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落語特選14

时间: 2019-09-22    进入日语论坛
核心提示:お直し傾城の恋はまことの恋ならで金持ってこい[#「こい」に傍点]が本当《ほん》のこいなり 廓《くるわ》では、ご婦人のこと
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傾城の恋はまことの恋ならで
金持ってこい[#「こい」に傍点]が本当《ほん》のこいなり
 廓《くるわ》では、ご婦人のことを花魁《おいらん》と言った。なぜ、おいらん[#「おいらん」に傍点]と言ったかといえば、狐、狸は尾で化かすけれど、花魁は手練手管で化かすから、尾はいらない。それで、おいらん[#「おいらん」に傍点]と言った……あまり当てにはなりませんけど。
その花魁にもピンからキリまであって、大見世の花魁となると、行儀作法も心得てなければならないし、お客の相手をする……差し向いになって、機嫌をとるのはたいへんにむずかしい。
そういうときに、いちばん困るのは、お客のまえで、粗相《そそう》をする。これがいちばん失礼……しかし、生きてる人間に、出物腫物《でものはれもの》で、これはしょうがない、出るものは。
「出て悪いのお?」
なんて言うわけにもいかない。そういう場合は頓智《とんち》をきかせて、
「……まことに相済みませんでございまして、ただいまは失礼なことを……。あたくしのおっかさんが患《わずら》って、とても悪くなって、医者が首をかしげるようになったときに、あたくしは観音さまへ願《がん》をかけまして、母親の病気を治して頂きましたら、月に一遍ずつ、人中《ひとなか》で、恥をかくと、観音さまに誓ったんでございます。それがために、月に一度ずつ、ただいまのようなことで恥をかくのでございます」
「ああ、えらいね。うん、おっ母さんの病気のためじゃあねえ……月に一遍ずつねえ」
「はい」
途端に、また、やった。
「また出たね?」
「これは来月の分」
 花魁というものは、じつに我儘なもので……貸し座敷の主人のほうは、大勢の花魁の機嫌をとるのが、これまたたいへんで……あんまりやさしくすると、当人が図にのっちゃう。といって、叱言を言えばふくれちゃうし、殴《なぐ》れば泣くし、殺しゃ夜中に化けて出る。女を扱うというのは、たいへん……困る。
花魁の大勢いる大見世になると、上《かみ》を張る花魁がお職で……上位に座って、ずーっと順に見世を張っている。人気のある売れる妓《こ》もいれば、売れない妓《こ》もいる。そして、やはり妓《おんな》も、若いうちでないとお客はとれない、稼《かせ》げない。少し、薹《とう》が立ってきて、額《したい》が抜けあがって、顔の皮がたるんできて、なにか食べると、顔じゅうが動いたりして、くしゃみをする途端に水ッ洟《ぱな》が出てくると、もう色っぽくもなんともない。
それでも、商売上、それ相応の着物を着せて、ちゃんと見世に置いとかなくちゃあならないが、どうしてもお茶を挽《ひ》きがちになる。大引けになって、見世の灯りも暗くなる。見世にはいられなくなって、しょうがないので、ご内所《ないしよ》といって、主人のいる部屋《とこ》に行って、「まことに相済みません」と言って謝まらなくてはならない。これを、じろッと見られるから、じつにつらい。身のほそる思い。
これが、二日《ふつか》三日《みつか》と、お茶を挽いていると、ほかの朋輩からばかにされる。ああァ年はとりたくないねえ、と悔しくなってくる。と、見世の入口でお客を呼んでいる若い衆《し》がいる。この若い衆《し》のことを妓夫《ぎゆう》と言う……踏《ふ》み潰《つぶ》されたようで……。若い者が牛で、女郎が狐、芸者が猫で、幇間《たいこもち》を狸……なんて。
この若い衆《し》が、
「花魁、若いばかりが女の値打ちじゃねえよ。何でも『時分の花』とか言ってな、世間の奴らには、そいつがわからねえ。なあにそのうちにまたいいこともあるよ、ねえ」
