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落語特選12

时间: 2019-09-22    进入日语论坛
核心提示:らくだ駱駝《らくだ》が両国に見世物として渡来したのは、文政四年(一八二一年)江戸中の評判になった。この時、はじめて見た人
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らくだ

駱駝《らくだ》が両国に見世物として渡来したのは、文政四年(一八二一年)江戸中の評判になった。この時、はじめて見た人びとの感想は、図体が大きくて、のそのそして役に立たないという印象だったようで、人間でも、図体が大きく、のそのそした人物をらくだみてえな奴だ、と悪口を言った。
その�らくだ�を渾名《あだな》にした�馬�という男が長屋に住んでいた……。
「おゥ、らくだ、いるか、おい、いねえのか……おい。おゥ、寝てるのか? しょうがねえなどうも、昼過ぎだというのに、表を締めて寝ていた日にゃァろく[#「ろく」に傍点]なことはねえぞ、昔から『果報は寝て待て』とよく言うが、寝ていて銭《ぜに》儲けをしたという例《ためし》はねえ。ほんとうにしょうのねえ野郎だ……はて、どうしやがったんだな。ここの家《うち》は締まりがあるんだかないんだかわからねえ、たいがい開くだろう……おやおや、ゆうべ酒を飲み過ぎたとみえて、あがり端《ばな》のところへひっくり返って寝ていやがる。よく風邪をひかねえな、陽気が悪いのに……おいおい、もう起きろ起きろ、おい……どうしたんだ、おい、おい、お……おや、冷たくなってやがる。どうも妙な面《つら》をしていると思ったら……あァ、鍋がかけてあるな。そういやァこの野郎、ゆうべ、湯の帰りに河豚《ふぐ》をぶらさげて歩いてやがった。『おい、時候ちげえにそんなものァ危ねえから、よしたほうがいいぜ』ったら、『冗談言うねえ、こんなもの中毒《あた》るもんじゃねえ。河豚のほうへおれが中毒《あて》てやろう』なんて言ってやがったが……とうとう野郎、くたばっちまった。弱ったな、悪いときに死にやがったなあ、ここンとこ、まるっきり銭はねえし……ふだん兄弟分といわれている仲で、まさか素《す》っ抛《ぽう》っておいて知らねえというわけにもいかねえ、どうにか差《さ》し担《にな》いでも葬《ともら》いの支度ぐれえしてやらなけりゃァなるめえ。この野郎銭のあった例《ためし》はなし……ほかに身内はなし、親類はなし、叩き売ろうという道具もろく[#「ろく」に傍点]になし、ほんとうにしょうがねえ。どうぶち殺しても死にそうもなかったやつが、こんなになろうとは思わなかったな。せめて早桶ぐらい買わなきゃなるめえが、それにしてもなんにもねえ家《うち》だなあ……」
「くずゥィ、屑はござい、屑やい……」
「お、これァありがてえや、お誂えだ、屑屋が来やがった……おう、屑屋」
「へ?……あ、いけねえ。らくださんの家《うち》だ、ここは黙って通るつもりだったんだがなあ、つい口ぐせになってるから、うっかり声を出しちゃった。ここで呼ばれたときはろく[#「ろく」に傍点]なことはねえんだからなァどうも……」
「なにをぐずぐず言ってやんだ、こっちィ入れ」
「へえ……あ、こんちは。こちら、らくださんのお宅じゃないんですか?」
「らくだの家《うち》だけども、おめえ知ってるのか?」
「へえ、もう古いおなじみでございますが、馬さんはお留守で?」
「そこにいるよ」
「へえ……あァ、表が明かるくて、中が暗かったから見《め》えませんでしたが、よく寝てらっしゃいますなァ」
「ふん、違《ちげ》えねえや。生涯《しようげえ》起きやしねえや、くたばったんだ」
「えェっ、あんな丈夫なかたが……? まァ驚きましたな、それはどうもお気の毒さまでしたなァ、へェえ、ちっともそんなこととは知りませんで……あなたはお長屋のかたでもないようですが……」
「うん、この野郎はふだんおれのことを兄貴、兄貴って、おれのほうが年齢《とし》は二つ三つ下なんだが……ま、兄貴とか兄弟分とか言われてる手斧目《ちようなめ》の半次ってんだ。久しぶりに来てみると、この有様《ありさま》だ。まさかここへ死骸を放り出しておくわけにもいかねえ、といっておれも銭はここんとことられてどうも百《ひやく》もねえんだ。ま、おめえがそこへ通りかかったのはちょうど幸いだ。あるものはなんでもおめえに売るから、なるたけ踏ん張って買ってくれ、それで葬《ともれ》えを出そうてんだ」
「あァ、折角でございますけれども……いただくものはないんでございます」
「だっておめえ、一軒の家だァな、なんかあるだろう」
「いえ、なんかったって、まるっきり駄目なんで……いえ、その火鉢はひび[#「ひび」に傍点]が入って、それァあの下の方で鉢巻をしておりますんで。土瓶はそれァ、口が欠けております、へえ。皿ももうみんなひびだらけで、ここにある品は残らずわたしのほうでも見限ったものばかりでございます」
「おやおや、屑屋に見放されるようじゃ、河豚にあたって死んじまうのも無理はねえや」
「へえ、河豚ですが、怖いもんですね。そうそう、いつだったか食わねえかと勧められて困ったことがありました。人が食うなというものだから、止したらいいでしょうと、そのときもあたし、言ったんですが、なあに人間一遍は死ぬもんだ、好きなもん食って死ねば本望だ、とこう言うんです。けれども、まァらくださんもお亡くなりになりまして、ほんとうにお気の毒でございます。……まことにこれは少しばかりでございますが、まだ商売に出たばかりで持ち合せがございませんから、ほんの心ばかりでございまして、どうかひとつ、これでお線香でもおあげなすって……」
「それは気の毒だなあ、おめえにそんな散財させようと思って、おれは呼び込んだわけじゃァねえ。まァいいや、仏《ほとけ》さまもよろこぶだろう、なァ、おめえと古いなじみであってみりゃァ、まァじゃァ貰っておこう。いくらでも欲しいと思うところだ、気の毒だが貰っておくぜ。その代り道具はみんな……」
「いえ、預からずに済むんならばどうか……」
「そうだろうな、見たところでこれが役に立とうと思うものは一つもねえんだから、じゃァおめえの好きにしねえ」
「えェそれでは……」
「おゥおゥ、おゥ、少し待ちねえ。おめえはなにか、この長屋のことはくわしいんだろう」
「へ?……へえへえ、さようでございます。まァここへなんとか商売で入りまして、七年ぐらいになるんでございます」
「そうか。おれァまァ、久しぶりに来て、長屋の者はまるで顔を知らねえし、様子もわからねえ。いずれ月番が長屋にあるだろうが、今月の月番はどこだ?」
「あァ、今月の月番ならばあの、この路地の奥の、下駄の歯入屋さんが、たしか月番で……」
