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暗鬼09

时间: 2019-11-23    进入日语论坛
核心提示:     9 夕暮れが迫る時刻になって、法子はのろのろと台所へ降りていった。綾乃に付き添われる形で帰宅してから、気分が悪
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     9
 夕暮れが迫る時刻になって、法子はのろのろと台所へ降りていった。綾乃に付き添われる形で帰宅してから、気分が悪いと言って部屋にこもってしまっていたのだが、そろそろ食事の支度を手伝わなければならない。
「どうしてまた、急に銀座になんか行きたくなったの?」
帰宅して早々に、法子は公恵に聞かれた。
「でしょう? 私も、びっくりしたわ」
綾乃も頷《うなず》きながら法子の顔をのぞき込んだ。法子は、ただ気晴らしをしたかったのだと、言い訳にもならないことを言ってごまかした。そして、公恵達の関心を逸《そ》らす意味でも、葬儀の後で近づいてきた女の話をした。
「大ばばちゃんに会いたい、秘密は守りますからって、まるで意味の分からないことを言われたんですけど」
法子が言うと、公恵と綾乃は一様に無表情になり、それから、そんな話にはまるで興味も関心もないという様子で「そう」「へえ」と言っただけだった。
「何かしらねえ、どんな人だった?」
法子から顔を逸らして、公恵は確かにさりげなさを装って見えた。法子は、そんな公恵から目を放さずに、斎場で近づいてきた女の人相|風体《ふうてい》を説明した。
「心当たり、あります?」
「ないわねえ、四十歳くらいなんでしょう? 法子さんにも、見覚えのない人だったんでしょう?」
「昨日のお通夜《つや》では、見かけなかったと思うんですけれど」
「そんな人が、大ばばちゃんに何の用があるっていうのかしらね」
綾乃までが、とぼけた顔でそう言った。法子は、二人が徹底的に隠すつもりらしいことを知り、それ以上に深く追求すると、自分の身が危険にさらされる気がして口をつぐんだ。そして、二階の部屋に引き上げてしまったのだ。
──この家は普通じゃない。それだけは、確かなのよ。
台所に行くと、それまで聞こえていた話し声がぴたりと止んだ。公恵と綾乃が、それぞれ流しとガス台の前に陣取って、黙って手を動かしている。
「あら、気分はどう? 休んでいてよかったのに」
手伝います、と法子が声をかけると、公恵は初めて法子に気づいたように顔を上げて、にこりと笑った。綾乃も妙に愛想の良い顔で笑ってみせる。だが、その笑顔は妙によそよそしい、白けたものに見えた。そこへ、居間からふみ江も現れた。
「どれ、私もお手伝いしましょうか」
彼女はさりげなく法子を見て、すっと視線を外してしまった。法子は、じわりと心臓を掴《つか》まれたような嫌な緊張感に襲われた。心の中に晴れようもない霧のようなものが広がっていく。
「じゃあね、おばあちゃん、キヌサヤの筋をむいて」
綾乃は法子の方を見もせずに、ザル一杯のエンドウ豆をふみ江に手渡す。ふみ江は「はいはい」と答えてそれを受け取ると、法子の横をすり抜けて食堂のテーブルについた。カウンター越しに、小さく鼻歌を歌いながら豆の筋を取り始めるのが法子からも見えた。その表情は、昨日までのものとは絶対に違っていると思う。いくらリラックスして見せていても、彼女の横顔は明らかに強《こわ》ばっており、法子に対する警戒が漲《みなぎ》っていた。
法子は手持ち無沙汰《ぶさた》のまま、めまぐるしく頭を働かせていた。綾乃が台所に立つなどということは、法子が嫁入りして以来、ほとんどなかったことだ。公恵が無言で料理をするのも、ふみ江さえも手伝いに来るのも、全てがこれまでと違っている。となると、彼女達が完全に法子を意識し、邪魔にしているとしか思えない。
公恵がふいに振り向いた。
「皆で寄ってたかって支度するほど、今日はご馳走《ちそう》じゃないわ。だからね、法子さん、休んでいらっしゃい」
「そうよ、たまには私が手伝うから」
綾乃もいそいそとした表情で法子を見る。二人の顔には、相変わらずはりついたような笑みが浮かんでいた。法子は小さく頷き、そっと台所を出た。その間も、背中に痛いほど視線を感じずにいられなかった。
──化けの皮がはがれてきた。
縁側に腰を下ろして、夕暮れの風に吹かれながら、法子は彼女達はもはや味方ではないのだと感じていた。あの女のことを言った時から、法子の立場は完全に彼女達を脅かす存在になったに違いない。こうしていても、台所からは何か密《ひそ》かな話し声が風のように伝わってくる。
──いいわよ、相談しなさいよ。私をどうするか。皆で決めればいい。
神経ばかりを尖《とが》らせて、ただ縁側にいるのも落ち着かなくて、法子はサンダルをひっかけて庭に出た。遠くで雷が鳴っている。見上げれば、西の空から灰色の雲が迫りつつあった。
庭のそこここから、夏の虫の声がした。短い夜の鬱陶《うつとう》しさを増長するような、じい、じい、という声は時雨《しぐれ》のように足元から法子を包んだ。庭は広々として、時折吹いてくる風に、木々の梢《こずえ》がざわめく。なのに、法子はひどく風通しの悪い場所に立たされているような気がしてならなかった。たっぷりとスペースを取ってはあっても、ここは檻《おり》と変わらないのではないか。放牧されている羊は自分達を自由だと思い込んでいるかも知れない。だが、結局、一定の区域から外へは出られない。自分もそれと同じなのではないだろうか。
