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暗鬼11

时间: 2019-11-23    进入日语论坛
核心提示:     11 静寂を破って、ふいにカラスの鳴き声が響いた。それは、いかにも唐突で、ある種、切羽詰まって聞こえないこともな
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     11
 静寂を破って、ふいにカラスの鳴き声が響いた。それは、いかにも唐突で、ある種、切羽詰まって聞こえないこともない。
法子は枕元《まくらもと》のデジタル時計に首を巡らした。もう夜明けなのかと思ったのに、だが、時計はまだ午前三時前であることを示している。都会の夜の明るさを物語っているのか、それとも彼らの身の上に、闇《やみ》の中に飛び立たなければならない程の差し迫った状況が生まれたのか、カラスは数羽で互いに呼応しあい、どこかへ飛び去っていく様子らしい。
背後からは、和人の規則正しい寝息が聞こえていた。可哀相な夫は、最近は法子以上に疲れている様子だった。恐らく、彼は法子の見張り役を仰《おお》せつかっているのだろう。法子の中で、他の家族と彼とを切り離したい思いがあるのと同様に、彼にも法子を妻として守りたい思いと、家族と同様に警戒しなければならない葛藤《かつとう》があるのかも知れない。せめて、そう思いたかった。
「夏休みには、夫婦水入らずで、どこかに行きたいと思わないかい。たまには僕らも二人だけで過ごしたいものね」
今夜、彼は寝る前にそんなことも言った。法子は彼に優しくされるほど、淋《さび》しさと悲しさが募る思いだった。
──全部、私の誤解なのかも。
そういう想いが浮かばないこともない。こうして闇を見つめていると、この数日の出来事の方が馬鹿馬鹿しい幻のような気もしてくるのだ。そう簡単に殺人など犯せるはずがないと思う。健晴の言ったことだって、義父の言葉通り、果たしてどこまで信じられるものかも分からないのだ。
──違う。誤解なんかじゃないわ。この家の人達は夜中に何かを相談していた。チョウセンアサガオのことを知られて、それで、氷屋の一家を殺したのよ。
あの女の言葉が、それを裏づけている。知美の記憶に間違いがなければ、チョウセンアサガオは幻覚などの作用をもたらすはずだという話だ。
──第一、綾乃は私を狙《ねら》っていた。
最初は、ただ声をかけられたのだと思っていた。少しばかり法子を脅かす為に、勝手に動き回っても、おまえの行動は把握しているんだぞと暗に知らせる為に、そうしたのだと思っていた。だが、考えているうちに、法子ははっきりと彼女の殺意を感じるようになっていた。
──それに、お義父さんだって。あの手に光ってたのは絶対にナイフだわ。ふだん、そんな物を持ち歩くはずがない。
たまらなく不安だった。法子は夏の夜に鳥肌をたて、自分の二の腕を抱きしめなければならない運命を呪《のろ》いたかった。今となっては、健康そうな和人の寝息までもが、法子を無言で脅かしている。法子はますます追い詰められた気持ちになっていた。
オオヨシキリだろうか、またもや鋭い鳥の声が静寂を破った。法子は全身をびくりと震わし、その瞬間、自分が微睡《まどろ》んでいたことに気づいた。半分ぼんやりとした頭に、新聞配達らしいカブの音も響いてくる。本当の朝が近づいていた。
──良かった。今夜は無事に済んだ。
そう思った途端に睡魔が襲ってきた。つい、うとうととしかかった時、今度は階下で微《かす》かに雨戸を開ける音がし始めた。
──もう誰かが起き出している。
法子は、少しの間、睡魔と戦いながら階下の音に耳を澄まし、それからやっとの思いで重い身体を起こして服を着替えた。動かなければ眠ってしまいそうだったからだ。