「おい、ちょっと待ちな、気が早えな、おめえだってつまりいい得意場《とくいば》だ、そこに不幸があって手伝ってるのに、鉄砲|笊《ざる》と秤《はかり》をぶらさげて行くのはおかしいじゃねえか」
「へえ、あたくしが行くんで……?」
「そうよ。そこへ置いて行きねえ」
「へえ……いえ、これは始終担いでおりますし、軽いもんでございますから……」
「いいから出せッてんだ。こっちへ、出しなよ、その風呂敷も一緒に預っといてやるから……月番のとこィ行ったらな、らくだの死んだことを言って、どんな貧乏長屋でも祝儀、不祝儀の付き合いてえものがあるだろうから、香典《こうでん》はなるたけ早く集めて持ってくるように、なまじっか品物やなんかで寄越されちゃ困るから、現金《なま》がいい、とな」
「え?」
「いいじゃねえか。頼まれて行くんだ。なにもてめえのことじゃねえ。おめえは身内じゃァなし、親類じゃァなし、他人《ひと》のことというものは、言い難《にく》いことでも言えるもんだ」
「へえ、じゃァそのとおり申しましょう……へい、なんだなァ、つまらねえ使いを言いつかっちゃったなあ」
「ェェこんちは……」
「だれだい?……よう、久さんかい、なんだい?」
「ェェこちらはたしかお月番でございますな」
「あぁ、そうだよ。屑屋さん、なんだい、今日は?」
「ェェ、このお長屋のらくださんが昨夜、お亡くなりになりました」
「え? だれが、らくだが? 死んだのかい? へえ、そうかい……死ぬ野郎じゃねえんだがな、どうも」
「なんでも河豚にやられたようで……」
「へえっ、そうかい……よかったねえ、いいい塩梅《あんばい》だ」
「へェえ、いい塩梅……ついては、いまその、らくださんの兄弟分てえかたが一人来ておりまして、ずいぶん怖い顔した男で……」
「それがどうした?」
「そのかたの言うには、月番のところへ行って、どんな貧乏長屋でも祝儀、不祝儀の付き合いてえものがあるだろうから、香典はなるたけ早く集めて持ってくるように、なまじっか品物やなんかで寄越されちゃ困るから、現金《なま》がいい、とこう申しておりました」
「冗談言っちゃいけないよ、おい。そりゃね、こんな長屋でも付き合いはあるよ。あるけれどもいままであいつは祝儀だろうが不祝儀だろうがいつでも出したことがねえ。はじめは知らねえから月番が取りに行くと、『そうか』と言ったきり出さない。二度目に取りに行くと『いずれやるよ』と言う、といって先方へ届けねえわけにいかねえから月番が立て替えておいて、三度目に行くと『うるせえ』ってんで殴られそうになるから、相手になるのもばかばかしいと思ってそれぎりにしてしまう。そういうことがたびたびなんで、いまじゃァ長屋じゅうあいつと付き合わねえようになってるんだ。それを自分のほうで死んだから香典を集めろというのァ無理だろう」
「なるほど、それは無理ですなあ、いかにもごもっともで。けれどもあの兄弟分てえ人がらくださんへしんにゅう[#「しんにゅう」に傍点]をかけた怖い顔をしていますから、こいつを断わると、犬の糞で仇というやつで、また何かがあるといけませんから、無理でもございましょうが、どうかそこを……」
「あァ、そうかい。あんな野郎の兄弟分てんだから、ろく[#「ろく」に傍点]なやつじゃねえだろうから……あァ、いい、わかったわかった。らくだが死ねばまァよろこぶ人ばかりだ。長屋じゅうこのくらいめでたいことはないから、赤の飯《まま》を炊く代りとしていくらか出してくれと、わけを話したら些《ち》ったァ集まるだろう。おまえ帰ったらこう言ってくんねえ、『こういう貧乏長屋でございますから、ろく[#「ろく」に傍点]なことはできませんが、ほんとうにわずかではございますが、集めてすぐお届けをいたしますが、どうかひとつ勘弁をしていただきたい』と、こう言っておきゃァ少し持ってったってすまあ」
「どうもすいません。どうかお願いをいたします」
「えェ、行ってまいりました」
「ご苦労ご苦労、どうした?」
「ェェこういう貧乏長屋で、ろく[#「ろく」に傍点]なことはできませんが、ほんのわずかではございますが集めてすぐ届けるとこう申しました」
「そうか、こっちだってただ貰うわけじゃァねえ、長屋の付き合いならあたりめえだ……あァ、ご苦労だった」
「じゃァひとつ、そのゥ、笊をこちらへ……」
「まァまァ、いいやな。もう一軒頼まれてくれ」
「勘弁してください。今日はまるっきり、まだ商売もしていないんでございますから……一日休むと、六十八になるおふくろと、かかァと十三を頭《かしら》に四人子供がありまして、店賃共に八人暮しなんで、釜の蓋《ふた》があかないというわけで、どうかお暇をいただきます」
「そんなことを言うな、いわば得意に不幸があれば出入りの商人《あきんど》が来て働くぐれえのことはしかたがねえ。家主《おおや》のところへひとつ行ってくれ」
「あ、家主さんならばあの、この路地の出口ンとこが裏なんで……へえ、じゃァ行ってきます」
「おい、ただ行くんじゃァねえや、まァらくだの死んだことを言うのァ決まってるが、おめえが言うんじゃねえから遠慮するな、おれが言うんだから……今夜お通夜の真似事をいたしますが、家主さんはお忙《せわ》しいなかをおいでには及びません。ついては長屋のかたがおいでになるでしょうから、まるっきりからッ茶[#「からッ茶」に傍点]で帰《けえ》すわけにもいかねえから、酒を三升ばかり、あんまり悪《わり》い酒はいけませんから、なるたけ吟味をして上等《いい》のを、うん。|煮〆《にしめ》はなんだな、はんぺん、こんにゃくと芋ぐれえでいいだろう、だし[#「だし」に傍点]をきかして、こういう陽気だから塩を少し辛めに煮て、大きい丼か大皿に入れて二杯ばかりありゃいいや。飯を二升ばかり炊いて、なるったけ早く届けるように、とこう言ってな」
「へえ、そりゃだめです」
「なんだ、駄目てえのは?」
「そんなこと言ったってとてもくれません」
「くれませんてなにも……おめえが家主の肩ァ持つことはねえ」
「いえ、肩を持つわけではないんですけども……そりゃァよこしませんな」
「よこさねえって、おめえが決めることァねえじゃァねえか。どうしてだ?」
「ここの家主てえのはもうこの近辺《きんぺん》で名代のしみったれなんで」
「そんなにしみったれなのか」
「ええ。それァもう、たいしたもんで、とてもそんなこと言ったってくれっこはないんでございます」
「じゃ、もしも向うで、寄越すの、寄越さねえのと抜かしやがったら、こう言え。おれが言ったとおりに言えよ」
「へえ」
「かねてご承知でもございましょうが、身内も親類もなにもない、じつに死骸のやり場に困っております。そうそうは面倒見きれませんから、家主といえば親も同然、店子といえば子も同様という、昔から譬《たとえ》があるから、らくだの死骸をこちらへ背負ってくるから、どうかいいように処置をつけてくれろ、背負ってくるついでだから、死人《しびと》に�かんかんのう�を踊らせる、とこう言ってやれ」
