を一枚、持ってらァ」
「え? 棟梁も……」
「ああ、見せてやろう……ほら、読め」
「はァあ、じゃ、騙《だま》してやがったんだ」
「そうよ、おれも騙されちゃったんだ。こいつはな、もと品川にいたんだ。それが住替えして、去年、吉原《なか》に来たんだ。年は二十四ぐらい、色の白い、鼻のちょっと高い、目の下に黒子《ほくろ》があるだろう? おれがかかァ持たねえのは、この女が年季《ねん》があけたら来るてえから独身《ひとり》でいるんだ」
「畜生め、ほんとうに。あの女ばかりは……こうとは思わなかったねェ…喜瀬川のやつ、人を騙しやがって……」
「おれも騙されたんだ」
「ほんとうに、ばかンしやァがって、畜生めっ」
「およしよ。相手は玄人《くろうと》、商売なんだから、怒ったってしょうがねえや」
「だけど、悔しいっ……あいつの喜ぶ顔見たさにおふくろを泣かしてまで……あの野郎っ」
「おいおい、おしゃべりの金公が来たから、しゃべるんじゃねえ……てんだよ」
「おう、いま、なにか言ってたな、おれのことを……」
「そうじゃねえよ」
「おれが入《へえ》ってきたら、おれの顔を見て、おしゃべりの金公が来た、と言ったろ。えー、おれがそんなにおしゃべりかい? こりゃあ、いくら棟梁のことばでもおもしろくねえや」
「おい、金ちゃん、ものごとはよく聞いてから怒りなよ。いま、この伊之さんがね、女に騙されて悔しいって言ってるから、そういうことを無闇にしゃべんなって……言おうと思うとおまえが入《へえ》って来たから、そういうことをしゃべ……おしゃべり、あ、金公が来たって、そう言ったんだ」
「ほんとうかい、おい」
「ほんとうだよ」
「で、なにかい。伊之さんが女に騙されたってえのは? へへへ、伊之さんがねえ、この間まで黐竿《もちざお》持って、蜻蛉《とんぼ》追っかけてたのが……女に騙されるなんて……へっへへへ、伊之さん、どうしたんだい?」
「それが、じつは起請を貰ったんだが……」
「ほォおー」
「それがどうも当てにならねえんだ」
「起請が当てにならねえ? どうして?……どんな起請なんだ、見せてごらんよ。見せなよ……ふーん、こういうものを貰ってよろこんでるのかね。おまえは、長生きするよ。夜もよく寝られるだろう。丈夫でうらやましいや。なあ、女からこんなものを貰ってよろこんでるなんて……うふふ、甘《あめ》えもんだ……なになにっ、『一つ起請文のこと』か……うん、たいてい文句は決まってるんだな。えっ、なんだと……『私こと、来年三月|年季《ねん》があけ候えば、あなたさまと夫婦になること実証也。新吉原江戸町二丁目朝日楼内、喜瀬川……』おいっ、この女は、もと品川にいたんじゃねえかい?」
「そう」
「こっちィ住替えして来て、年は二十四ぐれえだろ」
「そう」
「色の白い」
「そうなんだ」
「鼻のちょっと高くて、目の下に黒子がある」
「そう……もう一枚出そうだ」
「なに言っやんでえ……この女ァおめえに寄こしたのかい?」
「棟梁も貰っちゃったんだ」
「おれも持ってんだ。この起請を」
「畜生めっ、おれァ勘弁できねえ」
「どうしたんだい、金ちゃん?」
「どうしたもあるもんかっ」
「おいおい、ちょいとちょいと、どこへ行くのさ。弱っちゃったな、どうしよう、棟梁」
「おゥおゥ、押さえなよ。止めろ、止めろ。……台所から出刃庖丁なんか持ち出して危えや。早く止めろ」
「出刃庖丁じゃねえ、山葵《わさび》おろしだ」
「山葵おろしなんかどうするんだ?」
「しゃくにさわるから、これから行って、あの女の鼻の先をこれで欠《か》いてやろうと思って……」
「いったい、何のこったい?」
「てめえはいい花魁《おいらん》だあ、なにしろ、鼻(花)のさきがけ(魁)……」
「茶番だよ、それじゃあ。いいかい、伊之さんだって、あたしだって我慢してるんだ。おまえさんも我慢するがいいじゃあねえか」
