「運転手さん、青梅って、なんで青梅なんですかねェ」
とスエイさんが訊いた。そのことなら私は知っている。青梅の由来については以前に書いたが、みなさんはもうとっくに忘れているだろう、そういう話なのだ。
が、その話を世の中に広めたい人(アダチさんという)がいて、そのアダチさんには、温泉宿やレストラン情報など今回の旅にあたって、色々とお世話になっている。
どうも、おあつらえな質問じゃないか、と私は思った。例の話をここで運転手さんがしてくれれば青梅の由来が広まって、アダチさんはうれしい。私が身構えて待っていると運転手さんはこう言った。
「梅があるから……ですかね」
運転手さん、それを言うなら、と私はつけ足した。
「青梅は……よそよりちょっと梅が|多め《ヽヽ》だから……」でしょ。
一同で笑っていると、立派な造りの茅葺き屋根の家の前を通った。文化財の指定でもあろう、何か立て札が立っている。こんどは質問好きのヨシコちゃんが訊く。
「あっ、稲葉家って書いてあった。運転手さん、稲葉家って、どういう家だったんですか?」
「え? イナバケ? ああ、あの古い家ですか……イナバさんという人が住んでた家でしょう」
わっはっは、とワレワレは笑った。運転手さんは「答え」が上手だねえ。まちがいのないことを言う。とっても正しい。
ワレワレは四人、スエイさんとヨシコちゃん、それに私とツマだ。花の香りききを、気に入ってくれて、去年の修善寺に続いて今年は青梅の吉野梅郷にやってきたのだ。
東京ではとっくに、梅が満開でスエイさんはヤキモキしていたらしい。
「この日程で大丈夫ですか?」
「大丈夫、ワレワレは既に二回、梅郷経験してますから」
と言っていたのだが、念のために観光課に確認してみたら、まだ三分咲きくらいだという。紅梅はだいぶ咲きましたが、白梅は……。「何ィ?!」と、私とツマは色めき立ってしまった。なんといっても香りは白梅である。
吉野梅郷についてみると、やはり白梅はまだまだなのだった。まるきり咲いてないわけじゃないけれども、だいぶさみしい。
だが平日だというのに、人出だけはかなりある。ご年輩が多い人出だがそのそれぞれが、口々にボヤイている。
「去年は終ってたんですよ」
「と思えば今年はコレだから」
「梅は時分の見極めが難かしいネ」
「ここは北向きの斜面だから」
「そう、三月なかごろだってね例年は、だから例年並みなんですよ」
そうか、ワレワレが来た年は暖冬だったのだ。梅は日照で開花がきまるらしい。たしかに南向きのあたりは、かなり咲いている。
繰り言をいっていてもはじまらないので、咲いてる紅梅から香りをききだした。
スエイさんは、梅の枝を歯ブラシかなんかのように、鼻の穴のあたりにゴシゴシこすりつけている。去年は、ワレワレが|あまりに《ヽヽヽヽ》花と鼻をくっつけるのを奇異の目で見ていたっていうのに。
枝に鼻を押しつけておいて、ズルズルズルっと顔を移動させるっていう大技も繰り出した。
そうこうするうち、お腹も空いてきたし、体も冷えてきた。どこかに陣地をつくって、宴会を、ということになって、土地を物色する。敷物は「たたむとカバンみたいな形になる」ベンリなのを用意してあった。
ところが、どうも斜面ばかりで、落ちつかない。こんなとこに敷物を敷いたなら、なにもかも手でおさまえていないといけない。
絶好の物件があったのだが、そこは既に先客が予約済みである。広げられたシートに、ダンボール箱がひとつ、おそらく宴会用具一式だろう。だが、人影はない。
はじめのうちは、あんまり、そばにいくのも、と遠慮していたのだが、いかんせん、そこがいかにも平らなもんだから、じりじりにじり寄っていってしまう。
ついには敷物同士くっつけて、まるで二世帯住宅みたいにしてしまったかと思うと、尻だけはそのヨソンチの座敷に居つかせている。
私がいいココロモチに、赤ワインをやってると、ふと人の気配があり、こちら側を見ている三人が、「あ! すいません!」といっせいにあやまった。
すばやく振りかえると、四十がらみの、おとなしそうな人が、ぬっと立っている。
「あ! すいません」と、これには私もオドロイて、ただちに尻を我家の座敷の方へともどしたのだった。
そのおとなしい人は、シートをバタバタバタと折りたたみ無言のうちに歩み去った。
すっかりかたづいたので、今度は大イバリで、その特等地で酒盛りのやりなおしをしていると、いくらもしないうちに曇った空からチラチラと落ちてくるものがある。
「風流だねー」と私は言った。
雪が降ってきたのだ。
「うん、風流だけど……」
とみんなが言った。
「そろそろ撤収でしょう」