□廊下
……そんなワケで貸衣装屋まーぶるふぁんたずむの手伝いをする事になった。
とりあえず、自分は店番をやっていたりする。
この出し物、人手はいらなさそうに見えるのだが内実は逆らしい。
女子は店内の案内だけではなく、裏舞台で貸衣装の直しやら返ってきたものの修復やらで忙しく、男子はこれまた別室の撮影所でなかなかに大忙しいだとか。
……そんなワケで貸衣装屋まーぶるふぁんたずむの手伝いをする事になった。
とりあえず、自分は店番をやっていたりする。
この出し物、人手はいらなさそうに見えるのだが内実は逆らしい。
女子は店内の案内だけではなく、裏舞台で貸衣装の直しやら返ってきたものの修復やらで忙しく、男子はこれまた別室の撮影所でなかなかに大忙しいだとか。
「———はい、外来のお客様ですね、それではチケットをお出しください」
出されたチケットの裏側、2−Cのブロックにハンコを押す。
こうして回った分だけのクラスにチェックされたチケットは帰り際に回収され、後夜祭でどのクラスが一番人気だったかを調べるというシステムだ。
出されたチケットの裏側、2−Cのブロックにハンコを押す。
こうして回った分だけのクラスにチェックされたチケットは帰り際に回収され、後夜祭でどのクラスが一番人気だったかを調べるというシステムだ。
「貸衣装は校内であるのならば着たままでいられてもかまいません。その場合は一時間以内にお戻りください。また、気に入った衣装があったのなら隣の教室で撮影を行っていますので、どうぞご利用ください」
ぺこり、とおじぎをしてお客さんを教室に送り出す。
この出し物、地味なだけあって午前中はいま一つだったのだが、噂が噂を呼んで正午あたりから賑わい出した。
企画段階で国藤おうぼーう!だの、男子へんたーい!だの言われていたが、始めてみれば外来のお客さん、おもに女性に大人気だったわけだ。
企画段階で国藤おうぼーう!だの、男子へんたーい!だの言われていたが、始めてみれば外来のお客さん、おもに女性に大人気だったわけだ。
「……まあ、それはいいんだけどさあ」
いいんだけど、店番をしていると中の様子が見れなくてつまらないコトこの上ないっ。
中はそりゃあ百花繚乱な趣きだろうに、なんだって廊下でもぎりみたいなマネしなくちゃならないのか、自分はいつから秘密部隊の隊長みたいな扱いを受けなくてはならなくなったのか、あの人もあの人で苦労人なんだなあ、とか色々ツマラナイ煩悶を抱いてしまうワケである。
いいんだけど、店番をしていると中の様子が見れなくてつまらないコトこの上ないっ。
中はそりゃあ百花繚乱な趣きだろうに、なんだって廊下でもぎりみたいなマネしなくちゃならないのか、自分はいつから秘密部隊の隊長みたいな扱いを受けなくてはならなくなったのか、あの人もあの人で苦労人なんだなあ、とか色々ツマラナイ煩悶を抱いてしまうワケである。
「————志貴さんっ」
ああ、これなら撮影所の手伝いのほうが遥かにマシだ。レフ板をもったり光源を調整したりと力仕事ばっかりだけど、それでもここよりはマシだろう。
「志貴さん、あの、ここに名前を書けばいいんですか?」
それとも国藤担任に一服もって退場してもらうのはどうか。で、手の空いてる自分がその後釜に座ったりできればタイヘン美しいカタチに収まると思うのだが。
「うーん、苗字まで書かなくてはいけないんですね。こういう場合はどうしましょうか志貴さん。わたしの場合、遠野琥珀でいいんでしょうかね」
……って、ああもう、さっきからうるさいな。人がいかに残された文化祭を楽しむかどうか悩んでる時に名前だの琥珀だのって——�
「ええ、琥珀さんっ————!?」
【琥珀】
「遠野琥珀でいいですよね志貴さん。はい、これチケットです」
とん、とテーブルにチケットを置く琥珀さん。
……裏側のチェックシートはびっしりとハンコが押されていて、一年の区画はすべて埋まっていたりする。
とん、とテーブルにチケットを置く琥珀さん。
……裏側のチェックシートはびっしりとハンコが押されていて、一年の区画はすべて埋まっていたりする。
「こ、琥珀さん来てたんだ———なんだ、言ってくれたら暇を作って案内したのに!」
くそう、と椅子から立ちあがる。
くそう、と椅子から立ちあがる。
