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暗鬼10

时间: 2019-11-23    进入日语论坛
核心提示:     10 それから数分後、激しい夕立が降り始めた。「ひどいや。ガレージから走ってくるだけで、こんなに濡《ぬ》れちゃっ
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     10
 それから数分後、激しい夕立が降り始めた。
「ひどいや。ガレージから走ってくるだけで、こんなに濡《ぬ》れちゃった」
家族の中で最後に帰宅した和人は、髪から滴《しずく》をしたたらせながら、笑って駆け込んできた。法子は武雄のことや健晴のこと、ナスのことを聞いてみたいと思いながら、彼のその無邪気な笑顔を見ると何も言えなくなった。
「夏は、米の売上が減る季節なんだ。暑い時には、みんな素麺《そうめん》とか蕎麦《そば》とか、冷たくてつるっとしたものを食べたくなるからね」
着替えの最中にも、和人は法子の表情にも気付かずに、一人でそんな話をする。
「まあ、いいんだよ。うちは素麺も冷や麦も扱ってるしね。でも面白いよ、ペットフードの売上まで落ちるんだから。犬や猫も、夏バテするのかな」
シャワーを浴びて、さっぱりとした服に着替えた和人は、そこでようやく法子の方を見た。
「──どうした?」
「────」
「ああ、氷屋の葬式だったんだものね。疲れただろう、すまなかったね」
法子は弱々しくかぶりを振り、すがりつきたい思いで彼を見た。今すぐ、心の中にわだかまっているすべてを吐き出したかった。だが、この人だって本当に味方かどうか分からない。和人はふっと笑みを浮かべて、柔らかく法子を抱き寄せた。
「分かるよ。他人とはいったって、一度に四つも棺桶の並ぶ葬式を見たら、そりゃあショックだ」
耳元で囁《ささや》く声を聞きながら、法子は和人だけは無関係であって欲しいと思った。彼は、自分の家族が何を企《たくら》み、何をしたか知らないのではないか。そうでなければ、こんなにも無邪気に、優しい表情を浮かべられるはずがない。
「ねえ──あのね」
思い切って口を開こうとしたとき、どすどすと階段を駆け上がってくる足音がして、健晴の「ご飯だよー」という濁声《だみごえ》が響いた。法子は言葉を呑み込んでしまい、身体を強《こわ》ばらせた。家族と食事など、したくない。彼らの顔など見たくないと思った。
「やれやれ、腹ぺこだ。さあ、行こうか」
和人は、法子が何か言おうとしていたことも忘れて、さっそく部屋を出ようとする。法子は、それに従うことができなくて、少しの間、夫婦の部屋に立ち尽くしていた。
「──どうした?」
部屋を出ようとしていた和人が不思議そうな顔で振り返った。法子は必死であれこれと考えた。これで気分が悪いとでも言えば、公恵達はますます法子を警戒するに違いない。それでなくても、彼女達は法子が何かに気づいていることを知っている。
──あの人達につけ入られたら駄目。逆に隙《すき》を見つけるのよ。
「行こうよ、飯」
「ああ──ええ」
法子は急いで部屋の電気を消し、わずかに目を細めて和人に従った。まるで敵陣に一人で乗り込むような気分だった。
だが、階下へ降りてみると、公恵やふみ江の表情は既にほぐれていた。武雄は和人にビールを勧め、健晴はつまみ食いをして綾乃にしかられている。いつもとまるで変わらない、夕食の風景だった。
「さっきは驚いたよ。急に走り出すから、どうしたのかと思った」
法子の顔を見ると、武雄は鷹揚《おうよう》な笑顔で言った。法子は引きつった笑いを浮かべ、「すみません」と小さく謝った。
「いやね、温室を見せようと思っただけなんだ。法子さん、まだゆっくりとうちの温室を見ていないだろう」
「あれ、そうだったかな」
和人はきょとんとした顔で父親と法子の顔を見比べた。法子は相変わらず硬い笑みを浮かべたまま、やっとの思いで頷いた。和人はそんな法子を見て、それから再び武雄を見ている。その時、頭の後ろからすっと血の気が退いた。和人と武雄との間に交わされた、ほんのわずかな視線に、特別な意味が含まれていることを法子は悟った。