廊下に出ると、そこにも夜明けの薄明かりが広がり始めていた。夏の匂《にお》いが満ちていて、法子はふと幼い日の夏休みの頃を思い出した。素足に運動靴を履《は》き、朝露で光る雑草を踏んで歩いた頃のことだ。足首に、少しばかり土でざらついている冷たい草を感じ、胸一杯に朝の空気を吸い込んだ。法子はいつでも兄と手をつなぎ、前日に仕掛けた餌《えさ》についているカブトムシやクワガタを捕まえたり、時には少し足を伸ばして、川エビやサワガニまで捕りにいったりした。
日中の暑さが嘘《うそ》のように、広い家の中はひんやりとしていた。階段を降り始めると、新鮮な空気が流れているのが感じられて、既に窓が開け放たれていることを告げている。法子は、あまりおずおずと見えないように、しかし注意深く、ゆっくりと階下へ降りていった。
「──おはよう、ございます」
最初にのぞいた台所には、人影はなかった。法子は玄関の前に出て、そこから居間、応接間、客間へと続く廊下の端に立った。背後に伸びる廊下は、普段は健晴が遊び場所にしたり洗濯ものを畳んだりするのに使う十二畳程の和室と武雄夫婦の部屋、さらに納戸へと続いている。居間の前の廊下は客間を囲む形で右に折れ、松造とふみ江の部屋と、もう一つの座敷へと通じる。離れへ続く廊下は、応接間の前で直角に交わっていた。それらの長い廊下は、既に全ての雨戸が開けられて、ガラス越しに離れまでを見渡すことが出来た。
「──おはよう、ございます」
今度は居間に向かって声をかけた。そこも、まだ柔らかい薄闇《うすやみ》に包まれて人影はなく、壁にかけられた振り子時計は四時半をさそうとしていた。
誰が雨戸を開けたのか、既に起きているのは公恵だろうか、ふみ江だろうかと考えながら、もう一度廊下に出ようとしたときだった。視界の端で何かが動いた。法子は反射的に戸の陰に身を隠した。それから少し間を置いて、改めてそっと首を伸ばす。ガラスを通して、離れの障子が開いているのが見えた。その細い隙間《すきま》から、ヱイがわずかに腰の曲がった姿を見せた。
──歩いてる。
法子は、我が目を疑いたい気持ちで、ゆっくりと廊下を渡ってくるヱイを見守っていた。杖《つえ》も使わずに、彼女は腰の後ろで手を組んで、ゆっくり、ゆっくりと歩く。それは、いかにも自然で、当たり前な姿だ。毎日繰り返している動作としか思えない。そして彼女は、応接間の前で左に曲がると、そのまま法子が隠れている場所からは反対の方へ歩いていった。
──歩けるんじゃないの。どういうこと。
法子は足音を忍ばせて、居間との境の引き戸から応接間へ、さらにその境から客間へとすすみ始めた。今、壁を隔てた廊下のどの辺りにヱイがいるのか、はっきりとしない。だが、とにかく彼女は自分の足で歩いてこの方向へ進んでいる。だから、法子は突き当たりの客間までたどり着くと、部屋の隅の襖《ふすま》に身を寄せて、全神経を耳に集中させた。
「──にしなさい」
低い呟《つぶや》きにも似た声が聞こえた。客間のさらに先の方からだ。
「暑いからってね、わがままを言うものじゃない」
ヱイの声に間違いなかった。法子は、襖にぴたりと身を寄せたまま、その襖をほんの少しだけ開いた。
「でも、お母さん──ふみ江はね、ふみ江は」
ざらざらとした聞き取りにくい声が話している。法子は、二の腕に鳥肌が立つのを感じながら、息をひそめて耳を澄ました。
「文句を言うものじゃない。ふみ江じゃなかったら、おまえみたいに役立たずになったお爺《じい》さんを、誰が面倒みてくれる、え」
「だけど、ふみ江は」
松造の声に違いなかった。発音は明確とは言い難かったが、十分に聞き取れる。
──大ばばちゃんは歩ける。おじいちゃんは話せる──どういうこと。
「お母さん、いいのよ」
今度はふみ江の声だ。法子は自分の飲み込む生唾《なまつば》の音さえ聞こえてしまうのではないかと恐れながら、それでも襖に耳を寄せていた。
「好きでこうなったんじゃないんだものねえ。私だから、甘えられるんだものねえ」
「ふみ江ぇ、氷が食べたいんだよぉ」
「だからね、朝のお仕事が終わったら、あげますって。聞き分けよくしてちょうだい」
