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輪(RINKAI)廻28

时间: 2019-11-21    进入日语论坛
核心提示:     22 今のアパートに引っ越した時、衣類を整理していてたまたま黒い喪服を目にし、ふと不吉な思いに見舞われた。とはい
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     22
 今のアパートに引っ越した時、衣類を整理していてたまたま黒い喪服を目にし、ふと不吉な思いに見舞われた。とはいえ、それを早速時枝の通夜、葬式で身に纏うことになろうとは、むろん考えてもみなかった。
病院に駆けつけた時、時枝は既にこと切れていた。息が止まり、血がからだを巡ることをやめてしまった肉体はどこかよそよそしく、時枝とは別物に化してしまっているような感じがした。表情の失せた顔、作りものみたいに白い色をした肌。ただその表面は、長年の疲れを物語るかのように茶色っぽくくすんでひび割れている。それが香苗には哀れに思えた。
救急車で運ばれる際に時枝は苦しい息の下で、「自分で落ちた」と救急隊員に対して告げたという。手摺りの外にひっかかっている折れた木の枝を落とそうとして、体勢を崩して落ちてしまったのだと。それゆえ時枝の転落は、事故として処理が進められていた。
自分が死ねばいちのも消える。いつか時枝はそう言っていた。確かに時枝が死んだことで、真穂は途端にもとの真穂に戻った。いや、真穂は生まれながらにいちのに生き写しなのだから、どれがもとの真穂かというとむずかしい。だが、新潟に行ってから真穂が時に香苗に対しても垣間見せることのあった老婆のような表情や、いかにも底意地の悪いいちのを思わせるような目つき、顔つきは、完全になりを潜めた。真穂はほぼ八歳の子供にふさわしい顔を見せ始めている。真穂が電話でキョキョキョキョと笑った時が、時枝が息を引き取った時だったのかもしれない。あれはいちのが最後に叫んだ快哉ではなかったか。
時枝が亡くなった日の晩、香苗から報せを受けた春山は、すぐに「大久保東レジデンス」の部屋へ駆けつけてきた。時枝の遺体を前にまだ茫然として自分が取り戻せていない香苗に代わって、通夜や葬式の段取りなども、全部彼がしてくれた。身内のように立ち働く春山に、自然と感謝の念が湧く。が、ほぼ一段落着いた時になって、彼は香苗に囁くように言った。
「こんな時に言うのも何だけど、俺、たまたま見ちゃったんだよな」
「え?」
「ベランダから、真穂ちゃんがかあちゃんを突き落とすところ。……いや、俺は誰にもそんなこと言うつもりはないけど」
仕事でたまたま「大久保東レジデンス」の近くを通りかかった。時枝がそこに住んでいることを思い出し、マンションの南側を覗き込むようにして見上げる。その時、折しもベランダで揉み合う時枝と真穂の姿があり、ついで時枝が転落するのを目撃した。すぐに香苗に連絡を入れようと思った。しかし自分が見たことをどう話したらいいものかと考えあぐねるうち、時間ばかりが経ってしまった。事務所に連絡を入れた時には、香苗は既に病院へと向かった後だった──。春山の話は、だいたいそんなことだった。
話を聞くうち、香苗の顔は蒼ざめ、表情もまた、自然と険しいものへと変わっていった。黙って春山を見る。それから言った。
「嘘」
自分でもはっとするぐらいに、低く太く、しかもきっぱりとした力のある声だった。
「いや、俺は嘘なんか」
「嘘」
もう一度同じ声と調子で香苗は言い、春山を見据えたままゆっくり大きく首を横に振った。
香苗も一度は真穂が時枝を突き落としたのではないかと思い込みかけた。だが、病院に行き、時枝の顔を眺めるうちに、おのずと真実が見えてきた。あの日、真穂が時枝のマンションに行ったことは事実、真穂の中のいちのが身をあちこちに打ちつけながら暴れたことも事実だろう。恐らくその時の真穂の暴れ方は、時枝の気を顛倒させるぐらいに激しいものだったにちがいない。時枝は叫び、耳を覆った。幾度も詫びの言葉を繰り返し、何とか真穂の中のいちのを宥めようと試みた。それでもいちのはおさまらない。こんなにも痛かった。もっと痛かった──、言いながら、自分自身、いや、真穂に対する暴行はどんどんエスカレートしていく。それに時枝は怖さを覚えたのだと思う。このままでは、これぐらい痛かったのだぞと、窓から飛び降りることさえしかねない。真穂を死なせることはできない。かといって、自分が真穂に殺されてやる訳にもいかない。前に時枝は言っていた、真穂に殺されればあの子にも自分と同じ罪を負わせることになる。