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暗鬼05

时间: 2019-11-23    进入日语论坛
核心提示:     5 翌日、法子は公恵に伴われて新宿《しんじゆく》のデパートに喪服を買いにいった。結婚するときに、喪服くらいは作
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 翌日、法子は公恵に伴われて新宿《しんじゆく》のデパートに喪服を買いにいった。
結婚するときに、喪服くらいは作っておこうかという話も出たのだが、前もって用意するというのは不幸があるのを待っているようでよろしくない、ことに、高齢の家族がいる家なのだからということになって、その類は用意していなかった。
義理というほどの縁もなかった人々の葬儀だし、家族の反応からしても、法子までが出席する必要もないだろうと、朝の段階ではまだ法子はそんなふうに考えていた。ところが、洗濯物を干しているときに喪服の話になったのだ。公恵から「用意は出来てるの?」と聞かれて、法子は初めて自分も本庄屋の通夜《つや》と葬儀に出席しなければならないらしいと知った。それでも、わざわざ喪服を新調するまでもないから、法子は貸し衣装でも公恵のお古でも構わないと主張した。
「そんなの駄目よ、駄目、駄目。買いにいきましょう」
だが、公恵は丸い目をくりくりと動かして、「急がなきゃ」と言うと、洗濯物を干す手を早めた。さっきまで、鼻歌混じりで花壇を眺めていたとは思えない程の勢いだった。法子も慌ててそれを手伝い、それから掃除も急いで済ませた。
「やっぱり、用意しておくんだったかしら。実家の母とも相談して考えたことだったんですけれど──まさか、こんなにすぐに必要になるとは思わなかったですし」
「お嫁入りするときには、そういうことまで考えるものなのね」
義母の口調は穏やかなものだった。慣れた足どりで人混みを歩きながら、彼女はついでに靴とバッグも買おうと言った。
「せっかくだから、この機会に揃《そろ》えておいた方がいいわ。それに、気楽といえば気楽じゃない? 身内の不幸だったら、こんなにのんきにお買い物になんか歩いていられないもの。ああ、法子さん、パールは? ネックレスはあるの?」
それから公恵は実に精力的に、要領よくデパートを巡り、あっという間に全ての買い物を終えた。服を選ぶ時にも、靴やバッグの時も、公恵はにこにこと笑いながら「いいわね」「素敵よ」などという程度の感想を言うだけで、法子の好みのものを選ばせてくれた。
──よかった。お義母《かあ》さんの趣味を押しつけられるかと思ってたのに。
その上、今回は志藤家として必要なものを買うのだからと、公恵は法子に財布を開けさせなかった。法子は恐縮しながら、どの売場でも大して値札も見ずにカードを出す義母の気前の良さに、また感心した。
「ああ、よく歩いた。喉《のど》が渇いたわね」
帰る前に一息入れようということになって、山ほどの買い物袋を提げて喫茶店に入ると、法子はまず深々と頭を下げて礼を言った。
「嫌だわ、改まって。法子さんはもう、うちの娘なのよ」
公恵は心の底から嬉《うれ》しそうな顔で、そう言った。嫁ではなく、娘、という言葉に、法子は一瞬どきりとなった。嬉しい反面、実家の母に申し訳ないような、後ろめたい気もする。
「やっぱり、二人で歩くと楽しいわねえ」
買い物好きの公恵は、普段からちょこちょこと出歩くことが多い。法子などは、都会の人の多さだけで疲れたのに、彼女は特別疲れた顔も見せず、むしろ生き生きとして、法子以上にタフに見えた。法子は、やはり実家の母とは随分違うと思った。法子の母も、人混みを何よりも嫌う人だった。
「お義母さんて、ご実家はどちらなんですか?」
「東京よ。地元」
公恵はオレンジジュースに差し込まれているストローに軽く口をつけ、よく冷えた液体を少しだけ吸い上げた。
「やっぱりお嫁入りして、最初に喪服を作る時は、おばあちゃんが買い揃えて下さったんですか?」
法子はアイスティーにミルクをたっぷりと流し込みながら、俯《うつむ》きがちにジュースをかき混ぜている公恵を眺めていた。彼女は少し考える顔をして、それから首を振った。