「へえ、じゃァ行ってまいります……大変なことになるもんだな。今日、出がけに末の娘がまつわりついて離れなかったが、何か虫が知らせたんだな。鉄砲笊をあすこへ召しあげられなければ、逃げてしまうとこだが、商売道具を取り上げられてしまったからしょうがねえ。また向うじゃァそれへ気がついたから取り上げたんだ。なにしろ、えらいところで出っ会《く》わしちまった……」
「ェェ家主《おおや》さん、こんにちは」
「おゥ屑屋さんかえ。なんだね。大変にぴょこぴょこお辞儀をして入って来たが、いくら商売熱心だっておめえ、そうたびたび来たってありゃしねえやな。おととい持ってったばかりじゃねえか」
「へえ、今日はほかのことでまいりましたんで……」
「なんだい、商売替えかい? よしな、よしなよ。慣れもしねえことをやっておまえ、損をするぐれえが関の山だぜ。なにになったんだ、今度ァ?」
「いえ、商売で伺ったんじゃないんでございます……じつは、お長屋の馬さんが昨夜、死んだんでございます」
「え? らくだか? たしかに死んだのかえ?」
「へえ、河豚を食べてそれにあたってなん[#「なん」に傍点]でございます」
「ふーん、えらい河豚だ、よくやった。はははは、いい気味だ。そりゃまァ、なににしてもめでたいこったあ。あァ、知らせてくれたのか。いやァどうも、ありがとう」
「それで、あの、いまらくださんの兄弟分だってえ人が見えておりまして……」
「ああ、そうか。ああいうずぼらな奴のことだ、定めし家賃の滞《とどこお》りもあろうから、その方《かた》が肩代わりしようと、こういうわけか」
「それがそうじゃないんでどうも、わたくしはまことに困ります」
「なにが困る?」
「その、今夜お通夜の真似事をいたしますが、お忙しいなかでございますから、おいでには及びません、とこう申します」
「だれが行くやつがあるものか。なんでも勝手にするがいいや。くだらねえことを言ってやがる。そんな心配には及ばねえって、そう言ってくんな」
「それで、長屋のかたはおいでになるでしょうから、まさかからっ茶[#「からっ茶」に傍点]で帰すわけにもいかないからお酒を三升ばかり、悪いのはいけないからなるべくいいのを届けていただくように、それから煮〆は、はんぺんにこんにゃくに芋ぐらいを、だしをきかせて、こういう陽気だから少ォし辛目に煮て、大きな丼か大皿へ二杯もあれば、それで足りるだろうから、お飯《まんま》を二升ばかり別に炊いて、なるたけ早く届けてくださるようにという……へえ、それだけなんで、じゃよろしく、どうぞ」
「おいおいおい、待ちな待ちな。……だれがそんなことを言うんだ」
「それだからわたくしが言うんじゃァないんで、その兄弟分とかいう人が威張ってそう言ってるんで、どうも困ったものでございます」
「うむ、おれがそう言ったとよく言ってくれ。熱を吐くな、ひとを甘く見やがって、なにを言ってやがる。あの馬の野郎、この長屋へ越して来てから、二十何カ月というもの店賃を一つも入れねえでしょうがねえんだ。しっかりした請《う》け人《にん》はなし……もっともぶっ壊れた長屋じゃァあるけれども……催促に行けば『今ねえ』とこう言やがる。幾度行ったって駄目なんだ。此間《こないだ》なんぞは薪《まき》を振り上げて脅《おど》かしやがる。おれァ、驚いたよ。あの図体で、やられたらいちころだよ。ほんとうにやりかねねえやつだから、おらァ夢中で、表へぱァーと逃げ出しちまった。おかげでおまえ、買い立ての下駄ァおいて来ちまった。おっかねえから取りに行くわけにいかねえ。その翌る日だ、その下駄履いて鼻唄ァうたいながらおれの家のまえをすまして通りやがる。手がつけられねえ。店立《たなだ》てを食わせようと思って、人を以《も》って掛け合いにやれば、引っ越し料をふっかけやがる……死んでしまえばそれが厄介のがれ、二十いくつという店賃、それを残らず棒ッ引きにして、香典代わりにやるとして、その上、煮〆を持ってこいの、酒のいいのをよこせの、あんまり寝ぼけたことを言うなって、その兄弟分によくそう言ってやんな」
「えェ、そりゃそうなんでございます。とても、そんなこと言ったって寄越す家主さんじゃないから、それでなくたっても名代のしみっ……」
「なに?」
「いいえ、あの、なんです、そりゃ……家主さんは、えェ……し、しみじみ、しみじみいいかただけども、とてもくださるわけはないって、そう言ったんです」
「で、どうしたんだ」
「そうしたら、もしそう言って、寄越すの寄越さねのと抜かしやがったら……」
「なんだ、抜かしやがったらとは、家主に向って抜かしやがったらたァ……」
「いいえ、あの、あたくしが言うンでなくて、らくださんの兄弟分のかたが……もし寄越すの、寄越さないのと、えェ、おっしゃったら……かねてご承知でもございましょうが、身内も親類もなにもない。じつに死骸のやり場に困っております。そうそうは面倒見きれませんから、家主といえば親も同然、店子といえば子も同様という、昔からの譬があるから、らくだの死骸をこちらへ背負ってくるから、どうかいいように処置をつけてくれろ、背負ってくるついでだから、死人に�かんかんのう�を踊らせる、とこう言うんです」
「なにを言ってやがんだ。帰《けえ》ってそう言ってやってくれ、え? 齢《とし》はとりてえもんだってなあ、おれだってな、この近辺じゃ少ゥしゃ他人《ひと》に嫌《いや》がられている家主だ。そんな脅かしで、へッ、おれがへこむと思ってやがんのか。おれもばあさんもな、今日は幸い公事《くじ》も休みで退屈しているところだ。この年になるまで、死人の�かんかんのう�を踊るのは見たことがねえ、ぜひ見てえもんだ。連れて来て、踊らしてもらいてえものだって、よろこんでたと、そ言えっ」
「へッ。さようなら……なんだなあ、あっちへ行きゃがみがみ言われ、こっちへ行きゃ脅かされるんで、もうやり切れたもんじゃねえ……」
「えェ、行ってまいりました」
「どうした、ぼんやりしてやがる。使《つけ》えに行ったら、さっさとしろよ。なんと言った?」
「あなた、家でねえ、がみがみ言ってますが、向うへ行ったものの身にもなってくださいよ」
「どうしたんだ、一体《いつてえ》」
「どうしたって、駄目なんです。寄越さねえんです」
「なに?」
「駄目だというんです」
「どうして?」
「へえ、向うで言うのも無理はないんで……つまり死んだ人を悪く言っては済みませんが、らくださんも悪いんです」
「どうした?」
「へえ。らくださんはここの長屋へ越して来て店賃なんてえものは一つも払ったことがないそうで、二十いくつとか溜まってるんだそうです。死んだからそれを棒っ引きにして香典代わりにやるとして、その上、煮〆だの、酒だの、寝ぼけたことを言うな、とこう言います」
「死骸を担ぎ込むと言ったか」