と声をかけて、慰めてくれる。これが花魁にはなによりうれしい。
「ああ、この人は親切だな」
と思う。この親切と慰めがだんだんこんがらがってくる。……「遠くて近いは男女《なんによ》の道、近くて遠いは田舎の道」。そうしてだれにも知れないように、内緒で通じあっているものの、ここの主人《あるじ》は、大勢の妓《おんな》を使っている苦労人ですから、目は横へ切れていて、こんな二人を見逃しっこない。
「おい、二人ともそこへ坐んねえ。ええっ困んねえ、花魁、知らねえと思ってちゃあしょうがねえぜ。おれにァなんだって筒抜けなんだから……。おい、おめえもそうだ。ええ? この商売はねえ、色を売る商売だけども、そンなかじゃァ、仲間同士はじつに堅えンだよ。そんな間違いをしてみねえね、世間じゃあなんて言う。他所《よそ》の者《もん》がさあ。また、見世《うち》の者《もん》だってそうだあな。そんなことならあたしも……ってなことになったらどうするんだい、ええ? 花魁も、なんだあな、ずいぶんあたしンとこにゃァ長くいるね、ええ。人間だからいいけど、猫ならとうの昔に化けてるよ、もう。いまさらんなって、ぐずぐず言ったってしょうがねえから、住替えをするったってもう、住替えもできやしまい。え、証文巻いてやるから、おめえたちほんとうに惚れ合ってんのなら、二人でいっしょんなって稼ぎな。で、月にいくらかずつでも入れられたら入れな。どうだい、いっしょになるかい?」
「はい、相済みません……」
涙が出るような主人の意見。情夫《まぶ》があるなら添わしてやろうと、なにごとも見て見ぬふりをして、二人の証文巻いて……前借を棒引して……夫婦にしてくれた。
で、吉原《なか》の近所へ小さな世帯を持って、そこから見世へ二人で通って来て、働くようになった。
亭主のほうは、相変わらず妓夫《ぎゆう》をしてお客を呼んでいる。女房のほうは昨日まで緋縮緬《ひぢりめん》の長襦袢《ながじばん》に裲襠《しかけ》を着て、髪は赭熊《しやごま》に結って、お客をとっていたのが、今日からはがらっと変わって、髷《まげ》に結って眉《まみえ》を剃《おと》して、唐桟《とうざん》の襟《えり》つきの着物に八端《はつたん》の黒繻子《くろじゆす》の腹合せの帯を引っ掛けに結んで、食い込むような白足袋をはいて、煙管を持って、お客と花魁のあいだの……つまりこの……事を運ぶ。
これをおばさん、おばさんて言うが身寄りでもなんでもない。またの名を遣手《やりて》と言う。遣手と言うから呉れるのかと思うと、貰いたがってしょうがない。これが間に入って、いろんなことを言うから、
「おばさん、これァ少いけれど……」
って、いくらかずつ貰う。そして主人《あるじ》のとこへ来て、主人のとこのご飯を食べて、中へ入って貰うものは、みんな自分の物《もん》になっちまう。出さないで貰う一方……神主さんのようなもの。
亭主のほうは、表で「いらっしゃい」と呼んでお客を引っぱり上げると、これがいくら……。表のほうは、なんでも二階にさえ上げちまえば、あとは遣手がいいようにしてくれる。だからもう上(揚)げることばかり考えている、天ぷら屋みたいなもんで……。
「ああ、どうも、いらっしゃい。ちょいとちょいと、ちょいとここへいらっしゃい。いらっしゃい、いらっしゃい。いい話があるんだ、いい話いい話、こんな話はまたとないよ、こっちィいらっしゃいっ。ええ、ちょっとちょっと、あの妓《こ》をごらんなさい。あれ、しようがねえんだよ、浮気っぽくって。まあ、こっちィいらっしゃいよ、ええ、じつはねえ……」
「いえ、もう遅いんだよゥ」
「ええ? なあに、構いませんよ、いいえもう、いくらでもいいから上がってやってくださいよ。ええ、助かるから。人を一人助けるんだからねえ。女を助けりゃあ、あなたも侠客《きようかく》のうちィ入るよ。まあ、お上がんなさい。まアまァまァ、お上がんなさいよ」
「うう、だけどねえ……」
「上へ上がってね、あたしがね……番頭がそ言ったっていやァ大丈夫、まァまァあなた、まァお上がんなさいィ……」