「いや、我慢できねえ。おめえたちが起請貰ったのと、おれが貰ったのと、貰いかたがちがうんだ。この起請についちゃあ、一《ひと》通り二《ふた》通りのことじゃねえんだ」
「ふーん、よっぽど混み入った事情でもあるのかい?」
「ああ、そりゃあたいへんなもんだ。去年の十月の末だった。おれは山谷まで仕事があって、帰りに一杯やって、いい心持ちになったから、ふらふらっと足が向いて吉原《なか》をぐるっと廻っているうちに、つい登楼《あが》ったのが、その朝日楼てえ店《みせ》で、この妓《おんな》に出っくわしたんだ。この喜瀬川だ。初会からいやに親切ごかしのことを言やァがって、惚れたとか、女房にしてくれとか言いやがるから、なに言ってやんでえと思ってたんだ。けどもあんまり扱いがいいから、おれァ裏ァ返《かえ》した、ね? それから馴染《なじみ》と、とんとんと遊《あす》びに行ってた。すると暮れの二十八日だ、おれンとこへ手紙が来て、相談したいことがあるから、すぐに来てくれってえから、おれは飛んで行った。で、なんの用だと聞いたら、『まことに済まないけれども、あたしゃこの暮れに二十円のお金がどうしても入り用なんだから、おまえさん、助けると思って、どうか二十円拵えておくんなさい。ほかの客に拵えて貰うと、おまえさんと世帯を持つときの障《さわ》りになるといけないから、おまえさん後生だから二十円借りたいんだよ』ってえから、『ああいいよ』と言って引き受けたんだが、家《うち》ィ帰って二十円|拵《こせ》えようと思ったけれど、二十円の金はさておいて、五円の金も……出来やァしねえ」
「なにを言ってやんでえ、気取るない……そんなところで」
「それから、妹が日本橋に奉公してるから、仕方がねえからそこへ行って妹を呼び出して、空涙《そらなみだ》をこぼして、『じつは、おふくろの身体《からだ》の具合がわるいから、ここンとこで医者に診《み》せなくちゃいけねえ。なんだかんだって金が要るんだ。二十円ばかり出来ねえか』って言ったら、妹が驚いて『おっ母さんの病気じゃあ放っておけないから、ちょっと、兄《あに》さんお待ちよ』と奥へ行って、大きな風呂敷包みを持ってきて『これに夏冬のあたしの着物がみんな入っているから、これを持ってって、なんとか都合しておくれ』ってんで、そいつをひっ背負《ちよ》って、やひッつァン[#「やひッつァン」に傍点]のとこへ行ったんだ」
「なんでえ、やひっつァんてえのは?」
「質屋を逆さまにしたんだ」
「変なものを逆さまにするなよ」
「で、それで二十円借りようと思ったが、みんな木綿《もめん》のものばかりだから、七円ッか評価《つか》ねえときた。また引っ返して、妹に話をすると、奥へ行って、今度《こんだ》ご主人に頼み込んで、給金の前借りをして、やっと二十円の金を作ってくれたんだ」
「うん、うん」
「そいつを持って、おれが吉原《なか》へ行って、あの妓にその二十円を渡すと、涙をぽろぽろこぼしゃァがって、『まあ、おまえさんはなんて情が深いんだろう。あたしは年季《ねん》があけたら、どうしてもおまえさんのおかみさんになるよ』ってんで、書いてくれたのがこの起請なんだ。まあ、騙されたおれは諦《あきら》めがつくが、なにも知らずに、暑いにつけ寒いにつけ、肩身の狭《せめ》え思いをしながら奉公してるかと思うと、妹が不憫《ふびん》でなあ」
「そうだろう」
「わけを聞くと、気の毒だなあ」
「騙されるこっちがわるいか知らねえが、悔しいよ」
「そりゃ、おめえの怒るのももっともだ」
「道理だ」
「残念だ」
「くちおしいわやい」
「チチ、チチン……」
「お?……なぜそんなところへ三味線を入れんの、おまえは?」
「だって、くちおしいわやい、と来たから、チチンと……」
「おい、金ちゃん、おめえもそういう目にあってるなら、どうだい、三人であの女をやっつけてやろうじゃねえか」
