「そんなに寂(さび)しかったなら、なぜそのときに、ママやパパにそう言ってくれなかったの」
大きくなってから、その当時の寂しかった思いを母に打ち明けたことがある。
カギっ子にはそれなりの楽しみもあったが、基本的には、帰ってきても親がいない空(から)っぽの家というのは、寂しくてやりきれないもの。とくに自分で鍵(かぎ)を開けるのがいやで、鍵がはずれるときのガチャッという音は、いまでも私の耳にはすごく冷たく響(ひび)く。
でも、母の返事はあっけらかんとしたものだった。そう言われてあらためて気がついたが、たしかにそうした寂しさを、私は親に訴(うつた)えたことがなかった。おそらく、そのころの母の毎日があまりにも楽しそうだったので、言いたくても言えなかったのかも。だとしたら、なんと心のやさしい子どもだこと。
でも、不思議(ふしぎ)なことに、母は、私が言うほどに家にいなかったことは絶対にないと言いはる。私の記憶(きおく)では、土・日を除(のぞ)くと、週に四日は留守(るす)だったという印象があるけど、母に言わせると、いろいろな習いごともけっしてかけ持ちでやっていたわけではないから、出かけていたのはせいぜい週に二日くらいだった、と。
毎日のように母と一緒にデパート通(がよ)いをしていた幼稚園時代があまりにもハッピーだったところに、小学校に入ってからいくつかいやなことが重(かさ)なったため、空っぽの家の寂しさばかりが極端(きよくたん)にふくらんで、私の当時の記憶を大きくゆがめているのかもしれない。
そういえば、私にはところどころ過去の記憶が脱落(だつらく)しているところがあって、たとえば、私が生まれたときからわが家には必ず犬がいて、私も大好きだったのに、カギっ子時代の寂しさをペットにいやしてもらったという記憶がない。玄関を入ったときに、「お帰りなさい」と言って出迎(でむか)えてくれる母がいなかったとしても、犬がすっ飛んできて出迎えてくれたはずなのに、そういう場面がまるで浮かんでこない。
それに、物心(ものごころ)ついたときから、うちにはお手伝いさんが来ていて、母が留守にするときは、お手伝いさんに頼(たの)んでいったと思うのに、一人で鍵を開けて入った空っぽの家の記憶ばかりが強く残っている。これはどうしたことなのだろう。