客が二階へトントンと上がって来ると、このおばさんなるものが、待ってましたという顔をして……。
「いらっしゃい、今夜はほんとうにすみませんねえ、ご無理願ってねえ。いらっしゃい、この妓《こ》なんですよ、いい妓でしょう?……またね、裏ァ返してやって、そいから馴染《なじみ》になって……。だめですよ、初会に来て、あと来ないなんてだめ、え? 裏ァ返さなきゃあだめ。なんにでも裏はある、ウラ[#「ウラ」に傍点]があるからって、ウラ[#「ウラ」に傍点]ミっこなし。単衣《ひとえ》もんにだって肩当てがあるくらいですから。ええ、で? 今夜、どんなことに? え、どういうふうに?」
「いま、下でねえ、若い衆がね、そ言ったんだよ。これでいいからってんでね、頼むよ」
「これなあに? だめですよ。これっぱかり持って来たって、かわいそうじゃないか、この妓《こ》が。あんただって、人でなし[#「人でなし」に傍点]かなんか言われたくないでしょ。ねえ、いいじゃないの、いえ、いきなりお床入りってわけにもいかないから、この妓のためになにかお取んなさいよ。いえ、ないことァないよ。だめだめ、そんなこと言ったって、いえ、いけません。いえ、ない人じゃァないんだから……」
「ないんだよ」
「そんなことあるもんか、じゃ懐中《ふところ》、見せてごらんなさい……、あらっ、ないの? おかしいねえ、ええ? 袂《たもと》は? あら……着物、脱いでごらん。どっか隠してるんだよゥ、そんなことォ言って。ええ? 裸ンなった? ない? そんなことないがねえ、ほんとうに……あっ、足袋《たび》ン中にあったっ」
「おいおい、それァだめだよ」
遣手にかかると、足袋の中にかくしておいたのまで見つかっちゃう。
こういうふうにしなきゃあ、遣手というものはいけない。出さない客だと思っても、どっかしらんに隠している。この遣手というものは、遊女をして、上がった者でなくては勤まらない。……女学校出たって、こいつアできない。
 亭主と女房で稼ぐから、懐中《ふところ》は楽になってきた。夏冬の衣類もすっかり揃って、いくらか貯えも出来てくると、女のほうは張りあいが出て、一所懸命に見世をやる。けれど、男のほうは、懐中《ふところ》にいくらか無駄な金が入ってくると、ほかのことを考えるようになる。……ちょいとひとつ、今夜はどっかで浮気ィしてえなあ……てえことを考える。吉原ン中じゃあできないから、ごまかして小塚原《こつ》へ行く。昔、千住の小塚原《こづかつぱら》に仕置場《しおきば》があってその跡に女郎屋が出来た、そこを小塚原《こつ》といった、人骨の骨《こつ》ですな。そんなところへ行って遊んで、翌る日、朝、迎え酒を飲んで帰ろうと思っているが、またどこかへひっかかってしまう。そして、もうひと晩ということになってくる……。
「亭主ァどうしたんだ?」
「あのゥ、風邪ェ引いたもんでございますから、なんだかとても熱があるもんですから。あの、今晩は……」
「おやじさん、どうしたんだい?」
「あのゥ、親類に不幸が出来たもんですから……」
と、こうのべつじゃごまかしもききません。しまいには、遊びの帰りに友だちのとこに転がり込むと、碌でもないことを始める。またこの友だちのとこにゃあ怠け者ばかりが揃っている。
「どうだい? ええ? 花札……ほゥ、ほゥほゥ、ええ、賽《さいころ》……どうでえ」
と、ここで取られ……取られるから取り返そうと思って、行く。また取られる。……それを繰り返し、今度は、ほかのことはそっちのけで、博奕《ばくち》三昧……。
もう家《うち》のものを片っぱしから持ってっちゃァ、負けてくる。しまいには家の中は道具もなんにもなくなって、がらァんとしてしまう。
女房のほうもそうそう見世へ行って、亭主の言いわけばかりできないので、行きにくくなるから、次第に行かなくなる。見世のほうでも、当てにならないから、代わりを入れてしまう……。