「それも言いましたところが、そんな脅しにへこむと思うか。この近辺じゃ他人《ひと》に嫌《いや》がられている家主だ、甘く見るなっていろんなことを言いました。この年になるまで死人の�かんかんのう�を踊るのを見たことがねえって、今朝から退屈しているところだから、連れて来て踊らして見せてくれって、よろこんだとそう言えと、どうもおそろしい見幕でございますから、わたくしは驚いて、さよならと帰って来ましたが、どうもなかなか強《きつ》い家主さんで少しも驚きません」
「それじゃァなにか、驚かねえで、死人に�かんかんのう�を踊らしてもらいてえとこう言うんだな?」
「へえ、さようで、かんかんになって怒りながら�かんかんのう�を見たいと……」
「うむ、そいつは面白《おもしれ》え……そっちを向きねえ」
「へえ」
「そっちを向きねえよ」
「そっちって……なんか、背中についてんですか?」
「こっちを向くな、そっちを向いてろ。こっちを向くと張り倒すぞ。いいか(らくだの死骸を抱き上げて、屑屋の背中へ)いいか、おい、背負《しよ》うんだ」
「え?(肩へ重みがかかり、背中を振り向き)あァッ、いやだね、冷《つべ》たい、勘弁してくださいよ、あなた……いやあ……血ィ吐いて、(泣き声で)食いつきゃしませんか」
「なに言ってやんだ、死んだものが食いつくかい。……ぐずぐず言うな、さァ先へ立て、立つんだ」
「わァどうも驚きましたな。なんだかどうも背中が変な心持ちで……」
「さあさあ、これを背負《しよ》って、さっさと歩け。歩くんだ。死人を背負って来て踊らしてくれと言うなら、望みどおりに踊らしてやろうじゃねえか……」
「さあ、どこなんだ。家主の家は?……ここか? よし……待ってろ。いいか。いま開けるから、中へ入《へえ》って、竈《へつつい》の傍《わき》ンところへ死人を立てかけとけ。大丈夫だ。大丈夫だ。突っぱってるから倒れやしねえ。いいか、おれが死人を踊らせるから、おめえ、この仕切りの障子をがらっと開けて、その途端に、手拍手を打ってかんかんのうを唄えっ、いいかっ」
「そんなもの唄えやしませんよ」
「唄えねえやつがあるものか、子供だってやるじゃァねえか、さァ唄わねえと蹴殺《けころ》すぞ」
「唄いますよ、唄いますよ……唄えばいいんでしょ」
「さあ、唄え、唄うんだ。それっ、がらっと開けるぞ……唄うんだ」
「※[#歌記号、unicode303d]かんかんのう、きゅうのです……」
「……やっ、ばあさん、大変だァ、ほんとうに死骸を背負ってきたァ……おい、ばあさん、逃げるんならおれも一緒に逃げらァ……不実なことをしなさんな……待ちなよ」
「※[#歌記号、unicode303d]かんかんのうォ……」
「屑屋、唄うな、どうも……わ、わ、わ、わかった。もうたくさんだ、どうか勘弁してくれ、悪かった。いま、すぐ、酒も煮〆もお届けをします。どうぞ、お、お引き取りを願います……」
「……死骸というものは、ずいぶんゴツゴツしたものでございますなァ……」
「ああ、そこへ放り出しておけ……どうだ、一言も口を利かず帰ってくる、今に酒肴がちゃんと届こうてえ寸法だ」
「へえ、たいしたもので……じゃすいませんが、その、鉄砲笊を……」
「もう一軒、行ってこい」
「もうこのくらいでたいがいにしておくんなさいな。もうあたしゃねえ、今朝からまるっきり、まだ商売をしてないんですから、家賃共に八人暮し、六十八になるおふくろと、かかァと十三を頭に四人子供があって、あしたの釜の蓋があかないんですから……」
「いやなことを言うない。どうせいままでつきあったんじゃァねえか。表の八百屋へ行ってな、菜漬の四斗樽《しとだる》の古いのがあったら一本、もらってこい」
「どうするんで?」
「どうするって、らくだの死骸を入れるんだ」
「そらだめですよ。そんなことを言ったって、向うは商売|物《もん》ですからくれやしませんよ」
「もしくれねえと言ったら……」
「�かんかんのう�ですか?」
「�かんかんのう�じゃァねえ、貸しておくんなさい、あいたらすぐお返し申しますと言え」
「へい。いやだなァ……逃げようと思ったって、どうも鉄砲笊と秤を押えられちゃってんだから逃げることが出来ねえんだ。弱っちゃったなァ、どうも……」
「八百屋の親方ァ、こんちは」
「おゥ、なんだい、屑屋さんじゃねえか」
「へえ」
「なんだい?」
「あのう、ちょっとお知らせがあって伺ったんですが、じつは、長屋のらくださんが亡くなったんでございます」
「えっ、死んだ? らくだがかい? へえー、そうかい。まあ、よく死んだねえ。どうして死んだんだい? 河豚で? 河豚(すぐ)死んだ? 大丈夫かい? あいつのこったから、生き返りゃあしねえかい? 頭をよく潰しとかなくっちゃあいけねえぜ」
「ええ、家主さんもよろこんでおりました」
「そうだろう。みんなよろこぶだろう。そりゃめでてえ。なにしろありがてえことだ。それをおめえがわざわざ知らせに来てくれたのかい?」
「いいえ、そういうわけじゃァないんですが、あの、その兄弟分てえ人が来ていて、らくださんの葬《とむら》いを出してやりたいとこう言いますんで……で、まことに恐れ入りますが、四斗樽のあいたのがあったら、一本頂きたいと、こう言ってるんですが……」
「四斗樽なんかどうするんだ?」
「早桶代わりに……」
「冗談言っちゃいけないよ。駄目だ、駄目だよ、ないよ。いえ、あったってね、やれないよ。あのらくだのやつと来た日にゃね、ほんとうにまあ、面憎《つらにく》いったってね、店へ立ちゃァがってね、見回してちょいとつまんでね、持ち上げてやんの。『おう、こりゃいいや』って言いやがる……そのまんま、すうっと持ってっちゃう。あとから追っかけてって、『お金を』ってえと、いきなりぽかっと殴りやがる。店《うち》の品物だって、あん畜生にどのくれえ持ってかれたか知れやしねえ。あァ、なに一つ、あんな野郎にやるもんかね。駄目だよ」
「そうですか……じゃあ、少しの間、貸してくださるだけでもよろしいんですが……」
「どうするんだい?」
「へえ、あいたら、またお返しをいたしますから……」
「ふざけちゃいけないよ。そんなものを返されてどうなるんだ。だめだよ。やれないよ」
「どうしても駄目ですか? そうすると、死人《しびと》を連れて来て、�かんかんのう�を踊らせると、こう言いますんで……」
「なんだと? 死人に�かんかんのう�を踊らせるだと? ふん、おもしれえや。やってもらおうじゃねえか。死人が�かんかんのう�を踊るなんてえなあおもしれえじゃねえか」
「おもしろかァありませんよ。こうお座敷がふえたんじゃあ、とてもたまらない」
「なんだいお座敷って……?」
「いま、家主さんとこでやって来たばかりなんで……」
「えっ、冗談じゃねえのかい? ほんとうにやったのかい?」
「ええ、家主さんところへ、お通夜の酒、煮〆をくれと言ってったところが断わられたんで、死人をあたしが背負《しよ》わされて、行って踊らして来たとこなんです」