やがて時枝は、荒れ狂う真穂を止めるには自分が飛び降りるしかないというところまで、気持ちのうえで追い込まれてしまったのだと思う。喰うか喰われるか、長年その闘いをしてきた時枝が最後に選択したのは、喰う方にまわることではなく、喰われるほうにまわることだった。あれは事故ではない。しかし殺人でもない。いわば自殺。命を失い、肉体の活動が停止してしまった時枝の唇は動かない。けれども、まだ身の周りをゆらゆらと漂っている時枝の意識が、直接香苗の意識に語りかけてくれた。だからこそ香苗はこれっぽっちも動じることなく、春山に対して「嘘」と言えた。そもそも、偶然通りかかった時にちょうど事件の現場を目撃するなど、あまりに話ができすぎている。
「春山君、あなたいったい何が狙いなの?」香苗は言った。
「山上、何言ってるんだよ。俺は何も──」
「春山君、あなた、私にもうひとつ嘘を言ったわね。あなた作田さんと繋がっている。あの人とは組まないと私に言ったのも嘘」
役にも立たない香苗を事務所に雇い入れたのは友情からではない。今は役に立たなくても、今後役に立たせる方法もあるだろうと、一応押さえにかかったというところだ。春山にその判断をさせたのは作田だ。香苗と真穂が新潟の金の山に繋がる人間だということを、作田が春山に吹き込んだのに相違ない。思えばここは、友情などというセンチメンタリズムが通用する街ではなかった。真穂が単にいちのに瓜二つというだけでなしに、現にいちのがのりうつっていると知った時は、作田も肝を潰したことだろう。だからといって諦めた訳ではない。作田は自分が欲しいものに対しては、貪欲を超えて執念深い。作田はただ一歩退いて、今後因縁の祖母と孫の間でどんな展開があるかと、模様眺めをしていただけの話だ。春山と作田がこれから大久保の街でどんな商売に手を出そうとしているかまでは知らない。言えるのは、それが金になるということ。世の善悪の基準など意味を持たない。問題は金になるかならないか。彼らは、同じ穴の狢だ。
「春山君には世話になったわ。まだもらったのは一ヵ月分だけれど、役にも立たない私にお給料まで払ってくれて。今度だって、通夜や葬式の段取りまでしてくれた。それについてはお礼を言うわ。でも、頂いた一ヵ月分のお給料は、いずれお返しに上がります」
「山上、お前何か誤解しているぞ。それに給料を返すって何だよ? そういうことで済む問題だと思っているのかよ」
「誤解なんかしていない。私もようやく目が見えてきたのよ。言っておくけど、そんなことじゃ済まないとか何とか、恫喝なんて意味ないわよ。私はもう、いちいちおたついてはいられないんだから」
急に目が開けたのは、事実を教えてくれるものがあるからだ。香苗には、それが時枝であるように思えた。死ぬ寸前までわかり合えなかった母娘。しかし時枝の肉体的な生命が消滅した途端に、生きていた時よりも時枝の考え、思いというものが、はるかによくわかるようになった気がする。息をして空気を吸うのと同じように、魂が、何の垣根もなしに香苗の中にはいってくる。
香苗を見る春山の眼の底に、鋭くぎらついた光が見えた。今は黙って引き下がっても、この男はきっと諦めないだろう──、その目の光を見ながら香苗は思った。作田もまた、必ず何らかの形で喰らいついてくる。
葬式の日、黒いスーツに身を包んだ人々の中に、香苗は誠治の姿を見てはっとなった。久し振りに見る夫の顔。いや、かつての夫の顔だった。別れてたった半年だが、彼はよく言えば少し大人の男らしくなったように見え、悪く言えばいくぶん老けたように見えた。時枝が死んだことを、彼はどこでどうして知ったのだろう。葬儀の際はろくろく話す間もないままに別れたが、その晩遅くなってからもう一度、誠治はマンションの部屋に香苗を訪ねてきた。
「今日は遠方からわざわざありがとうございました」
誠治を中に招じ入れ、改めて香苗は頭を下げて言った。
「こっちに来てまだ間もないのに、君もいろいろ大変だったね。おかあさんとは、近頃別に暮らしていたんだろう?」
「どうしてそれを?」誠治の言葉に思わず顔を上げて彼を見る。
「知っているさ。君と真穂の生活のありようぐらいは」
夫婦別れして目の前から香苗と真穂の姿が消えても、かつての妻と娘のことを、意識からも消してしまった訳ではない。香苗と真穂とがどこで暮らしているか、香苗がどこに勤めているか、真穂がどこの学校に通っているか……誠治は人に頼んで、折々香苗と真穂の暮らしぶりを、報告してもらっていたという。
「人に頼んで?」
「東京の、知り合いの調査会社の人間だよ」
それで時枝が死んだことも、葬式に間に合うぐらいに早く伝わったのだろう。