──何かの意味があるんだわ。「温室」っていう言葉に、何かの意味がある。だから、和人さんまで、あんな目をした。
法子には分かった。彼らは密《ひそ》かに視線を交わし合い、法子には分からない方法で暗号を送りあっているのだ。和人だけは味方であって欲しいというのは、法子の勝手な、虚《むな》しい祈りに過ぎない。第一、彼だって、昨晩の密談に加わっていたではないか。
「こうして夕立が降れば、少しはしのぎやすくなるかしらね」
「かえって蒸すんじゃない?」
家族の何気ないやりとりを聞きながら、法子はますます緊張し、それから密かに家族の視線を探り始めた。さりげなさを装いながら、だが、確かに彼らは奇妙な視線のやり取りをしている。言葉を交わすのとは無関係に、彼らの視線は落ち着きがなく、時には粘りつくような、奇妙な雰囲気をまとっている。
──言葉の要らない人達。仲の良い家族。
その中で、法子は完全に孤立し、焦《あせ》り、そしておびえていた。嫌悪感が全身に満ちる。法子は彼らとは違っていた。どことは言えないが、彼らの密着の度合いは、どうも法子とは無縁のものとしか思えない。
とにかく、自分の態度の変化を気づかれてはならないという一心で、法子はその夜、砂利のようにしか感じられない食事を、必死で口に押し込んだ。
本庄屋は殺された。それも、志藤家の人々に殺されたのだ。ヱイが指示を与えたのに違いない。何故《なぜ》? 氷屋が何かの秘密を握ったからだ。その秘密とは何なのだろうか。綾乃と健晴のことだろうか。だが、あの二人に何かがあるなどというのは、それこそ法子の勘ぐりに過ぎないかも知れない。いや、あの二人とは関係ない。問題は、馬鹿になるというナスのことにちがいない。健晴は、確かに「毒」という言葉を使ったではないか。
いくら考えまいと思っても、法子の頭からは、その思いが離れなくなった。考えれば考える程、疑惑は確信へと深まって行く。
──でも証拠がない。どうしたら証拠を掴むことが出来るんだろう。
彼らが人殺しをしていて嬉しいはずがない。法子の人生は、そこで大きく躓《つまず》くことになってしまうのだ。それでも、本当のことを知りたかった。こんな思いを抱いたままで、この先一生、彼らと暮らしていかれるはずがない。
だが、翌日からも、表面上はいつもと変わらない日々が過ぎた。家族は明るく、朗らかで、法子に対しても優しかった。それでも、法子には彼らの態度、言葉の裏に一つ一つ、違う意味が含まれているとしか思えなかった。何とか証拠を掴みたいと思いながら、その方法も分からずに、法子は一人で苛立《いらだ》った日々を送った。夜も熟睡出来ず、睡眠時間は日毎に短くなっていった。
「やっぱり、法子の妄想じゃないの?」
翌週になって、法子は再び知美に会いにいった。今度は誰かに後をつけられることを十分に覚悟して、昔からの友人に会うのだと本当のことを言って出てきたから、法子は彼女と向かい合いながらも、常に周囲に神経を張り巡らしていなければならなかった。
「そんなはず、ないわ。あの日の帰りだって、私、赤坂見附でホームから突き落とされそうになったんだから」
法子は必要以上に声をひそめ、知美に顔を近づけて話した。知美は怪訝《けげん》そうな表情のまま、信じて良いのかどうかも分からないといった風情で、ただ「ホームから?」と眉をひそめた。
「あの日は、誰にも言ってなかったのよ。それなのに、つけてきたのよ。前の晩に、私が立ち聞きしたことを気づいたんだわ」
「考えすぎなんじゃないの? 第一、落ちなかったんでしょう? ちゃんと生きてるんだものね。ただの偶然っていうこと、あるんじゃない?」
「何、言ってるのよ。田舎《いなか》じゃないのよ。一時間に何本もない電車じゃない、何線に乗って、どこの駅に降りて、そんな偶然があるはずないわ」
どうしても早口になってしまう。法子はますます身を乗り出して、必死で訴え続けた。
「とにかく変なのよ。表面上は、前と変わらなく見せてるけど、私には分かるの。あの人達、私が心配でたまらないのよ。警察に駆け込むんじゃないか、誰かに話すんじゃないかって、ひやひやしてるんだわ!」
知美は半ばうんざりした表情で、それでも辛抱強く法子の話を聞いていた。
「それで、証拠らしい証拠は? 何か見つかったの?」