「おいおい、ほんとにやったのかい? お、家主《おおや》さんとこで……」
「あの強情な家主さんが真っ青になって、酒と煮〆をすぐ届けるから、勘弁してくれって……もし、おもしろいなんて言おうもんなら、死人をここへ担ぎ込まれますよ」
「それは大変だ。どうもしょうがねえなあ……じゃ、あすこに三本ばかりあるから中でいいのを選《よ》って持って行きねえ。少しがた[#「がた」に傍点]がくるかも知れねえが、水を張っとくてえと止まるから……」
「さようですか。それでは頂いて行きます……それから親方、ついでに物置にある天秤と荒縄を少しください」
「ああ、いいよ。いるだけ持ってくがいいや。やるよやるよ。返さなくってもいいから持ってきな」
「どうもいろいろ、ありがとう存じます」
「やァご苦労ご苦労、寄越したか?」
「へい。あのう、はじめはなかなかくれなかったんでございますが、もういよいよしょうがないから奥の手を出して、�かんかんのう�で脅かしたら、向うでも肝《きも》を潰して、くれました。それから、ついでに天秤と荒縄をもらって来ました」
「それは気がきいてるな、さすが江戸っ子だ。この樽へ死骸を納めて縄を十文字に掛けりゃァ本物だ。しかしまあ、おめえの骨折りのおかげで、おめえが八百屋へ行ったあとでなァ、月番の爺いてえのが来やがった、うん。あの、横の鬢《びん》のところが禿《は》げてる爺ィ……ぴょこぴょこ、ぴょこぴょこ、お辞儀ばかりしてやがってな。『こういう貧乏長屋で、まことにお恥かしい』なんて言って香典を現金《なま》で持ってきてくれた。まあ、貰うもんだから、多い少ねえは言えねえ。うん、爺ィが帰ったあとィ入れ違いにな、家主のかかァが入って来やがった。『先ほどはとんだ失礼をいたしました。お口に合いますまいが、どうかまァひとつ、召し上がっていただきたい……』と言いやがってな、酒と煮〆を、おめえ、ふふふ、持ってきやがった。どんな酒ェ持ってきたんだか、もし悪いもんなら叩き返してやろうと思ってな、婆ァ待たして、燗をして飲んでみると、たいしてよくもねえが、まあこのくらいなら勘弁してやらァ。煮〆もあのとおり丼へいっぱい持ってきた。おめえの骨折りがあらわれて、ま、これで通夜のかたちもついたってわけだ。仏《ほとけ》もさぞよろこぶだろう」
「いえ、とんでもないことでございます。へえ、恐れ入りますが、わたくしはこれでお暇をいただきます……あの、鉄砲笊を……」
「まあまあ、まあ待ちねえ。おめえもこれから商売にかかるんだろう?」
「へえ」
「酒があるんだから一杯《いつぺえ》飲んで、それから行きねえ。え? そうしなよ」
「いえもう、なんでございます。結構でございますから……」
「なんの商売だって縁起というものがある。死人を背負《しよ》ったりなんかしたんだから、身体《からだ》を清めるために、大きなもので一杯やっていきねえ」
「へえ、ありがとうございますが、またのちほど出直して……」
「出直すもなにもねえ、このままおめえを帰《けえ》しちゃァおらァ心持ちが悪いや。気は心だ、ちょっと一杯ぐらいいいじゃァねえか。なにもたんと[#「たんと」に傍点]飲めというんじゃァねえ、ぐうッと一杯、呷《あお》っていきねえ。縁起だ、清めるんだな、飲めねえ口じゃあるめえ」
「へえ、飲むとつい商売もおろそかになりますもんで、出先では飲まないとこう決めたようなわけで……。その代わり家では一合の酒をチビリチビリと子供たちの顔を見ながら飲《や》るのが、わたくしの楽しみで……。そいつを脇で、苦労をかけたおふくろや女房が目をほそめて……」
「おいおい、そんな世帯じみたことを言うない。どだい酔うほど飲ませようとは言わねえ、ひとつ飲んで体を清めて、それからずっと稼業に歩きゃァいいじゃァねえか」
「それがわたくしは出先で飲むとすぐ酔うんで困ります」
「酔ったら酔ったでいいじゃねえか、好きな者が酒に酔ったって、体にさわるということもなかろう。おめえがぐっと飲んでくれなきゃ、おれだって心持ちが悪いやな。それともおれと二人で飲むのがいやだってのか、この野郎っ」
「怒っちゃァ困ります。それはわたくしは、頂くのァ結構ですが、なにしろ年寄りが心配するもんでございますからな、へえ、どうも困りましたな、それじゃァひとつ、へえどうもお酌《しやく》を願っては済みません。おっとっと、どうもこんな大きな器《もの》に……いっぱい……へい、いただきます。どうもこれはなかなかいい酒でございますな」
「なんでえおめえ、弱いったって、飲みっぷりがいいじゃねえか、キューッと飲《い》ったじゃねえか、え? 酒をおめえ、嫌《きれ》えじゃねえんだろ?」
「え?……へへ、ほんとうは好きなんで」
「そうだろう。それなら飲んだらいいじゃねえか」
「いいえ、酒は好きなんでございますけども、あたくしも酒ゆえにこんな商売におちぶれてしまいまして……もとは、まァなんとか人間らしい暮らしもしておりましたんですが、もう酒ではたびたび失敗《しくじり》まして……ですから、こんな弱い稼業をしているんでございますから……どうぞこれでお暇《いとま》をさせていただきます……その笊を返していただきたいんで……」
「おいおい、飯《めし》だって一膳|飯《めし》というのァねえや。これでお暇なんて、まあ急ぎなさんな、まだ遅かねえ。一杯《いつぺえ》きりというのァ心持ちが悪いや、もう一杯快く飲んでいきねえ……飲みねえよ。飲まねえか」
「怒っちゃいけません、親方……じゃァもう一杯でどうか勘弁してください。わたくしはこんな大きな器《もん》でたんとは飲《い》かねえんですから……おっとっと、ございますございます、(と飲む)へえどうも、空《す》き腹《ぱら》へぐうッとしみて、ひどくききました。今日はまだこれで荷《に》がないんで、いつもここらへかかる時分には、荷が重くなるほどでもございませんが、ずいぶんこれで腹がへります……いえもう煮〆はいただいたも同様で、これはまたお長屋のかたでもおいでのときに、なんでございますから、いえ、もうわたくしはお酒だけいただけばたくさんでございます。どうかこれでごめんこうむります」
「おい、待ちなってことよ、おれも飲んでるじゃァねえか。酒飲みてえやつは、そうわくわく[#「わくわく」に傍点]して飲むもんじゃァねえ、折角|旨《うめ》え酒がまずくなってしまう。もう一杯飲んでけよ。駆けつけ三杯てえことがあらァ。もう一杯……おれの酒じゃァ飲めねえってのかァよゥ、おれがこんなに頼んでいるんだ……やさしく言ってるうちに飲みねえよ、え? おい」
「怒っちゃァいけません、親方……じゃァどうかもうこれで……どうかもうこれっきり、どうかご勘弁を……年寄りが心配しますから、一日休むと家内じゅう顎《あご》が干《ひ》るんで(と飲む)……」