「私は、自分で買いにいったと思うわ、確か」
法子は、意外な思いで「一人で?」と聞きかえした。ふみ江だったら、今の公恵と同じように、きっと公恵を伴って歩いただろうと思ったのだ。公恵は、そんな法子の思いを察したのか、愛敬のある目をくるりと動かし、同時にストローでジュースをかき混ぜた。水滴のついているゴブレットの中で、氷がちりん、と音をたてた。
「おじいちゃん──大おじいちゃんがね、亡くなったときだったの。だから、それどころじゃなかったのよ」
法子は「ああ」と納得して大きく頷《うなず》いた。
「大おじいちゃんは、おいくつで亡くなったんですか?」
「当時にすれば、長生きの方だったのかも知れないけど、七十くらいだったわね」
「じゃあ、その時、大ばばちゃんは──」
公恵は、「当時から、もう立派な、おばあちゃんだったけど」とくすりと笑った。
「でも、今と比べれば若かったわねえ」
自分もアイスティーを飲みながら、法子は頭の中で簡単な計算をしていた。連れ合いが七十歳くらいだったということは、ヱイも同じくらいだったということだろう。すると、ざっと計算しても、およそ三十年前ということになる。
──三十年。
三十年前、ヱイは既に老人だった。七十と聞いただけで、今の法子には既に立派な老境という感覚がある。改めて彼女の長い人生にため息が出た。
「さあ、元気が出たところで、帰りましょうか」
もっと昔の話を聞いてみたい、その頃の志藤家のことを知りたいと思ったけれど、公恵は「今日はまだまだ忙しいから」と、さっさとジュースを飲み終えてしまった。法子は慌てて自分もストローに口をつけた。本当は足がだるくて、もう少し休みたいところだったが、姑よりも疲れた顔をすることも出来なかった。
帰宅して、公恵が買い揃《そろ》えてくれたものを身につけて居間に行くと、仕事に出ている武雄と和人以外の家族は、全員が集まってきて「似合うわ!」を連発してくれた。
「ねえ、たぁくん。お義姉さん、綺麗《きれい》だねえ」
綾乃に手を握られ、健晴さえも、「きれいー。きれいー」と笑う。法子は、ふと、昨晩のことを思い出した。この二人の密着の度合いは、法子の想像をはるかに越えている。そこには、何だか生臭いイメージがつきまとった。
「お、ねえしゃん、黒い服! 真っ黒!」
だが、健晴が無邪気な声を上げるのを聞いて、法子は慌ててその考えを振り払った。こういう弟だからこそ、綾乃は尽くしているのだ。それだけのことだ。
ふみ江は、「パールがいいわね、とにかく」と目を細めている。靴とバッグばかりでなく、法子は結局、自分が持っていたパールよりも一回り粒の大きなネックレスから、イヤリング、数珠、袱紗《ふくさ》に至るまで、本当に一揃いを買ってもらった。喪服とは言いながら、こんなにもまとまった買い物をして、法子はやはり気持ちが浮き立った。
「君は、黒が似合うね」
日も暮れかかった頃、法子はその服装で通夜《つや》に臨《のぞ》んだ。店から直行していた和人と顔を合わせると、彼も嬉《うれ》しそうな顔をした。そこで法子はかなり大勢の未知の人達に、和人の嫁として紹介された。武雄は葬儀委員長をしていたから、祭壇の脇《わき》にいたが、法子の姿を認めると軽く手を上げて笑ってくれた。
「たぁくんやおじいちゃんのこともあるから、お通夜は私が代表で、一人で行ってくれないかって言われたの」
和人と並ぶと、法子はまず小声で説明した。最初は、全員で出席するものとばかり思っていたのに、夕方になってから法子はそのことを聞かされたのだった。和人は表情を変えることもなく「さっき店に電話があったよ」と答えた。
「おふくろ、君には張り切って見せてたらしいけど、結構疲れたみたいだ」
そう言われて、法子は少々申し訳ない気持ちになった。炎天下にあれだけ動き回れば、疲れないはずがない。
「まあ、いいんだよ。君に喜ばれたくて仕方がないんだから」
だが、和人はそう言って柔らかく微笑《ほほえ》んでくれた。法子はまた、自分は幸せな結婚をしたと心の中で呟いた。嫁を喜ばせたくて張り切る姑など、そうはいないに違いない。