「君とは、夫婦の間の問題とはまた別のことでおかしくなって、本意ではない方向にいってしまった。今日まで君に一銭の金も支払わないままにきたのは、君がそんなものはいらないと言ったからじゃない。それをしてしまったら、本当に縁が切れてしまうと思ったからだ」
「誠治さん」
久し振りに、夫の名を口にした。しかしそれは心寄せるような愛しげな呼び方ではなく、そんなことはもう言わないでくれと、彼の言葉を制するような呼び方だった。
「こんなことがあった時に言うのは不謹慎だとわかっている。だけど僕もいろいろと忙しくて、なかなか何度も東京には出てこられない。だから今日言っておくし、香苗にも考えておいてもらいたい。茨城へ、O町の西納の家へ、帰ってきてはもらえないだろうか?」
香苗は一度誠治の顔を見てから、半分目を閉じるようにして首を横に振った。内側の絶望が、いくぶん項垂《うなだ》れたその首筋に力なく滲んでいた。
「無理よ、そんなこと。第一、お義母さまがお許しになるはずがないじゃないの」
「お袋は、病気なんだ」
「え?」
「夏の終わりに脳梗塞で倒れて。命はとりとめたけれども重い後遺症が残って、いまだにろくに口が利けないし、ほとんど寝たきりの生活を送っている」
香苗の胸を疑惑の翳がよぎる。心を映すように瞳も翳る。誠治はちずの面倒を見る人間がほしくて、それで自分に帰ってこいと言っているのではないか。
「誤解しないでくれ」香苗の暗い眼差しの意味をすぐに察して、慌てて誠治は言葉をつけ足した。「お袋の面倒は、元看護婦で介護の資格も持っている人が、ほぼつきっきりの状態で見てくれている。君にお袋の世話をさせるつもりはないよ。でも、君のため、真穂のためと、そこまできれいごとを言うつもりもない。僕のため、西納の家のために帰ってきてほしい。君なら、家のことをよく心得ている。うちの中のことを、他の人間には任せたくない。僕は君にやってほしいんだ」
香苗はしばし沈黙した。それが君のため、真穂のためと言われるよりは、自分のため、西納の家のためと言われるほうが、逆に納得できる気がした。正直で、こういうちょっと不器用なところがもともとの誠治のよさであり、かつて香苗が安心感を覚えたところでもあった。こんな不器用な男だから、母親と妻の間にはいっても、双方に対してうまく立ちまわることができなかった。
「病気で苦しんでいるお袋にはひどい言い方かもしれないが、今後はお袋が君にいやなことを言ったりいやな思いをさせることもないだろう。そんなことはもうしたくたってできやしないんだから」
天罰だ。そんな思いが、ちらりと頭の端を通り過ぎて行く。自らの心を戒めるように香苗は急いで唇を引き結んだ。
「返事は、もちろん早いほうがありがたいが、これから君も何かと忙しいだろう。四十九日やら納骨やら、全部済ませてからで構わない。落ち着いたら連絡してくれ」
そう言うと、誠治は胸のポケットからかなり厚みのある封筒を取り出して、テーブルの上へと置いた。
「何なの?」中身の察しがついていながら香苗は訊いた。
「二百万ばかり用意してきた。通夜や葬儀の支払いだの何だのもあるだろう。突然のことだったから、お母さんの預金や何かのこともよくわからないだろうし、すぐに自由に動かすこともできないだろうと思って」
正直、当面の支払いをどうするかについては頭を悩ませていた。だからその金はありがたいのひと言に尽きる。しかし素直にそれを受け取ってよいものか、即座に判断がつきかねた。
「これっぽっちの金で君を縛ろうというんじゃない。どうしてもいやとなったら、いずれ突っ返してくれても構わない。でも今は、ある程度の金は持っていたほうがいい」
「それじゃこのお金、一応預からせていただくということでいいかしら?」
まだ恰好をつけている自分が滑稽だった。どうしてすんなり頭を下げて礼を言い、受け取ってしまえないのか。「溝《どぶ》育ちのお嬢様」と、心の中で自分を嗤う。
親父は君に対して何ら含むところはない、だからその点は安心してくれ──、玄関口で靴を履きながらそう言い残すと、誠治は夜の中へと姿を消した。今夜はこのまま車を運転して、真っ直ぐO町へ帰るという。
(おかあさん、どうしたらいい?)
早くもお骨となり、白木の四角い箱の中に納まってしまった時枝に香苗は尋ねた。遺影の時枝は薄い笑みを顔に浮かべている。珍しく、笑っている時枝の写真。にもかかわらず、その目は厳しい光を湛えている気がした。香苗、おやめ、とでも言っているかのように。
香苗は小さく息をつき、疲れた顔で時枝の遺骨の前を離れた。
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