比較的低音の、落ち着いた声で言われて、法子はようやく一息つき、すっかり氷の溶けてしまった水を口に含んだ。
「健晴っていう弟がいるって話したわよね? あの子が、ちらりと言ったの。花壇のアサガオを見て──それがアサガオだっていうのは、義母《はは》から教わったんだけど──馬鹿になる毒だって」
「何よ、それ」
知美はますますわけが分からないという顔になった。その日は土曜日で、街は休日を楽しむ人達でごった返していた。法子は、賑《にぎ》やかな店の片隅で、どこかから自分を見つめている目があるのを意識しながら、知美に話し続けた。
「義父は、健晴の言うことなんか信じるなって言ったわ。でも、その時なんか、足音もたてずに後ろに立ってて、ナイフを握ってたの!」
急に知美が笑い始めた。法子はぽかんとなって、しばらくの間けらけらと笑っている友人を見つめていた。
「信じないの?」
「だって──信じられるはず、ないじゃないよ。じゃあ、ご主人のお父さんが、法子を殺そうとしてたっていうの?」
「分からないけど──でも、持ってたのよ」
法子は焦燥《しようそう》で身をよじりそうになりながら、両手で握り拳《こぶし》を作って知美を見ていた。彼女さえも信じてくれなくなったら、それこそ法子はこの世から抹殺されてしまいそうな気がする。
「その、馬鹿になる毒って、どういうことよ。そんなアサガオ──」
なおも笑いながら知美はそこまで言いかけ、そこで口を半分開いたまま表情を強《こわ》ばらせた。法子は、咄嗟《とつさ》に自分の背後に誰かが迫ってきたのかと思って、ただ壁が広がるだけの背後を振り返ってしまった。知美は少し考える顔になり、ついさっきまでとは打って変わった真剣な表情で法子の瞳《め》をのぞき込んできた。
「ねえ、それ──チョウセンアサガオのことじゃないの?」
「チョウセンアサガオ?」
今度は法子がきょとんとする番だった。だが、そんな法子にはお構いなしに、知美は急に真面目《まじめ》な顔になり、爪《つめ》を噛《か》み始める。
「聞いたことない? そういう種類のアサガオがあるらしいの」
「馬鹿になるの?」
「違う、トリップするのよ」
「──トリップ?」
法子は、知美の言葉の意味が完全に分からなくて、なおも彼女を見つめていた。トリップという言葉から連想するものといえば、法子には麻薬とか覚醒《かくせい》剤とか、そんな言葉ばかりだ。
「でも、トリップするっていったら、大麻とかケシとか、そういうものじゃないの?」
知美は眉間《みけん》に皺《しわ》を寄せ、少しばかり面倒臭そうな顔になって首を振った。
「他にもあるのよ、色々と。私、聞いたことあるわ、チョウセンアサガオって青い花の咲くアサガオで、覚醒剤と似たような作用があるって」
「──青かったわ。花は、綺麗《きれい》な青だった」
「やっぱり! それよ。きっとそうだわ」
法子は、絶望的な気分になって知美を見ていた。知美はさっきまでとは別人のように瞳をきらきらと輝かせ、興奮した表情で、一人で「なるほどね」などと呟《つぶや》いている。法子にも、彼女の考えていることは察しがついていた。つまり、志藤の家では、覚醒剤代わりになるものを栽培して、それをヱイが特定の人々に売っていたということだ。そう考えれば、葬儀の時に近づいてきた女の言葉の意味も分かる。
「──本庄屋の人達は、そのことに気がついたっていうことかしら」
「可能性としては十分ね」
何という家に嫁いでしまったのだろう。法子は途方に暮れながら、ひと事とはいいながら、何となく楽しそうに見える知美を恨めしい気持ちで眺めていた。
「法子の言うこと、信じることにするわ。だとしたら、あんた、相当にヤバいわよ。そういう商売をしてる一家だったら、裏にどういう関係が出来てるか分からないもの」
「──やめてよ、そんなこと言うの」
「だって、本当のことよ。こりゃあ、玉の輿《こし》どころか、とんでもない泥沼にはまったって感じねえ」
知美は、新しい煙草を取り出しながらそう言った。法子は、情けなさと恥ずかしさとで、満足に知美の顔を見る気にもなれなくなっていた。ふと、離婚したら彼女は誰よりも祝福してくれるのだろうかと思った。
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