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輪(RINKAI)廻22

时间: 2019-11-21    进入日语论坛
核心提示:     16 すぐ目の前にまでやってきた男は、厳しい表情を浮かべたまま、黙って香苗と真穂とを見た。見る間にその顔から血の
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     16
 すぐ目の前にまでやってきた男は、厳しい表情を浮かべたまま、黙って香苗と真穂とを見た。見る間にその顔から血の気が退いていく。いっぺんに白茶けてしまった男の顔。真穂に向けられた目は瞳孔までもが開いたようになり、手にはぶるぶると小さな震えが走った。
「突然にすみません。あの、私、山上香苗と言います」いくぶん上ずった声で香苗は言った。
男は、強張った顔で二度小さく頷いた。「わかります。私は……首藤です。首藤、修です」
首藤修、紛れもない香苗の父親。
香苗に名乗ると、彼は自転車の老人を振り返り、頭を下げて礼を言うことで、老人をその場から追い払った。
それから改めて香苗のほうに向き直って言った。
「中から車を持ってきます。だからここで待っていてください」
わかりましたと言うかわりに、黙って香苗は頷いた。「まあ中にはいれ」と、快く家に招じ入れてもらえるとは思っていなかった。ここは香苗の生まれた家かもしれない。しかしそれから三十三年もの月日が流れてしまっている。今は彼にも別の妻がいて、子供たちがいて、孫たちもいて、違う家族、生活が、そこでは展開しているに相違ない。突然訪ねてこられるのは、彼にとっては迷惑なことだったろう。けれども香苗は、ほかに方法を知らなかった。
やがて砂利音を立てながら、中から白いセドリックがこちらに向かってゆっくりと近づいてきた。彼はいったん外に降り立ち、香苗と真穂を車へ誘《いざな》った。「立ち話も何ですから、どこか話ができるところへ行きましょう」
しばらくは、車のエンジン音と道路をタイヤが転がる音だけが低く響いていた。真穂はといえば、黙って窓の外の景色を眺めている。考えてみれば、タクシーに乗っている訳でもないのに、母子して後部座席に座っているというのもおかしな図だった。バックミラーには、いくらか皺の走った修の目もとのあたりが映っている。相変わらずその目は険しげな光を帯びている。しかし香苗は、その皺にさえ懐かしさに近いものを覚えていた。
「新潟には今日?」沈黙を破って修が言った。
「はい。ご連絡も差し上げずにいきなりお邪魔したりして、本当に申し訳ありませんでした」
「いや……いつかくるだろうとは思っていたから。それが今日だとは思っていなかったけど」
いつかくるだろうとは思っていた──、香苗はかすかに眉を寄せた。実の父娘なのだから、いずれ対面しなければならない日がくると思っていたということか。思えば、修はひと目見ただけで、香苗を自分の娘と認識し、真穂を自分の孫と認識した。いかに似ているとはいえ、それはあまりに早すぎる合点の仕方ではなかったか。
小一時間ほど走ったろうか、修は国道沿いのドライブインに車を駐めた。真穂はお腹が空いていたのか、ジュースに加えてサンドイッチを注文した。
「真穂です。私の娘の」
既にわかっているとは思ったが、香苗は改めて修に真穂を紹介した。修は真穂の顔を見据えながら、どちらかというと苦い表情をして小さく頷く。それからズボンのポケットからハンカチを出して、一度に汗が噴き出したといわんばかりに、乱暴に顔を拭った。
「離婚、したそうだね」
今度は香苗が驚く番だった。「どうしてそれを?」
「作田、知っているよね? あの男からある程度の話は聞いている」
「作田さん……」
「真穂ちゃんの写真も一度見せてもらった。だから、近々あなた方に会うことになるのだろうと、自分なりに覚悟していたつもりだったんだけれど」
「作田さんが真穂の写真を持っていらしたんですか?」
ああ、と修は頷いた。香苗の顔が曇る。だとすれば、作田はいつかどこかでこっそりと、真穂の写真を写したということになる。
