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暗鬼18

时间: 2019-11-23    进入日语论坛
核心提示:     18 それから小一時間もした頃、ヱイに来客があって、法子は母屋へ戻ることになった。廊下ですれ違った客は、ずっと俯
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     18
 それから小一時間もした頃、ヱイに来客があって、法子は母屋へ戻ることになった。廊下ですれ違った客は、ずっと俯きがちに歩いてきて、法子に顔は見えなかった。そして、法子の背後で、それまで開け放ってあった障子はぴたりと閉じられた。
──大ばばちゃんから薬をもらう人。あの人は、何の薬が欲しかったんだろう。
気分的には、だいぶ落ち着きを取り戻してはいた。けれど、それは気持ちが楽になったというのとは違っていた。何も解決などしていない。ただ、奇妙に開き直ったような、白けた気分が法子を支配していた。
「大ばばちゃんは、力になってくれたでしょう?」
「大ばばちゃんの言うことは、まず間違いないのよ」
洗濯ものを畳んでいた公恵とふみ江は、廊下を進む法子を認めると、いそいそと立ち上がって近づいてきて、探るような笑みを浮かべて言った。さらに綾乃と健晴も、手をつないで「元気になった?」と近づいてきた。法子は、彼らを安心させる為だけに、取りあえずは愛想程度の笑いを浮かべ、「着替えてきます」と言い置いて、重い足どりで階段を上がった。
──結局、何を救ってもらったっていうんだろう。あの人の言うことなんか、まるで分からないじゃないの。奇跡って、何のこと。
結局、ヱイは、後は黙って庭を見ていただけだった。だから法子も黙って庭を眺めていた。そうしていると、和人と見合いした時のことから、ついさっき知美に会った時のことまでが、順繰りに思い出された。成功も失敗も、幸福も不幸も分からない。ただ、嵐《あらし》のような半年あまりが過ぎたのだということが分かるだけだった。
──これが一生続くんだろうか。やめるのならば、今のうちじゃないの?
普段着に着替えながら、法子の中で不思議な脱力感が広がっていった。先日までの緊迫した感覚は、すでに遠くに流れ去ってしまっている。残ったのは、あまりにも平和過ぎて、とろりと気だるく、どこか不自然にさえ感じられる生活だけだ。文句のつけどころもないくらいに仲が良く、明るく親切な人々との生活。非の打ちどころもない結婚。
──でも、何となく違う。
たとえ、彼らが氷屋の事件とは本当に無縁だとしても、それ以外の何かのひっかかりが法子の中にあった。
──それが、嫌なんだ。
家族がヱイを崇拝する口調、奇妙な統制の取れ方、それらが嫌だと思う。どこまでいっても法子とは相容《あいい》れない、何かの違いがあるのだと思った。これだけの大家族でありながら、常に心が一つであること、意見の食い違いも喧嘩《けんか》もなく、摩擦の一つも起こらずに暮らしていかれること、それ自体が、法子には理解出来ないことだった。親子も夫婦も兄弟も、まるで喧嘩をしないなんて。
「もう、びっくりしちゃったわよ。あの子、泣きながら帰ってきたのよ」
着替えを済ませて下へ降りると、途中から公恵の声が聞こえてきた。「何があったんだって?」と聞いているのは武雄だ。法子は階段の途中で足を止め、耳を澄ませて階下の気配を探った。
「和人に早く帰らせるか」
「そうしてあげてよ。もう、私達には、どうしたらいいのか分からないもの」
「家は、誰も泣かないからな」
「そうよねえ。泣く人なんか、いないんだものねえ」
法子は、ますます白けた気分になって、そのままゆっくりと階段を引き返してしまった。確かに、この家の人達なら泣くことなどないだろう。いつだって笑いっ放し、隣の住人が心中したって、それが自分達の店子《たなこ》だったとしても、彼らは自分達に関係がなければ平気なのだ。そういう人達なのだ。
部屋に戻り、独身時代にはよく聞いていたCDを流しながらぼんやりしていると、やがて和人が戻ってきた。法子は無表情で彼を見上げ、気のない声で「早いのね」と呟《つぶや》いた。
「君が、何か悲しんでるって聞いたから。どうした、何があったの」
法子は、小さくため息をつくと、「別に」と答えた。和人は控え目な口調で「本当に?」と聞き、法子の顔をのぞき込んできた。額に汗を光らせて、彼の周囲には夏の埃《ほこり》っぽい匂《にお》いが立ちこめていた。
