夏休み前に一つの事件が起こった。
そのころ、「ドロケイ」という遊びがはやっていた。泥棒(どろぼう)と刑事に分かれて、追いかけっこをするという単純なものだが、女の子でもみんな遊びたいさかりだから、十分間の休み時間にも廊下(ろうか)で騒ぎまわっている。
いちおう、廊下は右側通行で、走ってはいけないという規則があるが、だれも守りはしない。そこにM先生がやってきた。
あまりみんなと一緒に遊ぶほうではなかったけど、そのときはたまたま仲間に入っていた。そんな中で私だけがとっつかまって、さんざんいびられるはめになった。
「梅宮(うめみや)、おまえ、そんなに走りたいか。そんなに走りたいなら、もっと走らせてやる」
「え?」
私は外に連れ出されて、真夏の炎天下(えんてんか)、校庭を百周しろと言いつけられた。もちろん、私一人だけで、ほかの子たちにはまったくおとがめなし。いかにも私だけが狙(ねら)い撃(う)ちされたとしか思えない。
はじめは冗談(じようだん)かと思った。まさか本当に百周も走らされるとは思っていないから、かけっこは得意だし、ちょっとぐらいなら授業もサボれるからいいかなと、軽い気持ちで走り出した。
でも、すぐに暑さにまいって、五周で完全にへばってしまった。グラウンドにへたりこんでいると、どこからともなく、
「梅宮、なにやってんだ、ばかやろう。まだ五周じゃないか。走れ!」
ちゃんと見張っていて、メガホンで叫(さけ)んでいるではないか。
なんだ、見てたのか——。
最終的には何周走ったか覚えていない。ほとんどヨタヨタと歩いていただけだが、午後の五、六時間目の間じゅう、ずっと校庭をまわらされたのだ。