「いや、今からだって遅くはないか。待ってて琥珀さん、すぐに話をつけて店番を代わってもらうから!」
いそいそと店番の衣装を脱ぐ。
と———�
「いけませんっ!」
なんて、怒った琥珀さんの声がした。
【琥珀】
「お仕事を途中で放棄するなんていけませんっ! 志貴さんは任されてその席に座っているんですから、簡単に席を離れるのは間違ってます!」
「う————」
す、すごい説得力。
ほぼ同い年でありながらキチンと遠野家の家事をこなしている琥珀さんに言われると、おいそれと仕事を代わってもらおうとした自分が恥ずかしくなってくる。
「う————」
す、すごい説得力。
ほぼ同い年でありながらキチンと遠野家の家事をこなしている琥珀さんに言われると、おいそれと仕事を代わってもらおうとした自分が恥ずかしくなってくる。
「……は、はい。確かにそれはそうなんですが、それでも琥珀さんを案内したいなあ、という気持ちのほうが強くてですね……」
小さくなりながらも精一杯の抵抗をする。
小さくなりながらも精一杯の抵抗をする。
「もし手が空いてるクラスメイトがいるんなら、後日にどんな埋め合わせもするというコトで仕事を代わってもらってもいいんです。……ほら、琥珀さんとこういうふうに遊べるコトなんて滅多にないだろ。だから、俺にとっては学校も大事だけどそれより琥珀さんの方が———」
大事なんだ、と精一杯の本心を口にする。
【琥珀】
「……ありがとうございます。志貴さんにそう言っていただいただけで、十分来た甲斐がありました。
「……ありがとうございます。志貴さんにそう言っていただいただけで、十分来た甲斐がありました。
【琥珀】
ですが、やはりこれとそれは別問題ですっ! 志貴さんはまだ二年生なんですから、今年までは学校のお友達を第一にするべきです」
「————む。今年まではって、それじゃあ三年になればいいってコト?」
「————む。今年まではって、それじゃあ三年になればいいってコト?」
【琥珀】
「はい。最上級生になれば、もう巣立ちの時が近いのですから学業に縛られる事はありません。けれど二年生までは下級生のお手本でもあるわけですし、精一杯文化祭に参加するべきだと思います」
「————む、むむむ。重ね重ね説得力のある言葉、ありがとうございます」
う。琥珀さんがあんまりにも真摯だから、ついお礼を言ってしまった。
う。琥珀さんがあんまりにも真摯だから、ついお礼を言ってしまった。
「……解りました。けど、そこまで言ったからには来年は一緒に回ってもらいますよ」
【琥珀】
「はい。その時は秋葉さまの教室に立ち寄って、二人で秋葉さまを応援いたしましょう!」
え、笑顔でとんでもない事を言う琥珀さん。
「はい。その時は秋葉さまの教室に立ち寄って、二人で秋葉さまを応援いたしましょう!」
え、笑顔でとんでもない事を言う琥珀さん。
【琥珀】
「それでは志貴さんのクラスにお邪魔しますね。翡翠ちゃんみたいな服があったらいいんですけど」
着物の衣擦れの音も爽やかに、琥珀さんは教室へ入っていった。
「……………………」
うう。琥珀さんの言葉はもっともだけど、それでもやっぱりここでこうしているのはつまらないっ!
中では琥珀さんが貸衣装を見て回っているかと思うと、つい中の様子を眺めたくなる。
それも翡翠と同じような服がいい、なんて思わせぶりなコトも言っていたし————
「————って、それって翡翠そっくりになるって事じゃないのか?」
あ、それなら何回か見ているじゃないか。
メイド服を着た琥珀さんと聞いてウキウキしたけど、別段新鮮なものじゃないってコトか。
メイド服を着た琥珀さんと聞いてウキウキしたけど、別段新鮮なものじゃないってコトか。
————おおおおおおおおおおお!
……教室の中から歓声があがる。
耳を澄ますと、
耳を澄ますと、
“すげえ、まさかアレを着る女の子がいるなんて!”
とか、
“うっわあ、似合いすぎー! もしかして本職さんー!?”
とか、
“おい、カメラカメラ! じゃなくて、是非隣の撮影所で一枚お願いしますっ!”
とか、
“わりい、俺トイレ”
とか、
まあ聞こえてくること聞こえてくること。
とか、
“うっわあ、似合いすぎー! もしかして本職さんー!?”
とか、
“おい、カメラカメラ! じゃなくて、是非隣の撮影所で一枚お願いしますっ!”