「またはじめやがった、家賃共に八人暮しってんだろ、おぼえちまったぜ……それにしてもおめえ、水ゥ飲んでるようだなあ、味のねえ飲みかたァするじゃねえか、息もつかねえでキュウキュウ、キュウキュウ流し込んで……おい、もう一杯《いつぺえ》飲みねえ。な? よう、おれも決して無理を言わねえ。実はなあ、さっき来た月番に、長屋の連中には通夜に来るには及ばねえ、とそう言ってくれって断わっちまったんだ。いいじゃねえか。もう一杯だけキュウとひっかけていきねえ。あとは、ほんとうにすすめねえから、もう一杯だけつきあいねえ」
「ですけどねえ、もう、こんな大きな器《もん》で三杯もいただいたんで、ほんとうに駄目なんでございますから……」
「だからよう、くどいこたあ言わねえから、もう一杯だけつきあいねえ。なにもたんと飲めと言やしねえ。飲めねえのか、おう」
「もう勘弁してくださいまし……これ以上飲みますと、あたくしが商売《あきない》……」
「わかっているよう……なんだ、泣きごとばかり言ってねえで、飲みゃァいいんだっ」
「へえ……怒っちゃいけませんよ、親方、じゃあ、もう一杯だけ……へえ、ああ……おっとっとっと……こりゃどうも……ほんとうにあたしはねえ、こんなにいただいたことはないんですから(と飲む)……ああ、いい酒だ。どうもすっかりいい心持ちになっちまった。どうも親方は、すすめ上手だもんだから、つい酒がすすんじまって……へへへ、これだけのいい酒を、あたくしは近ごろ飲んだことがない……それを親方は、たいしてよくもねえ、なんて、酒の味が本当にわかっちゃいない……いえ、なに、こんなものをくれるような家主じゃないんですからねえ。さっきはよっぽど驚いたんですね。あの強情な家主が顔の色を変えて、『わ、わ、わかった。どうか勘弁してくれ、すぐ、酒も煮〆も届ける』って、そのときの顔ってもんは……へへへへ、ははァハハハ……よっぽど�かんかんのう�が堪《こた》えたとみえて、ははァハハハ……しかし親方ァね、どうも失礼ながらえらいかただ。あたくしァね、ほんとうにね、えらいと思う……いやいや、そんな、お世辞なんざあたくしは言える人間じゃないんです、へえ。他人《ひと》の世話をしてやるなんてえことは、なかなかこりゃ出来ることじゃありませんからね。ええ、(と飲む)あってもなかなか出来ないが、それを親方なんざあ、まるっきりなくってやろうてんですからね。なかなかできる仕事じゃない。けれども他人《ひと》の世話はしたいねえ。わっちゃこれで貧乏はしているけども、他人《ひと》のことというと、からきし[#「からきし」に傍点]夢中だ。銭もないくせに、おせっかいをやきましてね。なんかやるてえと母親《おふくろ》に叱言《こごと》をいわれ、『なんだおまえは、自分の頭の蠅《はえ》も追えないくせに、他人《ひと》の世話どこじゃない』なんてね、へッへへへ……怒られますけども、やっぱり持ったが病《やまい》、性分てえのはしょうがないんでねえ、(と、飲む)ついね、こっちも見兼《みかね》るとちょいと手を出してやりたくなるんで……しかし、この仏様もずいぶんあたくしは手古摺《てこず》りましたよ、ええ。ここへ来るともうなんでも『買え買え』って……これは駄目ですったって、もう聞かないすからね、ええ。もうこのまえも、通るてえと、『屑屋』ってえから、『へい』『こっちィ入《へえ》れ』『へい、なんです』ったら、『おめえ、狸の皮一枚、買わねえか』って、こう言うんです。『ええ、そらまァ、買ってもようがすけれども……』『じゃ、買ってくれ』とこう言う。『いくらだ』『いくらだったって、品物を見てから値をつけるんですから、まず出して見せていただきたい』『まあまあ、ごく悪い狸の皮として、いくらだ』……いくら悪いったって、狸の皮ですからね、一枚ならば一貫より下じゃ買わねえ、とそう言ったんで……そしたら『よし、売った』って、『じゃ、品物を出してください』ったら、『いま見せるから、五百、手付金《てつけ》をよこせ』ってこう言うんです。だからねえ、どうも変だと思ったんで……考えてみりゃね、一貫で狸の皮一枚買えりゃこっちも儲かると思って……やっぱりいくらかね、へへへ、色気を出して(と、飲む)……まァいいや、どうせ五百、捨てたと思やァ済むんだから……男は度胸だと思ってね、それから五百出したんです。そうしたらその銭、ひったくるようにして表へ飛び出したからね、こりゃやられたなと思ったねあっしゃァ。するとしばらく経《た》つてえと竹の皮包みとね、酒を……え? あ、そうすか、そっちの大きいのでおくんなさい……おっとっと、もういい、こぼれるよ、もったいない……酒を持って帰って来てね、(と、飲む)それで、『やっとこさと酒にありついた。ありがてえ、ありがてえ』ってね、飲んでやがんのさ。それからこっちも、冗談じゃねぇてンだ。『親方ね、さっきから待ってるんだから、おい、いつまでもこんなことして待っちゃいられねえ。品物を早く出してくださいよ』ったら、『ま、そう急《せ》くなよ。いま出すから、ちいっと待ちねえ』と、畳を上げてね、根太をはがして『この下に入《へえ》ってるんだ、持ってけ』と、こう言いやがんの。……どうも変だと思ったんだけどもね、こっちももう、五百渡しちゃったんだから、ま、どんな品物でも持ってかなきゃ損だと思ったからね、そこからこう首をのばして、傍へ行って覗いているところをぽーんッと、うしろから腰を突きゃァがった……おらァ、縁の下にもろ[#「もろ」に傍点]に落っこっちゃった。そしたら、その上へぱッと、畳をのっけてね、胡坐《あぐら》ァかいちまった……それからね、おらァそう言った、冗談じゃねえってんだ、『おい、ばかなことしちゃいけねえ。その、狸の皮てえの、早く出してくれ』ってそう言った……そしたら、『おめえの前《めえ》にある』って……で『そんなもん、ねえ』『ねえことァねえ、よく見ろ』『よく見たってなにもねえ』ってそう言ったんで……。『いや、たしかにある。この長屋に年古く棲《す》んでいる狸がおめえのいる二、三間先に穴があってそン中にいるから、そいつを穴から出してとッつかめえて持って行くんだ』と、こうきやがるからね(と、飲む)……そいからおれが、『生きてちゃいやだ。狸の皮だってえからね、こっちは買うってそう言ったんだ。おれァね、生きてんならいやだ、じゃ、もういいから、早くここから出してくれ』って言ったらね、『こういうのを�捕らぬ狸の皮算用�てんだ、おめえを出すには、後金《あとがね》もう五百、よこせ』ってこう言いやがんの……え? とうとうおまえさん、一貫ふい[#「ふい」に傍点]にしちまった……ばかにしてやがらあ、ほんとうにどうも……ほんと、こんなね、世の中に太《ふて》え野郎てえのはありゃしねえや。ほんとにひでえ野郎だぜ、(ぐいぐいと飲む)どうも……おう、酒がねえやな、注いでくれ……おう、注いでくれ、おい(と酔い崩れる)」
「うゥむ、大変になん[#「なん」に傍点]じゃァねえか……まァこのくれえのところでひとつ、まァおめでたく納めということにしなけりゃァ、なあ、もう、それでいいだろう? 笊と秤を渡すから、商《あきね》えに行きねえ」