「子供を抱えての生活は大変だろう。私はあなたに対して何もしてやれなかった。だから今、少しばかりの手助けならしてやるだけの用意がある。銀行の口座番号を、教えておいてもらえないだろうか。そうしたら後日、いくらかの金は振り込ませてもらう」
香苗はアイスコーヒーのグラスに伸ばしかけていた手を止めた。「そんなこと……。もしかして、何か誤解していらっしゃるんじゃありませんか。私はそういうつもりでここへ来たのではありません。ただ私は、自分の原点みたいなものを知っておきたかっただけです。自分のためにも、この子のためにも」
「香苗さん、確かにあなたはあの家で生まれた。そしてまだ赤ん坊のうちにお母さんに連れられて、あの家を出た。それがあなたの原点だよ。それは確かめられた訳だからもういいじゃないか? だからもう、あの村、八木沢地区には近づかないでくれないだろうか」
「それはつまり、あなたは紛れもない私の──」
「香苗さん」
あなたは紛れもない私の父親……そう言おうとしたのを、修にぴしゃりと遮られ、撥《は》ねつけられた恰好になった。唇にのぼらせかけた言葉を、仕方なしにまた飲み込む。
「三十年あまり前に、すべて決着がついたことなんだよ。だから私はあなたに対して名乗る立場にない。名乗る資格がないと言うべきかもしれない」
しばし重たい沈黙があった。真穂はただおとなしく、サンドイッチを食べては時々ストローに顔を近づけて、咽喉を潤すようにジュースを飲んでいる。
「母は何も話してくれません。だから私、知りたかったんです。どうして母があの家を出たのか、どうして実家の山上家とまで縁を切ってしまったのか……。母が話してくれない以上、それはもう片方の当事者に尋ねてみるよりほかありません。それで私はここへ来たんです。話していただけないでしょうか? 当時の経緯みたいなものを」
修は渋い顔をして、ポケットから取り出した煙草に火を点けた。マイルドセブンだった。
「香苗さん、人には知らなくていいこと、知らないほうがいいことというのがあるんだよ。すべては過去のことだ。それを今さらほじくり返してみたところで仕方がない」
「過去のこと……。でも、その血はこの子にまで息づいている。──この子、首藤家のどなたかによく似ているのではありませんか?」
「香苗さん、申し訳ないが私の口から話せることは何もない。過去に何かがあったという訳でもない。世間によくあるように、私たちは離婚した。それだけのことだ。あなたの気持ちもわからないではないが、もうこれ以上、過去をほじくることはやめてもらいたい。八木沢地区にも足を踏み入れないでほしい」
香苗は小さく溜息をついた。久方ぶりの親子の再会、いや、実質これは初めての対面に等しい。しかしながら明らかに、修は香苗を厄介者扱いしている。それも彼には彼の生活があることを思えば、致し方ないことなのかもしれなかった。
「口座番号、ここにメモしてもらえないか?」
修がナプキンを一枚抜き取り、自分のボールペンを添えて差し出した。
「そういうつもりで来たのではないと、先ほど申し上げたはずです」
溝《どぶ》育ちのお嬢様という言葉が頭に甦り、心の中で香苗は自らを嘲った。
「だからといって……この子を、首藤の直系として、首藤の家の中に入れることはできない」
この子と言った時、修はちらりと真穂に視線を走らせた。香苗の口許に、ひきつれのような歪んだ笑みが滲む。
「本当に、何か誤解なさっているのではありませんか? 私には逆に、あなたのおっしゃっていることの意味がさっぱりわかりません」
「しかし作田は──」
それで香苗にも何となく合点がいった。真穂の写真まで密かに撮り、修のもとを訪れたという作田。大久保の喫茶店で見せたほくそ笑み……彼は勝手に何かを企み、動き始めている。つまるところの目的は金、それしかあるまい。
「作田さんが何を言ったのかは知りません。でも、私とは何の関係もないことです」
「しかしあなたは、あの男と会ったり話をしたりしているのだろう?」
「一度だけです。作田さんなら何かご存じなのではないかと思って、一度お話をお聞きしただけです」