とか、
“わりい、俺トイレ”
とか、
まあ聞こえてくること聞こえてくること。
□廊下
「……間違いなく琥珀さんだな。そりゃあ本職なんだから、メイド服着ても違和感なんてないだろうし」
かくいう自分だって屋敷に戻った頃は翡翠の格好にソワソワしていたんだ。
健全な男子生徒および女子生徒が完璧なメイドさん姿を見たらそりゃあパニックに陥るだろう。
「……ふーんだ、いつも見てるからうらやましくなんかありませんよーだ」
ぶつぶつとテーブルを突つきながら負け惜しむ。
かくいう自分だって屋敷に戻った頃は翡翠の格好にソワソワしていたんだ。
健全な男子生徒および女子生徒が完璧なメイドさん姿を見たらそりゃあパニックに陥るだろう。
「……ふーんだ、いつも見てるからうらやましくなんかありませんよーだ」
ぶつぶつとテーブルを突つきながら負け惜しむ。
「志貴さん!」
と、扉が開いて琥珀さん、が———
と、扉が開いて琥珀さん、が———
【琥珀】
「ほら志貴さん、チャイナドレスですよチャイナドレス!」
「—————————」
いや、琥珀さんらしき人が、それはそれは嬉しそうにパタパタと騒いでいた。
「—————————」
いや、琥珀さんらしき人が、それはそれは嬉しそうにパタパタと騒いでいた。
「こ、ここ、琥珀さん、その格好はっ………!」
ちょ、ちょっと青少年には刺激が強すぎるというか、その、
「可愛いですよねー! わたし、一目で気に入っちゃいました!」
その、むしろ持ちかえりたい。
ちょ、ちょっと青少年には刺激が強すぎるというか、その、
「可愛いですよねー! わたし、一目で気に入っちゃいました!」
その、むしろ持ちかえりたい。
「か、可愛いというか、そういう次元じゃないです。琥珀さん、その格好で出てきたってコトは、まさか」
「はい、気に入ったのでお借りしちゃいました。こういうの憧れてたんです。ほら、いかにも香港まる秘ルートに精通した中国人の秘書さんっぽいじゃないですか!」
あいやー、とカンフーじみた動きをする琥珀さん。
「はい、気に入ったのでお借りしちゃいました。こういうの憧れてたんです。ほら、いかにも香港まる秘ルートに精通した中国人の秘書さんっぽいじゃないですか!」
あいやー、とカンフーじみた動きをする琥珀さん。
……まあ、たしかに今の琥珀さんの横にチャイナ帽をかぶった久我峰あたりがいたら絵になりすぎているというか、なんというか。
「それじゃあ一時間したら返しに来ますから。そうだ、翡翠ちゃんに見せびらかしちゃおう!」
「———な!? ちょ、ちょっと待った琥珀さん! 翡翠に見せるって、翡翠もここに来てるのか!?」
「うふふ、ダメあるねー。そんな情報はタダじゃ教えられないコトよ。翡翠ちゃんに会いたければわたしを倒すよろしー!」
「……………………」
いや、そこまでキャラを立たせる必要はないのですが、琥珀さんはもうノリノリだ。
「———な!? ちょ、ちょっと待った琥珀さん! 翡翠に見せるって、翡翠もここに来てるのか!?」
「うふふ、ダメあるねー。そんな情報はタダじゃ教えられないコトよ。翡翠ちゃんに会いたければわたしを倒すよろしー!」
「……………………」
いや、そこまでキャラを立たせる必要はないのですが、琥珀さんはもうノリノリだ。
「うわあ。よっぽど怪しい中○人に憧れてたんですね、琥珀さん」
「琥珀違う、わたし謎の情報屋ミスター陳ある!」
「じょ、女性なのにミスターとはこれいかに!?」
「あはは、志貴サンノリいいあるねー! それじゃあちょっとヒントあげるアル。平日に翡翠ちゃんとお弁当のお話をしてから学園祭でぶらぶら散歩するといいコトあるコトよ?」
「琥珀違う、わたし謎の情報屋ミスター陳ある!」
「じょ、女性なのにミスターとはこれいかに!?」
「あはは、志貴サンノリいいあるねー! それじゃあちょっとヒントあげるアル。平日に翡翠ちゃんとお弁当のお話をしてから学園祭でぶらぶら散歩するといいコトあるコトよ?」
おおー、とまわりから拍手があがる。
さすがミスター陳、ルール違反スレスレの情報を持ってるなんて凄すぎるぜー! とかなんとか。
「ふふふ、そんなのどうってコトないある。ちゃんとお金払うならもっとすごいヒントあげるけど、どするね?」
さすがミスター陳、ルール違反スレスレの情報を持ってるなんて凄すぎるぜー! とかなんとか。
「ふふふ、そんなのどうってコトないある。ちゃんとお金払うならもっとすごいヒントあげるけど、どするね?」
またも集まりだした観衆が歓声をあげる。
……やばい。なんか、琥珀さんの暗黒ぱわーで世界法則がズレはじめてきている気がする。
「いいです。そんななにもかもぶち壊してしまうようなヒントはいりませんから、どうか正気に戻ってください」
冷静につっこむと、琥珀さんは残念そうにちぇっと舌打ちした。
冷静につっこむと、琥珀さんは残念そうにちぇっと舌打ちした。
【琥珀】
「もう、志貴さんったら真面目なんですから。それではわたしも次のクラスに行きますね。そうだ、この格好でもう一度秋葉さまのクラスに行きましょう!」
琥珀さんはいつもの調子で去っていく。
その背後、それこそ列のように連なる男子生徒を引き連れて。