「また、友達に会ってきたんだって? それが原因かい?」
「────」
「知美さん、だったっけ。喧嘩でもしたの?」
法子は、そこでようやく首を振った。何を言われても、一度沈み始めた心は、そう簡単に浮上するとも思えなかった。激しく泣いていた時の方が、まだ楽なくらいだ。今の法子には、泣く程の気力もない。
「何だか──嫌になっちゃった」
つい、ため息混じりに呟くと、和人の顔にみるみる驚きの色が浮かんだ。だが、法子はそれでも心を動かすことは出来なかった。
「──何だか、混乱しちゃって。何を考えて、何を信じればいいのか、分からなくなりそうなのよ。もう、いちいち考えをまとめるのが嫌になってきちゃった」
虚《うつ》ろな視線を漂わせながら、法子は投げやりな言い方をした。これで、和人が怒り出してくれれば良いのに、とも思った。
「ちょっと、待ってくれよ──誤解は解けたはずだろう? 君を混乱させるようなことが、まだあるっていうの?」
和人は完全に慌てた表情で、眉間《みけん》に皺《しわ》を寄せて言った。法子は、祈りにも似た気持ちで、彼が怒るのを待った。だが、和人の顔からは血の気が失《う》せて、彼はただおろおろとするばかりだった。
「そんな顔、することないでしょう? 和人さんが悪いなんて言ってない、私が、きっと私の方がどうかしてるのよ」
「待ってくれ──待ってくれよ。どういうことなのか、説明してくれよ」
和人の声は震えていた。法子は、二人で向かい合っていることさえが苦痛に思えて、すっと立つと部屋を出てしまった。
「どこ、行くの」
「お夕食の支度を手伝わなきゃ」
法子は振り向きもせずに答えた。素足に廊下の感触は心地良かった。その乾いたひんやりとした感触だけが、この家からじかに伝わってくる現実だった。
背後から、ばたばたと和人の足音が追ってくる。だが、法子は表情一つ変えずに、さっさと台所へ抜けるとエプロンを身につけた。
「どうしたっていうんだ。何が、君をそんなにしちゃったんだ?」
和人の声は、苛立《いらだ》っているというよりも、何か切羽詰まった響きを持っていた。既に流しに向かっていた公恵が驚いた顔で振り返った。法子は何も答えず、ただ黙って自分も手を洗い始めた。
「そんなこと、いいから。どうして話そうとしてくれないんだ。君は、まだ心にわだかまりを抱いてるの? ねえ、法子」
泣くに泣けない気分というものがある。法子は、まさしくそういう気持ちになっていた。今更泣いたところで、状況が変わるわけではない。第一、涙を流すことがあったとしても、そんな心情を分かってもらえる家族ではないのだ。この人達に、涙は分からない。
「法子、話し合おうよ。黙ってちゃ、分かりあえないじゃないか」
それでも法子は黙っていた。まだ疑っているのかと言われれば、否定出来ない自分がいる。確かに、法子は家族を信じることに決めたのだ。それでも、まるですっきりしていない。どちらが良いとか悪いとか、もはやそんなことも分からない。
「法子さん──」
公恵が震える声を出した。法子は米を研《と》ごうとしながら、物憂く顔をあげた。だが、彼女の顔を見るなり、心臓がとん、と跳ねた。義母は唇を震わし、その丸い目にいっぱいの涙を浮かべていたのだ。
「どうして和人と話してくれないの? 原因は何なの、何がいけなかったの?」
法子はすっかり慌ててしまって、どこを見たら良いのかも分からなくなった。
「ひどいわ、法子さん。私達、家族じゃないの、何があったのかくらい、話してくれたって──ううん、話せないっていうんなら、せめて、本当の気持ちだけでも教えてちょうだい。そんな、辛《つら》そうな顔をしている法子さんを、和人や私達が黙って見ていられると思う?」
そこまで言うと、姑《しゆうとめ》は堪《こら》えきれない様子で、急にエプロンで目もとをおさえ、小走りに居間に行ってしまった。法子の頭は余計に混乱し、慌てて和人を振り返った。すると、いつの間にか様子を聞きつけていたらしい綾乃までが、和人の隣で目に涙を浮かべて法子を見つめていた。
「お義姉《ねえ》さん──辛いことがあったんなら私達にも言ってよ」
法子は、米を何カップ計ったかも忘れて呆然《ぼうぜん》となった。和人までが、唇を噛《か》みしめ、うなだれている。
「そうじゃないのよ、私はただ──」
「僕じゃあ、君の力にはなれないのかい」
居間からは、公恵のすすり泣きが聞こえてくる。ふみ江までが松造の部屋からやってきて、家族の顔を順番に見回し、最後にカウンター越しに法子を見て「どうしたの」と眉《まゆ》をひそめた。