「そいつァいいや。悔しいのはみんな同じだ。このまんまじゃ腹の虫がおさまらねえからね」
「やっつけるったって、棟梁、どうするんで?……」
「まあ、女郎《じようろ》に騙されたんだ。拳固《げんこ》を振り回したりするのもみっともねえ話だ」
「そうだな」
「だから、今夜、三人でもってあすこへ行って、あの妓《おんな》をまえにおいて、うんと油をしぼって、赤っ恥かかせて、吉原にいられねえような目にあわしてやろうじゃねえか……おらァ吉原の茶屋の女将《おかみ》に心安いのがあって、いつでもそこへ妓を呼び出してんだから、三人で揃って行こうじゃねえか」
「そりゃいい、じゃあそういうことにして、日が暮れたら支度をして出かけようじゃねえか」
 相談が纏《まと》まって、日が暮れるのを待って、三人いっしょに、浅草から千束《せんぞく》町の通りをぶらぶら歩いて行く……。
「ねえ、棟梁」
「なんだ?」
「これから、妓《おんな》が待ってるとこへ行くんならいいけどもね、妓に振られて苦情を三人で言いに行くってえのは、あんまり感心しねえなあ……あそこに犬が三匹いるだろう? な? あれァおめえ、牡犬《おとこいぬ》だよ」
「そうかい?」
「うん、離れて先にいるのァ、ありゃあ牝《おんな》犬だ……あとをくっついてやんだよ。やっぱしあの三匹の牡犬も、あの牝犬から起請を貰ってるんだろうか?」
「くだらねえことを言うない……さあ、大門《おおもん》を通るよ」
「さあさあ、お通り」
「これから、あの妓《おんな》のところへじかに[#「じかに」に傍点]行ったってだめだぜ」
「どうするんだい?」
「おれのいきつけの井筒《いづつ》ってえ茶屋があるから、あすこへあの妓を呼び出すんだ」
「うん、そうか」
「おれは茶屋の女将《おかみ》に掛けあうから、ここで二人は待っててくれ」
「うまく、頼まあ」
「今晩は……」
「おや、いらっしゃい。また、棟梁、どうなすったんです? このところずーっとお見限りねえ……なんだか知らないけど、喜瀬川さんがさびしがってましたよ。棟梁がちっとも顔見せてくれないって……ほんとうにどうなすったの?」
「ちょっとわけ[#「わけ」に傍点]ありでな」
「あの妓《こ》、棟梁に夢中ですよ。ほんとに足駄履いて首ったけってんだから……おまえさんのことばっかり言ってンのよ」
「いやもう、喜瀬川の話はたくさんだ。それよりな、女将《おかみ》、ものは相談だが……」
「あら、なんです?」
「じつはなァ、女将、おれはあの女に騙された。あの妓《おんな》は許せねえ」
「そんなことないでしょ。あなた、あの妓から、ちゃーんと堅いものを貰ってるんでしょ?」
「それが堅くねえんだよ……それが、もうやわらかくて、ぐにゃぐにゃなんだ」
「あらっ、どういうこと? 嘘でしょ? そりゃ、おまえさんの邪推よゥ。そんなことがあるもんですか、あの妓にかぎって……え? へえェ、じゃァあたしまで騙されちゃったんだねえ。……あらっ、嫌だ……ふん、ふん、まあ、なんて憎らしい、ほんとうに。でも、棟梁断わっておくけど、徒党は廓の御法度だからね。口ではなにを言ってもいいけど、もし手出しでもされちゃァあたしンとこが迷惑しますからね」
「そりゃァ、心得てるさ」
「じゃ、待っててよ。あとお二人さんは、表へ待たしてあるの? そりゃいけないわ。お連れさん、早くこちらへお入れ申して……さあ、どうぞ、こちらへお入ンなさって」
「今晩は……へっへ、騙され連中が揃って……」
「そんなこと言うもんじゃありませんよ。でもねえ、いま聞いてびっくりしてたんですよ。あなたがたはね、別々に来るから騙されんですよ。こんどお遊びに来るときは、三人いっしょにいらっしゃい、いい妓世話ァしますから」
「三人いっしょに来て、揃って騙されちゃあたまらねえや」