とうに洗濯物のとりこまれた物干し場の方に回り、法子はいつも公恵が屈《かが》み込んでいる花壇の前に立った。確か、法子が里帰りする前まで葉が繁っていた辺りの土がむき出しになっていた。少し前まで公恵が真剣に眺めていた花の季節も終わっている。法子は、アサガオと教えられた葉に何気なく手を伸ばした。
「触っちゃ駄目っ!」
ふいに鋭い声がした。法子はびくりと身体を震わせ、慌てて振り向いた。
「触っちゃ、駄目なんだぞ」
薄暗がりの中に数本の白い横縞《よこじま》が浮き上がって見える。健晴のブルーと白のストライプのTシャツが、わずかに揺れながら近づいてきた。彼は法子の隣まで来ると、ひどく真剣な表情で花壇を指さした。
「これ、触っちゃ駄目なんだから」
「どうして?」
法子は大真面目《おおまじめ》な顔で法子と花壇を見比べている健晴の瞳をのぞき込んだ。法子よりも身長の高い義弟は、少し考える顔になり、それから得意そうに胸を反らした。
「毒だから」
「──毒?」
法子はまじまじとアサガオを見た。
「だって、アサガオでしょう?」
「違うよ、ナスだもん」
「ナス?」
そういえば、アサガオの葉とは、どうも形が違うと思った。それに、蔓《つる》を巻かないのは不思議だと、前から思っていた。
「食べるとね、ばかになるんだから。だから、食べたら駄目、触っても駄目なんだ。ばかになるんだからな」
法子は人知れず生唾《なまつば》を飲み込んでいた。毒、という言葉が頭の中でかけ巡った。
「たぁくん、それ、誰から言われたの?」
「みんな」
「たぁくん、食べたこと、ある?」
健晴はむっとした顔になって「ないぞ!」と口を尖《とが》らせた。
「食べたことある人、知ってる?」
「知ぃらない。でも、知ってる」
「どういうこと」
「だって、売ってるんだもん」
「これを? どこで?」
「知ぃらない。お店屋さんかなあ」
法子は、義弟の要領を得ない答えを聞きながら、頭の中で素早く一つの推理を組み立て始めていた。
「ねえ、たぁくん」
「ああ、かみなり様だぁ。ゴロゴロ、いってる」
「たぁくん、大ばばちゃんが売ってるの?」
思いきって口にしてみると、それはもう確固たる事実としか思われなかった。だからこそ、引きも切らずに来客があるのに違いない。皆、この毒を欲しがってヱイを訪ねてくるに違いないのだ。法子は、その恐ろしい想像に身震いしそうになりながら、義弟の柔らかい腕に触れた。むっちりとしていて、まるで筋肉の発達していない腕は、男の腕とも女のものともつかない感触があった。
「たぁくん。教えて。大ばばちゃんが、売ってるんじゃないの? この毒を、ねえ」
「毒じゃないもん。ナス」
「そうね、ナスね。毒のあるナスなんでしょう?」
「ばかになるんだぞ。ばかナスだ、ばかナスだ」
「ばかって、どういうことなの。ねえ、たぁくん、大ばばちゃんが、それを売ってるんでしょう?」
必死で健晴から聞き出そうとしていたときだった。頭上で雷の音が響き、一際生ぬるい風が吹き渡った。法子は、額に粘りつくような風を感じながら何気なく振り返って息を呑んだ。いつの間にか、そこに武雄が立っていた。
「健晴、お姉ちゃんが呼んでるよ」
武雄は、低く落ち着いた声で言った。法子の手の中から、するりと健晴の腕が抜けた。
「お姉ちゃん?」
「そうだ。健晴はどこに行ったんだろうって、心配してる。さあ、大変だ。すぐにお姉ちゃんのところに行かなきゃな」
武雄の言葉が終わるか終わらないうちに、健晴は「お姉ちゃーん!」と大声を出し、大きな頭をぐらぐらと揺らしながら、ひょこひょこと走り始めていた。Tシャツの白いストライプが遠ざかっていく。法子はその後ろ姿を眺め、同時に、義父の手の中で何かが鈍く光っているのを認めた。その瞬間、それがナイフであることに気がついた。
──殺される?
法子は思わず、その場に立ち尽くした。夕闇《ゆうやみ》はいっそう深まり、同時に黒い雲も立ちこめていて、武雄の表情を隠す。だが、法子には彼がかつて見せたことのない程に冷酷な表情を浮かべて立っているのを感じることが出来た。そう、感じるのだ。彼から漲《みなぎ》る不信感と強烈な悪意が、真っ直ぐに伝わってくる。
「何でも口に入れようとするから、そう言ってあるだけのことなんだ。健晴の言うことなんか、信じないだろうとは思うがね」
武雄の声は落ち着いていた。そして、ずいと一歩近づいてくる。片手をズボンのポケットに入れ、彼はまっすぐに法子に向かってきた。
「まさか、信じないだろう?」
「ええ、ええ。たぁくんには気の毒ですけれど、アサガオのことをナスだなんて言うんですもの──可哀相ですよね」
法子の声は完璧《かんぺき》にうわずっていた。
「法子さん、あんた、うちの──」
「──いけない。お夕食の支度を手伝わなきゃ。お義父さん、すみません」
法子は、おずおずと二、三歩後ずさり、それから小走りで母屋に向かった。手足はぎくしゃくとして、もう少しで転びそうだった。
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