「ああ、おかあさん。法子さんは、心を開いてくれない。法子さんには、私達の心は通じないんだろうか。分かってはもらえないんだろうか」
「──公恵」
「おかあさん、私のどこがいけなかったのかしら。ねえ、いけないところがあったら直すからって、法子さんに伝えて」
公恵は泣きながらふみ江に訴えている。法子は、困惑した表情で、自分まで徐々に涙を誘われ始めているふみ江を見、青白い顔の和人と綾乃を見、まさしく途方に暮れていた。自分一人の言動の為に、彼らをここまで悲しませているのだということが重くのしかかってきた。涙とは無縁のはずの人達なのに。
「泣かないで、泣かないで」
健晴がわけも分からずに泣いている家族を見て、自分も悲しそうな声を出している。和人は、握り拳《こぶし》を作って涙をこらえている様子だった。
──こんなにも彼らを悲しませている。私一人が不安になったり、人の言葉に左右されたりしたせいで。
彼らにこれ以上の悲しみを与えてはならない。それだけは確かだった。知美の言葉に振り回され、情緒が不安定になっていたのは、単に法子のせいなのだ。それなのに、自分の気の迷いで、勝手に不機嫌になったり泣いたりしたことが、これ程までに彼らを悲しませるとは思わなかった。
「ああ、法子さんに私の心を見せてあげることが出来たら」
公恵は激しく泣きじゃくりながら、そんなことまで言った。ふみ江はすっかり困った様子で、ついに自分も泣き始めてしまった。綾乃は健晴を抱きながら、自分も涙を拭《ふ》いている。いつも明るい人々、滅多に泣いたこともない人々が、法子一人の為に、今や不幸のどん底にあった。
「──すみません。私の、わがままなんです」
気が付いたときには、そう言っていた。何としてでも、彼らを悲しませてはならないと思った。
「お義母《かあ》さん、すみません。私、こんなに皆を悲しませるつもりなんか、なかったんです」
法子は居間に行き、公恵の前に膝《ひざ》をついて謝った。
「法子さん──いいのよ、いいの。ただね、悲しくて。法子さんを一人で苦しませているのが私達だとしたら、どうしたらいいんだろうって──血がつながっていないって、何て難しいことなのかしら」
公恵は涙で濡《ぬ》れた顔を上げると、一度は無理に笑顔を作ろうとして、再びエプロンで顔を隠してしまった。そして、「ごめんなさい」とだけ言い残すと、ついに立ち上がって、自分達の部屋に行ってしまった。
「お義母さん──」
法子は、為《な》す術《すべ》もなく、ただ呆然《ぼうぜん》と義母の後ろ姿を見送った。
「気にしないで、ね。法子さんのせいじゃないんだからね」
ふみ江までが鼻を赤くして法子を見る。
「そうよ。お義姉さんのせいじゃない。私達がいけないのね」
綾乃も声を震わしていた。法子は、泣き続ける人々の中で、感動にも近い気分を味わっていた。彼らこそが善なのだということが、今度こそ、痛いほど伝わってきた。
自分は、何とわがままで気分屋なのだろう、こんなにも彼らを悲しませて平気でいられるなんて、何とひどい人間だったのだろう。こんな時に限って涙も出ない自分は、よほど薄情に生まれついたのかも知れない。そう考えると、法子は新たな絶望感に打ちひしがれた。
「私、何て言って謝ればいいのかしら。どうしたら、許してもらえるのかしら」
法子はすがりつきたい思いで和人に言った。彼は、淋しそうな顔はしていたが、それでも弱々しい笑みを浮かべ、瞳を潤ませたまま、首を振った。
「許すなんて。君は何も悪いことなんか、していないんだよ」
「違うわ。皆をこんなに悲しませて──私がいけなかったの。私の方こそ、打ち解けなかったのがいけないのよ。皆が、これ程までに心配してくれているのに」
そうだ。自分はもう志藤家の嫁なのだ。彼らは和人の家族であると同時に、自分の家族なのだ。法子は、自分自身に言い聞かせるように、和人とふみ江、そして綾乃と健晴を見回して言った。
「法子──ありがとう」
ついに堪えきれずに、和人の目からも涙が落ちた。法子は、頭の後ろから力が抜けるような感覚の中で、とにかく出来る限り優しい微笑《ほほえ》みを浮かべ、和人に頷いて見せた。これほどまでに善良な人々を、自分の責任で二度と悲しませてはならない。それに、何はともあれ、もうこれ以上混乱するのは、つくづく嫌だった。それだけだった。
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