それから、少しの間、今日の買い物の報告をしていると、商店会の関係の人達が和人を呼びにきた。彼は「ああ、そのことだったら」などと言いながら席を立ち、あれこれと法子には分からない話をしながら、どこかへ行ってしまった。法子は一人でその場に残された。
「結局は、無理心中っていうことで落ち着いたらしいね」
「警察も、もう手を引いたってね」
「血迷ったんだな、氷屋は」
見知らぬ人々を観察しながら、あちこちに目を動かしていると、周囲から、そんな囁《ささや》き声が聞こえてきた。法子は自然に声の方に神経を集中させた。
「死ぬんだったら、一人で逝《い》きゃあ、よかったんだよ。何も、子どもたちまで道連れにすることは、なかったんだ」
「息子のことも、気がかりだったんだろうけどな」
「もう少し、しっかりした息子だったら、氷屋もそこまで思い詰めることもなかったかも知れないけどね。あれじゃあ」
棺におさまっている遺体を前にして聞くには、あまり愉快ではない話らしい。法子は、パイプ椅子《いす》から立ち上がると、四つの棺と四つの写真が並び、隙間《すきま》を花々が埋めている祭壇に向かった。予定通り、無宗教ということになっているから、特に式次第があるわけでもなく、人々はぱらぱらと集まって、思い思いに手を合わせる。
──哀れな最期。哀れな人達。
他に言葉も見つからない。せめて、成仏して下さいと念じ、簡単に手を合わせると、法子は自分とは縁のなかった人々の遺影を見つめるのもためらわれて、そのまま俯《うつむ》きがちに会場の外へ出てしまった。
「二階に行ってみるかい? 近所の人達が集まってるけど」
立ち話をしていた和人が足早に近づいてきた。法子は柔らかく首を振って、「少し、疲れてるから」と言った。
「そりゃあ、そうだね。昨日、帰ってきたばかりなんだものな」
和人は大きく頷《うなず》き、武雄のところへ断りにいった後「さあ、帰ろう」と言ってくれた。
「息子さんて?」
夏の夜道をゆっくりとしたペースで歩く途中、法子は和人を見上げて聞いてみた。やはり、さっき小耳に挟んだ噂話《うわさばなし》が気にかかる。彼は小さくため息をついた後で、「色々とさ」と口を開いた。
「問題の多い家だったみたいだ。息子っていうのは、僕らよりも二つ下だったんだけど、昔は暴走族まがいのことをしていて、高校も行かなくて、結局最近は何もしていないみたいだった」
法子は、本庄屋に庭先で声をかけられた時のことを思い浮かべていた。あの暗い表情、まるで力のこもっていない後ろ姿は、確かに、全てに対して希望を失っている人の姿だったかも知れない。自分のことだけでなく、家族のことでも、彼は絶望していたのだろうか。
「それにしたって、奥さんや娘さんまで道連れにするなんて──もう少し、他に方法は考えられなかったのかしらね」
ぼってりと暑く膨らんでいた空気も少しは冷えて、人通りも絶えた宵の道を、法子は珍しく和人と腕を組んで歩いた。宵闇《よいやみ》に喪服で歩いているのだから、目立つこともないだろう、和人も嫌がらずに法子に腕を貸している。こうして、二人だけで過ごせる時間が、やはり法子には貴重でならない。なるべく時間がかかるように、わざとゆっくりと歩を進めながら、法子は大きくため息をついた。
「誰かに相談してもよかったじゃない? ご近所の人達みたいに、大ばばちゃんのところに来たってよかっただろうに」
和人の夏服の生地を通して、彼の筋肉のついた腕が熱く、固く感じられた。法子は、本庄屋のことを話しつつ、この人が私の夫なのだ、これが夫の腕なのだと思っていた。
「お家賃をためてたから、来られなかったのかしらねえ」
「どうかなあ」
亡くなった人の話をしているというのに、法子の気持ちは和やかで満ち足りていた。法子は、和人の結論を急がない性格が好きだった。彼はいつも考え深く、決して早計なことは口にしない。同い年なのに、やはり法子よりも大人に見えるのは、彼が長男で、しかも武雄を助けて店を切り盛りしているせいかも知れなかった。誰にも邪魔されず、こうして二人で静かに話せる時が、法子はいちばん幸福だった。
「ねえ」
「うん」
「見て、みたいんだけどな。本庄屋さんの跡」
街灯の下で、彼は「あそこを?」とわずかに眉《まゆ》をひそめた。夏の虫が鳴いている。和人の瞳は、街灯の明かりを受けて、きらきらと輝いて見えた。