「まあ、騙された、騙されたって……そんなこと言いっこなし……ちょっと待っててください、ね。棟梁、二階へ上がってもらったほうがいいわね」
「そうしてくれよ。三人いっしょだと言わねえで、おれが一人で来てるからと、喜瀬川を呼んでもらいてえんだ」
「じゃあ、すぐに呼びますから……みなさんをご案内して、二階の奥の間がいいわ。どうぞ、お二階へ……」
「そうかい。じゃあ、そっちで待つとしよう」
三人いっしょに二階の部屋へ通されて……。
「こりゃあ、なかなか銭のかかってる茶屋ですね、棟梁」
「いい造りだろう」
「言うことねえじゃねえか、でえいち、ここの女将《おかみ》だって女っぷりはいいしなあ」
「いい女だねえ。で、ありゃあ、もとは何者なんです?」
「もとかい? もとはな、横丁にいたんだ」
「ふゥん?」
「吉原《なか》の横丁の芸者てえものァ、乙《おつ》なのがいるなァ、え? 大金《たいきん》を出して旦那に落籍《ひか》されて、そいでここの株を買ってもらって、この茶屋へ入った、とたんに、旦那が死んじゃった。で、あと、これが全部、自分のもんになったんだ」
「なるほど……じゃあ、あの女将は独身《ひとりみ》?」
「そうだよ」
「もったいねえな、そりゃもったいねえや……じゃ、おれはあの起請の女のほうはやめらァ」
「で、どうする?」
「ここの茶屋《うち》へ養子に入る」
「そういう図々しいことを言うない……とにかく、三人でこうやって揃ってるなあどうもまずいよ。そろそろ来るぜ。さあ、伊之さん、おめえは、その戸棚へ入ってくれ。それから金ちゃんは、おめえはその屏風《びようぶ》の後ろ、立っちゃだめだ……立っちゃ。おめえは背が高いから立っちゃだめだい。出ちゃいけないよ。おれが呼び出すまで、二人とも勝手に出ちゃあいけねえぜ」
「ねえ、棟梁」
「なんだよ、伊之さん」
「出ちゃあいけねえったって、あの妓《おんな》は口がうめえからねえ、え? 涙なんかこぼして、棟梁、許して頂戴なんか言われると、棟梁はまた女に甘いからねえ。うん、うん、そうかいてなことを言って仲直りして、いちゃついたりしたら、こっちはばかばかしくって、戸棚の中なんぞに入《へえ》っていられないよ」
「伊之さん、おめえも心配性だなあ……大丈夫だよ。よく戸を閉めとけよ。……」
「ねえ、棟梁」
「なんだよ。金ちゃん」
「あいつはね、海千山千《うみせんやません》なんだから、口でなんぞ言ったってだめだよ、うめえんだから、向うにしゃべられちゃったらしょうがねえから、来やがったら……ぱぱァッと三つばかり張り倒しといて、それから掛け合いねえ」
「わかったよ」
「ねえ、棟梁」
「うるせえなァ、伊之さん、なんだよゥ」
「ぽかぽかっと、張り倒すってえことはよくないよ。え? 女という者は弱きもんですよ。それを張り倒しちゃいけないよ。そういう哀れなことをしちゃだめですよ。あいつをぶつんなら、おれをぶて……」
「なあんだ……しょうがねえなあ。入っといでよ。え? おっ……もうそろそろ来るよ、え? お、来たようだよ、だめだよ」
「どうも、すみません、棟梁来たんですって? あァそうですか、どうも女将《おかみ》さんすいませんねえ……え? いいえ、風邪ェひいちゃったの。三日ばかり寝てえたのよ。今朝ね、それから方々《ほうぼう》掃除してねえ、そいで神棚きれいに掃除して、お灯明《とうみよう》あげたの。そうしたらね、すーっと丁字《ちようじ》が立ったからねえ。あァこりゃきっと待ち人が来るなって、こう思ったらねえ、棟梁が来たんだって、まァほんとうにうれしいわよ……あたしは」
「棟梁……」
「うるせえなあ、なんだよゥ」
「今朝起きてお灯明あげたらすーっと、丁字が立ったってやんの……丁字が三本立ったかしら」
「出るんじゃねえ……そこを閉めときなよ」
