□中庭のベンチ
走る。
ナイフを握り締めて、狂いそうになる呼吸を必死に押し留めて、ヤツが待つ森へと走る。
走る。
ナイフを握り締めて、狂いそうになる呼吸を必死に押し留めて、ヤツが待つ森へと走る。
□林の中の空き地
風景が変わって、もう戻れないのだと直感した。
この先では死が揺らいでいる。
かつて誰一人として敵うことのなかった怪物、
かつて何一つとして傷つくことがなかった魔物。
この先では死が揺らいでいる。
かつて誰一人として敵うことのなかった怪物、
かつて何一つとして傷つくことがなかった魔物。
一度たりとも。
打倒できるなどと想像さえ許さなかった、
朱い鬼神。
「———————っ」
心臓は通常より一回り大きく稼動する。
理性を司るのは脳であり、心臓はただ脳の指令を守る器官にすぎない。
「———————は」
そんなのデタラメを広めたのはどこの教科書だろう。
理性は脳に。だが原始的な感情を司るのはやはり心臓に違いない。
何故なら、こんなにも理性を総動員して震えを抑えているというのに、肉体は身勝手にも痙攣している。
「は——————ぁ、あ」
心臓は理性を駆逐し、ありったけの怖れと迷いを撒き散らす。
ジェット噴射の勢いで血管に流れていく闇。
全身、それこそ指の先まで張り巡らされたチューブを伝って、遠野志貴の肉体は痙攣している。
心臓は理性を駆逐し、ありったけの怖れと迷いを撒き散らす。
ジェット噴射の勢いで血管に流れていく闇。
全身、それこそ指の先まで張り巡らされたチューブを伝って、遠野志貴の肉体は痙攣している。
それを理性で押さえつけて、力の限り疾駆した。
肉体には知性がない。原始的な怖れに対する理論武装ができないのは当然だ。
自らの死を予感して逃亡を促すのは生命の本能であり、最も優れた性能である。
それを理性で押さえつけて走るのだ。
心臓が、呼吸が乱れるのは当然だ。
だから、狂いそうな呼吸とはそういうコト。
自らの心象世界、自らが“死”と認めたモノに挑むコトなど間違えている。
間違えているから、肉体は発狂することでその過ちに対抗する。
崩壊寸前の矛盾を抱えて、遠野志貴の肉体は疾駆する。
——————直前で、最後の決定をした。
打倒できる算段も勝利への過程も、結局は想定できなかった。
それでも用意できる物が一つだけある。
それでも用意できる物が一つだけある。
——————三回。
肉体の維持を考慮せず、手足が壊れることを前提にして神経を研ぎ澄ました動き。
例えば、動くたびにアキレス腱が断切していくような運動。
自らの肉体の崩壊と引き換えにした馬鹿げた動きをするのなら、アレの攻撃をしのげるだろう。
例えば、動くたびにアキレス腱が断切していくような運動。
自らの肉体の崩壊と引き換えにした馬鹿げた動きをするのなら、アレの攻撃をしのげるだろう。
——————それが、三回。
イメージの限界という事もあるだろうが、もともと遠野志貴の体では三回が限度だろう。
チャンスは三度。
ヤツの魔手を紙一重で回避し、死の点を突く機会が何処で現れるかは判らない。
ただ、その三度にわたる一瞬がこちらの限界だ。
四度目はない。
ヤツを倒すのならば、その三合の中の一瞬に賭けるのみだ————
ただ、その三度にわたる一瞬がこちらの限界だ。
四度目はない。
ヤツを倒すのならば、その三合の中の一瞬に賭けるのみだ————
□七夜の森
そうして、暗い結界に足を踏み入れた。
——————黒い森。
かつてここで暮らし、ここで絶えた血族の庭。
【コウマ】
そこには独眼の鬼と
小さな、黒い猫の死骸があった。
「—————ああ」
俺は、最低だ。
そんなこと思ってもいないのに、その有様があんまりにも似ていたから。
まるで捨てられたゴミのようだと、思ってしまった。
□七夜の森
「——————————」
呼吸が止まった。
あれだけ狂っていた体も止まって、指先さえ反応しない。
おそらくは麻痺。
体も心も麻痺して、真っ白な状態になってくれたのだろう。
「——————————」
呼吸が止まった。
あれだけ狂っていた体も止まって、指先さえ反応しない。
おそらくは麻痺。
体も心も麻痺して、真っ白な状態になってくれたのだろう。
【コウマ】
「——————————」
死骸はヤツの足元に転がっていた。
容赦などなかっただろう。
それでも冷静でいられたのは理解していたからだ。
俺が。
遠野志貴がこの夢の終わりを望めば、それはあの子の最後なのだということぐらい、とっくに———�
死骸はヤツの足元に転がっていた。
容赦などなかっただろう。
それでも冷静でいられたのは理解していたからだ。
俺が。
遠野志貴がこの夢の終わりを望めば、それはあの子の最後なのだということぐらい、とっくに———�
「————————殺す」
それは、理性に反して心臓からせりあがってきた、目前の敵へ対する、ありったけの呪詛だった。
視界からヤツの姿が消える。
こっちは真っ白。ヤツに対する因縁だとか敵討ちだとか、そんな余分なものは燃え尽きた。
何の合図も幕もない。
それこそ、この殺し合いに相応しい始まりだ。
こっちは真っ白。ヤツに対する因縁だとか敵討ちだとか、そんな余分なものは燃え尽きた。
何の合図も幕もない。
それこそ、この殺し合いに相応しい始まりだ。
風きり音をともなって、ソレは発生した。
「————————」
視認など間に合わない、気が付けば目前にソレがある—————!
「————————」
視認など間に合わない、気が付けば目前にソレがある—————!
凄まじい風圧が五感に突き刺さる。
ヤツは何の工夫もなく、当然と言わんばかりに、俺の顔めがけて必殺の魔手を打ち出して———
ヤツは何の工夫もなく、当然と言わんばかりに、俺の顔めがけて必殺の魔手を打ち出して———
「つぁああああ………!!!」
全身の力という力を左足に集中させて、脚だけの力で体を横に流した。
ばつん、ばつん、と筋肉が断線していく。
その引き換えに、コンマの差で目の前を通り過ぎて行く死の突風。
ただ突き出されるだけのやつの腕は、暴走する列車そのものの圧力だった。
ばつん、ばつん、と筋肉が断線していく。
その引き換えに、コンマの差で目の前を通り過ぎて行く死の突風。
ただ突き出されるだけのやつの腕は、暴走する列車そのものの圧力だった。
「は、ぁ——————!」
だがかわした。
いくら暴走機関車みたいなデタラメな腕を持っていようと、当たらなければ意味がない。
ヤツはまだ右腕を突き出したまま。
こちらは左足をぶっ壊してたたらを踏んでいる。
一度目—————!