「──やめた方がいい。水色のビニールをかけられてるから、何も見えないよ。それに、気持ちのいいものじゃ、ない」
少しの間、彼の瞳をのぞき込んで、法子は小さく「そうね」と呟《つぶや》いた。確かに、通夜の帰りに立ち寄るというのも不謹慎な感じがする。信じてはいないけれど、何か出て来そうな恐怖もあった。
「落ち着いたら、また何か建てるの?」
「どうかな。しばらくは、更地にしておくと思うよ。せめて、ある程度は周りの人達の記憶が薄れるくらいまで」
家から目と鼻の先まで戻っていながら、見知らぬ路地を曲がりたがり、わざと回り道をして、結局法子たちは小一時間も歩き回って帰宅した。
「月夜の散歩かな」
先に戻っていた武雄に少しばかり酔っているらしい口調で言われて、法子と和人は顔を見合わせて笑った。ところが、その和やかな空気が薄れる間もなく、法子は明日の告別式は一人で出席して欲しいと言われた。
「一人で、ですか?」
法子は、きょとんとして家族を見回した。当然のことながら、法子は告別式こそは志藤家の全員が参列するものとばかり思っていたのだ。だから、通夜には法子と和人だけで良かったのだと考えていた。
「いくらうちで費用を出したからって、これみよがしに全員が顔を出すのも、かえって嫌みになるんじゃないかと思ってね。だから、法子さんに我が家の代表ということで」
武雄は「勿論《もちろん》、僕はいるけれど」と赤い顔で言った。店を閉めるわけにもいかないし、松造と健晴のこともある。足が萎《な》えてしまっているヱイのことも放っておくことは出来ないだろう。葬儀委員長と司会を兼ねている武雄は、参列というのとも意味あいがことなる。すると、自由に動けて融通がきくのは法子だけということになるという説明は、確かに筋は通って聞こえた。だが、今夜と違って和人も来てくれないとなると、やはり心細い気がした。
「さっき紹介した連中もいるし、親父だっているから、心配はいらないよ。ね、我慢してくれるね」
和人は、いつもとまるで変わらない穏やかな表情で言った。法子は彼の誠実そうな眼差《まなざ》しから視線を外してしまった。心の中で小さな不満が疼《うず》いた。
──だったら、さっき言っておいてくれればよかったのに。
二人きりで歩いていた時に、そう言ってくれれば良かったのだ。和人だけから言われれば、法子はほんの少し拗《す》ねた真似も出来ただろう。そして、結局はわずかに膨れ面になりながらも「分かったわ」と答えられたと思う。実際、義理で葬儀に参列するくらい、大したことではないのだ。
「ごめんなさいね、嫌な役目だとは思うんだけど」
そう言ったのはふみ江だった。公恵を始めとする他の家族も、実に心苦しいといった表情で法子を見ている。哀願するような、法子の反応を探るような目に囲まれて、法子は、自分は彼らに信頼されていないのだろうかと思ってしまった。たかだか葬儀くらいのことで、彼らは何故《なぜ》そんなに気を遣うのだろうかと思うと、その方が不思議だった。
「ねえ、どこ行くの。どこ? どこ?」
健晴だけが素《す》っ頓狂《とんきよう》な声を出した。法子は芽生えそうになっている苛立《いらだ》ちをそっと鎮め、ふっと笑って見せた。
「逆に、私みたいにご縁のなかった人間が行く方が気楽なのかも知れないし、その為に用意していただいた喪服ですものね」
公恵は一瞬慌てた表情になり、何か言おうとして口を開きかけた。法子はそれを制するように、すぐに次の言葉を続けた。
「どんどん使わなきゃ、勿体《もつたい》ないですよね。あんな、高いお買い物をしていただいたんですから」
「ねえ、法子さん──」
「気にしないで下さい。私がいちばん暇で身軽なんですから」
出来るだけ愛想良くは言ったつもりだった。だが、健晴を除いた全員が、ほっとして良いものかどうか分からないという、複雑で曖昧《あいまい》な表情になった。嫌みを言ってしまっただろうか、皮肉と受け取られただろうかと思ったが、口から出た言葉は、ひっこめようはなかった。
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