「家《うち》ん中にはなにもないんだよ、おまえさん。ええ? 家ィ帰って来て、きょろきょろ見たってなんにもないよ、おまえさんがみんな持ってっちゃったんだからね。ええ? どうしたんだよゥ、ほんとにねえ。お見世はね、もうだめだよ。お見世《たな》は馘首《くび》だよ。あたしもおまえさんも、こんなことしてちゃあ、どうにもしょうがないねえ。米櫃《こめびつ》をごらん米櫃を。空っぽだよ、蜘蛛《くも》が軽業《かるわざ》ァしてるから、ほんとうに。また、なんだろう、博奕に手ェ出して取られてきたんだろう、下手《へた》の横好きっ。そんな間違ったことをして、その日が送れるくらいならねえ、寒い朝つらい思いして働かないし、夜遅くなって、眠いのに寝ないで働いてはいないよ。ええ、いったいどうするんだよゥ、明日《あした》っから困るじゃあないかね」
「目が覚めたよ、もう」
「いまさら覚めても遅いよ」
「遅くっても覚めたよ。さあ、どうも、にっちもさっちもいかねえ。とんだ清元の文弥《ぶんや》の文句じゃァねえけれど『きッちり詰った脂《やに》煙管《ぎせる》』どうにもしょうがねえ……なあ、昨晩《ゆうべ》、安公《やすこう》に会ったらよ、見世のほうはどうしたんだいってえから、見世のほうはもうだめだったら、じゃあどうだい、おれがひとつ引き受けてやるから、蹴転《けころ》の見世があいてるから、おめえひとつやってみたらどうだいってんだ。ええ? かみさんと相談してみなってえから帰《けえ》って来たんだが、やってみようか、蹴転《けころ》を?」
「おまえさん、蹴転ってのを知らないわけないでしょ? 蹴転なんてのァ、なまやさしいこっちゃあないよ、お見世やなんかと違うんだからね。あすこはお客を蹴っころがして入れるから蹴転ってんだよ。俗にあれを羅生門河岸《らしようもんがし》ってんだ、ねえ。つまり、片腕で引っぱり上げるから、あれ、羅生門河岸ってんだよ。……そんな凄いところでおまえさん、商売ができるかい? ええ? 第一さあ、蹴転をやるにしてもなんにしてもさあ、握《にぎ》り拳《こぶし》じゃ出来ないじゃないかねえ。先立つものは金だよ。一文なしでなにができるの。ええ、若い衆《し》でも置いとくんなら、やっぱりお金がいるよ」
「若い衆はおれがやるからいいよ」
「おまえさんがやるにしてもさ、妓《おんな》ァどうすんのさ」
「妓はおめえがやるのさ」
「……なんだい? 本気かい? あたしァおまえの女房だよ」
「女房だって、さんざやったじゃねえか」
「……そりゃあ……そりゃあそのときだよ。いまんなってそんなことができるかね」
「できるかねったって、これ、やらなかった日《し》にゃしょうがねえじゃねえか、食えねえじゃねえか。ええ、博奕はもう止めたし、ほかにやることなんにもねえじゃねえか。盗人《ぬすつと》ォするんじゃあないよ、いいじゃねえか。ひとつやろうよ、なあ、辛抱してやろうよ。大鳥より小鳥だ。少ゥしやってるうちにいくらか楽ンなりゃあ、また、妓《おんな》も抱《かか》えて、どうにかこうにかなってくりゃあおめえ、いまのことが昔語りンなるんだよゥ、やってくれよゥ、なあ、頼むよ、うん。身体《からだ》だけもって行きゃァいいんだから、ええ? なにを? 着る物《もん》かい? そんなもなあ損料で借りるんだよゥ、うん。ちゃんと話はついてるんだから。安《やす》の言うにゃァ、おめンとこのかみさんがあすこへ出りゃァ、それこそァ、薹《とう》は立ってるけども出がいいんだから、掃溜《はきだめ》に鶴《つる》だから、かみさんに話をしてやりねえってんだよ、いいじゃねえか、なあ」
「いやだねえ、そんなことするの……。だけどおまえさん、そりゃあ、あたしだってひびたけ[#「ひびたけ」に傍点]の入った身体《からだ》なんだから、やれないことはないがねえ。蹴転ってえのはねえ、大変なんだよ。ええ? あすこはねえ、お線香なんだから、いいかい? お客を家《うち》へ入れて、あたしがしゃべっている間《うち》に、おまえさんが暗い所にいて、もういいなっと思う時分に、ひょいっと出て来て、『お直しだよ』って、おまえさんがあたしに声をかけると、お客に、あの、お直しになりますよって。お客が、あいよって承知をすれば、二百文《にひやく》が四百文《ししやく》ンなって、四百が六百に上がっていくんだから、そのお客を逃がさないようにするんだよ、お客の気を引くために、いろんなことを言うんだけどね、それをおまえさんは人間が嫉妬《やきもち》やきときてるからねえ。あたしがお客にいろんなことを言ってると、おまえさんがそれを見て、歯ぎしりしたり眉《まみえ》を上げたり下げたりしていられた日《し》にゃァ、あたしァ仕事ができないんだから、嫉妬《やきもち》は禁物だよ」
