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ぼくのコドモ時間05

时间: 2019-12-01    进入日语论坛
核心提示:大人のツネヒトちゃんツネヒトちゃんは、中学を卒業するとすぐ、家業のYシャツ屋さんになったのだった。大きな音のするモーター
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大人のツネヒトちゃん

ツネヒトちゃんは、中学を卒業するとすぐ、家業のYシャツ屋さんになったのだった。大きな音のするモーター付きのミシンで、いくつものカラーをつなげて縫ったり、一人前のYシャツにでき上がったシナモノを玄関のところまで持ってきて、バサッ、バサッ、と、糸くずなんかを落としたりしているようだった。
ツネヒトちゃんはそんな時には無表情で、まだ小学生をやっていてそこらでスイライカンチョーやカンケリや、三角ベースやドコイキをしているボクらを、まるで見ようともしないのだった。
時々ツネヒトちゃんは、そうやってバサバサしながら坂の上のほうの空を見て、「フーッ」とため息をついているようにも見えました。ツネヒトちゃんの家は坂を下りた突きあたりにあって、ボクらはこの短い坂道を遊び場にしていたのだった。
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ああ、ツネヒトちゃんは大人の人になったんだな、とボクは思っていた。大人の人は、つまんないんだよなとボクは思った。ボクも来年は中学生になるところなのだった。ツネヒトちゃんが、二百枚のメンコと引きかえにヨットの浮かぶ湖を手に入れてから、もう四年の歳月が流れていたのだ。
ボクはにらむようにツネヒトちゃんを見ていたんだけど、ついにツネヒトちゃんはコッチを見ずに、糸くずを落としたシナモノを持って、ついと奥へ入っていってしまうんでした。
ガキ大将とは、お母さんの敵ですね。お母さんというのは、どんなにのんきでズサンな人でも、コドモがアブナイことをするのを好まないもんです。昔のお母さんたちは、ただ、いつもいつもコドモの行く先々を見張ってるヒマがなかった。だから、ボクたち昔のコドモは、いちいちお母さんに「アブナイ、アブナイ」とうるさく言われないですんだのでした。ある時は塀を越え、ある時はバラ線をくぐり、ある時は石垣をよじ登り、ドブ川をとび越え、線路にクギを置いて電車に轢《ひ》かせて、踏切番のおじいさんにいやっていうほどどやされたりしてましたが、お母さんはコドモがケガせずに戻ってきさえすれば心配しなかった。
だから、いったん、そうしたことが露見すれば、ガキ大将とはとんでもない悪い子で、ウチのコにワルサは教えるし、おやつはまきあげるし、コツンとたたいて泣かせる子ということになってしまうわけでした。
一方、そのころ、コドモはガキ大将との毎日のつきあいの中で意外な一面に触れて、新たなる尊敬の念を抱いたりしているんでした。
「じゃ、三時からカクレ家《が》で会をやるから、おやつ持って集まること!」
とツネヒトちゃんの命令があって、ボクらはそれぞれ、自宅へ戻って、お菓子を持って集まったのだった。住人の引っ越したアパートの空き部屋がボクらのカクレ家で、そのなんにもない四畳半の部屋のまん中に、新聞紙が広げてあって、そこにみんなの持ち寄った、そまつなお菓子が寄せて山にしてありました。お菓子が山になるっていうのは、遠足の時や、お正月や、とにかく特別の日以外にはないことなのだ。
ボクらはその山を、周りから眺めているだけで、もうなんだか、胸が高鳴るのだった。そうして、それぞれが�会�のために持ち寄った、アトラクションが始まった。少年雑誌のフロクについてきた幻燈機を映すもの、歌謡曲の「お富さん」をじょうずに歌うもの。
そうして、ツネヒトちゃんは、時々、まん中のお菓子の山をくずして、みんなにそれを分け与えるのだ。コドモらは自分の家のお菓子だけでない、いろんなお菓子を食べられたし、お菓子を持ってこれない子たちにも、分け前が与えられた。
ボクはその日、学級文庫で借りてきた、なんだかマジメな童話の本を朗読したんですが、終わるとツネヒトちゃんが手をたたきながら、
「とってもじょうずに読めましたね」って、まるで先生みたいに、ていねいなコトバでほめてくれたのだった。いつも乱暴な口をきいてるツネヒトちゃんが、まるで学校の先生みたいだったのにボクはおどろきながら、本当の先生にほめられた時よりも、ずっとずうっとうれしかったと思ったんです。
ツネヒトちゃんは、学校の成績が、とってもいいほう、というのじゃあなかったです。というよりは、むしろちょっとニガテのほうだった。おそらく学校でツネヒトちゃんが「とってもじょうずに読めましたね」と先生から言われることってなかったんではないでしょうか。だからそのぶん、そのやさしさが格別にボクには感じられたのかもしれませんでした。
ツネヒトちゃんには、ホントはこれ以外の時に、いじめられたり、泣かされたり、おどされたりしたことも、きっとあったんでしょうけど、ぜんぜん、そんな時のことは、よみがえってこないんですね。
そうして、ツネヒトちゃん、といえば、湖をつくり出したり、誰よりもカッコイイ先生になったりする、キラキラしたガキ大将のゴールデン・タイムだけが、まぶしいように鮮やかによみがえってくるんです。そうして、それに続けてすぐに、あの、ちょっとつまんなそうに、しかしタンタンと、バサバサ、シナモノの糸くずを落とす、大人の人になったツネヒトちゃんの無表情が、となりあって浮かんでくる。
「ガ——ッ、ガッガッ、ガガ——ッ」
「ガ——ッ、ガッガッ、ガガ——ッ」と、ツネヒトちゃんがお父さんといっしょに踏んでいる、モーターミシンの音がしています。
冬の寒い日に、ちょっとだけ陽が射していて、そこだけあったかいツネヒトちゃんちの板壁に、小さいコドモが五、六人はりついてます。「さむいね」「さむいね」と言いながら、その日だまりのわずかな温もりを、みんなで分けあっているみたいに。ミシンの音にまじって、なんだかものすごく懐かしいようなラジオの音楽が流れています。
そういえば、ツネヒトちゃんが引退したころから、うちの近所では、ガキ大将がとりしきる、コドモの地域社会がなくなってしまったような気がする。つまり跡をつぐはずだったのは、確実にボクらの世代だったんですが、そうして、ガキ大将になりそうな才能は、たしかにいたんですが、それを誰もしなくなっていた時代だったんでしょうか。
さらに、約三年後、ボクの家はこの場所を立ち退くことになりました。ボクは中学を卒業して、やっとのことでひっかかった、定時制の高校生として、池袋を引っ越していった。
そうして、さらに十年くらいたったころでした。ボクはその時、出版社の社員でしたが、この、もと住んでいたそばまで原稿の受けとりにやってきて、ふと懐かしくなって、坂道にあったもとの我が家のあたりまで歩いていったことがあるんです。
モーターミシンの音はしていませんでした。その日は、一家で休暇旅行か何かに出かけたところだったようでした。フラリフラリと歩きながら、なんとなく、その袋小路を抜け出すように戻りかけた時、白いスーツを着た大人の人が、やっぱり大人の人になったボクには妙に狭くなったな、と思える道をこっちへやってきて、そこでスレ違ったんでした。
「あっ」とボクは小さく叫んだんです。その大人の人は、ガキ大将の弟として、いつもお兄さんの後ろに半身をかくしていた、ハナタレ坊主のユーちゃんだったのでした。
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