「今晩は。まあ、棟梁、どうしたの? ちっとも来てくれなかったわねえ。ねえ、たまには来てくれたらいいじゃないの。あたしだってさびしいのよ。だって、来年三月、棟梁といっしょになるまで、まだずいぶんあるんだもの……ねえ、棟梁が顔を見せてくれないと、あたしゃつとめに張りがなくって……あらっ、どうしたの? なにかあったの? 変な顔をしてさあ」
「どうせ、おれは変な顔だよ。ああ、変な顔だとも……」
「あらっ、気にさわったのかい……どうしたのさ。ええ? なにかあったのかい?」
「どうもこうもあるもんか」
「まあ、いやだねえ。機嫌が悪いんだねえ。ほかでなにかあって、あたしに当たり散らしたりして……さあ、煙草でも吸ったらどうなの? ねえ、煙管《きせる》をこっちへお貸しよ。あたしが火をつけてあげるから……」
「ほれっ」
「あらっ、なにさ、煙管を放ったりして……あら、どうしてこんな詰まった煙管で吸うの? ほんとうに無精だねえ。通しといたらいいじゃないかねえ」
「おゥ、これで通しねえ」
「おまえさんときた日にゃほんとうに……あ、おまえさんなにかい? このごろこんな反古紙《ほごがみ》で煙管通してんの? へえェ? 以前《せん》はおまえさん、半紙で通してたじゃァないか、なんでもそういう無駄なことをするから、あたしゃ年季《ねん》があけて、おまえさんといっしょになったらほんとうに苦労だなと、ほんとだよ。ちょっと下駄へ泥がついても、なんでもおまえさんはね、半紙を使っちゃあ捨てちゃうんだからねえ、うん。だからあたしゃそう思ってんの。こういうもんで煙管を通したりなんかして、うれしいよ、ほんとうに。あたしゃねえ、棟梁のまえで、世帯じみたことは言いたかぁないけどね、こういう細かいことが大事だからね……おや? あら、これはおまえさん、いま破いたこの紙、起請……だね」
「起請だ? それがか? おらあ、また広告かと思ったぜ」
「なに? 広告ってのァ、え? こんなものを破かせて……おまえさん、あたしがいやになったんだね、そうだ、それに相違《ちがい》ない……ほかに女が出来たね、え? そんなら、なぜあたしに言ってくんないんだね、『こういうようなわけで、こういう女を女房にしなくちゃなんないから、おまえとはいっしょにゃァなれねえから』と、どうして言ってくれないの、え? こんな起請なんか破かせたりなんかして、おまえさんはほんとうに……知ってますよ、もう、そんなことは。あたしゃ朋輩《ほうばい》に言われてんだから、『ちょっとおまえさん棟梁ってなァ、ありゃァなかなか浮気者《うわきもん》だよ。様子がいいんだから、女がうっちゃっとかないんだから、おまえさんも少しァ悋気《りんき》しなくちゃいけないよ。女の悋気のないのは、なんか物足りなくて、刺身に山葵《わさび》がないようなもんで物足ンない。少しァおまえさんやきもち[#「やきもち」に傍点]やいてなきゃだめだよっ』、とこう言われたから、あたしゃあ、恨《うら》み事のひとつも言おうと思ったのさ。でもねえ、そんなことを言って、おまえさんに嫌われちゃあいけないと思って、いいかげん我慢してたんだよ……それなのに……それなのに……人がいのちがけで書いた起請をこんなことをして……ひどいよ。ひどいよ……」
「おう、おめえ、ここで泣いたって、一文にもなりゃあしねえぜ。それにしても、よくも涙が出るもんだなあ……おう、おめえ、いま、いのちがけで書いた起請だと言ったな。いのちがけで書く起請ってえものを、何枚書けば気がすむんだ?」
「起請ってものはおまえさん、この人と思わなきゃ書けるもんじゃないだろう。一枚に決まってるよ」
「ふゥん? おめえ、ここへ遊びに来る唐物《とうぶつ》屋の伊之さんてえ人に、起請書いてやったろう」