「……この場合だよう、おれがそんなことォするわけはねえじゃあねえか」
「そうかい。じゃあ、嫉妬《やきもち》はいけないよ。それから『直してもらいな』って言葉を忘れちゃだめだよ。肝心のとこへ来たときにおまえさん、言わなきゃだめだよ。じゃあ安さんとこへ話しといでよ」
 亭主は向うへ行って話をして、損料物を借りて帰って来た。
日が暮れて、夫婦が出かけることになる。
この蹴転というのは、江戸もよほど古い時分に、吉原の鉄漿溝《おはぐろどぶ》の東溝側にあった。細い路地の両側に見世を張っていて、一間の土間があって、戸が一枚開いていて、八間《はちけん》という平たい掛け行燈が梁《はり》、柱、壁などに掛けてあって……ぼんやり灯りがともっている。土間の奥に畳が二|帖《じよう》敷いてあるっきり。入口には路地番といって、若い腕っぷしの強い男がいて、酔払いや乱暴者が入って来て喧嘩でも始まると飛び出して、半殺しの目にあわして追っ払っちまう。
「ちょいとォ、ほうぼうほかの見世《みせ》見て来たかい? どうだい、ほかにいる妓《こ》は?」
「ほかにいる妓《こ》なんて、なっちゃいやしねえよう、満足なのはいねえや、おめえ、ええ? 裏表のわかんねえやつばかしだァ。なるほど安の言ったとおり、おめえがここへ来た日《し》にゃァ掃溜の鶴だぞ」
「鶴の了見も知らないくせに……、ええ? いやだねえ……こんなことをしようなんて、こっちァ思やしないんだ、ばかばかしい、おまえさんが悪いからこんなことになっちゃって。ほんとうだよゥ。少し、しっかりしなくちゃいけないよ……どうだよゥ」
「どうだよゥどころじゃない。結構、毛だらけ猫灰だらけ、だよ、おめえ、たいしたもんだあ」
「あのねえ、相手を見るんだよ、いいかい? あたしが、あの人ったら、勧誘《なに》するんだよ、いいかよう」
この羅生門河岸へ入ってくる客は、待ち構えている客引きに、両腕を掴まえられて強引にひき入れられてしまう。それをまた素見《ひやかし》の客は、登楼《あが》る気は最初《はな》からなく、すうーっとそこをすり抜けて、妓《おんな》にからかわれたりする、その妙味を楽しむために入って来る。客のほうはつかまったかと思うと、つゥーと逃げちまう。慣れてるので、それがまた緋鯉《ひごい》が逃げるように素早い……。
「ちょいとちょいと、ちょいと、あすこへ来たろ? あの人さあ、あれ、いいじゃないの、あの人」
「ええ、どれさ?」
「あの人」
「もしもしあァた、もし……あっ、逃げちゃったよ」
「あたりまえだよ、逃げちゃったって、袂《たもと》のとっ先《さき》つかまえるやつがあるもんかね、袂ン中へ手を入れちゃうんだよ」
「着物がやぶけら」
「やぶけたって向うの着物だから構わないんだよ、そんなこと……ほら、あすこへ来たよ、ほらほらほら、職人だよ、酔っぱらって歌ァ唄いながら来たろ? あれがいいよ」
「ええ?……今晩は、だめだめ、行っちゃァだめ……どうしました、どうしました?」