「あの男とは、関わらないほうがいい」修は白い煙を吐き出しながら言った。「作田は昔から癖のある男で、ある意味では村の鼻つまみ者だった。今じゃ東京で作った金で大きな家を建てて、村でもえらそうな顔をしているが、どうせろくなことをして稼いだ金じゃないことぐらい、誰もが承知している」
だとすれば、そんな男と承知で時枝は長年作田とつき合ってきたということになる。そのろくでもない金を作る片棒も担いだ。二人は同じ穴の狢《むじな》。それとも──。
「香苗さん、過去などにはこだわらないことだ。あなたは真穂ちゃんと一緒に、これから先の人生のことを考えて、今という時を生きていったらいい」
「そうしたいと思っています。でも、この先の人生を考えるためにも過去を知ることが必要だと思ったんです」
「………」
「母と真穂は、もうひとつしっくりいっていません。それは母にとって真穂が、忘れたい過去を思い出させる子供だからではないかと私には思えるんです。ひとつだけ、教えていただけませんか? 真穂はいったいどなたに似ているんですか? それはきっと首藤の家のどなたか……」
「誰にも似てやしない」苦りきった顔で、修は煙草を灰皿に押しつけるようにして揉み消した。「別に誰にも似ていない」
香苗は再び小さく溜息をついた。「やはり、何もお話ししていただけないようですね。……わかりました。突然お邪魔して、本当にご迷惑をおかけしました」
今晩はどこに泊まるのかと問われて、香苗は長岡の近くの柚木《ゆのき》温泉だと答えた。ならばそこまで車で送っていくと修は言う。本当ならば結構ですと、きっぱり断って席を立ってしまいたかった。けれども真穂がいる。在来線とバスとを乗り継いでいたら、下手をすれば三時間近くかかってしまう。車ならば一時間ちょっと、それを考えて、この際送ってもらうことにした。ドライブインを出る前に、香苗は一度手洗いに立った。鏡の中の自分の顔が、すっかりくすんでしぼんで見えた。父親との初めての対面、厄介者でしかない自分、少しも見えてこない過去……何のためにここまでやってきたのか。肩が落ちる。
フロアへ戻ってみると、修と真穂が座っているテーブルに異様な空気が漂っていた。修の顔は蝋のように白い。完全に血の気の失せた顔で真穂を見つめ、ぶるぶると身を震わせている。にもかかわらず真穂は、喜色満面といったご機嫌そのものの面持ちで、これまで香苗に見せたことのないようなくしゃくしゃな顔をして、からだ全体で笑っている。香苗は一瞬その真穂の顔に、老獪な女の顔を見た気がした。しばしテーブルの脇に立ち尽くす。
「どうか、なさったんですか?」
香苗の声で初めて我に返ったように、修は香苗の顔を見た。そして静かに首を横に振る。「いや……別に」
「でも、お顔の色が……」
「いや、本当に何でもない。さ、送っていこう」
勘定を済ませに立った修の背を見送りながら、香苗は低声で真穂に尋ねた。「どうしたの? 真穂、おじちゃんと何かお話ししたの?」
「別に。ただ真穂、『修ゥ、会いたかったよォ』って言っただけだよ」
驚いて真穂の顔を見た。言葉もさることながら、香苗は真穂の声と口調に驚いていた。「修ゥ」と言った時の嗄れた声、唇に半分押し潰されたようなくぐもった感じのする口調、それは明らかに真穂とは別人のものとしか思えなかった。
「真穂……どうして? どうしてそんなこと」
「知らない」あっけらかんとして、真穂はふだんの声に戻して言った。「東京に来てから時々そういうことがあるんだよ。勝手に唇が動くんだ」
あっ、と突然香苗は思いいたった。志水悦子が言っていたこと、あれはアルコールに溶けた彼女の脳細胞が聞いた幻聴という訳ではなかったのではないか。姿の見えない幽霊のような老婆、曇ったような訛りのある女の声、その正体は実のところ、この真穂ではなかったのか。
いつだったか真穂は香苗に、別の人間が出てくるんだ、病気なんだ、かわいそうなおばあちゃん、と言ったことがあった。それはてっきり時枝の人格が変わったように見えるということであり、そういう時枝を病気と言って憐れんでいるのだと思っていた。しかしそれが自分自身のことを言っていたのだとしたら。
累《かさね》──、作田が口にした言葉を、香苗は改めて思い起こしていた。
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