「伊之さん? ああ、伊之さん……ううん、冗談言っちゃいけないよ、だれがおまえさん、あんなやつに起請なんか書いてやるもんかねえ。あんな嫌なやつってないねえ、え? やけに色男ぶって……いやに色が白くって、ぶくぶくふくれててさ。水瓶《みずがめ》に落っこったお飯《まんま》っ粒みたいな、あんなやつに、だれが起請なんぞやるもんか」
「ほんとうか。伊之に起請を書いたおぼえはないんだな」
「ああ、ないよ」
「おい、水瓶に落っこったお飯っ粒、出て来いよ」
「やいやいっ、このあまっ、水瓶に落っこったお飯っ粒たァ、なんてことを言いやがるんだ」
「あらっ、おまえさん、そこに入ってたの?」
「なにを言いやがる。よくも、おれを騙しゃあがったな」
「やあね、伊之さん、白くって、ぽちゃぽちゃとして、たまんないねえ」
「やい、喜瀬川、おめえは、経師屋《きようじや》の金ちゃんにもやったろう、起請を」
「金ちゃん、だァれ、経師屋?……あァあ、金公、なに、あんなものおまえさん、え? あの背のひょろひょろと高い、あの日陰の桃の木みたいなやつだろう? あたしゃ世の中にあんな嫌なやつってないねえ。あいつ死ねばいいと思ってんのに……ああいうのにかぎってむだに丈夫だねえ、あの日陰の桃の木」
「おゥい、日陰の桃の木、出ろ」
「なんだ日陰の桃の木とァ、日陰の桃の木たァなんだ」
「あっら……金さん……そこから出たの?」
「出たのたァなんだ。てめえのために、どれほど妹がァ……」
「あらっ、金さん、すっきりして、ほんとに様子がいいよゥ」
「なに言ってやんでえ。こっちへ出ろい、ふざけやがって、さあ、この三枚の起請、いったいどれが本物なんだ?」
「ああ、びっくりした。どれが本物かって? さあ、あたしにもわかりゃァしないねえ。どだい三枚きりだと思ってりゃァ、おまえさんがた了見ちがいさねェ。さあ、江戸中に何枚あるかねえ……」
「……こん畜生っもう勘弁できねえ」
「おや、おまえさん。あたしをぶとうってえのかい? ぶつならおぶちなね。え? みんなで変なことをして、ちょいと、ぶっとくれよ。あたしの身体《からだ》にゃ金《かね》がかかってんだからね。ちゃんと証文に書いてあるんだよ。だから、金を積んで、あたしを身請《みう》けしてから、ぶつとも、殺すとも、どうとも勝手にしとくれっ」
「いまさら、身請けなんかできるもんか」
「じゃあ、その手をなんで振り上げているんだい?」
「うん、この拳固はおめえを殴ろうと思って、こうやってるんじゃねえやい」
「じゃあ、なんだい?」
「この握りこぶしはな、おめえに何か言われたって、グウ[#「グウ」に傍点]の音《ね》も出ねえ……」
「洒落《しやれ》てる場合かよォ。ざまあ見やがれ、身請けも出来ないんだろう」
「おい、おい、伊之さんも、金ちゃんも、ちょっと待ってくれ。おれが掛けあってやるから……おう、喜瀬川、もっとまえへ出ねえ、おめえだって色を売る商売じゃねえか。色気なしの声を出しなさんな。おめえはたいそうな腕だなあ。え? �女郎《じようろ》の千枚起請�とはよく言ったもんだ。客を騙すのに起請を書かなきゃおめえは騙せねえのか。なあ、女郎なんてえものは、客を騙すのが商売だ。だから、おれたちは、その騙されたのをぐずぐず言うんじゃねえ。客を騙すのに、起請を書かなきゃ騙せねえのか。腕のある女郎なら口先ひとつで騙せ。卑怯なことをするな、ほんとうに。証拠の残るような嘘をつくのは罪だぜ。昔から言うじゃねえか。『嫌で起請を書くときは、熊野で烏が三羽死ぬ』って……」
「あら、そォお? あたしゃ三羽どこじゃないよ。嫌あな起請をどっさり書いて、世界中の烏を皆殺しするんだよゥ」
「おめえは、烏に恨みでもあるのか?」
「別に恨みなんかないけどさ。あたしも勤めの身だもの、世界中の烏を殺して、ゆっくり朝寝がしたいんだよ」
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