「ああ、おう……なんでえ、なんでえ、ええっ、おれを通せんぼして通すまいってのか? よせやい。おれァねえ、通ろうと思やあどんなことをしたって通るよ、ふざけちゃあいけねえ。なに言ってやがんでえ、ほんとうにィ。あァ※[#歌記号、unicode303d]高かァいィ 山ァかァらァ……谷ィ底ゥゥ……おれねえ、左官《さかん》の職人だあ、今日、お店《たな》の建前があってよ。なあ、今夜ァ友だちの建具屋《たてぐや》と、そいから木舞掻《こまいかき》職人の野郎とおれと三人でほかへ上がったんだァ、うん、飲んで騒いで、いざお引《し》けとなるときに、おれの敵娼《あいかた》の顔をひょいっと見るってえと、驚いたねえ、どうも。長《なげ》え顔ォしてやがる、ええ、馬が紙屑籠《かみくずかご》ォくわえたような長え面してやがる。こんな女郎《おんな》ンとこに、だれが寝るもんかと思ってね。うん、買い物があるからってごまかして出て来たんだ。それから歩いてここへ来ちゃったてえ寸法だよ。見たことねえやあ、こんなとこ。いま聞いたら蹴転だってさ。女郎《おんな》ァいるのか? 女郎《おんな》ァ。どこを見たって満足なのはいまい。いる? どこに? あれかい」
「あれです」
「おう、いい女だなァ。驚いたねえ。いいじゃあねえかァ。どうでえ、勿体《もつてえ》ねえなァ、こんなとこに置いとくのァ、掃溜に鶴だァ。ちょいと薹《とう》は立ってるけどもいい女だ。なにかい? 入るってえと、『いまのは看板でございます』なんて、変なのが出つくるんじゃあねえかい?」
「そんなことは……」
「そうだよゥ、あんな女ァ勿体《もつてえ》ねえじゃァねえか。笑ってやがら、ええ? そうじゃねえ? 看板だろう……」
「だれが? なに言ってるの?……そんなとこにいないでこっちィいらっしゃい、こっちィいらっしゃいよう。話があるからいらっしゃいってえの。こっちィいらっしゃい」
「あははは、いらっしゃいってやがら。いらっしゃろうかな、おれ……」
「おいでなさいよ、いいじゃないかねえ、もっとこっちィいらっしゃい、大丈夫つかまえやァしないからさ、もっとこっちィいらっしゃい、ちょいとォ……まァ、うわァ、冷《つべ》たい手ェして。どこで浮気してきたんだい……冗談言っちゃいけない、おまえさんみたいな様子のいい人、なんでおまえさん、女《ひと》がうっちゃっとくもんか。まァ、様子のいい人だ」
「おう、よせよ、おうおう、おれァ大丈夫だよ。おれ、おめえが気に入っちゃったァ、おめえがこんなとこへ来るのァ、どうせ金のためだろう、勿体《もつてえ》ねえなァ。ううん、ええ? おれァ左官《しやかん》の職人だァ、どうだ、うちへ来てかかァになる気はねえか」
「ほんとうなら、こんな嬉しい話はないけど、だけど、男てえものは嘘をつくから……」
「嘘なんぞつきゃあしねえ、真面目な話だ。けれども家にゃあ七ツになる女の子がある。これが二ツの時に女房がくたばっちまって、廻りの者が後妻をと、やかましく勧めるんだが、堅気の女を貰って後へ子供が出来て、先《せん》の女房の子を継子いじめでもするようなことになると、あの子がかわいそうだ、とこう思ってな、今まで一人でいたんだ。だけど、おめえなら大丈夫だ、ちがいねえ。どうだ、その子供だけかわいがってくれりゃあいいんだが、どうだい、おめえ、おれの女房ンならねえか? おめえの金、おれ出すぜ、いくらあればいい?」
「お金かい? 三十両」
「三十両かァ? いいともォ、出そうじゃねえか。おれァなァ、今度《こんだ》、蔵ァ請《う》け負ったんだァ、出入先《たな》ァ行って前借りしてきてね、あさっておれァ三十両持ってくるから、おれの女房ンなるか」
「直してもらいなよ」
「はい。……おまえさん、お直しなの」
「なんでえ? そのお直しってのは?」
「玉代のお直しなの」
「いくらだい?」
「一本、二百文なんだよ」
「そうかい。直して四百文か、いいよ、いいよ」
「ありがとう。うれしいねえ。おまえさんの女房になりゃありがたいよ、あたし浮かびあがるよ」
「ほんとうかあ? なにしろ子供だけかわいがってもらやぁいいんだ、おれは邪慳にされてもかまわねえ」
「直してもらいなよ」
「お直しだってさ。どうする?」
「かまねえよ。とにかく子供せえかわいがってくれりゃあ、おれがおめえにやさしくするから」
「あら、あたし、やさしい人は嫌《いや》なんですよ。腹ァ立ててぶったりする邪慳な人が好き」
「へえー、それよか仲よくしたほうがいいと思うがな」
「仲よくなんて……仲がいいから喧嘩するんじゃありませんか。堅気じゃないから、おまえさんにぶたれんの、あたしァいいね、時には髻《たぶさ》の毛を持って引きずり倒されたり、半殺しの目ンなって……」