「冗談言っちゃあいけねえ。商えに行こうと、行くめえと、そんなこたァ大きなお世話だ。さあ、注いでくれってんだよ」
「おめえ、飲んでちゃいけねえんだろ? 一日商売を休むと、家《うち》には、六十八の母親《おふくろ》とかかァと十三を頭に四人の子供がいるんだろ? 明日、釜の蓋があかねえことになるといけねえじゃねえか。まあ、いいかげんに切り上げて、出かけなよ。さあ」
「なんだと? 明日、釜の蓋があかねえだと? なに言ってやんでえ。ふざけたことを抜かすねえ。そう見縊《みくび》ってもらいたくねえや。そりゃあ、おらァ貧乏してるよ。貧乏はしているが、おう、は、はばかりながらなァ、おう、人間てえものは、雨降り風間《かざま》、病みわずらいてんだ。そのたびに釜の蓋があかねえようなことがあったらどうするんでえ。屑屋の久六《きゆうろく》てえば、どこの立て場へ行ったって少しは名前《なめえ》が売れてる男なんだ。一日や二日休んだって、母親《おふくろ》や女房子供を飢え死にさせるような真似をする気づけえがあるもんか。ばかにすんねえ。注いでくれ注いでくれ……注がねえかい」
「……な、なにもおめえ、そんなに怒ることはねえじゃねえか、おめえがさっきそう言ったからおれ、そう言っただけじゃねえか」
「注いでくれ」
「じゃまァ一杯ぐらい」
「なにを言ってやんでえ。けちけちすんねえ。てめえの酒じゃねえじゃねえか、おれが死人を背負《しよ》ってって、�かんかんのう�を踊らしたから家主が寄越したんじゃねえか。酒ェなくなったら、酒屋へ行きゃあ売るほどあるんだ。なんだ? 銭がねえ? 香典があるじゃねえか。それを持ってって買ってくりゃあ生き仏様はご満悦だ。ぐずぐず言うない。このしみったれ野郎。注げよ。注げってんだから、注いだらいいじゃあねえか。おう、やさしく言ってるうちに注ぎなよ。おいっ」
「なにもそう怒らなくったっていいじゃねえか。注ぐよ、注ぐよ。注げばいいんだろ? なんでえ、まるで、あべこべじゃあねえか。おい……注ぐけどね、そんなにやっていいのかい?」
「いいもくそもあるもんか。さあ、さっさと注げ。この野郎、なんてどじ[#「どじ」に傍点]なんだ。てめえは……こうなりゃあ、おらァ、もう帰らねえよ。このまんま、はいさようならで表《そと》へ出たところが、商売が手につく筈がねえじゃあねえか……うーん、旨《うめ》え、酒はいいね……なあ、こうやって死骸をここへ置いていくのァ心持ちが悪《わり》いじゃねえか。ちゃんと納めるものは納めて、せめて花の一本や線香の一つぐらい上げて、することだけはしようじゃねえか」
「うーん、じつは、おれもこんなことは慣れねえんで、どうやって始末をつけたらいいんだかわからねえで弱ってたんだ」
「ちえっ、だらしのねえ野郎だなあ。これっぱかしのことで、大の男が弱ったもねえもんじゃねえか」
「じゃ片腕貸してくれるか?」
「冗談言いなさんな、片腕もなにもねえじゃァねえか。おめえが頼むてえなら、手伝ってやってもいいぜ。どうするい? おい」
「いやあ、手伝ってくれるかい? え? なあ、そりゃすまねえ。じゃあ、ひとつ頼むわ、兄ィ」
「ははァハハ、頼むってやがったな、この野郎……ははハハハ……よし、てめえに頼まれりゃ、おれも男だ。よし、こんなことわけねえや。一杯機嫌でやっつけよう……生ぬるい湯はねえか? ねえ? そうだろうな、じゃァ水でもいいや、湯灌《ゆかん》の代りに体を拭いてやって、髪の毛が大変伸びてるな。どうもこの野郎、極楽へ行ける仏《ほとけ》さまじゃァねえ、地獄堕ちだろうけれども、せめて頭だけ、ぐりぐりと丸めてやろうじゃァねえか」
「それがいけねえんだ、なけなしの銭で髪結いを呼んで来たって安くはやってくれめえ」
「冗談言っちゃァいかねえ、いまどきそんなことを言うやつがあるものか。おらァ家《うち》のがき[#「がき」に傍点]なんざぁ、みんな自分で剃《す》ってやるんだ。こんなこたァわけなしだ。こん畜生、おれがぐるぐるっと、ちょっと坊主にしてやらあ」
「やっちまうたって、庖丁さえ満足なのがねえくれえだ、剃刀《かみそり》もなにもあるものか」
「それァ家《うち》にはねえ。ここの家にねえたって長屋にあらァ。路地の二軒目の家《うち》に女が二人いる。そこへ行きゃァ一挺や二挺あるにちげえねえから一挺貸してくれって、借りてこい」
「なに?」
「なにじゃねえ、ぼやぼやするない。借りてこいてんだ、剃刀を」
「だっておめえ、おれ……な、なんて言えばいい」
「なに? 子供みてえなこと言って、なんて言えばいいって……らくだンとっから来ましたっていえばいいじゃねえか、らくだの頭ァ剃るんだから、すいませんがちょいと剃刀を貸してくれって、そう言やいいやな」
「……だけども、おらァ、顔もなにも知らねえんだな、貸すかなァ、向うで……」
「なァにを言ってやがる。へへへへ、貸すも貸さねえもあるかい。ぐずぐず言ったらな、死人《しびと》を背負《しよ》って来て�かんかんのう�踊らせるって、そう言え」
「なんだ、あべこべだな」
「ぐずぐず言わねえで早くしねえ。おれはその間、体を拭いてやってるから……」
手斧目の半次は、煙に巻かれて家を飛び出して、長屋で剃刀を借りてきた。屑屋は酔った勢いで乱暴にごりごり剃ったが、死んでる者に痛いもかゆいもなく、どうにからくだの頭を丸めて……、
「お、お、よかろうよかろう。さ、納めよう……四斗樽へ押し込むんだ……ま、これでよし。そこに野郎の着ていた浴衣があるだろ? それを、この上から掛けな……あと、樽を荒縄で引っからげりゃいい」
「これでいいや、さ、おう、飲もうじゃねえか」
と、二人でしたたか飲んで、余った酒は、樽の横っ腹ンところへ結わい付けた。
「じゃ……おう、いいや。そろそろ出かけようか、兄弟《きようでえ》」
「出かける? 出かけるったっておめえ、馬の寺はどこか聞いてねえ。屑屋さん、寺ァどっか知らねえか?」
「おれの寺? ははは、駄目だ、駄目だ。おれの寺は親父が死んだとき以来、それっきり顔ォ出してねえんで、急にこらァ……担ぎ込むわけにはいかねえよ。おめえ、寺ァあんだろう?」
「おれの寺なんざ、どこにあるかわからねえ」
「しょうがねえなあ……あッ、少し遠方だけども落合の火葬場《やきば》におれの友だちの安《やす》公てえやつがいる、いつか遊びに行った割前《わりめえ》の勘定をおれが立て替えてあるんだ、そいつをまけてやるからこれをひとつ内緒でどうか火屋《ひや》のついでに、どうでもかまわねえ、ぽうッとひとつ焼いてくれろと言ったら、友だちずくだ、承知するだろう」
「そういきゃァありがてえ。すぐに担いで行ってしまやァ造作ねえが、ただ困るのァ骨《こつ》あげだ」
「骨あげだって、田の隅かなにかへおっ抛《ぽ》りこんでくれと言やァ、向うでどうかしてくれらァ」
「そんならなお安直《あんちよく》だ」