「何だね、松造。あんた、昔はもっときりっとして、何があったって、妹にそんな姿は見せなかったじゃないか。出征した時のことを思い出しなさい」
「無理よ、お母さん。しょうがないのよ、病気なんだから」
「母親のあたしが達者なのに、情けない子だねえ、まったく」
微《かす》かな含み笑い。
「つくづく、お父さんに似たんだね、松造は。お父さんも、しまいは弱虫だったから」
「じゃあ、私はお母さんに似たのね」
頭がくらくらした。法子は、思わず襖に寄りかかりそうになりながら、それでも彼らの会話の一字一句も聞き逃すまいと思った。
──よく分からない。誰に似たっていうこと。どういうこと。
「アサガオのタネも、そろそろ取れるかね」
「そう、今朝だったら、少しは取れる頃ね。行きましょう。いい子でいてね。おじいちゃん」
微かに戸を閉める音。それでもまだ、「ふみ江ぇ」というくぐもった声がする。足音ともいえない気配が、廊下を戻ってきた。欄間から洩《も》れてくる朝の光で、ようやく薄ぼんやりと辺りを見回せるようになった客間にひそみ、法子は全身を強《こわ》ばらせたまま、その足音を聞いた。
「あの子は、あれを知ったのかね」
「健晴の言うことだから、信じないとは思うけど」
「健晴は何て言ったって?」
「ナスだって説明したそうよ。ばかになるナスだって」
低い呟きにも似た声と、ふみ江の相変わらず楽しくて仕方がなさそうな声は、法子のひそむ部屋の前を通り、さらに廊下を曲がって進んでいく。
「それは、あたしが教えたんだ。キチガイナスビってね、言うから」
「お母さんが教えたの? 健晴にしては、よく知ってると思ったわ」
法子は、その場にへたりこんだまま、しばらくは動く気にもなれなかった。
──キチガイナスビ。
もっと話を聞きたい。畳に手をつき、やっとの思いで立ち上がると、法子は再び物音を立てないようにしながら応接間へ抜けた。だが、話し声はそれきり聞こえてこない。再びそっと外をのぞくと、渡り廊下を歩いていく二つの後ろ姿があった。
「法子さん?」
ふうっとため息をつきながら居間まで戻った時だった。そこに公恵が立っていた。法子は反射的に振り返って渡り廊下の方をうかがい、ヱイとふみ江の姿が見えなくなっていることを確かめた。
「もう、起きたの?」
「ええ──あの、目が覚めちゃって」
公恵は化粧気のない顔で、額にピンク色のカーラーをつけたまま、ゆっくりと法子に近づいてくる。
「何してたの」
「いえ、何も」
公恵の目は、まるでガラス玉か何かで出来ているみたいに見えた。法子は、半袖《はんそで》のニットから出ている腕が細かく粟立《あわだ》つのを隠すことも出来なかった。
「──どうしたの。朝から顔色が良くないわ」
公恵は法子の正面まで来ると、すっと手を上げて、法子の頬《ほお》に触れてきた。夏だというのに、冷たく乾いた手だった。法子は、ごくりと喉《のど》を動かし、その場に立ち尽くしていた。
「もう少し、お休みなさいな」
その口調は穏やかで静かなものだった。けれど、有無を言わさぬ雰囲気に満ちている。法子は、正面から見据えられて、逃げも隠れも出来ない気分になった。今すぐにでも、この家から飛び出したいと思った。
「あの──」
「そうなさい。まだ早いわ。それでなくても、最近の法子さんは疲れてるみたいなんだから」
公恵の手は、今度は法子の肩に置かれた。法子は全身に電気が走るような感覚を覚え、思わず身震いをした。
「──震えてるじゃないの。可哀相に、寒気がするの?」
言葉とは裏腹に、公恵の表情はまるで動かない。法子は冷たく感じられる唇を噛《か》みしめながら、結局階段の下まで送られて、のろのろと二階へ上がらなければならなかった。いちばん上まで上がって、そっと振り返ると、公恵はまだその場に立って法子を見上げていた。
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