「そうか、そんなに好きなら髻でも何でも持って引きずり倒すから、子供だけはかわいがってくんねえ」
「ああ、うれしいねえ」
「直してもらいなよっ」
「はあい。……お直しですよ」
「だんだん線香の断《た》つのが早くなるなあ。……おれァ、なんだよ、あさって、あさって三十両持ってきたら、ほんとうにおめえ、女房に、なってくれるんだなあ」
「ほんとうだよゥ、ほんとに、おまえさん浮気をするときかないよっ」
「直してもらいなっ」
「はい、お直しですよ」
「わかってるよ。……浮気なんかしやしないよう」
「どうか共白髪まで添いとげておくんなさいよ」
「じゃァねえ、おめえと夫婦なんだからなあ、けっしておめえ、忘れちゃあだめだぞ。あさって来るからな」
「ほんとだよ、おまえさんはあたしのもんだからね、いいかい、ちょいとォ いィい? いままでの身体《からだ》と違うんだからねえ。あたしってえ女がいるんだからねえ、いいかァい。あ、お客さん、お帰りだよゥ……どうしたの? なに下向いて考えちゃってんの?」
「やめたっ、おれァこんなことよすよ。ばかばかしくって、こんなくだらねえことォ見てえられるかい、ほんとうにィ」
「なにさあ?」
「おめえ、あの野郎ンとこィ行って、女房ンなるのか? ええ? ああっ」
「だれがさあ?」
「だれがって、いま、そ言ったじゃねえか、ええ? 半殺しの目にあってもいいってった。おれがちょいとなんかしようもんなら、すぐ痛《いて》えっ、とかなんとか言やがる、それが髻《たぶさ》ァ掴んで引きずり倒すゥ?……なんだいっ、てめえは、ええ?」
「なに言ってるの、おまえさん、嫉妬《やきもち》なの?」
「嫉妬《やきもち》じゃねえや、なあ、あの野郎の手を握って、てめえがじィっと見たときの目は、ただの目じゃァねえっ、こん畜生」
「じゃァどうすんの?」
「やめだい、こんなことァ」
「やめ?……ああ、じゃァよしちまおうじゃないか」
「よしゃァがれっ」
「こっちだってやだいっ。……こっちだってこんなことしたかあないんだよ、ええ。自分が悪いんじゃないか。あたしァおまえさんといっしょンなっていて、どうかして別れたくないと思うから……死んだ気になってこんなことをしてるんだ、ねえ、いい年齢《とし》をして、小皺の間の白粉《おしろい》がねえ、口をききゃァぽろぽろ落ちるような、こんな……、こんなことォやってるのは、みんなおまえさんのためだい、畜生っ、人に苦労をかけやがって……」
「怒っちゃァいけないよゥ。それァおれだって、おめえの身体《からだ》が心配《しんぺえ》だから……」
「心配だってしょうがないじゃないかねえ、こんな場合になってみればねえ。おまえさんといつまでも一緒にいたいと思うから、こんなやなことも言うんじゃないか」
「うん、だから、おれが悪かったから勘弁してくれ。おれァおめえの身体《からだ》ァ心配してるからさあ。泣くんじゃないよゥ、涙が流《つた》ってんじゃねえか。ええ? (と涙を拭ってやる)勘弁してくれるかい? いいじゃねえか、なァ、おめえとおれといやでいっしょンなったわけじゃねえだろう。おめえが長見世《ながみせ》ェ張って風邪ェひいて、寒けがするってえから、おれは饂飩《うどん》を半分食べてて、これ、花魁《おいらん》食べるかい、半分って……それ食べたときに、あたしァ生まれてこんなうれしい思いをして饂飩を食べたことないよって、言ったじゃねえかよゥ」
「おまえさんが怒るからさ。あたしが悪いんだから勘弁しとくれ」
「冗談だ……おれが悪かったんだよゥ。嫉妬《やきもち》をやくというのも、やっぱりおれが惚れてるからだ」
「じゃ、喧嘩ァやめようね」
「仲よくしようや、おめえとおれじゃねえか」
と、夫婦が仲よく話をしていると、いったん出て行った酔っぱらいが、ふらふらっと帰って来て、……
「おう、直してもらいなよ」
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