「そうことが決ったら、長屋から来た香典があったろう、あいつで酒を買っちまいねえ」
「よし、そうしよう」
酒屋へ行って二人でありったけの銭で酒を買って、また飲みにかかり、屑屋はすっかり出来上った。
「じゃ、そろそろ出かけるか、え? うん、おらァ案内だから先棒じゃなくちゃいけねえ。おめえ、後棒を担ぐんだ」
「出かけるのはいいが、兄ィ、途中で日が暮れると、提灯がなくて困るぜ」
「提灯はいらねえ、おれが道をよく知ってるから……じゃ、担ごうぜ。しっかり担げ。……よッ、どっこいしょときやがったな。こう担ぎはじめはたいしたこたァねえが、ながく担いでると、だんだんくたびれて重くなるからなあ。いいか、ほーらほーら、ほーらほーら、どっこいしょのどっこいしょ、あーらよお、あーらよおときやがら……あーこりゃこりゃ」
「おいおい、兄ィ、黙って歩きなよ、葬式《ともらい》に、あーこりゃこりゃてえやつもねえじゃねえか」
「景気がいいじゃねえか」
「葬式に景気はいらねえや」
「そうでねえよ。なんでも当節は景気をつける世の中だ。それ、葬式《とむらい》だ、葬式《とむらい》だ。さあさあ、お葬式のお通りだい」
「なにも断わらなくったっていいやな」
「そうでねえ、黙ってると沢庵担いでるんだかなんだかわからねえ。葬式だと言わねえと、人が葬式だと思わねえぜ」
「なんだい、往来の人が笑ってらあ」
「なにを笑やあがるんだ。葬いを叩きつけるぞ……あはは、驚いて逃げやがった……ああ、そろそろ暗くなってきたな……ここを姿見《すがたみ》の橋という、この橋を渡れば高田の馬場、道は悪いがいわば一本道、曲がったりくねったり、田んぼだと思えば畑、畑だと思えば田んぼと、いやな道だ。するとまた小さい土橋《どばし》がある。その土橋を渡って突き当たって、左へ行けば新井の薬師さま、右へ行けば火葬場《やきば》だ。暗くなればなったようにせっせと歩いてもらいてえな。もう少しだ……しかし折角行って安公がいねえと大変だ、どうかいてくれればいい……あッいかねえやあ、痛て……」
「あぶねえなあ、どうかしたか?」
「どうもしねえが、こんなところへ、なんだって穴をあけておきゃあがるんだ。ああ、こりゃあ、水が出たんで、土が流れ込んだんだ。こりゃ驚いたなあ……おう、なにしろ右ばかりで担いでちゃ、おれァ痛《いて》えや、おい、肩ァ代えようじゃねえか」
「肩ァ代えるったっておれァ駄目なんだよ。右だけしか、左はまるっきり利かねんだな」
「ちぇっ、しょうがねえな……じゃいいや、おれ、おれだけ左へ変えらァ。てめえだけ右で担げ。ほら、いいか、ほら、どっこいしょっときやがった(天秤棒を左の肩へ入れ代える)……ほら、ほら、な、軽くなったろ? 肩ァ代りゃ、こんなにも軽くなるもんかなあ……しかし、いい心持ちだなあ、人の事をするてえのはまた格別のもんだ……ほら、ほら、……お、お、明かりが見《め》えらあ、あすこだ。おう、ここへおろせ……よッ、どっこいしょっとくらァ。……おうおう、安《や》っさん……起きてくれ、おうっ」
「だ、だれだい? (泥酔している)」
「おれだい、久六だ」
「なんだ……おうおう、久さんじゃねえか、めずらしい、よく来たなどうも……なんだ」
「なんだったって、少し頼みがあって来たんだがな……おうおう、こっちィ入《へえ》れ、こっちィ、ぼやぼやすんねえ。……こらァ、おれの兄弟分なんだ。でなァ、ちょいとひとつ、焼いてもらうんで来たんだ」
「なんだ、子供か?」
「ううん、大人も大人、大《おお》大人《おとな》。なあ、安っさんひとつやってくれ。寺はわからねえしよ。切手なんざありっこねえ。此間《こないだ》の割前は棒を引いちまうから、内緒でひとつ焼いてくれ。なあ、おめえとおれの仲だ。そこンとこはうまく火屋のついでにやってくれ」
「そうかい……じゃ、まァいいや、焼いてやるけれども……どれどれ、あれっ、樽の中には、なにもねえじゃあねえか」
「よく見ろよ」
「なにもねえ。底が抜けてるじゃねえか」
「うむ、さっきずどん[#「ずどん」に傍点]といったときに橋のところへ落っことしちまったんだ」
「そういやァ転んだときに、担ぎ直したら急に軽くなった……こらァ、こりゃいけねえ、おうおう、早く見《め》っけてこよう。だれかに拾われるといけねえから……」
「だれも拾うやつはねえが……それにしてもこの樽はもう駄目だ。底が抜けてらァ」
「面倒|臭《くせ》え、背負《おぶ》ってくりゃァいいや、どうせいっぺん背負《しよ》ったんだ」
「いっぺん背負《しよ》ったって、もうよしねえ。しかたがねえ、底を縄で引っからげて押し込んでこよう」
再び四斗樽を担いで、土橋のところまで来て、
「なんでもここいらだ、暗くってはっきりわからねえが、ここいらに穴があいてたんだ」
あっちこっち探していると、この淀橋近傍《よどばしきんぼう》には願人坊主がよくいたもんで……今日はご命日でもらい[#「もらい」に傍点]があったとみえて、したたかに飲んで、橋の袂《たもと》でぐうぐういい心持ちに寝ていた……。
「あァ、こんなところに、野郎、落っこってやがる。しょうがねえなあ……」
「うん、これだ、確かにこれだ」
「じゃ、おう、持ち上げてな……おれァ頭ァ持つ。おめえ、その足のほうにしねえ」
「なんだおめえ、こらァ……赤くなってるじゃねえか」
「え?」
「赤くなっちゃったな」
「あァ……赤《あけ》、赤《あけ》えな……なにか染まったのかなこらァ……少し温《あつた》かみがあるぜ」
「地息《じいき》で温かくなったんだろう」
「いやにぶくぶく肥ったぜ」
「夜露にかかってふくれたんだ」
「樽ン中へ入れるのは大変だァ……はみ出してもかまわねえ、この樽の上ェこう……尻《けつ》ゥこうして、またがして……さァいいか?」
「おれァ、こんだァ後棒だ、おめえがなにしてな、おれァ押えてるからな……いいか、上がるよ」
「どっこいしょっと……こン畜生、手数ばかりかけやがってしょうがねえな。おう、いいか? ほら、ほら、ほら、ときやがった」
「おそろしく重くなりゃァがった」
「今度は丁場《ちようば》が短けえから我慢しろ……」
なんとか火葬場《やきば》へ戻ってきた。
「さァここだ。安公やァい。あったあった、真っ暗のところに落っこってやがった」
「こいつァ大きいな」
「夜露でだいぶふくれやがった」
「じゃァすぐに焼いてやろう、もう薪《まき》は積んである」
「そいつァありがてえ、うまくやってくれ」
足のほうから火が回ってきたから、たまらない。
「熱《あ》つ熱つ熱つ熱つ……」
「やァ、死人《しびと》のくせに跳ね起きやがった」
「やいっ、なんだってこんなところへ人を入れやがったんだ、ここは一体、どこだ?」
「ここは、火屋だ」
「ふふ、冷酒《ひや》(火屋)でもいいから、もう一杯……」
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